File.4 初任務
「おっ! よぉ哀花!! 」
「あっ、歩 」
ブラブラ学校内を歩いてると、窓辺に立つ哀花が見えた。
その顔はどこか不安そうだ。
「どうした? なんか元気ねぇけど 」
「ちょっと沙耶が……さっきの子が心配なだけ 」
「……そうか 」
なにか気のいい言葉を考えてみるが、なにも思い浮かばない。
「あれ? その手どうしたの? 」
「ん? これ? 」
そうこう悩んでいるうちに、向こうから声がかかってきた。
「切った!! 」
「切ったじゃないよ!! とりあえずこれ 」
哀花はポケットに手を突っ込んだかと思えば、そこからハンカチを取りだし、
「まだ使ってないから、これで傷口抑えてね 」
俺の傷口をキツく結んでくれた。
(あぁうん! 好き!! )
「ところで面接はどうだった? 」
「……あっ 」
そう聞かれて気がついた。
あの面接態度がいかにヤバい事に。
「いや〜、まぁ……ん〜〜〜……た、たぶん合格? あと哀花と同じ部隊になったハズだ 」
「そうなんだ! じゃあ、これからよろしく 」
手を差し出された。
細くて小さな、女の手を。
「……あぁよろしく 」
笑って、絶対に傷付けないように、そっと手をにぎる。
案外その手は白い。
指も爪先まで綺麗で、ぜんぜん汚れてない。
肌も綺麗で、俺のとはまったく違う。
綺麗で美しくて、指に口付けでもしたいくらいに好きだ。
「どうかした? 」
「いんや別に。というか背中に汚れ付いてるからよ、あとで着替えてきたらどうだ? 」
「あれ、そうなの? じゃあ着替え取りに行くついでに、寮に案内するよ 」
ゲロ臭いことを遠回しに伝え、廊下を歩く哀花について行く。
「ところで歩って、この学校についてどこまで知ってるの? 」
窓ガラスだけが並ぶ、気味が悪い廊下を進んでると、ふいに哀花が声をかけてきた。
「ん〜? 怪異狩りしてて、学校なのに給料がでて、あと卒業したら特別手当が出ることくらい……か? 」
「うん、じゃあ卒業に関して説明するよ。まずこの学校は単位制なんだけど、任務中ならその分の単位は受理されるんだ 」
「えーっとつまり? 死ぬほどバカでも、任務こなしてれば卒業できるってことか? 」
「そっ。でも卒業できた人ってぜんぜん居ないんだよね 」
「死ぬから? 」
「うんん、辞めるから 」
哀花は振り返らない。
でも悔しそうに握りこまれた拳が、その表情を物語っている。
「紗奈みたいに、人を殺した罪悪感で。友達を亡くした喪失感で。一人だけ生き残ってしまった、自分への嫌悪感で。辞めるならまだいいけど、自殺する人も居る。だから君はさ 」
やっと振り返った顔は、とても優しくて、どこか抱きしめたくなるような、悲しさをまとっていた。
「嫌ならいつでも逃げていい。それを責める人が居ても、私は絶対に責めない。生きてるってことは、何よりも大事だから 」
胸に手を当て、優しく笑う哀花。
正直いってめちゃくちゃ抱きしめたいが、今それをやったら絶対引かれるし通報される。
あぁでも、このくらいはいいのかな?
「えっ? なに? 」
肩に手を置いて、ただ本心で、心の底からの言葉をぶつける。
「哀花も逃げていいからな? 頼りがねぇ雑魚だけど……俺もあんたを絶対に責めない 」
「……ふふっ、ありがとう。でも」
虫すら抱きしめるような手付きで、哀花は俺の手を掴み、
「大丈夫、私は死ぬまで逃げないから 」
何事もなかったように笑った。
(……なにが大丈夫だ、クソが )
話はそこで終わった。
お互いなにも言わず、また廊下を進む。
「あっ、ここだよ 」
「ん、これ? 」
哀花が止まった場所には、一個の扉があった。
その上には、『怪異討伐部隊 特別班 』となんか仰々しい看板が立てかけられている。
「ようこそ、私たちの寮へ 」
案内された室内には、一般家庭のようなリビングと2階へ続く階段があった。
「なんか思ったより普通……じゃねぇな!! なんで室内に階段あるんだよ!! 間取りはどうなってんだ間取り!!? これあれだぞ!? 学校ぶち抜いて階段作られてるぞ!!!? 」
「最初は驚くよね〜、慣れたら気にならないけど 」
異質な間取りを笑ってスルーされ、次に案内されたのは、2階だった。
「ここがそれぞれの部屋だよ。その空き部屋が歩の……私の部屋は一番奥だから、困ったことがあったらいつでも来てね 」
「あっ、ウッス 」
「じゃあ着替えてくるから、また後で 」
哀花は軽く手を振り、奥の部屋に入っていった。
それを見送ってから、俺も案内された部屋に入る。
そこは小さな冷蔵庫だけがポンと置かれた、殺風景な部屋。
ベットもなければテレビもない。
いやタンスはあるわ。
(……なんか、現実感ねぇな )
地面で横になると、そんな考えが浮かんだ。
ついこの前まで、殴られて盗んだ金で豪遊する生活してたのに、今じゃ日本のめちゃくちゃいい学校にいる。
しかも部屋がついて、好きな人と同じ学園と寮にいる。
……あっ、ちょっと待て?
(哀花と同じ生活すんの俺!!!? )
急に心臓がはやくなり、顔が痒いほど熱くなった。
(いやそんなどっかの恋愛漫画みたくラッキースケベとか偶然お泊まり会ヒャッホー!!! とかはないだろうけどさぁ!!! よーし落ち着けこれは現実だ。んな事やったら警察→裁判→ムショ行きだからな。あーでもちゃんとヒゲとかは毎日剃らないとな。あとはちゃんと風呂入って……服とかも着回しは無しにしなきゃな。うっわ、好きな人との生活ってこんな感じか!! )
「歩。ちょっと良いかな? 」
「はいっ!? 」
部屋の外から声がした。
扉を開ければ、もちろんそこには……着替えている哀花と、なんか爽やかなイケメンが立っていた。
「えーっと……今は金無いんで、支払いは来月にしてもらっていいっすか? 」
「ハハッ、なんの話しだよ 」
青くて濃ゆい髪に、クシャりと笑った顔もうぜェほどイケメンだ。
というかあれ? こいつ見たことあるような……
「見たことあるだろうけど紹介するね。彼は『真城 宝物』。討伐部隊のメンバーだよ 」
「おう、よろしくな 」
差し伸べられた手を、傷が付いていない方の手でつかむ。
「あぁよろしく。あと深い意味はねぇけどさ、二人ってどんな関係なんだ? 」
「ただの同じメンバーだよ? 」
「そっか。ならいいや 」
「……? 真城もなんで笑ってるの? 」
「いや、なるほどって思ってな 」
「……?? 」
なぜかヘラヘラ笑う真城。
それに気持ち悪さを覚えてると、哀花は時計を見ながら目を丸くさせた。
「ごめんね二人とも。ちょっと用事があるから、一旦失礼するね。真城は怪異狩りの説明をお願い 」
「おう任せろ 」
「じゃあ歩、頑張ってね 」
そう言うと、哀花はどこかに行ってしまった。
(頑張ってね……嬉しいな )
「なに余韻に浸ってんだよ、分かりやすいなぁ 」
「うるせぇ。というかお前、本当に本名なのか? おうじって 」
「あぁ! 変な名前だろ? 」
「まぁ……な 」
「つーか助かったよ! この部隊、オレ以外みんな女だからさ。男が増えて嬉しいぜ 」
真城はヘラヘラ笑うと、急に肩を組んできた。
女ならともかく、男にこうされるのは正直いって気分が悪い。
「だからまっ、長生きしてくれよ 」
顔は笑ったままなのに、その声だけは悲しそうな重みがあった。
「んっ? 」
「おっ、丁度いいな 」
急に、真城の腕時計が赤く光りはじめた。
「なぁ、ちょっと付き合ってくれよ 」
「なにに? 」
「お前の初任務 」
ニヤッと笑う真城から、事務室のような場所に連れられた。
「あっ、どうもっす姉さん! 緊急任務なんで手続きの短縮をお願いします 」
「あら〜真城! 任せてよおばさん暇してたし。気をつけて行ってくるんだよ!! 」
「おう 」
次はなにかの研究室? に連れていかれ、哀花たちがつけてるのと同じ腕時計を貰った。
「連絡手段にも使える腕時計だ。無くすなよ 」
「あぁ 」
次は街中の駅に。
「おっ、佐藤さんじゃないっすか! お疲れ様です!! 」
「おぉ、お疲れ真城 」
学校から離れた駅だと言うのに、ここにも真城の知り合いっぽい駅員がいる。
どんだけ交友関係広いんだよ……
「ん? 後ろにいるのは新人か? 」
「……どもっす 」
「じゃあ切符二人分だな。必ず帰ってこいよ 」
「あぁ!! 」
そんな短い会話が終わり、今度は電車の中に乗せられた。
「……広いな 」
「ん? 電車は初めてか? 」
「あぁ、乗るのはな 」
「じゃあ慣れとけ。オレたちの移動手段はだいたいこれだならな 」
誰もいない車内から見える外は、キレイだとは思わない。
でも目が離せない。
なぜかボーッと、外の景色を見入ってしまう。
「ん、そろそろ着くぞ 」
真城の声とともに、電車が停止する。
駅に降りた先には……どこまでも無機質なコンクリートの壁と、それに貼られた何万もの御札が見えた。
「あれは? 」
「国境だよ。怪異と日本のな 」
「ん、じゃあわざわざ外に? ふつう怪異狩るなら中だろ 」
「逆だ逆。外から来ないように、近場の怪異を狩るんだよ。その方が侵入された時の被害がすくねぇ 」
「ほーん 」
「行くぞ。離れんなよ 」
真城は手馴れた動きで壁を飛び越え、こっちにロープを落としてきた。
それを掴み、よじ登るように壁を超える。
すると目の前には、寂れた街並みが広がっていた。
ビルはボロボロ、道路はボコボコ。
けれど電線や家はそのままで、物だけが昔に取り残されてるように見える。
「案外……普通だな。もっと黒いイメージをしてたんだが 」
「ありゃ衛星写真でそう見えるだけだ。怪異がワラワラ出なきゃ、今でも人が住める 」
「ふーん。てか任務って何したらいいんだ? 」
「怪異名、『三本足の人形』の討伐。あとは行方不明者の捜索だが……まぁお前は、とりあえず生き残ることだけ考えろ。可能なかぎり守るが、ダメならオレを捨てて逃げろよ 」
「へーい 」
春だってのに微妙に寒い。
すこし冷たくなった手を擦り合わせながら、真城に着いていく。
「てか真城、お前も怪異化しないのか? 」
「基本しねぇな。たぶんテレビとかで見たんだろうが……ありゃ人体に怪異を侵食させてるだけだ。強力だがデメリットが多い 」
「ふーん 」
「てかお前、なんも知らねぇんだな。好きなのは分かるけどよ、もう少し自分大切に」
「助けて!!! 」
「っ!? 」
「ん? 」
ぼんやりしてると聞こえた、確かな子供の声。
どうやら真城にも聞こえたらしい。
チャラチャラしたような顔が、急に真剣になった。
「行くぞ 」
「う〜い 」
「助けて!!! 」
(4回……か )
声が発せられる方に走るほど、声が明確に聞こえる。
そして着いた。
倒壊したビルに。
「助けて!!! 閉じ込められてるの!!! 」
「っ! すぐに」
飛び出した真城。
その肩をとっさに掴み、足を止める。
「おい!? 」
「いや待てよ。あれ人じゃねぇだろ 」
「はっ? 」
振り返った真城の顔は苛立ちと焦りに満ちてたが、とりあえず全無視して自分の意見をぶつける。
「まず俺たちの声が聞こえて叫び始めたとして……6回くらいあれは叫んでる。人だったら少しは喉が疲れるはずなのによ、なんで声が変わらない 」
「そんな事で 」
「それに変だろ。なんで俺たちが足を止めた瞬間に、声がやんだ? 」
「……っ!! 」
試しに一歩近づくと、またあの声が聞こえた。
「助けて!!! 」
「声が聞こえなくなったから? この距離でか? あんな遠い場所にいた俺たちの声は聞こえたのに? 」
「助けて!!! 」
「じゃあお前さぁ! 自分の名前言ってみろよ!! 人間なら名前くらい言えるよな? 」
「………… 」
急に声が止んだ。
「たすけて 」
「さっさと姿現せよ 」
「タすケけけケっッてぇぇ!!!!! 」
テレビがバグったような異音。
ビルが完全に倒壊し、それは起き上がった。
円柱のように長い、黒い胴。
腹からは無数の手と足がぶら下がり、てっぺんにある顔は人形のように不気味に笑い、割れたその半分には、赤い人の目が数百とはめ込まれていた。
極めつけには、全身に何かから掴まれたような跡がある。
「ハハッ、な〜にが三本足だ。百本足に改名しろ 」
「たす……けてよぉぉぉぉぉ!!!! 」
爆音にも似た叫び声とともに、黒い液体が膨れ上がる。
それは巨大な拳となり、渦巻く豪風とともに辺りには影が落ちた。
(あ〜なるほど、あれがそのまま落ちてくると……俺、死んだな!! )
「ウギィっ!!? 」
けれど一瞬だった。
その巨体を、巨大な斬撃が切り裂いたのは。
「悪い、冷静じゃなかった 」
怪異は後ろに吹き飛び、廃墟街へと頭から突っ込んだ。
「あとは任せろ 」
俺の隣に来た真城は、さっきとはまるで別人だった。
目は怪異を捕らえ、手は刀を掴み、その立ち振る舞いからも、もはや人殺しのような圧を感じる。
ジャリギリ。
鉄を擦り合わせるような異音は、真城の鞘から発せられ、
「『遺棄爪』 」
名前とともに、それは抜かれた。
人間の爪が刀身を覆う、刀が。
「ほい、終わったぞ 」
「えっ? 」
なにか大技が出ると思ったが、真城は刀を収めた。
その合間にも、血まみれの怪異は蛇のように唸り、俺たちを押し潰そうと迫る。
「あぁ、そうそう 」
だと言うのに、真城は呑気におしゃべりを始めた。
「怪異ってのにはそれぞれ性質があるんだ。アレは吸収と擬態ってとこだろうな 」
「おい!? 」
「そしてオレのは感染と」
「オオオォォオ!!!!! 」
巨体が、目の前に。
「増殖だ 」
「おっ 」
突如、怪異はバチュリと弾けとんだ。
血と臓物は地面に散らばり、引きちぎれた体と頭は、五本の巨大な刃に串刺しにされていた。
体内から刃が現れた。
まるで漫画のワンシーンのような、現実感のない死に方を怪異はしている。
「改めて、自己紹介をしようか 」
呆然とする一方で、真城はまたヘラヘラと笑った。
「怪異討伐隊 副隊長。真城 宝物だ。よろしくな 」
「……ハハッ、すげぇな。じゃあアレか、お前の剣を一撃でも喰らえば死ぬんだな 」
「そんな感じ。まぁ自分が傷を負ってもそうなるから、気をつけなきゃいけねぇけどな!! 」
ケラケラ笑いながら、真城は肩を組んできた。
だが今はこいつが恐ろしい。
(かすれば死ぬ、遠距離攻撃もできる……敵になったらクソゲー過ぎるなぁ )
これが怪異による攻撃だとするのなら、相手側もこれと同等、いやそれ以上の能力を使ってくる可能性がある。
勝てる見込みは無い。
でも哀花を守りたいのなら、そいつらにも勝たなきゃいけねぇ。
(まぁ、頑張るか )
「なぁアンタら!! パンドラの生徒か!? 」
「っ!? 」
「おっ? 」
うわずった叫び声がした。
声の方にはちぎれ掛けた足を引きずる、工事服を着た大人がおり、まるで死にたくないと叫ぶように、泣き叫んでいる。
(アイツ敵じゃん )
あれが嘘泣きだとすぐに気がついた。
だってこの前聞いた断末魔とは、必死さがまるで違うから。
「止まれ! お前……名前は? 」
「谷田!! 『谷田 あつむ』だ!!! 」
「行方不明者の名前と一致……こちら真城、これより保護を開始する 」
真城は時計にそう呟くと、大人の方へと向かっていく。
その隙に血が止まった手をもう一度裂き、傷を見られないようにしながら俺も進む。
「助かった……ほんと……死にかけてさ……怪異に追われて……もうダメかと…… 」
「安心しろ、もう大丈夫だ。それより傷は」
「思ったよォ!!! 」
一瞬。
男の足は再生し、抜かれた隠しナイフは真城の喉を向いた。
「っ!? 」
その顔に血をかけて目を潰し、抜いた刀で首を裂く。
「ごっ!? 」
それでも倒れなかった。
だから刀の反対側でこめかみを叩く。
鈍い音とともに、大人は倒れた。
「ぎっ……ざまぁ!!!! 」
大人の背から、獣のような顎が出てきた。
左腕を盾に。
それは噛みちぎられるが、その断面を怪異に押し付ける。
そしたら怪異は弾けた。
「ガッ!!! 」
もう一度頭を殴る。
またこめかみ。
大人は動かない。
(まだ死んでねぇな )
殴る。
片腕で力が入らない。
剣先で刺す。
腹を。
浅く、何度も。
殺すために。
「あっ! ガッ!! おっ!? 」
刀が血まみれ、脂まみれ。
静かになった。
足元が血まみれになってる。
汚い。
「んっ? 」
変な音が聞こえた。
大人の服を裂くと、その腹には爆弾が取り付けられていた。
「だれもがすメる……楽園……へ 」
「うるさ 」
首を裂く。
配線を切る。
爆弾を取り外す。
向こうに投げる。
「真城、そこ居たらたぶん死ぬぞ 」
「えっ、はっ? 」
真城を引っ張り、すこし距離を取った。
瞬間、
『ピッ』
頭が割れるほどの爆音が、辺りにひびいた。
「あ〜、そういや自己紹介がまだだったな 」
呆然とする真城に向け、無い左腕を差し出しながら、
「空無 歩だ。これからよろしくな 」
めいいっぱいの笑顔を浮かべた。
皆さんお察しのとおり、歩くんは童貞です
でも女性とお付き合いした経験は過去に一度だけあります