File.8 虐待の記憶
危険な任務だって言われた。
新人が来るから気をつけてって、哀花と咲に心配された。
でも頑張ろうと思ってけど……こうなる事は予想してない。
誰が敵かも分からず、いつ殺されてもおかしくない閉鎖された空間に、私たちは閉じ込められた。
圧迫感で……緊張感で……不安で心配でもう吐きそう。
(どうしたら、どうやったら無事に帰れるの……避難者の人たちも居るし、歩さんは新人だし……私は先輩として何したら)
「だからまぁ 」
後ろからカチャンと鉄が擦れる音と一緒に、
「全員殺すか 」
歩さんが銃を構えた。
「……いやいやいやいや!!? 」
脇の下に手を突っ込み、持ち上げた体を壁に押し付ける。
咄嗟だから加減できなかった。
ガンって音も鳴った。
なのに歩さんは、キョトンと目を点にしている。
「いや……はぁ!? あなた何して……はぁっ!!? 」
「落ち着け。日本語話してくれないと分からねぇ 」
「いやバッカ、ですかあなたは!? 私たちと同タイミングでここに来たとか色々あるでしょう!!? なにノータイムで殺そうとしてるんですか!!! 」
「じゃあ聞いて見よーぜ。今日ここが初めてだって人〜? 」
歩さんは体を傾け、遊園地のアナウンスみたいなノリで、後ろにいる人たちに手を振る。
でも誰も反応しない。
急に聞かれたからとかじゃなくて、誰も反応をしてくれない。
「ほら、ほぼ確定じゃね? 」
「いや……まだ行方不明届けが出されてないだけとか 」
「でも30人も生き残ってるのっておかしくねぇか? 後から来た観測隊が死んで、なんの力も持ってない一般人が死んでないのは変だろ 」
「それは…… 」
反論したかった。
でも話を聞けば聞くほど、そうかもしれないという考えが脳裏を這い回っていく。
「だからたぶん、こいつらを盾にして誰かをおびき寄せたかったんだろ……怪異狩りは一般人を殺したがらないからな 」
おびき出すと言われ、頭の中でピッタリとピースがハマった。
哀花さんだ。
哀花さんを殺すために、こんな手の混んだことを
「お前が犯人だろ!! 」
「ヒッ!? 」
大声。
内蔵が跳ねる。
「俺は見てたんだぞ!! お前が怪異に襲われなかったのをなぁ!!! 」
「はぁっ!? そういうお前だってなんで傷一つ着いてねぇんだよ!!! 」
避難者の若いホームレスたちが言い争いを始めた。
「まっ、待ってください。まだ確定と言うわけでは」
そう言ってパニックを収めようとするけど、
「私知ってるのよ!? 怪異は子供に宿るって事をね!! 」
止まらない。
「違います!! この子はそんな力持ってません!!! 」
「嘘おっしゃい!! 庇うってことはアンタも共犯ね!!! 」
「ちがっ、私はただの母親」
「お前か!!! 」
止められない。
「お前が」
「私はちが」
「俺じゃな」
「あんた」
「殺せ!!」
「やめろ 」
「ちが」
「アイツらだろ!! 怪異の力を持ってる子供は!!! 」
指を向けられた。
全員の目が、私に向いた。
「あっ……いや 」
心臓がミシッと絞られる。
嫌な汗が止まらない。
「そうだ!! こいつらだって無傷で怪異の力を持ってるんだ!!! 」
「ちがっ……私は…… 」
胸の内に重たいモノが、ムカデみたいなのが喉を上がってくる。
「そうだ!! 殺せ!!! こいつを殺せば」
「俺は家族の元に帰らなきゃいけねぇんだ」
「早く返してくれこの無能!! 」
「おいなんとか言えよ!! 」
耳鳴りが息が男に腕掴まれて一気に吐き気が
「はーいご注目 」
ダンッ!! …… 銃声が響いた。
「なぁなぁ知ってっか? 金魚の婆さんが猫に食い殺された話 」
ニタリと笑う歩さんが、男の手を掴んだ。
「何言って」
「あぁそれと、昔のクラスメイトが駅のホームで自殺したってよ。首に輪っかを付けて、電車に引っ張って貰ったらしい 」
足を引っ掛けられて、後ずさる男は転ぶ。
歩さんは馬乗りになって、
「なぁ知ってっか? 最近大人が殺されたらしい 」
こめかみに銃を突きつけた。
「こんな風に 」
ガチャリと銃が唸り、
「ひぃ!? 」
「バーン……ってな 」
ヘラヘラっと笑う歩さんは、大人の上に立ち上がった。
そして睨んだ。
私を見る大人たちを。
「なぁ、お前らの前に居るのはなんだ? まだ若い子供だぞ? 」
「そ、それがどう」
「それに向かってさぁ、大人が殺せだの無能だの犯人だの……はぁ。無能はどっちだよクソ野郎どもが 」
「お、俺たちだってずっと閉じ込められて……すまない。子供に対して」
「じゃあ俺はムカついたからお前を撃つ。その後に謝ってやる……謝れば許してもらえると思うなよ? 」
「……っ 」
「黙れ死ねようるせぇよ。おら座れお前ら……怪しい動きした奴、全員俺が殺してやるからさ 」
歩さんが銃を構えて笑うと、大人たちは渋々座った。
……良かった。一応パニックは収まっ
「んぅ 」
込み上げた。
喉から。
酸っぱいものが。
「ん? 」
出る。
外に。
「ェヴェッ!! はぁ……はぁ…… 」
出た。
ドロドロなパンに、少し形の残った野菜が。
あと胃液。
気持ち悪い。
「あぁもう……また………… 」
頭が痛い。
ずっと殴られてるみたいで…………殴られる?
「あっ 」
ごめんなさいごめんなさいなんで殴らないで本を読んで死ね殺せばよかっお母さん一緒にご飯帰ってきてきてきてなんで殺殺死にたかかかかかっ愛して抱きしめ殺なんでどうしてなんでなんでなんでなんでなんで
「ヴゴッ……はぁ……エェ…… 」
また出た。
苦いのが。
口の中に、ドロドロのトマトが、残ってる。
吐き出す。
不味い。
死にたい。
「どうして私が…………生きてるの? 」
「大丈夫……じゃねぇなー 」
歩さんが居る。
何故か、私の吐いたモノをじっと見てる。
「おー、朝食はサンドイッチか 」
なんか気持ち悪いこと言ってる。
でもツッコム気にもなれない。
「なんでここに」
「ほら水。吐いた後は気持ち悪いからな 」
ペットボトルを差し出された。
すぐに飲む。
ぜんぶ。
ぬるくて苦くて美味しくない。
でも少し、楽になった。
「これ……どこから? 」
「この階層の特徴だ。そこら辺にある箱開けたら、出てくんだよ 」
そう言いながら、歩さんは私の隣に座った。
……キモイ、気持ち悪い。
「なんで向こうに行かないんですか? 」
「お前が」
「心配だから? ……それって私が女だからでしょう。下心が見え透いて気持ち悪いですよ 」
自分でも酷いことを言ってる自覚はある。
でも一人になりたい。
今はただ、一人で泣いていたい。
「おうそうだぞ。俺女が大好きだからなぁ、理由の二割がそれだし 」
あれだけの事を言ったのに、歩さんはずっとヘラヘラしている。
「……残りは? 」
「お前が俺を助けてくれたから 」
「助けた? 」
「ほら落ちる時。壁に刀ぶっ刺して助けてくれたじゃん 」
「あっ 」
「俺なぁ、俺を助けてくれる人が大好きなんだ。だからお前を助け返したい。そしたらまた助けてもらえるだろ? 」
「……ふっ、なんですかそれ 」
頭のおかしな気持ち悪い話なのに、なんだか笑ってしまった。
そのおかげで少しだけ胸が軽い。
でも吐きそうな辛さは止まらない。
「だからまっ、話くらいなら聞くぜ? 否定も肯定もしねぇ……ただ話を聞くだけだけど 」
私たちは今日会ったばかり。
こんな知人でも友達でもない男に話す必要なんてどこにもないけど……今はもう、楽になりたい。
そうなれるなら誰でもいい。
「私……ホームレスだったんです 」
口からたらり、言葉がこぼれた。
「元々家はあったんですけど、放火で全焼して……両親が親族との関わりが薄くて、誰からも助けて貰えないで、お金も焼けて……私が5歳の頃に、ダンボールの家に住みました 」
今でも覚えてる。
あの紙の匂いを。
雨もろくに防げない、寒い家を。
「父は日雇いのバイトに、お母さんは夜の街に。そして私はずっと……凍えていました。ひらがなしか読めませんでしたから 」
あの時の孤独は、寒い日だと今も思い出す。
「父は私を殴りました、役立たずだって……お母さんは守ってくれました。あなたが産んだ訳でもないと父を叱ってました……ご飯は少なかったけど、たまにこっそり……お母さんが持って帰ってきたチョコレートは凄く美味しくて…………それと本も持ってきてくれました。字は読めなかったけど……蝶の絵があった、何かの本。それを見て、自分の背中に羽が生えて、空を飛ぶ妄想もしてました 」
少しだけ楽しい日を思い出した。
でもあの日だ。
あの日がすべてダメになってクソになってみんなみんな
「落ち着け。ゆっくりでいい 」
「あっ……はい 」
腕を引っ掻くのをやめて、無駄に大きな手で腕を掴む。
体操座り……この体制が、今でも落ち着く。
「その日……お腹が空いて、誰も居なくて、本を持って一人で外に出たら、小さな女の子を見たんです。綺麗な服を着た女の子が、綺麗なお母さんに本を、ベンチでゆったり読んで貰ってて……急に、胸を掻きむしりたくなって、羨ましくて……私も読んでもらいたいって思ったんです。だから頼みに行ったけど……読んでもらえなかった。『汚い』って……言われた。でも読んで欲しかったから、誰かに、少しでもいいから読んで欲しくて、周りの人に声をかけたけど……誰も……誰も…………そしたら、大人の人が声をかけてきた。男だった……その人から頭に手を置かれた。怖くなった、父と似てたから、殴られるって 」
ミシッて、掴む腕が軋む音がした。
でも痛くない。
胸のほうが痛い。
「ずっと逃げました。走り続けました。裸足でずっと、痛くて怖くて怒られたくなくて、走って走って走って……肺が張り裂けそうで、家の前に着いたら吐いて……そこに……アイツが居て、私は殴られました。酔ってました、家を汚したことを怒ってました、蹴られました。お母さんが…………守って…………動かなくなりました。頭を打って……地面に小さな赤いのが……だから埋めました。共同墓地に……父は殴らなくなりました。私はなんでお母さんを埋めたのか理解できなくて……ずっと掘ってた。墓を、爪が剥げたけど、土が赤くなったけど……寂しかったから 」
今でも血を見ると思い出す。
あの時の喪失感を。
「そうしてたら、上から何かが落ちてきて……顔を上げたら、目の前に……怪異が居た 」
あの時の恐怖を。
「赤い何かをベッタリ顔につけた、絵本を持った、ムカデみたいな怪異。それから逃げました、逃げました、転びました、胸を刺されて……大きく開いた口の中に連れ込まれて……目が覚めたら…………私は家に居た。父は私を怒鳴りました、なんで掘り起こそうとしたのかと。殴らないと言ったのに、拳を振り上げて、私はそれが怖くて、手を払いました。そしたら父の腕は飛びました、壁にめり込みました……家が血まみれでした。その後怪異狩りがやってきて、私は偶発的に怪異を宿した少女だと言われて、私たちは保護されて、美味しいものを貰えて、家も貰えて、ここに居ます 」
「……そうか 」
歩さんにしては珍しい、静かな物言い。
それから無言が続いた。
「言わないんですね……辛かったなとか 」
「あぁ。今も辛いだろうからな 」
「……優しいんですね 」
「さぁな 」
また無言が続く。
「どうしてお前、怪異狩りなんてやってんだ? 」
「怪異狩りをしてるから保護されてるんです。だからやめたら、家が無くなっちゃいますもん 」
「でも金があるんだろ? 」
「私の分だけですけどね……アイツは父親です。お母さんを殺したとしても、家族を見殺しにするのは少し…… 」
出かかった言葉を呑み込む。
それを吐き出せば、もうダメだと思ったから。
「思うところがありますね 」
「その程度の悩みだったら、お前は苦しんでないだろうよ 」
「……えっ? 」
私を見透かしたような言葉。
それと一緒に、制服の上着をかけられる。
「羽織ってろ。寒いと色んなことを思い出しちまうからな 」
「……こんな経験、あるんですか? 」
「あぁ……俺のときは壁が穴だらけになったがな 」
へへっと笑う歩さん。
それを見て、私もふふっと笑ってしまった。
安心したから。
こうなるのは、私だけじゃないんだって思えたから。
「じゃあ戻る。何かあったときは声掛けてくれ 」
「……はい。ありがとうございました 」
「気にすんな 」
ギュッと、肩にかかった上着を握りしめる。
私の大きな身体を覆うには足りないけれど、その温もりはこの辛さを紛らわせるのに十分だった。
ーーー
「よーす、たっだいま〜 」
避難所の扉をてきとーに蹴破ると、壁際に人が片栗粉のだまみたいに集まっていた。
その中央には動かない大人が一人いた。
「どした? 」
「なっ、なぁ。こいつ……心臓が止まってんだ 」
「じゃあ心臓マッサージでもしたらどうだ? 」
「したんだよ!! でも……もう死んでんだよ!!! 」
メガネを付けた避難者の一人は、必死に剥げた男の胸を押す。
だが動かない。
アバラが折れて、胸が不自然な形をしているのに、反応のひとつすら示さない。
「なんで……ここは安全じゃなかったのか!? 」
「そ、そうよ!! 助けてくれた人達はここが安全って……というかあの人たちはどうしたのよ!!? 」
「みんな死んだが? 」
「死んだ? 」
「なんで」
「ここも安全じゃ」
「やだ」
「俺は出るぞ」
「このは」
(あーなるほど、そういう事ね )
この中に居る怪異を操ってる犯人の狙いがわかった。
だから、
「はーいご注目〜 」
声を上げて視線を集め、
「そのおっさん、俺が殺した……もちろん怪異の力でな 」
思いっきりでっち上げた。
「はぁ? なんで…… 」
「ウザかったから、さっき無能だの犯人だの言われたからな。いや〜バカだよなぁ。ここで殺されても、怪異に殺されましたって言えば罪にならねぇんだもん 」
「そんな……俺たちを守って」
「俺だって死にたくねぇからな〜。俺に危害を与えようとする人間は、事前に殺すべきだろ? 」
「……きさっ」
メガネの男が飛びかかってくるよりはやく、その眉間に銃を突きつける。
「おっ敵か? お前が怪異操ってる犯人か? 殺すか? 死ぬか? 」
「ちがっ……俺は…… 」
「違うならじっとしてろよ。ほら 」
肩を足で押し、尻もちをつかせる。
その間にも周りに銃口を向け、襲われないようにする。
「お前らもさぁ、口と行動には気をつけろよ。怪しいと思ったら、そのおっさんみたいに殺してやるからさ 」
ハッタリは上手くいってくれたらしい。
誰も騒がなくなった。
これで彩音がどうこう言われる心配もないし、犯人がしようとした事……パニックで避難者に暴動を起こさせ、そのどさくさで逃亡、あるいは俺たちを殺すって計画がおじゃんになったハズだ。
読み違いながら、俺が頭のおかしな奴って思われるだけで済むし、これは得策だと思う。
「い、ろ、は、に、ほ、へ、と 」
歌いながら、一人一人に銃を向ける。
たまにリロードしたり、たまに銃のハンマーを下ろしたり。
だが変な動揺は感じない。
誰もがビビり、困惑し、死にたくないと言った目をしてる。
「あぁアイツ怪しい動きしたな!!? 」
適当に指さして叫ぶが、この反応も同じ。
うーん……ここに犯人が居るのか、だいぶ不安になってきた。
俺の考えが検討ハズレか、動揺しないように訓練してるのか、隠すのがめちゃくちゃ上手いか。
この三択が探すの面倒だし、やっぱ全員殺した方がいい気がするなぁ。
ーーー
(なに考えてんだアイツ!? こいつのせいで計画がおじゃんだ!!! )
計画は簡単なものだった。
俺の怪異で人質を増やし、泡魅 哀花 を抹殺する。
だと言うのに、この新人が余計なことをしやがって。
(どうする? まだ待つか? いやこいつなら本当にこの場の全員を殺しかねない。だが新人の怪異が分からない以上、正面戦闘は危険だ。しかも向こうにはあの彩音も居るんだ )
冷静に、銃を向けられても普通の人間のように驚き、静かに計画をねり直す。
(……仕方がない、奥の手を使うか。それで新人の怪異が分かれば次の計画に。最低でも、奴らの動き方が見れればそれでいい )
そよ風のように付きまとい、突風のように一瞬で攫い、殺す。
それが俺のやり方。
誘拐の怪異……その戦い方。
(…………今だ )
ブチリ……頭の中で、何かちぎれる音がした。
次回!! 歩くんの殺らかし!!!
殺戮スタンバイ!!!!