新皇太子視点 キャロラインを婚約者にする条件で皇太子になったのに逃げられました
俺はハルムント、帝国の皇太子だ。
元々俺は皇太子になるなんて想像だにしていなかった。なにしろ俺は皇弟の息子なのだ。皇太子には皇帝の息子のジークフリートがなるはずだった。
確かに、この従兄弟はひいき目の俺が見ても少し抜けていた。
女にだらしなくて、頭も弱い。
こんなのが皇帝で大丈夫なのか?
と思わないでもなかったが、父が言うには臣下さえしっかりしていれば、問題ないとのことだった。
それはそうだろう。よほど馬鹿なことをしない限り、皇帝は文官の決定したことをしていれば良いのだ。
馬鹿でも勤まる。まあ、文官どもにしてみれば、上が馬鹿の方が、色々とやり易い。
ジークフリートはその点理想的かも知れなかった。
俺はその時、帝国貴族が皆通う学園に通っていた。
まあ今更学ぶことなどなかったが。学園で学ぶことなど、皆すでに学んでいた。
学園には人脈を作るために通うのだとか父に言われたが、人脈作りも俺には興味はなかった。
おそらく俺の代で公爵家に臣籍降下する俺としては、領地で悠々自適な生活を送るので十分だった。
下手に人脈なんか作って皇位継承争いに巻き込まれなどしたくない。
継承争いなんてしたら、下手に負けると処刑されるかもしれないではないか。
そんなのはまっぴらだった。
でも、俺の思惑とは逆に学園に入ると、人が俺に群がってきた。
男は皇弟の息子と誼を結ぶために、女どもは俺と婚約を結ぶために群がって来たのだ。
それを躱すのも大変だった。
そんな俺が興味を持った女がいた。
キャロライン・オールドリッチ公爵令嬢だ。
彼女は高位貴族にもかかわらず、寄ってくる男どもを冷たくあしらい、女どもは無視して平然としているのだ。
それも、皇弟の息子の俺をも全く無視してくれていた。
女どもに群がられている俺を
「大変ね」
といかにも軽蔑したような目で見下してくれていたのだ。
俺はこんな態度を女に取られたのは初めてだった。
でもこれは擬態に違いない。
俺の気を引くためにわざとしているんだと俺は愚かにも思ってしまったのだ。
そんな奴が俺に誘われたらどう出るんだろう?
喜んでついて来るのか、形だけ嫌そうにしてついて来るのか?
形だけ興味がない振りをしているにちがいない。
俺はキャロラインの反応を見るために声をかけてみたのだ。
「キャロライン。たまには食事でもいかがですか」
「お断りします」
俺はキャロラインの返答に唖然とした。
俺の申し出は瞬殺されたのだ。
一顧だにされることなく、汚いゴキブリから声をかけられたかのような対応だった。
「な、なんて不敬な!」
「あなた、殿下のお誘いを断るの?」
「たとえ公爵令嬢と言えども、許されないのではなくて」
俺の周りにいた令嬢たちがきっとしてキャロラインを睨みつけていた。
「はっはっはっはっ」
俺は笑うしかなかった。
こいつの妹は、皇太子の婚約者だ。さすがに、姉妹で皇太子と皇弟の息子に嫁ぐことはないと思っているのだろうか?
俺も、ここまで虚仮にされるとは思ってもいなかった。
笑う俺を見てさすがにキャロラインは少しむっとしたようだ。
「ごめん、ごめん、そうまであからさまに断られるとは思ってもいなかったよ」
俺はそう言って動揺したことを誤魔化した。
「私も、そこまで人気がないとはな。でも、いつか必ず、こちらを振り向かせてみるから」
俺はキャロラインの傍を通る時にそう宣戦布告したのだ。
俺は直ちにキャロラインについて配下の者に調べさせた。
何でもキャロラインと妹のニーナは異母姉妹のようで、キャロラインはその継母に虐められていたらしい。
だから二人は仲が悪いのかもしれない。
でも、キャロラインも公爵家の令嬢だ。妹のニーナが皇太子の嫁になるなら、婿を迎えて公爵家を継がねばなるまい。この学園で相手を探しても良いのに、そんな動きは全くなかった。
どうするつもりなんだろう?
俺が不審に思った。
まさか、キャロラインが傭兵団を作ろうとしているなんて思ってもいなかったのだ。
その時も俺は図書館に籠ってキャロラインの領地の事を調べていた。
最近、何故かキャロラインの領地の魔物の被害だけが極端に少なくなっていたのだ。
ダンジョンもオールドリッチ公爵領だけが次々と閉鎖されていた。
でも、俺は図書館で調べ物をするよりも、キャロラインの傍にいれは良かったのだ。
「殿下、大変です!」
俺の側近で宰相の息子のアロイスが駆け込んできた。
「アロイス、図書館では静かにしろ」
俺が注意すると
「何を言っているのです。キャロライン様が大変です!」
「何だと!」
俺はアロイス以上の大声を出すと慌てて駆けだした。
アロイスによると教室でキャロラインが皇太子に手を捕まれて揉めているというのだ。
俺は今まで皇太子の女癖の悪さを気にした事は無かったが、今回ばかりは頭に来た。
俺が気にしているキャロラインに手を出そうとするなんて! 目にもの見せてくれる!
俺は駆けながらそう思ったのだ。
俺は絶対にキャロラインを助けようと思ったのだ。
「ギャーーーーー」
しかし、聞こえて来た悲鳴は皇太子のものだった。
「キャロライン!」
心配になって教室に駆け込もうとして、俺は頭を燃やされている皇太子が見えた。
その前には怒り狂ったキャロラインがいた。
皇太子は熱さにのたうち回っていた。
ドボーン
次にキャロラインは皇太子の頭の上から大量の水をぶっかけていた。
俺はそれを唖然として見ていた。
凄い!
キャロラインは全く俺なんかの手助けの必要もなかったのだ。
でも、騒ぎを聞きつけた騎士達や先生たちががすっ飛んできた。
俺が今度こそ助けるために出ようとした。
「わーん、皇太子殿下に襲われそうになったんです」
キャロラインが先生たちの前で泣き崩れたのだ。
「えっ?」
陰から見ていた俺は唖然とした。
「な、何ですって!」
女の先生たちはきっとなって皇太子殿下を見た。
「いや、違うぞ、その女がいきなり」
「いきなり第二夫人になれと言われて、今から可愛がってやるって言われたんです」
泣きながら言っているのだ。いや、今まで怒り狂っていたキャロラインはどこに行ったのだ?
「いきなり手を取られて、手を放してくださいって泣いてお願いしても放して頂けなくて」
唖然とした皇太子は何も言えなかったみたいだ。
俺はキャロラインを第二夫人にしようとした従兄を許さないと心に誓った。
皇太子による婦女暴行未遂など、とんでもない不始末だった。
俺は国王に呼ばれて意見を聞かれた。
「今回の件は庇いようが無いのではありませんか。多くの貴族達が現場を見ておりますし」
俺は取り合えず、国王の反応を見るために言ってみた。
「その方もそう思うか」
伯父は疲れ切った顔をしていた。
「やむを得まい。皇太子を廃嫡し、その方を皇太子にするようにしよう」
伯父の言葉に俺の目は点になった。
そこまでの罰は俺も望んでいなかったのだ。皇太子に罰を与えて二度とキャロラインに手を出さないように釘を刺せればそれでよかったのだ。
誰が好き好んで皇帝なんて面倒臭い者になりたいものか!
「いえ、皇太子など、私には荷が重く」
俺は辞退しようとしたのだ。
「文官どもからも言われているのだ。皇太子の出来が悪すぎると。我々が甘やかしすぎたらしい」
伯父は肩を落として言った。
「学園でもその方の人気の方が息子よりも圧倒的に高いではないか。大臣らもお前の父を除いてその方がふさわしいと申しておる」
「しかし、皇太子の地位など私にはもったいなく」
俺はその時まで皇太子なんてなる気はなかった。
「その方を皇太子にして、その妃にキャロラインを充てれば帝国も安泰だと思ったのだが。その方も今はキャロラインに興味があったと思ったが……」
伯父の言葉に考えが変わった。
そうか、俺が皇太子になればキャロラインが妃になってくれるのか。
俺はそう命令されて驚くキャロラインの反応が見てみたくなった。
「判りました。足りない面は多々ありますが、御受けさせて頂きます」
唖然とした父の顔と安堵した大臣連中の顔など俺は見ていなかった。
これで、キャロラインを嫁に出来る。
皇帝の命ならばキャロラインは逆らえないだろうと俺は思ったのだ。
でも、俺はキャロラインの行動力を甘く見ていたのだ。
それとオールドリッチ公爵家の行動をもだ。
俺がキャロラインとサディ伯爵の婚姻を知って駆けつけた俺の前で、キャロラインは家族を燃やして、飛行船で出て行ってしまったのだ。
ここまで読んで頂いて有難うございます。
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