File.7 Level 0 ロビー
「あの〜……ハイテンションなところ申し訳ないんですけど、バックルームとは? 」
でっかいケツを痛そうにさすりながら、彩音はそう聞いてきた。
「1枚の写真から作られた創作話だ。地上から理由無く落下した場所は、部屋が半永久的につづく迷宮でしたってやつ。その映像とかもあって海外じゃ有名な話だ 」
「あっ、そうなんですね。歩さんがオタクで助かりました!! 」
(あーーーーーー……こいつ殴りてぇぇぇぇぇ )
さっきから余計な一言にイライラしっぱなしだが、今はこんなことしてる場合じゃない。
「……ん? どこに? 」
「歩きながら説明する。ここでじっとしてんのは危ねぇ 」
とりあえず彩音を立たせ、無限につづく迷宮を離れないように突き進む。
(壁触っても消えねぇ……怪異じゃないのか? )
刀で切った手を湿った壁につけてみるが、なんの変化もない。
つまりこの壁は怪異じゃないと言うことだ。
俺の傷口に触れれば、怪異は消えるはずだからな。
「んで」
「あの……あっ、すいませんすみません!! 先に話してください!!! 」
言葉が被ったくらいで、彩音は髪を振り回しながら謝ってくる。
それに少しだけイラつくが、突っかかっても仕方ない。
ため息を吐いて、さっさと話を進める。
「じゃあ言うぞ。バックルームには複数の階層があってな、層ごとに独自のルールがある。ここはLevel 0……進む度に部屋が変わり、二度と同じ場所には戻れない迷宮。はぐれたら合流不可能だ 」
「階層って事は……この下にまた違う場所があって、上が地上って事ですか? 」
「あぁそうだ。でも床や天井は絶対にこわっ」
「せーの 」
吐息混じりの可愛らしい声と悪寒。
すぐさま振り向くと、そこには巨大な太刀を掲げる彩音が居た。
「バカバカバカバカ!!!! 」
速攻で銃を抜く。
「ちょちょちょちょちょっ!!!? 」
銃口を向けられた彩音は、そのまま尻もちをつき、ガシャンっと太刀が地面に落ちた。
「急に何するんですかあな」
「人の!! 話を!!! 聞けぇぇぇ!!!! 」
こいつのせいで、ひっさしぶりに大声を出した。
おかげで息は上がるし喉が痛い。
マジざけんなこいつ……
「良いかぁ? この階層の天井や床を壊せば、更にヤバいとこにワープさせられる。そういうルールだ 」
「えっ、じゃあどう出るんですか? 」
「言ったろルールがあるって。ここからの脱出方法は……約100km進むことだ 」
「100km……って、どのくらいですかね? 」
「車なら2時間くらい。徒歩なら……休憩含めて3日ってとこか 」
じっとしてる時間も勿体ないから、彩音を連れて迷宮を進みつづける。
2時間くらいここに居たからか、カビ臭い湿った壁や四角い蛍光灯の点滅にも慣れてきた。
「ねぇ嘘ですよね!? 3日って嘘ですよねぇ!!? 」
後ろのキンキンした声以外は。
「お前……少しは静かにしろ。ここにもエンティティっていう怪異が出るからな 」
「えぇぇ!? ムリですムリですマジで無理です!? 私怪異嫌いなんですよ!!! 」
「じゃあなんで怪異狩りなんてしてんだよ 」
「それはそのっ……あっ、歩さん!歩さんはなんで怪異狩りに!? 」
(話逸らすの下手かよ )
彩音は聞かないでくれと言いたげな、青い顔をしていた。
少し気にはなるが、本人が話したくないのなら無理に詮索する必要も無い。
さっさと理由答えて、話を終わらせよう。
「俺は哀花が好きだから怪異狩りをしてる。一緒のチームに入れば、一緒に居られる時間が増えるからな 」
「へー……えっ? 」
「えっ? 」
正直に答えた。
ただそれだけなのに、彩音は信じられないものを見たような表情で、半歩後ろに引きさがった。
「あのー……哀花さんとはどういうご関係で? 」
「少し前に知り合ったばっか 」
「す、好きって憧れ的な感じー……ですよね? 」
「いや? likeじゃなくてLoveの方だ。なんなら性的に好きだ 」
何故だか分からないが、辺りがやけに静かになった。
「……へ」
「へ? 」
「変態ですぅぅぅこの人ぉぉぉぉ!!!!! 」
「あぁ変態だが? 」
「サラッと言う辺りガチじゃないですか!!! 気持ち悪い!!! ストーカー!!! 犯罪者予備軍!!!! 」
「おーおー好き勝手言うなぁお前 」
理由は分からないが、ここまでピーキャー騒がれるとうるさくて堪らない。
もっかい銃で黙らせ
「ん゛っ!? 」
ようとした瞬間、彩音は急に肩を震わせた。
心無しか顔も赤い。
「どした急に? 」
「いや……あの……さっき言おうと思ってたんですけど……そのぉ……トイレに行きたくて…… 」
「そっか。じゃあそこら辺でしろ 」
「まぁ……そうなりますよね…… 」
モジモジしながら歩く彩音。
その後ろをとりあえずついて行く。
「……えっ? 」
「えっ? 」
「なんで着いてくるんですかあなた!!? もしかしてアレです!!!? 見境ないタイプですか!!!!! 」
「いや違ぇよ。俺にだって好みはある 」
「もう死んでくださいよあなた!!!! 怖い!! 怖いんですよもう!!!! 」
「でも出してる時にバケモノ来たらよ、一人でどうすんだ? 」
「あっ 」
「……まぁ見るわけじゃねぇから。さっさと済ませろ 」
「…………………… 」
「んだよその顔 」
彩音は何か言いたそうにふくれっ面をしていた。
が、何も言わずに部屋の隅に言ってしまった。
「ほんとに見ないでくださいよ!!? 」
「あぁ。興味ねぇから安心しろ 」
「死ね!!!! 」
ボーッと、できるだけ何も考えないようにしながら、通路側を見る。
すると後ろから、ジョボジョボ水音が聞こえてきた。
(興味ねぇとは言ったけどなぁ……女子が後ろでトイレしてるってのは、なんかムズムズする )
ボーッと、ボーッと、何も考えないように。
何も考え
「ん? 」
カンっ……蛍光灯が落ちる音が響いた。
通路は暗くなり、照明が付き、また暗くなる。
何度も何度も、カンカンっと蛍光灯が点滅するたびに、悪寒が強くなる。
『カンッ 』
暗くなった通路に、白い笑顔が浮いていた。
「キシャァアアアガッ!!? 」
「あぁ、スマイリーか 」
反射的に首を掴み、その顔をじっくり観察してみる。
その牙と目は暗闇で薄く発光し、長い猫のような胴体は暗闇に同化している。
パッと見れば、闇の中に笑顔が浮いて見えてしまうって感じか……怖いな。
「ギッ……ギャッ!! 」
「うるせぇ 」
とりあえず首をへし折ると、生暖かい肉が痙攣をはじめた。
首を折れば死ぬってのは動物と同じなんだな。
「あの……今の音はなピィッ!!? なんですかこれ!!!? 」
後ろからまた騒がしい声が聞こえた。
振り返れば、シワだらけのズボンを履いた彩音が困り顔で立っていた。
たぶん相当急いだんだろうな。
「これ? スマイリーっていうエンティティ。ほら、発光する歯が笑って見えるだろ? 」
「近付けないでくださいよ!!!! というか大丈夫なんですか!!!? 」
「あぁ、一匹なら俺だけでも余裕だ。一気に集団で来られない限りは」
カンッ……部屋の明かりが落ち、闇を覆い尽くすほどの白い笑顔が浮かび上がった。
「大丈夫だって言いたかったんだがな 」
「ヒィィィィ!!!! 」
悲鳴とともに、彩音の太刀が笑顔を切り裂いた。
だが崩れた顔はケタケタ笑い、こっちに近付いてくる。
「走るぞ!!! 」
彩音の手を掴み、全力で走る。
進むたびに蛍光灯は点滅を繰り返し、暗闇が訪れるたびに笑顔は増えていく。
「お前、怪異使わねぇのか!!? 」
「使いたくないんですよぉぉ!!! そういうあなたは!!? 」
「俺は怪異持ってねぇ!!! 」
「はいぃィィ!!!? 」
「だからお前だけが頼りだっての!!! 」
部屋を進み角を曲がり、全力で暗闇を進んだ先には……足場がなかった。
「はっ? 」
「およっ? 」
浮遊感が背をかけ登った。
「うぉぉぉぉ!!!? 」
「キャアアアア!!!! 」
(不味った!! どうする!? 壁になにか!!! 刀!!!! )
「ふっ!!! 」
刀を壁に突き刺す。
だが力が足らなかったらしい。
刃は根元まで突き刺さらず、刀は手からすっぽ抜けた。
「おいマジかよ…… 」
「歩!! 」
名を呼ぶ声とともに、ダンっと壁を蹴る音がした。
「さん!!! 」
後ろから何かに包まれ、壁に太刀が突き刺さった。
その刃は根元までズップリ差し込まれ、俺たちの落下を止めてくれた。
「大丈夫ですか歩さん!!!? 」
「あぁ……助かった 」
どうやら彩音が抱きかかえてくれたらしい。
おかげで落下死せずに済んだが、ちょっと困ったことがある。
(やっっっっべぇぇぇぇ……でっけぇしやっわい )
後頭部に感じる確かな柔らかさ。
クッションというかソファーみたいな感触がヤバい。
……ふぅぅぅぅ、落ち着け。
俺は哀花一筋だ。
他の奴らなんて……あぁそっか。
別にどうでもいいんだった。
「えっと……ここ何処ですかね? 」
「あぁここか 」
彩音から降りた先は、上とは違って地面はコンクリートでできていた。
壁からは折れた鉄骨が顔を出し、天井からは電線が垂れ。
足元に立ち込める霧は濃く、古びた倉庫を思わせる無機質で不気味さが溢れるこの場所は……
「Level 1 生存可能領域 」
「生存可能……えっ? それが名前なんですか? 」
「あぁ、このレベルまでは生きられるって意味だろうよ。この下は人間じゃ生きられねぇ 」
「へー……ち、ちなみに下はどんな場所なんですか? 」
「まず気温30度以上 」
「30度!? 」
「あと通路が狭くって、増える鉄パイプが体を拘束してくる。要するに、動けなくなったあと蒸し焼きにされるって訳だ。そうならなくても、閉所で怪異に追いかけられるのはキツいだろうな 」
「ひぃぃ…… 」
「あともう一つ、気になることがある 」
上を向くと、俺たちが落ちてきた巨大な穴がよく見える。
けれどさっきまで襲ってきた怪異たちの姿は、やはりない。
「やっぱりこれ、自然発生した怪異じゃねぇな 」
「えっ? 」
「怪異ってのは基本、人を殺すように動くんだ。なのに上のヤツらは、俺らが落ちた瞬間に追うのをやめた。まるでここに落とすのが仕事のようにな 」
「じゃ、じゃあ……怪異を身に宿した、人間の仕業だって言うんですか? 」
「たぶんな 」
「そ、それは有り得ないと思います 」
彩音がここまでハッキリと否定するのは、なんだか意外だった。
「なんで? 」
「か、怪異を身に宿したとは言え、操るのは人間ですから。そんな150億kmとかの範囲を具現したり操ることは出来ないと思うんです 」
「まー確かに。脳が追い付かねぇもんな 」
「は、はい。だからちょっと考えすぎかも……しれない……かもしませんですはい 」
段々としおらしくなる彩音の言葉は、まぁ正しいと思う。
けどやっぱり引っかかる。
人を殺そうとする怪異が、電車から迷宮……さらに地下深くに追い込むなんて、そんな回りくどいマネをするか普通?
「まぁ今考えても仕方ねぇ。とりあえずコンクリートの階段を探せ。そこを登ればさっきの場所に戻れ」
『誰か……居るのか!? 』
「ヒッ!!? 」
男の声がした。
すぐさま声のした方に振り向くが、そこには誰もいない。
通路に一つの時計が落ちているだけだった。
「あっ、あれ……偵察部隊の通信時計です 」
「……ちょっと周り見てろ。取ってくる 」
塞がった手の傷をもう一度切り裂き、血を垂らしながら走り出す。
だが気配の変化も奇襲も無く、時計は普通に回収できた。
「もしもし? 誰だお前? 」
『偵察部隊の……紅城だ。そっちは? 」
「討伐部隊 特別班の新人だ 」
『討伐部隊……じゃあ俺たちが集めた情報を伝える……一度しか言わねぇから……よく聞いてくれ 』
「あぁ。わか」
「ちょちょちょっ!!! 」
時計を耳に近付ける。
瞬間、猛ダッシュで近付いてきた彩音から時計を奪われた。
「怪異の罠かもしれないんですよ!? 聞いちゃダメです!! 私それで酷い目に会いましたし!!! 」
「いや罠じゃねぇよ。死にかけの人の声なんて、怪異じゃ出せねぇ 」
「えっ 」
『ハハッ……隠せると……思ったんだがな…… 』
通信の向こうのおっさんは力無く笑った。
『あぁその通り。そこから落とされた後、腕の怪異に両足を引きちぎられた。あとパイプが腹に刺さって身動き取れねぇ。焼いて止血はしたがもう死ぬ……だからお前らに情報を渡す……いいな? 』
「あぁ 」
「……はい 」
『まずコンクリートの階段、特に下へ続いてるヤツには近付くな。腕から引きずり込まれるぞ……俺たちはそれに落とされた。あと左壁沿いにクソ猫どもの巣がある。そこにも近付くな……特にヤツらの卵は何があっても割るな。そこに集まってくるぞ……最後にゲホッ…………右壁沿いに、小さな空間がある。そこに生存者を避難させた……保護してやってくれ…………以上だ 』
正直、情報は想像より少ない。
だが傷を焼いてまで延命し、助けてとも言わずに情報だけを託してくれたこいつを思えば、さすがに文句は言えなかった。
「あの……あなたは」
『無視してくれ。どうせ助からない 』
「そんな…… 」
「貸せ 」
青い顔をしている彩音から時計を奪う。
今から言うことはすべて嘘だ。
だが……これから死ぬ人には、偽りでも労いの言葉くらいあった方がいい。
「助かった。お前らの情報のおかげで、俺たちが危険な目に合わなくて済む……ありがとう 」
『ハハッ、気を使わせて悪いな……あと頼みなんだが……その時計を家族に届けて欲しい……ゲホッ……遺体回収は……出来そうに……ないだろうからな 』
「分かった 」
『ゲホッゴポッ!! …………どうかお前らの生存を……祈ってる…………あまりにも早く来たら……俺が追い返して…………やるから……………な 』
通信が切れた。
もうそれ以上、向こうから声はしなかった。
「……で? これからどうする? 」
「もちろん……行方不明者を保護しに行きます 」
一応先輩な彩音の指示に従い、二人で右の壁に沿って進む。
だがなぜか、その顔はずっと暗いままだ。
「どうした? またトイレか? 」
「違いますよ!! ただ……あの声を聞いて、ちょっと気分が悪いだけです……あ、歩さんは平気なんですか? 」
「あぁ平気、どうでもいい人間が死んだだけだからな 」
「……そう割り切れるのは羨ましいですね 」
「あぁ、この世界は割り切った者勝ちだからな 」
「いや……皮肉なんですけど 」
「あっ、そなの? 」
「えぇ。ほんと頭が悪いですね 」
「おー。喧嘩売ってんなら買うぞ? 」
今回の気遣いは成功したようだ。
彩音は笑い、俺も少しくらい楽しい。
だが妙だ。
あれから数分歩いたが、怪異と一向に出食わさない。
バックルームの原作通りなら、二層の方が、怪異との遭遇率が高いはずなのに。
「あ、歩さん。あれじゃないですか? 」
「あー……たぶんアレだな 」
ふと彩音が指先を伸ばした先が、避難所だとすぐに分かった。
だって、キラッキラなイルミネーションたちが出入口らしき扉を照らしているから。
ご丁寧に『避難所』という文字盤も設置してる。
「たしかに一目で分かるけどよぉ……こうする必要あんのか? 」
「さ、さぁ? 学長の指示だってことは知ってるんですけど…… 」
「まぁ……行くか 」
「は、はい 」
とりあえず互いに武器を構え、扉を蹴破る。
「ヒィっ!!? 」
扉の向こうにある狭い空間。
そこには汚い大人や子供たちがすし詰めになっており、誰もが片隅で震える、本当に避難所のような場所だった。
「だ、誰だお前らは!!? 」
そのうちの一人の、赤い髪をした若い男は尖った鉄パイプの先を俺たちに向けた。
「お、落ち着いてください!! 私たちは怪異討伐部隊のものです!!! 」
「討伐部隊……来るのがおせぇんだよ!! なんで一週間も来なかったんだ!!? 」
「いっ、一週間!? 」
「……妙だな 」
「えっ? 」
彩音が対応してる間に避難者を数えていたが、どうも数が合わない。
「行方不明者の数は? 」
「さ、34名です 」
「んで電車にあった靴と歯は四人の者……じゃあ生きてるのは30人じゃねぇとおかしい 」
「えっ。2.4.6……18……31? 」
そう、おかしいんだ。
行方不明者が一人多い。
「じゃ……じゃあ 」
「あぁ。たぶんこん中に……この怪異を操ってるヤツが居る 」
だが好都合だ。
密室、容疑者が居る事は確定、そしてこいつらは知らない奴ら。
これならあの、密室犯人探しの必勝法を使える。
ちなみに歩くんは、怪異に対しては並の研究者より詳しいです
独学で調べた〜……と言うより、世界トップレベルの研究資料をとある女性から読ませて貰っていました
まぁそれを一文一句丸暗記するとか言う、人外じみたことしてるんですがね