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おはじきの雨

 女子大生のAさんは、外出時には必ず傘を持っていく。

「いつも鞄に入っているんです。ええ、必ず。降水確率0%でも」

 重くはないかと問うと、もう習慣ですから、と朗らかに笑う。

 何故そんな習慣ができたのかと聞くと、妙な答えが返った。


 おはじきの雨が降るから。


 それが原因だそうだ。


 

 数年前、Aさんが高校生のころ、その現象は始まった。

 ある夏の夕方、予備校の玄関をでたところで、急な夕立に出くわした。丁度そのとき傘を持っていたAさん。慌てて傘を開き、天に向けた。

 と、突然、傘の上でバラバラッと強い音がした。

 びっくりして空を見上げるが、雨は降り出しつつあるもののポツポツ程度。まだそこまで大降りではない。そもそもその音は、雨粒の立てるものよりもずっと強く大きかった。まるで小石でも撒いたかのような激しい音。

 戸惑いつつ周囲を見回すが、特に異変はない。気を取り直して、もう一度傘を差しなおした。

 バラバラバラッ。

 またも激しい音がした。

 反射的に見回し、Aさんは驚いた。アスファルトの上に、無数のおはじきが落ちていた。色とりどりのおはじきが、Aさんを囲むように円を描いて散らばっている。キラキラと街灯の光を反射してガラスが虹色に輝く。

 何事かと目を瞬くと、その一瞬でおはじきは消えた。アスファルトの上には何もない。

 一体何が起きたのだろう。 

 困惑し、また少し不安にも思いながら、一旦傘を下ろし観察した。特に変ったところはない。周囲にも異変はない。

 雨は次第に強くなってきている。仕方なくこわごわと傘を差し直し、歩き出した。今度は何も起きなかった。

 その日はそれきり何事もなく、Aさんは普通に帰宅した。


 ストレスか睡眠不足。きっと体調不良からくる一瞬の白昼夢だろう。

 そう結論づけて忘れることにしたAさん。

 しかし、それから数週間後の雨の日、またも同じことが起こった。

 しとしとと雨の降る朝。家の玄関先で傘を広げ掲げた瞬間。またバラバラッと強い音が傘を叩いた。見ると、周囲に色とりどりのおはじきが散っている。そして、また一瞬で消え去った。

 それから何度も同じことが起きた。数週間から数ヶ月、または半年。間隔はまちまちだが、雨の日にそれは起こり、現在まで続いているという。

 

 一体なんなのだろう。

 特に実害はないが、気味悪く思っていたAさん。

 ある時、その原因らしきことに思い当たった。

 

 ある休日、物置の整理をしていた母が、一冊のアルバムを手にリビングに戻ってきた。

Aさんの幼い頃の写真を入れたアルバムだという。

 広げると、3、4歳頃と思われるAさんの写真が大量に収められていた。

「デジタルデータじゃないの? わざわざプリントしたの?」

「もちろんデジタルデータもたくさんあるよ。けど、特にいいのは本の形にしたくて」

「えー……」

 親馬鹿だなあと苦笑するAさんに、母は、それにねと付け加えた。

「これはお祖母ちゃん用に送ったものなの。お祖母ちゃんはデジタルより実物がある方が見やすくていいみたいだったからね」 

 Aさんの祖母は、長らく田舎で一人暮らしをしていた。子供の頃は、度々家族で泊まりに行ったこともある。しかし、祖母はAさんが中学生の時に病気で亡くなってしまった。

「お祖母ちゃんの……」

 しんみりした気持ちでアルバムを捲っていたAさん。ふと、ある写真を見て手を止めた。

「これは?」

 幼いAさんが傘を差して立っている。しかし、場所は屋内。床が畳であるところから、祖母の家であると思われた。そして、傘を持つAさんの周囲には、色とりどりのおはじきが散っていた。

「ああ、これね」

 母は懐かしそうに微笑んだ。

「この頃あんた、傘を差すのが大好きでね。雨でも晴れでも、いつでも傘を差して歩いてたのよ。挙句には家の中でも差し始めて……。それを見たお祖母ちゃんが面白がってね。傘の上からおはじきを落としたの。そしたら、あんた、それがすごく気に入っちゃって。何度も何度もお祖母ちゃんにおはじきを落とせとねだってね。飽きもせずに二人で遊んでたよ」

 Aさんは、はっとした。

 そういえば昔、祖母と話したことがある。その時、祖母はもう病床にいて、容態の悪化していた時期だった。

「Aちゃん、おはじきを降らそうか」

 見舞いに訪れたAさんに、唐突に祖母が言った。

 何のことか分からず、一瞬困惑したAさん。しかし、当時の祖母はせん妄の症状が出ることもあったため、なにかしら妄想的な思考になっているのだろうと見当をつけた。笑顔で話を合わせておくことにする。

「おはじき?」

「そう。お祖母ちゃんがおはじきを降らすからね。Aちゃん、好きでしょ?」

「うん。おはじき、綺麗だよね」

「そうだねえ。Aちゃんは傘差してね」

 正直なところ、何の話かさっぱり分からなかった。しかし、祖母はにこにこと機嫌が良さそうにしている。それならいいだろうと、深く考えずに会話を合わせた。そして、すぐに忘れてしまったのだが。

 あれはこのことだったのか。

 Aさんはアルバムの写真を見て、初めて腑に落ちた。

 同時に、現在起きている雨の日の異変にも合点がいったという。


「亡くなる前に何度かお見舞いに行ったんですが、お祖母ちゃん、毎回言ってたんです。またおはじきを降らすからって。必ず降らすから。約束だよって。お祖母ちゃん、今でもその約束を守ってくれてるんですね」

 最初はちょっとびっくりしましたけどね、とAさんは笑う。

 優しくて、少し悪戯好きなところもあった祖母。毎回、おはじきを降らせながら茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべているだろう。

 おはじきが降るたび、Aさんは空を見上げ、祖母の姿を探すのだという。

 


 

 


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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。怖い話ではなく、優しい話ですね。   空からおはじきが降る、という異常事態ですが理由が分かると幸せを感じる物語です。  私も祖母は既に二人とも亡くしていますが、たまに思い…
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