File.9 自殺衝動
「んっ? 」
背中に、嫌な悪寒が走った。
すぐに銃をしまう。
それと同タイミングで、天井が砂となって崩れ落ちてきた。
「うわぁ!! 」
「助けてくれぇ!! 」
「死ぬ!! 」
(うるせぇな。ちょっと砂に埋もれた位で大袈)
目線を感じた。
目が合った。
白く輝く、殺意の塊のような、ネコの笑顔と。
「キシャアアアッ!? 」
「そいや居たなお前 」
首を掴んで骨を折る。
やはりこいつは、一匹じゃ脅威じゃない。
(ていうかなんで急に崩壊した? 何か目的が? いや……どこまで崩壊したんだ? ここだけじゃなく上層全部が崩壊したのなら……上にいるエンティティ達が全員、落ちてくる )
「ひぃぃぃい!!!! 」
外から彩音の声。
すぐさま避難所から飛び出れば、そこには白い笑みを持つネコたちが、薄暗い通路を覆い尽くしていた。
すぐに発砲。
二匹殺して、尻もちを着く彩音を引っ張りあげる。
「下がれ 」
「あっ、は……はい!! 」
彩音が避難所に入るまで警戒していた。
だが奴らは深追いしてこない。
通路を塞ぐように、逃げ道を塞ぐように。
まるで知性でもあるように、避難所を囲っている。
(あー……なんとなく見えてきた。籠城攻めする気か )
正直、俺たちには退路は無い。
食料も体力も限りがある。
戦闘はできるだろうが向こうの怪異はまだまだ未知数だし、何より避難者が邪魔だ。
俺は気にならないが、彩音が守ろうと動けばその分、行動が制限される。
「なぁどうするんだ!? 」
「知るかお前が考えろ!! 」
「ねぇママぁ!! 」
「大丈夫、大丈夫だからね!! 」
相も変わらず、避難者の中は殴り合いのパニック。
やっぱ何人か殺しとくべきだったなぁ。
「あ、歩さん。ど、どうしますか? 」
「ん、あぁ 」
うるさくてボーッとしてたが、彩音の髪から香るいい匂いのおかげで、今の問題に集中できる。
「まず上層が崩壊って事は、このまま上に行けば脱出できる可能性があるって事だ 」
「じゃ、じゃあ避難者たちを誘導」
「させるのが狙いだろうな。お荷物抱えながらじゃ、敵の思うツボだ 」
「だったらどうするんですか!!? 」
胸ぐらを捕まれ、えっぐい力で揺すられる。
首がブンブン揺れるが、目の前にある胸も揺れてるように見えるから……って、今はそんなこと考えるな。
「一応聞くが、この場にいる全員殺して犯人炙り出して良いか? 」
「ダメに決まってるでしょぉぉぉう!!? 」
「じゃあ待ってくれ。少し考える 」
どう考えたって、適当に殺して抵抗したヤツが犯人でしょうゲームをした方が良いに行き着いてしまう。
楽だし。
運が良ければ、殺す人間は少なくて済むだろうし。
だが彩音が嫌なら、そうはしたくない。
これ以上、アイツの人生にトラウマを遺すのは俺が嫌だ。
(さぁでもどうするか…… )
「避難民の諸君 」
「ひぃ!? 」
急に、笑うネコたちの一人が喋った。
(えっお前、そんな声なん? )
そう思ったのもつかの間、そいつは避難所の中に何かを投げ込む。
それは数丁の銃だった。
「それで男を殺せ 」
「怪異狩りの男を」
「「殺せ 」」
「そうすれば解放しよう 」
(あー……そう来るか。ちょっとマズイな )
冷静に考えれば、そんな要求を飲むやつは居ない。
冷静ならば。
「はい動くなお前ら〜 」
「っ!? 」
銃に手を伸ばしていた避難者に銃を向ける。
ビビって止まってはくれたが、これはその場しのぎに過ぎないだろう。
(さっき俺の怪異で〜なんて言わない方が良かったなぁ。こいつら本気で殺す目してるし。うーん……というかなんで、こんな回りくどいことをすんだ? )
ふとした疑問。
頭に血がまわる。
(殺すなら攻め込めばいいだろうし。自分を巻き込むリスクがあるから? そんなに臆病なら、この場に居ないはず。じゃあなぜ……なぜ戦闘を避ける? …………俺の能力が分からないからか )
そう考えれば辻褄があう。
(なら後手に回るのはマズイな、俺の力がバレた時点で詰む。じゃあとにかく )
だから落ちてる銃を数丁拾い、
「歩さん? 」
「じゃあ頼んだ 」
「ちょっ!? 」
怪異たちの群れに突っ込んだ。
(この状況を掻き回す!! )
「やっぱこの量は無理!!! 」
追っかけてくるネコの群れから、ガンダッシュを決め込む。
全弾使って四体、素手で六体殺したが、一向にネコは減らねぇ。
むしろ増えてないこれ!?
(さぁどうスっかー!! )
「ギジャアア!!! 」
曲がり角から出てきた巨大なネコ。
その目に腕を突っ込み、
「うるっ」
「びぃ!? 」
「せぇ!! 」
硬いものを貫いて、脳みそを引きちぎる。
殺した。
だが後ろの奴らから追いつかれた。
鋭利な爪で四肢を押さえつけられ、白い笑顔が視界を埋め尽くす。
「じゃあ見せてやろうか 」
目的はもう達成した。
だから自分の右肩を噛みちぎり、その傷をネコに押し付ける。
「俺の能力 」
「ごジョボっ!? 」
ボコりと肉が膨れ上がり、ネコは破裂した。
「さぁ! 無敵タイムの始まりだぜぇ!? 」
ネコたちが傷に触れる。
それだけで奴らは死ぬ。
無双ゲーでもしてるような爽快感が、全身に駆け巡る。
「あははっ!! 俺強ぇぇぇ!!!! ばっ? 」
ふと気がつくと、左の横腹にぶっとい鉄パイプが突き刺さっていた。
それを持つのは地面から生えた人の腕だった。
「はい無敵タイム終了〜 」
腹のパイプをぶち抜き、それで腕を叩く。
ガンって気持ちいい音が鳴る。
腕は真ん中から折れた。
「あー…… 」
腹から垂れる血。
痛み。
致命傷だ。
内蔵も潰れた。
時期に死ぬ。
前の通路からはネコと腕が、馬鹿みたいに湧いてくる。
……ハハッ。
「楽しくなってきた!! 」
取り出したナイフで足裏を刺し、パイプを全力で投げる。
それはネコの腹に刺さり、何匹も貫通した。
「アハハハっ!!! 」
ダッシュ。
地面からの腕は蹴って折る。
前から迫る爪を屈んで躱す。
跳ねる。
ネコの頭に着地する。
「ハハッ!! マリオみてぇだ!!! 」
足裏の傷で、踏んづけるだけで敵は死ぬ。
これをあのゲームと呼ばずになんて言うんだろうなぁ!!
「ハハハッ!! アハッ!!! ハハハハハッ!!!! 」
「あっ」
調子乗ってた。
だから気が付かなかった。
天井から生えた腕からの一撃に。
「ごっ」
左腹。
さっき刺された場所。
を、拳がえぐった。
「ぼっ!!! 」
吹き飛ばされた。
壁に激突。
込み上げる血。
腹の血が止まらない。
(まじぃ不味いマズイ……どうスっかなぁ。あと一手足らねぇ )
「歩さん!! 」
どうやら避難所の傍に吹き飛ばされたらしい。
彩音が飛び出てきた。
「お腹が、足も!! なんでそんな無茶を!!?
「お前……戦えるか? 」
「えっ? 」
困惑する彩音の胸ぐらを掴んで、そう聞いてみる。
話してる暇は無い。
時期に俺が死ぬから。
「この怪異相手に、全力を出して、お前は、戦えるか? 」
「いや……私は 」
そうだろうと思った。
こいつは戦えない。
まだ。
だからその左腕をナイフで刺す。
「……えっ? ……ッッッ!!!!! 」
「じゃあ邪魔すんな。今めちゃくちゃ楽しいからなぁ!! 」
悶える彩音を置いて、また怪異に突っ込む。
どうせ死ぬ。
だから胸に、腹に、腕に、歯で、刃で、傷を作って、
「よぉ怪異ども!!! 」
挨拶するように、怪異を殺す。
迫る腕を、爪を、躱して、避けて、ネコの眉間に膝蹴りを打ちこむ。
「ん? 」
倒れたネコは壁を壊した。
地面からは何千もの腕が生え、その中に投げ飛ばされ、沸いてでたネコが壁の穴を塞いだ。
閉じ込められたようだ。
「お前は……なぜ戦う? 」
襲ってくるネコを殺してると、一匹がそう呟いた。
「その傷、致命傷。戦っても、勝っても、死ぬ。なぜ足掻く? 」
「なんでって〜!? 死にたくねぇから!! 」
「だが死ぬ。なぜか? 誰も助けに来ないからだ 」
よく見ると、さっきより部屋が狭い。
逃げ場も少ない。
腕の本数も増えた。
「さっき渡した紙……ナイフの中にある手紙 」
「あっ!! バレてた!!? 」
「アイツは読んでる。だが動かない。それもそのハズだ 」
雑兵のネコの群れ。
それは良い。
だがスキをついて来る、鉄パイプを持った腕。
これを躱す。
のに、体力を使う。
「調べた。知った。ヤツの絶望は乗り越えられない。あれは深い、誰も、救えない、闇。だから動かない、動けない……絶望とは、そういうものだ 」
「ちげぇよ!!! 」
奪った鉄パイプ。
を、ぶん投げる。
うるせぇネコの眉間に的中。
「絶望ってのはロープなんだよ! それを越えても! くぐっても!! しつこく足に! 首に絡んで! 人生を邪魔してくる物だ!!! だから越えるのは簡単だ!! その先がシンドいだけでなぁ!!!だから動く!! アイツは!!! 」
「……… 」
ピタリ。
急に、ネコたちの動きが止まった。
「あっ? 」
「貴様……取り引きをしないか? 」
「俺、ミンチよりステーキの方が好きだけどなぁ 」
「そういう話では無い 」
喋るネコが、近付いてくる。
「お前は苦しみを知ってる。その目、その躊躇いのなさ。絶望を知ってる者だ。だから取り引き、俺たちと共に来い。お前なら、俺たちの思いも理解できるハズだ 」
「見返りは? 」
「望むならなんでも。奴らを逃がしてやっても」
「とーう!!! 」
わざわざ近付いてきてくれたネコ。
その眉間を飛び蹴りで貫く。
「話長ぇんだよお前!! そして断る!!! 」
「……なぜ? 」
「明日俺デートなんだよ!! 人生初めてのなぁ!!! 邪魔すんな殺すぞ!!! 」
中指を立て、舌を出し、血まみれの顔でグチャりと笑う。
するとネコは倒れ、別のネコが、喋り始めた。
「そうか…… 」
ガタンゴトン。
聞きなれない音が。
空から。
「残念だ 」
落ちてきたのは、一両の電車だった。
(そう! いえば!! 混ざってたんだったな!!! )
空からの質量爆弾。
躱す。
飛ぶ。
落ちた電車の壁を蹴って、ネコたちから距離をとる。
「あっ? 」
着地場所に鉄パイプが。
足を串刺しに。
壁から生えた腕。
の持つ鉄パイプが、俺の腕を貫いた。
『プゥゥゥ!!!!!! 』
「マジか 」
壁を走る電車。
その進路は、磔られた俺の上。
「よっこいせぇ!! 」
全力を右腕に。
腕を縦に裂いて、その傷で壁の腕を消して、倒れる勢いで足のパイプを抜く。
あとは躱すだ
「あっ? 」
壁から生えたもう一本の腕。
が、俺の右腕を掴んだ。
「やっべ 」
『グタン!! 』
通り過ぎた電車。
回る車輪。
それが俺の腕を引きちぎった。
プラプラプラプラ、ちぎれた皮が揺れる。
パタパタ、伸びた血管たちが赤いものを漏らす。
引きちぎれた、腕は。
宙を舞い、
「腕ぇ 」
それを掴んで振り下ろす。
「ソーーード!!! 」
「っ!? 」
引きちぎれた手と恋人繋ぎ。
それを振り回してネコの首を折る。
「俺の腕つぇぇぇ!!! 」
振り回してる腕は、鋭利な歯に噛み砕かれた。
「やっぱよぇぇぇぇ!!!! 」
ゲラゲラ笑いすぎた。
地面から生えた腕に捕まれ、ネコのタックルが腹をえぐった。
「ぶっ!!? 」
壁に。
また激突。
折れた骨が内蔵に刺さった。
傷から口から血が止まらない。
「テンション…… 」
地面に落ちたパイプ。
それを拾って、
「上がって来たぁぁアぁ亜ぁ阿a!!!! 」
また怪異に突っ込んだ。
「あひゃゃびゃららぁ!!!! 」
脳がバグって気持ちぃ。
殺すの気持ちぃ。
骨を居る旅!!
命を粒す足袋!!!
五味みたいな人生を忘れ羅れ瑠。
「アハッアハッアハハッ!!!! 」
ネコの頭蓋をクルミみたいに噛み割る。
「ヒヒッヒヒッ!!! 」
腕を蹴る。
生首を蹴り飛ばすように。
「あーAh〜亞〜!!! 」
「なぜそれで……生きている!!? 」
足、ちぎれかけ。
腕、煮込んだ鶏肉みたいにボロボロ。
腹、血が止まらない。
でも走れる。
でも殺せる。
なんで生きてんだろう?
「おぉ? 」
足元がグラつく。
眠くなってきた。
「い、今だ殺れ!! 」
ネコがゾロゾロ〜。
あっそうだ。
「ぶっ!! 」
舌の先っぽ〜、噛み切って〜〜〜
「おはよう!!! 」
痛みでお目覚め元気だぜ。
頭も7徹目くらいにグチャグチャで、
「っ!? 」
殺すのあぁぁぁあ楽しいぃぃぃぃイイ!!!!!
ーーー
歩さんは、向こうの部屋に閉じ込められた。
悲鳴も聞こえる。
でも動けない。
穴が空いた腕も、止血できないでいる。
「無理ですよ……私には 」
地面に落ちた紙。
ナイフの中にあった手紙には、血でこう書いてあった。
『好きな地獄を選べ』
と。
でも選べない。
いつもこうだ。
二つ道があっても、それしか道がなくても、後ずさって、足踏みして、ずっとずっと動けなくて、気がついた時には、時間に体を転がされてる。
そうやってズルズル……ズルズル転がされてる、体だけ大きくなって、歳だけとって、ここに居る。
私はずっと変われてない。
だから動けない。
お母さんが死んだ時も、私が失敗して、先輩が大怪我を負った時も……動けなかった。
明日も明後日も、たぶん大人になっても、私はこのまま変わらないと思う。
だってこれまでがそうだったから。
これからを変えようなんて思えない。
そう思って変わろうとした自分を、自分で何度も裏切ったから。
もう嫌なんです。
私は……私は……
「……血が 」
床に広がる赤いものが、白い紙に少しだけ染み込む。
それを指先でつまんで、動かした。
無意識だ。
そしたらチラっと、透けた紙の向こうに、文字が見えた。
(もしかしてこれ……裏面が? )
何も考えずに裏を見る。
そこには赤い血で、汚い字で、こう綴られていた。
『お前の苦しみも絶望も俺は知らない。
どれだけ暗闇で足掻いたか。
どれだけあの息苦しさに耐えたかも知らない。
でも言う。
今は 動け。
お前が動かなきゃ俺が死ぬ。
だから動け。
』
(無理ですよ……私は今日も)
『動けないと思ってるなら、それは違う 』
(……えっ? )
『動けないのなら、お前は今日まで生きてない。
だから動ける。
俺が死んだあとに、避難者が全員殺されたあとに。
でもそれじゃあ、お前はずっと地獄に居るだけだ。
だから崖っぷちに立て。
そして選べ。
背中は押してやる。
独りだけ生き残るか、トラウマに傷を抉られながら、誰かと一緒に生きるか 』
そこで文字が途切れた。
裏には当然、
『好きな地獄を選べ 』
そう書いていた。
全身に衝動が駆けた。
それは首を吊ろうとした時に、屋上の柵を乗り越えた時に感じた、アレ。
行かなきゃならない、前に進まなきゃならないという、自殺衝動。
「それは見えぬ場所にて行われる恐怖 」
後先が見えなくなる。
合理も理性も、頭から消えてなくなる。
「社会の影に、屋根の下にそれは隠れ 」
それでいい。
それがいい。
今はこの衝動に溺れたい。
「輝く道に闇を閉す 」
両腕にヒビが走る。
這い出てきた赤い人の腕が、私の腕を赤く染めていく。
「それは大人を殺し、傷付け、終わらせるもの 」
髪の色は黒く染まり、ただでさえ大きな体が、更に大きくなっていく。
「それは子供を殺し、歪め、才能を壊すもの 」
耳には無数のピアスが突き刺さり、頬には黒い涙のタトゥーが浮き出ていく。
服はへそを出す過激なものに。
そして腕には肉が巻き付き、赤く、太く、人を殺しやすい、巨大なものに。
「私は破壊。ただ一瞬の行動で、一つの人生を終わらせるもの 」
ねぇ……歩さん。
私ずっと思ってたんです。
力が目覚めた時。
後悔したんです。
「傀異化…… 」
どうしてもっとはやく、お母さんが死ぬ前に、この父親を殺さなかったんだろうって。
でも迷いません。
どう足掻いても地獄なら、私は……殺りたいように殺ります。
この殺意のままに!!
「理不尽なる、暴力の怪異……子閉じ箱 」
彩音さんは自殺未遂を8回くらいやった事があります
なので左手には深い切り傷がビッシリ、切り落とそうとしたせいで右薬指の感覚はありません
ちなみに歩くんの自殺未遂回数は、120回くらいです