File.6 地獄へ
次の日の朝。
「歩くん、キミは自分が何したか分かってるかな? 」
学長室で、俺は正座させられていた。
(なんか最近こんなばっかだな〜 )
「聞いているのかい? 」
「ハイ、タイヘンスミマセンデシタ 」
「わー、キミ棒読みが上手だね 」
ニコニコ笑う学長。
とりあえず俺も笑ってみると、バンッと机を思いっきり叩かれた。
「キ! ミ! の! せいで!! 校舎の壁が半分も焼けたんだよ!? 窓ガラスもほぼ全滅、もうちょっと申し訳なさそうにしたらどうかなぁ!? 」
「……わざとじゃねぇし 」
「はァァァァァァァァ 」
クッソ長ぇため息が学長室に響きわたる。
「……問題児だとは思ったけど、ここまでとはね 」
「はい? 」
小声がよく聞こえなかったが、なんか毒吐かれた気がする。
ちょっと言い返したい気持ちもあるが、今回に関しては俺が百悪いからなんも言えねぇ。
「まぁいいさ。槌子が避難誘導してくれたから怪我人も死傷者もゼロだし、子供の責任を負うのも大人の役目だからね 」
「じゃあ帰って」
「ただし!!! 次同じことがあったら問答無用で退学にするからね? 死傷者が居なかろうと、キミが生徒を危険に晒したことには変わりない 」
めちゃくちゃ正論で怒られた。
そのせいでマジで言い返しできない。
「……すみませんでした 」
「んっ……じゃあ寮に戻りなさい。反省文は忘れないように 」
「はい、失礼しました 」
冷や汗をかきながら扉を閉め、重たい気持ちで廊下を歩く。
(怒られた……怒られたなぁ〜 )
真面目に怒られたの、なんか久々な気がする。
(怒られた〜……怒られたなぁ……殴られたわけじゃないないから別にいいけど……なんか気分悪ぃ )
とりあえず壁に寄っかかって、気持ち悪さを我慢する。
ここがトイレなら絶対吐ける自信あるわこれ……
「歩、大丈夫? 」
「あー大丈夫……って哀花!? 」
後ろから背中をさすられたと思えば、哀花の透明な髪のいい匂いがしてきた。
「うん、僕だよ。というかなんで学長室から? 」
「いやァ昨日、事故って校舎の壁半分焼いちゃって 」
「ほんと何してるの…… 」
(うわぁぁん、哀花から引かれた!! もう無理死にたい!!! なんなら今すぐ死んでこれからずっと覚えてもら)
「まぁ怪我とか無くて良かったよ。ところで歩って、替えの服とかないよね? 」
「あぁ、家に埋めれちまったし。なんで急に? 」
そう聞くと、哀花はすんなりと答えた。
「じゃあ明日、一緒に買い物に行こうよ。制服着て買い物は危ないからさ 」
えぇっとなに?
買い物に行こう?
一緒に?
買い物→一緒に行こう→男女で→デート……デート!!?
実質デートじゃんこれぇ!!
「ん? もしかして嫌だった? 」
「いや違う!! あぁ違うってのは嫌じゃないって意味で、とりあえず行きたいです!!! 」
「ふふっ、なんで敬語なの? 」
「あっ……すまん 」
テンション上がりすぎて、なんか訳分からんこと言ってしまったァァァ。
恥ずかしすぎて死にたい。
コンクリに埋まりたい。
「じゃあ明日行こうか、土曜日は任務休みだし 」
「あ、あぁ! なんなら今日でも」
『緊急任務!! 』
突如、警告音が話に割り込んできた。
すぐさま時計を見ると、俺の方には通常任務が。
哀花の方は緊急任務という赤文字が浮かび上がっていた。
「ごめん歩、急いで行かなきゃ 」
「あぁ、俺も行かなきゃいけねぇ 」
「……気をつけて。また明日会おう 」
「哀花も気をつけろよ 」
「うん 」
そそくさと哀花は俺の隣を通り過ぎ、俺も目的の場所へ向かう。
時計に浮かび上がった場所……昨日、真城と行ったあの駅に。
「でえっと……あんた誰? 」
「ヒィっ!? 」
駅に着くと、なんか知らんやつが居た。
目が隠れるほどの紫色の髪をした女は、駅の隅で頭を抱えて震えている。
同じ制服を着てるからパンドラの生徒だと思うが……どうもこいつが学生には見えない。
刀も背も胸も足も、とにかくデカい。
というかしゃがんでるハズなのに、存在感が凄まじい。
膝の上に乗る、でっかい脂肪のせいで。
「わ、私は彩音と言います。所属部隊はあなたと同じで……す、好きな物は」
「いやそこは興味ねぇよ 」
「ヒィッ!? 自分から聞いてきたのに!? 」
声が高いせいで聞き取りづらいしうるさい。
なんか微妙に話食い違うし、声掛けただけで怯えるし……こいつほんとに戦えんのか?
「なぁ……そこの嬢ちゃんたち 」
「ん? 」
俺の背後からかすれた声がした。
すぐに振り向けば、そこに居るのは小太りしたおっさんだった。
ヒゲも髪も汚れが固まっている。
歯も汚ぇし、体も汚ぇし、酸っぱい臭いもする。
一週間くらい風呂に入ってない時の臭いだ。
「なんか用か? 」
「食べ物……金でもいい。何か恵んでくれねぇか? 」
「俺なにも持ってねぇぞ? 家無くなったばっかだし」
「そんな訳ねぇだろ!? 」
断った。
それが何故か、おっさんの逆鱗に触れたらしい。
「お前らパンドラの生徒だろ!? 金持ちの、俺らを見捨てた奴らの末裔が!! 」
(何言ってんだこのジジイ )
「そこの女もそうだ!! 」
「ヒィッ!!? 」
「いい肉付きしやがって!! 俺たちを見捨て食う飯はそんなに」
子供が大人に怒鳴られている。
その光景が俺の頭に記憶を呼び起こした。
誰も助けてくれない家の中で、子供が大人に殴られている。
そんな記憶が。
(うぜぇ )
銃を抜いて安全装置を外し、トリガーを引く。
発射された弾はジジイの耳横を通り過ぎ、ホームの壁にめり込んだ。
「……なっ!? 」
「あー悪い。お前の後ろに怪異が居てな 」
「ふざけるな!! そんな言い訳」
「次は、お前の眉間に現れそうだ。はやく逃げた方がいいぞ? 」
ニコッと歯を浮かせて、その頭に銃口を向ける。
それだけでクソ野郎は一目散に逃げ出した。
「この……ゴミクソ共が!! 」
(はいはいベタな捨て台詞ご馳走様でしたっと )
「ちょちょちょちょちょっ!!? 」
ひとまず銃をしまうと、彩音からすげぇ勢いで胸ぐらを掴んできた。
ついでにデカくてムニっとしたものが腕に当たった。
「……何? 」
「何じゃありませんよ!? 人殺そうとしたり銃持ってたり、あなたなんなんですか!? 」
「哲学か? 」
「違いますよぉぉぉぉ!!!! 」
「冗談冗談、銃は買った 」
「買ったって、ここ日本ですよ!? 」
「路地裏とか壁の近くで売ってるぞ? 銃火器は怪異に効果薄いから安いし 」
「ちょ、えっ……それ犯罪 」
「だから内緒にしてくれ 」
鼻の前で人差し指を立ててお願いするが、彩音は魂でも抜けたような、白い顔をしている。
「ナイショって……ハンザイソレ…… 」
「おっ、電車来たな。行くぞ 」
そんな彩音を置いて、さっさと電車に乗りこむ。
電車は相変わらず誰もいない。
まぁ座り放題で助かるが。
『出発致します 』
「ちょちょちょちょちょっ!!! 」
出発直前になると、やっと彩音が乗り込んできた。
その姿はなんというかこう……凄かった。
二つの塊がすげぇバルンバルンしてたし。
(触ったら気持ち良さそうだなぁ )
汗まみれで肩で息をする彩音も、なんというかエロかった。
根暗コミュ障高身長巨乳とか、最近の漫画でも見ないくらいで、属性過多にも程がある。
嫌いじゃないが。
「ところで……お名前ゲホッゲホ!! ……聞いてハヒュー……ませんでしたね 」
「歩だ。とりあえず落ち着け 」
「はい…… 」
話すことも無く暇だから、とりあえず時計を見た。
針は9時10分を示してる……なんとも言えない時間だ。
「あっ。ところで今回の任務ってなに? 」
「あっえっと、……時計の横のボタン押してください。説明映像が流れます……から 」
「助かる 」
言われた通りにボタンを押せば、ブゥンっと映像がホログラムのように浮かび上がった。
聞こえる声はクソ学長のものだ。
『キミ達の任務は東京内での失踪者捜索、および原因怪異の排除だ。失踪者は34名、共通点は9時の電車に乗っているということのみ。調査隊の連絡で怪異の仕業で間違いないが、その調査隊すらも音信不通となった……健闘を祈る、どうか無事に帰ってきてくれたまえ 』
音声が切れる。
今回の任務についてはだいたい理解できた。
だがメッセージの中で少し、気になる点があった。
「彩音。なんか変じゃねぇかこれ? 」
「フェッ!? な、なにがですか? 」
「だってよ。34人失踪って分かってんのに、対応がおせぇだろ。5人か10人失踪でも大事件なのに、なんでここまで放置された? 」
ただそう聞いただけなのに、彩音の表情はどんよりと曇った。
「か、怪異解明に時間を費やしたからだと……あとは 」
「あと? 」
「たぶん……ホームレスだからだと思います 」
首をかしげ、彩音の方を見る。
ホームレスだから無視した?
確かに捜索される事は少ないだろうが、電車に乗った人間が消えたんなら、すぐに探すはずだ。
不正乗車の可能性もあるんだから。
「えっと……えっ? 分かんないんですか? 」
「知らん 」
「あの……失礼ですけど学校は…… 」
「底辺高校の電子科に1年半 」
「あっ、低学歴だからか 」
(あれ? こいつ思ったより口悪ぃな )
少しピキっと来たが、正直事実だから何も言えない。
そうこうしてる内にも、彩音は暗い顔をしたまま話を進めていた。
「東京、千葉。この二つだけが今の日本ですから、人が住める場所に限りがあって……だからホームレスが多いんです、お金持ちがたくさんの土地を買い占めちゃいましたから 」
(あー。だからさっきのクソジジイ、めちゃくちゃ必死だった訳か )
「ホームレスになっても、安全な寝床の取り合い。食べ物を巡っての喧嘩。最悪、人を殺す事でしか生きていけない人たちも居るのに、権力者は何もしてくれない。むしろホームレスが居なくなる事を望んでる…… 」
「つまりアレか。ホームレス失踪を放置してたら、思ったより事が大きくなって、今慌てて対応させてるってことか 」
「たぶん……そんな感じかと 」
へー、そんな事があったのか。
まったく興味がなくて知らなかった。
「どう……思いました? 」
彩音は暗い顔を傾けて、そう聞いてくる。
「なにが? 」
「いやその……ホームレスについて 」
「あぁ。めちゃくちゃどうでもいいと思ったよ 」
ガンっと、何かが割れる音がした。
ふと気がつけば耳の横を太刀が貫通し、その柄は彩音の巨大な手によって握られている。
「急にどうしたよ? 」
「お前みたいな奴が多いから……私は…… 」
彩音は大粒の涙をこぼし、ボロボロ泣いている。
どうやら答え方を間違えたらしい。
(まぁでも、どうでもいいってのはホントなんだけどなぁ )
正直、どこで誰が死のうが興味がない。
世界の裏側で知らないおじいちゃんが病死しました、はい泣いてくださいって言われてるようなもんだし。
そんなことを考えるんだったら、自分の人生のために生きたい。
「ん? 」
ボーッと電車内を見渡してると、ある物が目に付いた。
それは4人分の靴だった。
「ちょっ、話はまだ」
「おい、グロいのダメならこっち見んな 」
その靴からは血が滴り、扉の前で均等に並べられている。
現実では有り得ないような不気味な光景。
だから靴たちをいっせいに蹴り飛ばす。
「骨……じゃねぇな 」
靴からこぼれた赤い液体。
そこから出てきた白いものは……歯だった。
(……スプラッター映画みたいだな )
「オッエェ!!! 」
歯の数を数えてると、後ろからビチャビチャとゲロを吐く音がした。
「おいおい、グロいのダメなら見んなって言……なんだこりゃ 」
「ふぇ? 」
後ろを振り向く途中で、窓の外が見えた。
そこは無数の線路が並ぶ、赤い空の世界。
どう見たって現実じゃない。
「こっち来い 」
「えっ、なん」
「急げ 」
彩音のきたねぇ手を取り、その巨体を引っ張りあげる。
「どこに!? 」
「運転席。この電車を止めねぇとたぶん不味い 」
電車の怪異なんて、一つしか知らねぇ。
駅に着く前にどうにかしねぇと手遅れになる。
「ヒィッ!? どうなってるんですかこれ!? 」
扉を越えるたびに世界が変わる。
窓には黒い根が張りが。
地面には穴が開き、天井からは小さな首吊り用の輪っかが。
まるで進むたび、地獄に近付いてるようだ。
「あそこか 」
やっと見えた運転席には、とうぜん運転手がいた。
「おっさん! この電車止めろ!! 」
「……… 」
「おいおっさん!! ジジイ!!! 止めろ!!!! 」
窓を殴ってるのに運転手は振り向かない。
むしろ電車は速度が上がり、その手はマイクを手にとった。
『次は〜きさらぎ駅〜 』
(クソ!? なんでガラスが割れねぇ!! はやく壊)
「シャっ、しゃがんでくださ〜い!! 」
「うぉっ!!? 」
背中に駆け上がった死。
咄嗟に頭を下げた瞬間、ガラスが割れる音とともに、運転室の上半分が消し飛んだ。
「……えぇぇ 」
ドン引きしながら後ろを向けば、そこには太刀を握りながら泣く彩音が居た。
「だ、大丈夫ですかァ!? 」
「えっ、あっ……ウン。それよりはやく電車を」
そう言い終える前に、叩き付けられた太刀が装置をぶっ壊した。
「こ、これで良いですか!? 」
「あー……うん、OK 」
電子科だった俺としては色々ツッコミたい。
が、電車は減速してるし別にいいと思うことにした。
ついでにグッジョブもしといた。
「それであのー……これからどうしますか? 」
「とりあえず外と連絡を取る。怪異の名前も分かったし、それ伝えれバッ」
「へっ? 」
突如として、床に足が沈みこんだ。
いや違う。
体が床を透過してるんだ。
「くっ」
頭が完全に沈む寸前、咄嗟に彩音の頭に腕をまきつけた。
「いったぁ!!? 」
「痛ってぇ……大丈夫か? 」
「は、はい……なんとか 」
俺は背中を打って吐きそうなほど痛いが、彩音の方は軽傷らしい。
頭は俺の腕がクッションになったようで無傷だ。
「えちょっ……な、なんで抱きついてるんですか!!? 」
「おごぉっ!!!? 」
圧倒的なツッパリで押され、ただでさえ痛い背中を壁で打った。
というか後頭部も打った。
(アイツ……帰ったら絶対……慰謝料根こそぎ取ってやるから……ナ? )
「……ぶっ。ふふっ、あははははは!!!! 」
「えっ……あっ、頭打ちました? いやあの……ごめんなさい!! ただでさえ馬鹿なのに!!! 」
「いや違ぇよ!!! 絶望すぎて笑ってんだよ!!!! 」
目の前に広がる光景、そこは室内だった。
等間隔に並ぶ四角い蛍光灯はどこまでも続き、黄色い壁からは湿った臭いがし、無機質で何もない部屋が永遠と続いている。
「混ざるとは聞いてたけどよォ!! これが混ざっちまうとはなぁ!!! 」
それは約15億平方キロメートルの迷宮。
無機質なる絶望の怪異。
「Backrooms Level 0 」
はい、皆さん大好きバックルームのお時間です(*´ω`*)
ちなみに元ネタはこちらとなっています↓
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_0_(2)
記事も話も面白いのでぜひ見てくださいな!!