File.34 傾心
三食スナック菓子なので口内炎が治りません
「どうしよどうしよ私のせいでまたどうしよ 」
(大丈夫かな…… )
爪を噛みながら、ぶつぶつと不安を吐いてる彩音。
歩からのきょうはく電話が来てからずっとこうだ。
壁に穴を開けたり、街の鉄パイプを引きちぎって壊したり、さっきなんかゴミ箱をはるか遠くにまで蹴り飛ばしていた。
「また私がまた私のせいで私が 」
「ねぇ 」
「はい!? な、なんですか哀花さん…… 」
「平気? 」
「平気です! 少し……色々……考え込んでるだけです。ところで何処に向かえば言いんでしたっけ? 」
「おっきなホテルに向かえって。それで」
「あっ!! 」
大きくて喜ぶような声。
私たちの向こう側、影の中に黒い怪異が蠢いていた。
むかでの集合体、口の腕。
それが人の肉を食いちぎってる。
「……ちょうど良かった 」
「ん 」
耳を塞ぐよりも先、破裂音と砕かれた道路が飛び散り、彩音の拳が怪異の顔を殴り潰した。
「ごめんなさい! ごめんなさい!! あははははっ!!! 」
(……どうしよ )
怪異を死体ごとすり潰す彩音は置いといて、とりあえず街中にある地図を見てみる。
赤い建物がいっぱいでよく分からない。
(上から3番目、3文字……これかな? )
スマホを押して電話をかけると、すぐ向こうから咲の声が聞こえてきた。
「哀花!? 今どこに居るの!? 」
「迷った 」
「彩音は!? 」
「今忙しそう 」
「襲われてはないのね、良かった……それで歩の事なんだけど 」
「うん 」
「ホテルの所に居ないの、真城もね。だから街中で見かけたらすぐに連絡して 」
「分かった……居た 」
目の端の方、飛び散る瓦礫の奥に人影が見えた。
たぶん歩だ。
「一旦切るね、刀振れないし 」
「えっ、ちょっと場所を」
「大きな音がする場所に来て 」
電話を切る。
そのまま一つの家、狭くも広くもない至って普通の一軒家に入る。
「お邪魔します 」
靴を脱いで廊下を進む。
ほんのり鼻につく火薬の匂い、誰かの足跡、そして薬莢。
ギシギシと笑う廊下を進めば子供の、女の子の死体とそれに覆い被さる武装した大人の死体があった。
子供の方は全身を滅多刺しにされている。
(……死んでる )
「いぇーい! みんな見てる〜? 一家殺人犯の歩で〜す!! 」
血溜まりの向こう側から聞き覚えのある声がした。
血を踏み、死体を踏み、そのままリビングに向かうと、そこにはパソコン片手に回り踊る、女装した歩が居た。
その全身、スカートの端まで血まみれだ。
「えっ、後ろの人は誰? そんなベタなことある訳な……あなや。はい配信終了! またねみんな!! 」
「ねぇ 」
「はい!? 」
「足、大丈夫? 撃たれてるんでしょ? 」
「……そこ!? 」
普通に心配しただっただけなのに、歩は身振り手振りで焦りを語り始めた。
「そこ死体あるよ!? 子供の死体もあるよ!!? それなのに最初にするのが心配っておかしいだろ!!! 」
「……? 歩が殺したんじゃないでしょ? いや銃持ってる人は殺してたけど 」
「……なんで分かんの? 」
「武装した人の手袋がやけに血まみれだったから。その人が女の子殺してたんでしょ? 」
「ん〜、答え当てられるとむず痒いな。それと何この音? 」
「ちょっと下がった方がいいかも 」
壁にヒビが走り、僕たちの間に二つの人影が突っ込んできた。
一つは壊れた人形のような怪異。
もう一つは血と傷を涙で洗い流す、彩音だった。
「死ね痛い死ね死ね! 死ね!!! 」
(……止めた方がいいのかな? )
とりあえず割り込んで代わりに殴られようとする。
けどそれよりも先に、歩が振り下ろす拳を掴んでいた。
「……歩さん? 」
「よっ 」
「あぁごめんなさい、私のせいであの時蹴っちゃって。出てったのも私のせいで」
「一旦深呼吸しろ、お前はそんなことをしなくていい 」
血まみれな二人の間に出された白いハンカチ。
それは優しく彩音の頬を擦り、目元の血を拭いとる歩の笑顔は、とても優しく見えた。
「私……あはは、ごめんなさい。イライラしちゃうとつい、こんなだからいつも自室は穴だらけで……あんな事があったのに、私もやってる事は同じですね 」
「あぁ、だからそんな自傷行為をするな。辛かったら話を聞いてやる、側に居てやる、だから一人で悩むな。ど〜せ発散すんなら、オセロとかゲームとか楽しいことしようぜ 」
「……ごめんなさい、ありがとうございます 」
「ねぇ歩、咲が探してたよ。あとなんで僕たちを殺そうとするの? 」
「ねぇ今!? 聞くの今!? 」
「じゃないと何処かに行っちゃうじゃん 」
「まぁ……そだネ 」
ハンカチを手渡して下を向く歩。
その背後に、光る何かが見えた。
だから歩の背後を取り、迫る武器を刀でたたき落とす。
「あれ、真城? 」
「おまっ、哀花! なんで不意打ち止めんだよ 」
「だって歩死ぬじゃん 」
「実は銃抜いてたんで、死ぬのは真城でした〜……ごめんジョーク、撃つ気ないよ 」
「大丈夫、撃っても切れるから 」
「つーか哀花! 歩は敵だろうが!! 庇わなくていいだろ!! てかなんだこの死体!? 」
「あれ、ほんとに死体ありますね 」
「ちょっと! どういう状況!? 」
彩音が開けた穴から、咲がズカズカと部屋に上がってきた。
なんだかよく分からなくなってくる。
歩血だらけ、咲登場。
……なんで血だらけなんだっけ? というか靴下着替えなきゃ。
「待った説明する! だから殺さないでヘルプミー!! 」
「あんた説明が下手でしょうが!! 結論から話しなさい結論から!! 」
「哀花助けたい!! ついでに咲たちも救えたらなって感じ!! 」
「端折りすぎよ!! 」
「声が大きいよ、みんな 」
ゴタゴタしてるうちに、学長まで穴から出てきた。
(みんな居るって久しぶりだなぁ……あれ、今って物凄く大変な感じなのかな? )
「歩くん、外に出た理由は真城くんから聞いた。それで、私たちの命を狙ったことの弁明はある? 」
「あるぞ〜、哀花が居るしな 」
「……経験上さ、話さない人間よりも、話したがる人間の方が真意を測りづらい 」
「つまり? 」
「問いただすのは後ってこと。みんな、急で悪いけど今から海外に飛ぶよ 」
「「「「!!? 」」」」
「ダメだ 」
頭がまっしろになるくらい急な提案。
それを紙のように引き裂いたのは、歩だった。
「……どうしてかな? 」
「あ〜……結論から言うと、このまま海外に行くと全員死ぬ。いや、俺以外はかな? 」
「なぜ? 」
「長話タイム入りま〜す 」
ノソノソとねずみみたいに歩は進み、血まみれの、しかも死体が座る椅子に腰を落とした。
廊下にあるのが子供の死体だから、たぶんアレはお母さんだろう。
その隣に歩はあえて座り込んだ。
「まず、学園が襲われたのはなんでこのタイミングだと思う? 」
「……真城くんの話を聞くに、実験とやらが終わったからじゃないかな? 」
「あぁ、だから俺たち用無しバイバイって感じ。でも妙じゃねぇか。言っちゃ悪いけど……怪異持ちは融通の効くミサイルみたいなもんだ。それを今、怪異を海外に売り出し、こっから情勢が変わっていくって時に……なんでその兵器を処分しようとする? 」
「……色んな仮説は思い浮かんだけど、キミはこう言いたいんだね? 国は哀花くん達に変わる何かを作り出したって 」
「あぁ、実験報告とか見るに確実にな。んでこっから妄想。その何かを扱うには条件が居る。使いたいならすぐ使ってるだろうし。怪異由来だろうから恐怖かな? 」
死体の髪をイジりながら、歩は話を続ける。
「そう考えると見えてこねぇか? 彩音や咲、真城や俺を指名手配する理由。こんな一軒家で斬殺事件が起こす訳が。あぁちなみに俺が殺したのは二人だけな、ここの家族は殺してねぇぞ 」
チラッと、真城が学長に目線をやるのが見えた。
学長は首を横に振る。
歩は嘘をついてないみたいだ。
「指名手配が街に隠れ、人が殺される。そう偽装して報道しまくれば湯水のように恐怖が湧く。その結果は……どうなるかは詳しく知らん。まぁいい事じゃねぇのは確実だけどな 」
「……証拠はあんのかよ? 」
「ある訳ねぇじゃん、妄想だぞ? 」
「あっ? 」
「ただ……これから何事もなく、安全に海外に逃げれる証拠もねぇ。なんなら国は、まだ変な兵器作ってるかもしれない。だったら……叩くなら今しかねぇ。まぁ別にお前らが来なくても俺一人で行くから、後で骨は拾っといてくれ〜。以上話終わり 」
「分かった 」
静かになった空気の中で、第一に口を開いたのは学長だった。
「学長……本気で言ってます? 」
もの凄く嫌そうな、むしろ怖い顔の真城に、学長は静かに頷き返した。
「うん、歩くんの話は一つを除いては嘘は無かった。だから私は行くよ。それと、これは強制じゃない。嫌な子は行かなくてもいい 」
「アンタは来なくても別にいいぞ、嫌いだし 」
「面と向かって言われると傷付くね 」
「……私は行く 」
ギスギスしてる二人の合間に、仕方なさそうな顔の咲が割って入った。
「どうせアンタは無茶するんだから……治す人は居るでしょ 」
「いや別に来なくてもいいんだぞ? あぶねぇし 」
「アンタが死んだら見殺しにしたみたいで後味悪いでしょ!! 」
「……なら俺も行く 」
次に真城。
「私も行きます!! 」
続くように彩音も手を挙げた。
「……真城も来んの?てっきり『戯言ぉぉぉ!!! コロス!!!! 』って言われるかと 」
「言わねぇよ。信用してはねぇけど……まぁなんか事情があるんだって納得してやる。それに、ここで殺しあっても勝つのはお前だろうしな 」
「いや〜どうだろうな 」
「というか真城、あんたなんで女装してんのよ? 趣味? 」
「いや……なんつーか、潜入する時に着せられた 」
「似合ってるのムカつくわね 」
「歩も似合ってるね 」
「ふぇ!!??? 」
ただ服を褒めただけなのに、歩は顔を赤くして固まった。
心無しかその目はグルグルと回ってるみたい。
「それで、哀花は行くのか? 」
「うん。あっ、これ終わったら海外に行くんだよね? 」
「そうだよ。何かやり残したことでもある? 」
「病院に行かなきゃ。サヨナラって言わなきゃいけない 」
あの人にお礼を言いたい。
それだけなのに、みんなは微妙な顔をして無言になってしまった。
「……あ〜、言ってたな。身内が怪異被害にあったって 」
「うん。あっそうだ、歩も着いてきてよ 」
「……なんで? 」
「仲間はみんな紹介したいから。お姉ちゃんも喜ぶと思うし 」
「いやぁ……指名手配中だよ? なんなら殺害配信しちゃったし、血まみれだし 」
「着替えれば良いじゃん。声聞かなきゃ気が付かないし 」
「えぇぇぇぇ 」
「行きたくない? 」
「行く!! 」
しょうがないと言いたげなみんなと解散し、歩と一緒に病院に向かった。
「なんで手ぇ繋ぐの? ねぇなんで…… 」
「紹介する前に何処か行きそうだから 」
「……助けて 」
顔を真っ赤にして震える歩。
さっき着替えた黒のパーカーとズボンも相まって、本当に女の子みたい。
「あっ、そう言えば聞きたいことあるんだった 」
「な、なにぃ 」
「なんで僕のことが好きなの? 」
「ほんとに今聞く?? 」
確かにそうだ。
ここは病院、しかも点滴を付けたおじいちゃんやおばあちゃんがこっちを見ている状況。
でも今聞いておかないと、いつ聞けるか分からない。
お姉ちゃんみたいに。
だから、
「うん、教えて 」
「……前に好きな人が居たんだ。でもその人と会えなくなった。まぁえっと……哀花がその人に似てるからだな 」
「そっか 」
「……クズだよな 」
「別に? むしろ納得できたよ。僕なんかを好きになるって、不思議なものだもん 」
なんとなく胸がモヤついたからギュッと手を握ると、歩の肩はビクンと跳ねて、その顔は今にも吐きそうになってしまった。
「……… 」
「ねぇ、その人はどんな人だったの? 」
何も言わない歩に聞いてみる。
「……優しい人だったよ、怖いくらいに。俺が吐いてもゲロごと抱きしめて、泣きわめけば抱きしめてくれた。他人を信用できなくて、すべてが敵に見えていたのに……何度も酷いこと言って、何度も蹴り飛ばしたのに。何度も何度も、抱きしめてくれるくらいに優しかった 」
昔を思うように、込み上げる過去を舌で転がすように、ゆっくり、ゆっくりと歩は言う。
そんな表情できるんだと思うくらいに。
優しく言葉を吐いていく。
「でももう会えないんだ 」
「……どうして? 」
「……………………… 」
「そっか。聞いてごめんね 」
顔を真っ青にして、吐き気を、こみ上げた胃液を口で止めてこらえる歩。
それを見て、何も言えなくなった。
「着いたよ 」
長い廊下を進んだ奥、目的の病室までやっと来れた。
一旦ノックしてみるけど返事は帰ってこない。
誰も居ないんだ。
「紹介するよ 」
「……あぁ 」
「僕のお姉ちゃんだよ 」
扉を開け、ベット寝続けるお姉ちゃんを紹介する。
僕と同じ白くて長い髪。
女である僕でも綺麗だと思う顔。
まるで絵本みたいに魅力的で、笑うととても綺麗だった顔。
そんなお姉ちゃんに、仲間である歩を紹介したかった。
「……花冬さん? 」
「えっ? 」
花冬、それはお姉ちゃんの名前だ。
それはいい。
その名が歩の口から出てきたことが、変でおかしいんだ。
「知ってるの? 」
「……いや!? ほら、病室の名前かける場所で見たんだよ。ハハッ、はじめましてだよ 」
「……そっか 」
「ちょっと……トイレ行って吐いてくる。気をつけてな 」
「うん。そっちもね 」
壁にもたれながら、ぶつかりながら病室から出ていく歩。
それを見送り、病院にポツンと置かれた丸椅子に腰を下ろす。
モニターから鳴る心音。
ポタポタと減っていく点滴のパック。
ベットの中にある枝のような手を取り出し、その手のひらに頭を擦り付ける。
こうしてると思い出す。
よく、頭を撫でてもらった事を。
生きたくないって何度も思っても、終わりたいと何度も願っても、何度も何度も何度も何度も心が折れそうな時も、この思い出と守りたい仲間が居たから生きていられた。
本当のことを言えばもう一度、もう一度撫でて欲しいけど。
今は昔を思い出すことしか出来ない。
「お姉ちゃん……紹介したかったな。こんな僕に、ずっと優しくしてくれるみんなを 」
何人も殺したくせに、手も体も血と死で汚れてるのに。
この手にすがっていると涙が出てくる。
苦しさを受け入れることも、どこかに逃げ出すことできない僕は、ほんとうに弱くて、嫌になる。
ーーー
「……そっか 」
吐きすぎて胃液も出ない口から、ヨダレと言葉を絞り出す。
「生きてたか……花冬さんは……生きてたか 」
頭が痛むたびに、あの過去が脳と胸を焼いていく。
「そっか……そっか……ごめん……なさい 」
ゲロと胃液が入り交じったトイレの中。
その水面に写ってるのは、これよりも汚い社会のゴミだった。
学長の言う通り、歩くんは嘘を一つ付いてますが、それは嘘と言うより隠してる感じです
歩くんは兵器の全貌を知ってますが、とある理由からそれを隠してます
でも学長は前の話もあって、歩くんを問いただすより哀花さん達を守る方向に方針を切ってます
歩くんの目的が、哀花さん達を守ることだと言うことが嘘じゃないと分かってるので
それと花冬さんは、楽園の設立に関わってました
歩くんとゴリゴリ知り合いです




