File.33 停滞を望む
女装てHじゃない?
「す、すみません 」
「ん? 」
やけに柔らかい声。
目線を動かせば、そこには顔を赤くして震えているツインテールの若い女性がいた。
「あの……上の人に……呼ばれて 」
(またか )
俺はこのホテルの警備員だ。
ここに着任してからこういう事はたくさんあるが、毎度ながらいたたまれない気持ちになってしまう。
「あ、認証ん゛っ!! 」
震える指先に挟まれたカードは突風によって吹き飛ばされた。
若い女性はそれを追おうと一歩進んだ瞬間、力なく膝から崩れ落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか? 」
「は、はい……すみません今……その、力が入らなくて 」
「……… 」
ふと、微かに振動音が聞こえることに気がついた。
その場所は女性のスカートの下。
こういう時、どう言った顔をすればいいか本当に困ってしまう。
「少し失礼します 」
腰から金属探知機を取り出し、手早くその細い体を確認する。
一度また付近でブザーが鳴ったが、なんとなく中にある物は察せてしまった。
「どうぞお入りください。カードの方はこちらでなんとかします 」
「ふぇ……でも」
「良いですから。どうぞ 」
「あ、ありがとうござ……います 」
股を押さえて肩をふるわす女性をホテルの中に入れ、頼りない足でフラフラとロビーの方へ入っていった。
♦
(俺は何を見せられたんだ???? )
物陰から歩の芝居を見ていたが、脳みそが処理を拒むようにグルグルと回っている。
アレは歩だ。
着替えるとこ見たし間違いない。
でもアレは歩なのか?
(そもそもなんでこうなったんだ? )
確か歩はこう言ってた。
『ここのお偉いさんな、怪異研究の後任? かなんかの真っ黒おじさんなんだよ。だから女装するぞ 』
『……聞き間違いか? 』
『女装だよ女装。あのお偉いさん金で女喰ってるらしいから、それに紛れて侵入してブッコロする 』
『いなそんな簡単に……つーかその服と化粧どっから持ってきた 』
『万引き 』
『えぇ…… 』
『国が敵なら法も敵!! さっさと着替えんだよあくしろよ 』
「まぁ……知り合いが居ないのが救いだな 」
もう一分は経った。
準備された作戦通り、怪異の力を扱いながら俺も警備員に近付く。
「ん? キミは」
さっきこのホテルに嫌々入ろうとした女の子を説得し、譲ってもらったカードを見せるが、警備員は怪訝そうに眉をひそめた。
「すみません、今確認をします 」
腰につけてる無線に手を伸ばすが、その機械は反応を示さないようで慌てている。
まぁ当然だ。
さっき怪異の磁場でここら辺の防犯カメラと無線はすべて壊したんだから。
「確認を……いえ、少し失礼します 」
少し申し訳なさそうな顔をしながら、警備員は金属探知機で俺の体をまさぐった。
どうやらアレは、怪異耐性のあるものらしい。
(……思ったより急がないとかもな。怪異耐性のある機械が普及してれば、歩が孤立する )
「どうぞ、お時間をおかけしてすみません 」
「いいえ 」
頑張って高い声を出し、そのままホテルに入りエレベーターを動かす。
ちょうどエレベーターの死角、カメラの下側には蛍光ペンで数字が書かれている。
(6階の……208か )
重厚な音とともに動くエレベーター。
チンっと到着をしらす音。
開いた扉の向こうには、四人の警備員が立っていた。
「ん? お前は」
無線、武装、警戒心。
警備員たちが動くより先に腕を振るい、全員に傷をつける。
「ごっ」
喉を擦りあげるような断末。
スプリンクラーのように飛び散る血と爪の雨の中を、ため息混じりに進む。
そして着いた208号室。
貰ったカードを差し込んで扉を開けると、全裸の少し肥えた男が椅子に縛り付けられてるのが見えた。
(……どういう状況? )
「真城か? ちょっと口と手洗うから待って〜 」
奥の方から聞こえた女の声。
一瞬誰か分からなかったが、それが歩の声だと遅れて理解した。
「お前、なんでそんな女の真似が上手いんだ? 」
「人生という道に迷ったから〜 」
(答える気ねぇのな )
「そんじゃま、機密情報覗き見と行こうぜ 」
口元と手を濡らしたままの歩は、そのままベットの上に置いたPCを動かし、手馴れた動きでおっさんの親指の指紋でロックを解除した。
「そんな簡単に開くもんなのか? 」
「まぁ大した情報は入ってねぇんだろうな。だから奪われてもいいから手抜きなのか……奪われない理由があるのか。まぁ開いてみたら分かるだろシュレディンガーという事で、おっ 」
とあるファイルを開いた先には、動画が保存されていた。
3:14と微妙な時間。
そして実験記録4と記されていた。
「1から3は? 」
「たぶん人数分に分けてると思う。ほら、四人揃わねぇと一つの映像として完成しねぇ感じで 」
「……もっと他の方法無かったのか? 」
「まぁ馬鹿で助かったってことで。んで見る? たぶんグロいけど 」
「あぁ 」
カチッと、クリック音とともに動画が再生される。
歩の言った通り、ぶつ切りの状態から動画は始まった。
『長年怪異が増える理由というのは不明だった。だが怪異を増やす研究をしていた我々は、とある仮説を導いた 』
音声。
明るくなった画面。
奥には手足のない全裸の女が居り、その腹からは一つの臓器が丁寧に摘出されていた。
皮で作った水筒のような形の赤。
恐らく子宮だろう。
『怪異は一定数以上増えない。怪異が死ねば新たな怪異が現れる。だが仮説も仮説。根拠も無ければ証拠もない。けれど怪異の絶対数は想像がつく。それは原初、始まりの怪異が現れ、犠牲となった子供たちの数である。子供は怪異を増殖させるのに適しているというのは、この実験で明らかになった 』
『ん゛っ!! 』
女の痙攣。
そしてネトリとした粘液をかき分け、子宮の中から錆びた胎児が産み落とされた。
『実験サンプル34番よりも出産が速い。やはり10代の男の肉、ツヤのある臓物。そして拷問という恐怖が怪異の成長スピードに適応される。若さ、苦痛、恐怖……この三点。それを適応させれば、あの計画にも応用ができるだろう 』
「俺たちは……なんのために戦ってきたんだ? 」
「サンプル集めだろうな。子供を騙して、未来のためにと虚実を飾って 」
歩の言いたいことは分かる。
騙しやすい子供が集まり、その死体を集められ、怪異も手に入る。
そんな好条件な場所は、今の国にはパンドラ以外見当たらない。
前に歩から聞いた話は、真偽が分からずに半分聞き流していた。
いや、認めたくなかった。
でもこれを見た今は……ふざけるなという怒りしか湧いてこない。
『さて、今見ているそこの二人にサービスだ 』
「っ!? 」
3分を越えた瞬間、カメラ越しに向けられた敵意。
すぐに動画を止めようとしたが、体が動かない。
(迂闊だった……3分の動画に、怪異の映像を付け足してたのか )
通りで微妙な時間だったと納得する頭は冷静だった。
けれど動画が赤く、青く、点滅を繰り返す度に脳は焦りをこだまさせた。
『この動画が3分を越えた瞬間、君たちを捕まえるための信号が飛んだ。いや失礼、捕まえるのでは無いな。君たちの死体を……回収するために 』
「っ!! 」
目の前。
青白い少女の姿があった。
その虫のような手は俺の首を掴み、ポカンと空いた顔の中心にはムカデがとぐろを巻いていた。
「入れ……テッ!!? 」
それに気圧される中、飛んできた蹴りが少女の顔面を的確に撃ち抜いた。
「ハキハキ喋れ貞子エイリアン!!! 」
「……なんで動けんのお前? 」
「精神耐性はあるからな俺。むしろコイツが影響受けてるみたいだな 」
「ぐっ……いや、来ないで」
「まぁまぁあまぁ、入れてやるから逃げんな 」
殺虫剤でもかけられたようにもがく少女。
その髪を無理やり掴み、引っ張り、少女の顔面を噛み砕いた。
「もうどっちが怪異だよ 」
「アイアム命の恩人! ユーアー救われた人!! その態度でリアリー!? 」
「あぁありがとう、一旦黙れ 」
そう言い終えた瞬間、ジリリとホテル中に非常ベルの音が響いた。
恐らく、先の死体回収係が来る音だろう。
「ほらナイフ 」
「サンキュー 」
「ん? 」
繁殖させた爪で刀とナイフを作り、その片方を歩に投げ渡す。
同時に、後ろからうめき声が聞こえた。
「ん? キミ達は…… 」
「おっ? 起きたかおっさん 」
「おい、どういう事だ!? 」
さっきまで気を失っていたおっさんは、自分の現状を理解したように暴れ始める。
けれど縄は緩むどころか、暴れる度に締まっていくように見える。
なんで俺、おっさんの裸をこんなマジマジ見てんだろ。
「真城、これから拷問するから帰ってろ 」
「いや、そういう訳にはいかねぇよ 」
「えぇ……拷問好きのサディスティックバイオレンスなのお前? 」
「そういう訳じゃねぇよ!! 」
「そもそも俺は何も知らない!! ただの運び人だ!!! 」
「運び人が女遊びでイチャイチャする訳ねぇだろ。まぁ組織の末端だろうけどな 」
冷静に、そして淡々と。
歩はおっさんのこめかみを肘で殴りつけた。
「さて拷問。この計画が終わるのは何時だ? 」
「知らねぇよ! そもそもお前らガキは!! 俺たち大人の苦労を知ってるのか!!? 」
知ったようなに語る口を思わず斬りそうになった。
が、すぐに冷静になってしまった。
今俺よりも、歩の方がキレてる。
顔が歪むほどの笑みが、怒りを現していた。
「なんだその顔は!? 私たちはこの国を守るために努力しているんだ! 数少ない輸出で国を回し、全てでは無いが……国民を守っている。怪異が現れて電気を使うためにどれほど私たちが頑張ったか知っているか!? なのに貴様ら学のないガキは不満ばかりを口にする!! この国を守る私たちに、申し訳ないと思わないのか!!! 」
「……別にあんたらを怨んじゃいねぇよ 」
歩の笑みがさらに濃くなる。
「国を守ってるのは事実だ。むしろこういう実験しねぇと、怪異を求めて戦争が起こってたろうな 」
冷静な口調。
けれど抑えきれていない怒りが、ナイフを震わせている。
「でもな、仕方なかったって奴だ 」
「…………は? 」
「昔の戦争で死んだ人達は、憐れむしかないだろ? 災害に巻き込まれた人は、供養するしかないだろ? それと同じ。お前は偶然、俺の不満に巻き込まれただけの、哀れな人だ 」
「何が……言いたい? 」
「だからおつかれ! さようなら 」
有無を言わせない一振が、おっさんの頸動脈を斬り裂いた。
「なぁ 」
「ん〜? 」
ホテルから逃げる途中、パソコンをいじってる歩に声をかける。
「お前って……何を目標に戦ってるんだ? 」
「目標? 目的じゃなくて? 」
「あぁ 」
歩は感情のまま動く人間じゃないと確信した。
そうじゃなきゃ、さっきのおっさんの話なんて聞かずにぶち殺してたハズだから。
でも逆に分からない。
理性的であるのなら、歩が何を目指し、何をゴールとして戦っているのだろうか。
「ん〜……質問ムズいから先に答えてくれよ 」
振り向かずに歩は言う。
「俺? 俺は……咲を争いから遠ざけたい。あいつはずっと、傷を治す能力を利用され続けていた。それを生きがいにしてた。でも……そんなモンに依存しなくても、お前が生きてて良いんだってことを、知って欲しい…… 」
「……急に激重感情お出しされた俺はどんな反応すりゃいいの? 」
「お前が聞いたんだろ!! で……お前は? 」
「んぅぅ…… 」
パソコンを眺めながら唸る歩。
それで何をしているのかと聞く直前、歩は何かを思いついたように笑顔を浮かべた。
「ねぇ 」
「……無い? いや、無いわけないだろ。例えば……好きな人に平和な世界で生きて欲しいとか 」
「ほんと思ってねぇ。むしろ平和になったら哀花は自殺する 」
「……はっ? 」
唐突に出てきた自殺という嫌な言葉。
けれど歩は、さぞそれが正論のように顔色を変えない。
「いや、自殺出来たらいい方だな。絶望しながら弱ってく方がキツい。つーか彩音もマズイな、意義がなくなったら自分から目を逸らせなくなる 」
「……なんの話だ? 」
「つまりアレだ、俺は平和なんて望んでねぇ。むしろこの地獄の方が、アイツらは辛くない。だから〜……あぁ、目標見っけた 」
唐突に歩はカタンッとキーボード叩き、子供のように軽い口を動かした。
「この世が幸せにならないようにする。平和なんて訪れない、停滞した世界を」
「おい 」
頭に走った感情のまま、歩の首を壁に叩きつける。
苛立ちだなんて曖昧な感情じゃない。
明確な怒りで、純粋な殺意で、歩の首を絞める。
「ふざけてるのか? 争いがある以上、人が死ぬ。大切な人も殺される。そんな世界が続いて欲しいって言うのかよ? 」
「……ふざけてんのお前だ 」
「あっ? 」
歩はニヤッと笑うと、スカートの下から銃を取り出した。
「っ!? 」
意外に軽い音。
放たれた弾丸を爪の刃で弾くが、飛んできた膝から的確に顎を打たれた。
吐き気、視界のブレ、足元の歪み。
脳が揺れるせいか、立っていられない。
「怪異化できるヤツの対処法は即死か気絶、あとはこんな風に口を動かなくさせりゃいい 」
「てめぇ…… 」
「つーかお前、負け過ぎだろ。もうちょい考えを改めろよっ!! 」
歩の左胸から飛び出した銀の刃。
飛び散る赤。
揺れる視界の中には、歩に抱きつく一人の女性が居た。
『私……今……あなたの後ろ 』
「言わなくても聞こえてるよ 」
一発。歩は自分の腹を撃ち、それを貫通させて女の腹を撃ち抜いた。
「っ……ぐっ 」
地面を這う女は、腹を負傷した獲物。
それを追う歩は狩人だ。
「防弾チョッキくらい着ろよ〜。映画大好きな人に指摘されるぜ? 」
足元に手。
地面からひねり出された男は銃を構えていたが、スカートの中から落ちたものが俺たちの目線を集めた。
それは細長い筒……閃光手榴弾だ。
「ヘンタイ♡ 」
閃光、破裂するような目の痛み。
視界に焼き付いた黒が無くなる頃、目の前には女の生首が転がっていた。
「1000-76×6000は? 」
「し、知らな」
「俺も分からん!!! 」
口に入れられたら銃口が爆ぜ、歩の顔は血に濡れる。
だと言うのに、その顔は笑顔のままだ。
「おっ、いい感じゃねぇか 」
「何……言って 」
歩は拾いあげたパソコンに向かって笑顔とピースを向けた。
その理由を一瞬遅れて理解した。
「イェーイ! 見てる日本の若人ども!! 絶賛指名手配中の悪人! 空無 歩デース!!! 」
こいつは今、配信してるんだ。
「えっスパチャ!? なんで!? 『なんか分かんないけどガンバレ』? お前が頑張れよ!! でえっと? 何してんの〜?って。いやこれ犯行声明だよ、あとで拡散よろしくなぁ。女装? 女声で出すから気にせんといて。さて、」
歩はパソコンを置き、そのカメラの前に生首を持ってきた。
そして女の声でキャッキャっとはしゃぎ始める。
「これな〜んだ、生首です! 今からここら辺に住んでる人、みんなこんな感じにするからヨロシクね!! 捕まるまで配信するからお楽しみに〜 」
(はっ? )
コイツは一体、何がしたいんだ?
何が目的なんだ?
咲たちのためにと手を貸したが、俺は撃たれている。
コイツは……もう味方じゃない。
……敵だ。
「はい配信終了! 情報に迷えネトラー共!! 」
「てめぇ……ころ」
「ちょっちまって〜、電話スっから……あぁクソ学長? 俺だよ俺俺。今から3丁目ホテルに来て、哀花たち全員連れてな。じゃなきゃそこの座標を国に売る……急げよ 」
電話を切った歩はそれを投げ捨て、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「さて真城……やるか 」
揺れる頭を叩きつけ、さらに気分を悪くして立ち上がる。
唇を舐める歩を、敵を、殺すために。
「ぶっ殺してやるよ 」
「おいでやす〜 」
増殖させた刃で身をまとい、殺すべき対象へ爪を振るった。
歩くんの言う通り、ヒロインズはみんなイカレてるので普通の世界では生きてけません
異常な世界だから異常者が生きていけるだけです




