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家庭教師の予兆

朝食を終えたクリーヴランド家のリビング。


秋の日差しが窓から差し込み、部屋を暖かく包んでいる。


「収穫祭ももうすぐね。」


母さんがティーカップを傾けながら言う。


「今年は何か特別なことがあるの?」


僕はソファで伸びをしながら尋ねた。


母さんが少し首をかしげた。


「そうね……そういえば、あなた、村で新しい料理を作ったんですって?」


その言葉に、僕は一瞬固まった。


「ああ、それはただの思いつきだよ。そんな大したものじゃない。」


「そう?」


母さんが微笑む。


「リリーがすごく興奮して話してくれたわよ。『アーサー様が考えた素晴らしい料理』だって。」


その瞬間、姉さんが割り込んできた。


「へえ、それってどんな料理? 美味しいの?」


カレンが静かに説明する。


「ジャガイモを細長く切って油で揚げたものです。外はカリカリ、中はふわっと柔らかくて。」


「すっごく美味しそうじゃん!」


姉さんが身を乗り出してきた。


「アーサー、それ作ってよ!」


「いや、それ……収穫祭のメニューにしようって話だったから、もうすぐ村で出るんじゃないかな?」


僕は適当に流しつつ、心の中で(確かそんな話したっけ?)と思い返した。


そのとき、リビングの扉が開き、父さんが姿を現した。


「アーサー、少しいいか。」


家族全員がその声に注目する。


「なに?」


父さんが椅子に腰掛け、真面目な顔で口を開いた。


「お前の魔法の家庭教師が決まった。」


「……家庭教師?」


僕は肩をすくめて反応を見せないようにしたが、心の中でかなり嫌な予感がしていた。


(また面倒くさい話か。)


姉さんがすかさず口を挟む。


「へえ! アーサーに家庭教師か。で、どんな人なの?」


少しからかうような口調で聞く姉さんに、母さんが穏やかな笑顔で答えた。


「それはまだ秘密よ。」


「えっ、なんで?」


僕が不満そうに尋ねると、母さんはおっとりと肩をすくめた。


「だって、楽しみを取っておきたいじゃない。」


「楽しいかどうか分かんないけどさ……。」


ため息をつきながら、心の中で(嫌な予感しかしない)とぼやいた。


兄さんが微笑みながら言った。


「どんな先生が来ても、アーサーにとって良い経験になると思うよ。」


「兄さんならそう言うだろうけど。」


僕は気の抜けた声で返事をし、ソファに沈み込む。


父さんが軽く笑って続けた。


「それにしても、リリーから聞いた話では、村で作った揚げ物がかなり人気だそうだな。」


「……それ、何度も言わなくていいよ。」


僕はそっけなく答えると、母さんと姉さんが楽しげに笑い出した。


「アーサー、才能あるんだからもっと自信持ちなさいよ!」


「いやいや、別に才能とかじゃないってば……。」


僕はそう返しながら、視線を母さんに向けた。


「で、その家庭教師ってどんな人?」


母さんは少し悪戯っぽく微笑んで答える。


「だから秘密よ。楽しみにしていてね。」


「そろそろ部屋に戻るよ。」


兄さんは微笑みながらリビングを後にし、姉さんも伸びをしながら声を上げた。


「私も行こうかな。剣の手入れもしないといけないし。」


姉さんと兄さんが次々と部屋を離れる様子をぼんやり眺めていたが、特に動く気配はない。


父さんがそんな僕を見て、軽く笑いながら一言。


「考え込みすぎるな。」


「特に考えてないけど……。」


―――


しばらくして、リビングにはラルフ、フローレンス、そして静かに座るカレンの3人だけが残った。


フローレンスがティーカップを置き、真剣な表情で口を開く。


「明日、いよいよカトリーヌが来るわね…大丈夫かしら、彼女。」


ラルフは椅子に深く腰掛け、軽く眉をひそめながら答える。


「性格に癖はあるが、実力は確かだ。それに、君が推薦したんだろう?」


フローレンスは小さく頷く。


「ええ、そうだけど…あの自由奔放さが少し心配なの。アーサーがちゃんと受け入れられるかどうか…」


その時、カレンが静かに口を開いた。


「カトリーヌさんは型破りな方ですが、その分、人を引きつける魅力があります。以前一緒に仕事をした際も、独創的な魔法と判断力で何度も助けられました。」


フローレンスがカレンに驚いたように目を向ける。


「あなたも彼女と冒険してたのね。」


カレンは静かに頷き、続ける。


「はい。彼女の方法は予測しづらいこともありますが、必ず結果を出します。アーサー様にもきっと良い影響を与えるはずです。」


フローレンスはその言葉に安心したように微笑む。


「そうね、私も信じたいわ。」


ラルフが小さく笑いながら言う。


「あの強烈な個性は手に余るかもしれないが、実力者であることは確かだ。アーサーには少し荒療治かもしれないが、いい経験になるだろう。」


フローレンスも苦笑いしながら返す。


「ええ、カトリーヌが来たら、家の空気が変わりそうね。いい意味でも、悪い意味でも。」


カレンは静かに微笑んで言う。


「ご安心ください。何かあれば、私も全力でサポートいたします。」


ラルフとフローレンスは穏やかに視線を交わし、頷いた。


リビングには再び静かな空気が戻り、明日に控えた新たな出会いへの期待と少しの緊張感が漂っていた――。


―――


次の日。


朝日がカーテン越しに部屋を照らす。


僕は布団に顔を埋め、必死に抵抗していた。


その平穏を破ったのは、ドアをノックする軽快な音と、レナの元気な声だった。


「アーサー様、朝ですよ! 今日はカトリーヌ様がいらっしゃる日です!」


「……はいはい。」


布団に顔を埋めたまま、不機嫌に返事をする。


だが、レナは容赦なくドアを開け、ベッドのそばにやって来た。


「皆様もう集まってますよ! 遅れるとソフィー様に何か言われちゃいますからね。」


布団の端を引っ張りながら、レナがせかす。


「……分かったってば。」


(なんでこのベッド、こんなに居心地いいんだろう?)


渋々顔を出し、ぼんやりした目でベッドから降りる。


レナは満足げに微笑み、最後にベッドを整えてから僕を急かす。


「じゃあ、早く食堂へ行きましょう!」


軽く伸びをして欠伸をしながら、僕はレナの後ろをついて廊下へ向かう。


食堂に入ると、家族全員が席に着いていた。


「おはよう。」


挨拶をすると、母さんが微笑みながら顔を上げる。


「おはよう、アーサー。早かったわね。」


(いや、レナに引っ張り出されたからだけど)


心の中でつぶやき、椅子に座った。


父さんが新聞を畳みながら、ふと顔を上げる。


「アーサー、今日は昼前にカトリーヌが来るぞ。準備はいいか?」


「別に特別な準備なんてないよ。」


パンをかじりながら気のない返事をする。


「準備っていうより、アーサーがどれだけ素直に受け入れられるかが問題じゃない?」


姉さんがからかうように言った。


「姉さんこそ、もう少し素直になったら?」


軽く返すと、姉さんは「ふん」と笑った。


「カトリーヌはとても優れた魔法使いよ。」


母さんが穏やかに言葉を続ける。


「少し癖はあるけど、きっとアーサーにはいい経験になるわ。」


その間、カレンが静かに壁際で控えている。


音もなく歩み寄り、母さんの紅茶にお湯を足す。


「アーサー、カトリーヌの指導を受けるんだから、ちゃんと話を聞くんだぞ。」


父さんが軽く釘を刺すと、僕は面倒くさそうに返事をする。


「分かってるよ、父さん。」


兄さんが資料を閉じ、穏やかに口を開く。


「カトリーヌさんって、母さんの冒険仲間だったんだよね? きっと頼りになる人だと思う。」


「……まあね。」


パンをちぎりながら、ぼそっと答える。


朝食を終え、部屋に戻った僕はベッドにダイブするように飛び込んだ。


天井を見上げ、頭の中で考え事が巡る。


カトリーヌってどんな人なんだろう?


母さんが言うにはすごい魔法使いらしいけど、家庭教師なんて面倒くさいだけだよな……


ぼんやりとした視線が天井に向けられたが、すぐに目を閉じた。


布団の温かさが心地よく、ついダラダラと寝転んでしまう。


いや、待てよ。カトリーヌが来るってことは、今日から何かしらの変化があるってことだよな。


今までの平穏な生活が少しずつ変わっていくんだろうな。


心の中でため息をつき、ベッドから飛び起きると、ふと目に入った棚の上に無造作に積み重ねられた本やスケッチの束。


あれ、そういえば、あのトランプのデザイン、リリーと一緒にやってたのに途中で放り投げちゃったな。


「……気が向いたら続けるか。」と、呟く。


突然、暇を持て余した僕は、ポケットに手を突っ込みながら、軽く思いついてみた。


「暇だし、魔法でも使うか。」


部屋に火の玉が軽く浮かび上がり、手を振る。


「うわっ、やばい、燃えちゃったよ! 消さなきゃ…」


焦って手を振って水魔法を発動、あっという間に水が溜まり始めた。


「ちょっ、今度は水が溜まっちゃったよ!」


次には窓からバシャー!


窓の外を見たら、まさかの姉さんが下にいる。


「きゃっ!」


「え、やばっ!」


慌てて窓を閉めようとしたが、すでに遅い。


窓から下を覗くと猛獣のような姉が目に入った。


「ひぇっ…」


「ちょっと!?またアーサーね。後で叩きのめしてやるから覚えてなさい!」


「まあ、姉さんは頭冷やした方がいいかもな…逃げよ。」


僕はそっと窓を閉めて部屋を出た。


廊下を歩いていると、カレンが音もなく近づいてきた。


「アーサー様、カトリーヌ様が間もなく到着されます。」


いつもの静かな声に、軽く眉を上げる。


「へえ、そうなんだ。」


気だるげに答えて肩をすくめた。


「じゃあ、外でも見てこようかな。」


カレンは何も言わずに一礼して、僕を見送る。


背中越しに感じる視線を無視して、玄関ホールに向かった。


レナが床を磨きながら、ちらりと顔を上げる。


「あ、アーサー様! カトリーヌ様がいらっしゃる前に、ちゃんと準備しないと――!」


勢いよく駆け寄ってきたが、僕はそのままスルー。


レナが叫ぶ声が背中に届くが、庭へ向かう。


「別に気合入れなくても大丈夫だって。」


呟きながら扉を開けた。


青空の下、深呼吸一つで胸の中のモヤモヤが少し和らぐ。


(やっぱ外だな。)


普段通りの静かな風景が広がっていた。


(家の中はうるさいからな。)


手持ち無沙汰な気持ちで、ただ庭を歩きながら時間を過ごした。


そのまま自然と門の方へ足が向いていた。


ふと、何かが違う気がして足を止めた。


静かすぎる。


庭に足を踏み入れた瞬間、空気が張り詰めているような感覚に包まれた。


耳に馴染むはずの日常の音が消えている。


(……何か、あるのか?)


軽く首を振り歩みを再開するが、その感覚は消えない。


砂利道に響く足音が徐々に門へ近づいていく。


そして、門の手前で足が止まった。


視界の先に二つの人影が見える。


姉さんがこちらに背を向けて立ち、その先には見知らぬ女性がいた。


その女性は赤毛をなびかせ、まるで場の空気を支配しているかのように堂々と佇んでいる。


一瞬で目を奪われるほどの存在感だった。


その姿は鮮烈で、そこにいるだけで周囲の空気が震えるようだ。


姉さんは動かない。立ち尽くしたまま、女性をじっと見据えている。


二人の間には緊迫感が漂い、ただの立ち話ではないと誰でも分かる。


(……なんで、姉さんがあんな顔してるんだ?)


足が縫い止められたように動けない。


姉さんの背中には普段の余裕や軽やかさが微塵もない。


肩は緊張で硬く、まるで獲物を狙う獣のように静まり返っている。


一方の赤毛の女性は挑発するように微笑み、その視線を姉さんに突き刺していた。


音が消えたような静寂が広がり、風の音さえ感じない。


何も言えなかった。ただ立ち尽くすしかなかった。


門の前で、ソフィー姉さんと見知らぬ女性が向き合い、火花のような空気を散らしている。


(……一体、何が起きてるんだ?)


目を逸らせなかった。二人の放つ空気には圧倒されるものがあった。


そして、思った。


……この女性が、カトリーヌなのか?、と――。


「……いいわよ。あんたが本当にアーサーの教師に相応しいのか、ここで見せてもらおうじゃない。」


木剣を握り直し、ソフィーはカトリーヌに向かって一歩を踏み出した。


その足音は、静寂の中で異様に大きく響いた。


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