買い物に行ったら、俺の鎧姿を見た厄災女が固まってしまいました
それから俺の依頼で、『傭兵バスターズ』によるエインズワース大司教天誅計画が発動した。
でも、それは忍耐との勝負だった。
『傭兵バスターズ』の通った後には草木一本残らないとかいう噂があったら、行き当たりばったりで行動するかと思いきや、いきなり皆で情報収集を始めたのだ。
「敵を知るのは当然のことです」
ダニーがしたり顔で言ってくれた。
ダニーやトムを中心に情報屋や商人のボンズを使って、ターゲットのエインズワースのスケジュールから、公国の大聖堂の見取り図、騎士の配置から、見回りの間隔など、警備体制まで調べられる限りの情報を集めだしたのだ。
その間、俺は警備体制など知っていることを話して彼らの役に立つ以外に、下僕としてキャロラインの相手もさせられた。
「これを全て艦橋に持って行って」
と資料室にあった聖教会に対しての莫大な資料を運ばされたのを手始めに、雑用を色々命じられた。
「あーら、紙が落ちたわ。拾ってもらえるかしら」
俺の足元にわざと紙を落として、拾わせたのはさすがの俺も本当に切れそうになった。
「なにか文句はあるのかしら? 賭けに負けた下僕さん」
俺は今回の件で無理を言っている手前、強く言えなかった。
「ぐぐぐぐ」
歯を食いしばって耐えていると、
「本当にあんな簡単な手に引っかかるなんて馬鹿よね」
キャロラインは俺を見下してくれた。
「あれはどう考えてもイカサマだろうが」
俺が文句をいうと、
「今頃気付いたの? あんな手に引っかかるあんたが悪いのよ」
悠然とキャロラインは微笑んでくれたのだ。
確かにそうだ。俺は純情そうなこいつに騙されたのだ。
胡散臭いディーラーはボンズだったし、俺を誘ったのがトムだった。
最初から俺を嵌めて引き込むつもりだったのだ。
本当にこの女は性格が悪い!
もうこいつはキャロラインではなくて厄災女だ。
俺の中でそう呼ぶことが決定した。
「まあ、そう怒るなよ、セド!
俺達がお前をあそこまでして嵌めてこのバスターズに入るようにしたということは、お前をそれだけ買っているんだよ」
トムはそう言って慰めてくれたが、どうなんだか?
少なくとも厄災女は俺を目の敵にしてくれていた。
「ちょっとそこの下僕。今日は買い物に行くわよ」
そう、キャロラインに命じられて俺は今日も荷物持ちについて行かされたのだ。
今日は大聖堂に忍び込む服装を買いに、公国の近郊の町ガドムまで俺と厄災女は変装して馬車を駆って買い出しに来たのだ。
最初の買い物は厄災女が着るシスターの服だった。
シスターの服なんて、この辺りの中古屋で適当に探せば良いものを、厄災女はわざわざ高級そうな店で物色を始めたのだ。この店は公国の近郊の街だけあってその手の物が手に入りやすいのだとか。
こんな高価なシスター服なんて売れるのか? と俺が不思議に思うほど値段が高かったが、貴族や裕福な家の娘もシスターになる者がいるそうで、結構需要があるのだとか……
あと偶に仮装大会があるのでその衣装にもなるそうだ。シスターに仮想するってどれだけ罰当たりなんだか。前世の日本じゃあるまいし、と思ったが、たまに貴族や大商人の館で仮装パーティーが開かれるらしい。
大司教があれだから教会も地に落ちているのだ。
まあ、清楚なシスターの衣装なんて、どちらかと言うと夜の女王に相応しいけばけばしい厄災女に似合うわけなどないのに、エイミーと一緒になって、ああでもない、こうでもないとやっているのだ。
俺はほとほと飽きてきた。
本当に地獄だった。
世の男性が奥方の衣装合わせに付き合うのは嫌だというのが良く判った。俺にはどれも同じに見えたのだから。
「どう下僕? こちらとさっき着た服とどちらが似合っていると思う?」
厄災女が聞いてきた。
俺はどちらでも良かったが、さっきの服は裾が長くて足首は見えなかったが、こちらは足首が見えていた。スカートの中の厄災女の足もきれいだったな、と俺は思い出して、
「こっちでいいんでないか?」
俺は思わず少し赤くなって言ってしまった。
「ちょっと、何で顔まで少し赤くなっているのよ! ひょっとして、また思い出したのね、変態!」
そう言って厄災女はまた、俺に対してわめきだしたのだ。
迷惑この上ない。
他のお客もいるのに!
「いや、だからスカートの中を見たのは悪かったって」
俺が謝ると
「何言っているのよ。嫁入り前の娘のスカートの中を除いたのよ。この変態!」
「グチグチうるさいな。生娘でもあるまいに、いつまでも言うなよな」
「な、なんですって」
その瞬間厄災女が怒り狂うのが俺にも判った。これだけあばずれだったから俺は絶対にこの女が生娘だとは思ってもいなかったのだが、この一言が厄災女の琴線に触れたらしい。
怒り狂った厄災女が手を振り上げて俺を引っ叩こうとしたから俺はよけようとしたのだ。
しかし、俺の後ろにはいつの間にかエイミーがいて俺を前に押してくれたのだ。
パシーン
俺はものの見事に頬を張られてしまった。
「痛ええええ」
俺は頬を抑えて叫ぶ。
「ふん、私に向かって、遊んでいるみたいに言わないで!」
厄災女はきっとして俺を睨みつけると、去って行こうとした。
「ちょっとお嬢様、服はどうするのですか?」
「これで良いわ。変態が気に入ったみたいだから。変態司教にも使えると思うわ」
そのまま出ようとした厄災女をエイミーが懸命に押し留めて、なんとか服を着替えさせて精算してくれた。
「痛いぞ!」
俺の声は二人共無視してくれたんだが、普通は少しは謝るものだ!
ムッとして頬を腫らした俺が連れて行かれた次の場所は武具屋だった。
広い店内にはありとあらゆる武器や鎧が所狭しと置いてある。
「凄いな」
俺は目を見開いた。
「ちょっと何やっているのよ。聖騎士の鎧に似た奴を探してよ」
思わず剣を物色しだした俺を見て、慌てて厄災女が注意して来た。
「ああ、判った」
俺は鎧の置いてある方に向かった。
そこには百を超える鎧が所狭しと置かれていた。
聖騎士に似た鎧を二、三、身につけてみる。
「うーん、これは少し脆いかな」
「これは重いな」
「これはちょっと似ていないか」
俺は次々と鎧を変えては装着していった。
「脳筋の男って、武具となったら色々注文が煩いんだから。どれでも同じじゃないの?」
厄災女が言ってくれたが、お前らの衣装選びと同じだろうが!
俺は思わず叫びそうになった。
最もそう言うとまた文句が返ってきそうだったから、黙っていたが……
「うん?」
俺は装着した鎧の奥に聖騎士に本当によく似た鎧を見つけた。
「これは少し前の聖騎士の鎧だな」
俺はそれを手にとってみた。
俺が聖騎士になった時に着たやつだ。
真っ白な鎧に銀の十字架が書かれている。今はその銀の線がもう少し細くて鎧も細いのだが、俺は昔のほうがしっくりきた。まあ、そんなに変わらないのだが……
古い鎧を着ている者もいるからこれならバレないだろう。
俺はそれを着るとさっきのお返しとばかりに、厄災女の前に立ってやったのだ。
「どうだ。この前のとどっちがいい?」
厄災女とそっくり同じセリフで聞いてやったのだ。
俺は「どれでも同じよ」と厄災女が切り替えしてくれると思っていたのだが、
女は驚いて俺を見つめて立ち尽くしてくれたんだけど……
どうしたんだ?
「白馬の騎士様!」
厄災女がなにか呟いていた。
「白馬の騎士様?」
「な、なんでもないわよ。それで良いんじゃない」
慌てて厄災女が首を振って返事してきた。
なにか厄災女が変だったが、そんなこともあるだろうと俺はあまり気にしなかった。
それを買って俺達は馬車で帰路についたのだが、飛行船を隠してある森に帰るまで、いつもは何かと煩い厄災女がこの時は押し黙って静かになっていた。時たま俺の顔をちらちらと見るのだが、俺の顔になにかついているのか?
煩い厄災女が静かになったので、明日嵐が来なければ良いんだが……と俺はどうでも良いことを考えていた。
鎧のセドに何かあるのか?
続きは今夜です。