File.3 はじめての裏口入学
哀花の家に招かれて二日後。
「え〜一年ちょっと、皆さん……アリガトウゴザイマシタ 」
仲の良いヤツも悪いヤツも居ないクラスで別れの挨拶をし、学校を退学した。
「歩様、ここに名前を 」
「うっす 」
グリースさんの指示のもと、大量の書類にカッカカッカと名前を書く。
「急ぎの書類なので、早くしてください 」
「あっ、うっす 」
(……気まず!!!!! )
哀花のこともあってか、というか100%あれが原因だが、グリースさんの目が相当キツイ。
監視されながら山積みの書類にサイン、しかも客人用の部屋に二人きり……控えめに行って地獄だった。
「こちらが制服と刀になっています 」
更にそこから数日、グリースさんは俺の制服を取ってきてくれた。
「おぉカッケェ!!! 」
「刀はパンドラ生徒の学生手帳みたいなモノです。どうか無くされませんように……それとサイズが合っているかの確認を 」
「へいへーい。というかグリースさん、今日哀花見てねぇけど何処に」
「あぁ? 」
「ヒェッ……ナンデモナイッス 」
般若みたいな目で睨まれ、すぐさま制服に袖を通す。
黒い生地に白い帯が斜めに装飾された服。
それはすげぇ目立ち、制服というより大人が着るようなスーツに近い。
しかもそれを着ているのは子供顔の俺……なんだか服に着せられてるみたいだ。
「いかがですか? 」
「首がキツイっすね。まぁこれくらいなら第一ボタン外せば」
「これからお嬢様と登校するんですから、身だしなみはしっかりしてください 」
「オェ……ギブギブ 」
襟を捕まれ、ゴツイ手で無理やりボタンを止められる。
というか鏡に映ってる絵面がやばい。
完全にヤが着くアレに首を絞められてる一般人だ。
「ん? というか今日登校すんの? 」
「えぇ。学長がクソガキ……あなた様に急遽会いたいという事なので。行きますよ 」
足早に外に出たグリースさんに、小走りで着いてく。
しばらく赤い絨毯が惹かれた廊下を歩いてると、
「あっ、二人とも 」
笑顔で俺たちを待つ哀花が、玄関に立っていた。
「おはよう哀花! 今昼だけど!! 」
「うん、こんにちは歩。じゃあ行こっか、学長も待ってるし 」
そっと手を捕まれ、引かれるがままに車へと乗せられた。
黒くて長い、金持ちが乗るような車に。
「すずしっ!? えっクーラー!? クーラー付いてんのこの車!!? 」
真っ白なソファが並べられた車には、テレビやクーラー。
冷蔵庫まで完備されている。
ほんと金持ちは羨ましいったらありゃしない。
「そんなに意外? 」
「あぁ意外!! 怪異で電子機器ぶっ壊れるからさぁ、特別な機械じゃないと家に置けねぇんだよ……いや〜さっすが金持ち 」
「親がだよ 」
ズッと、冷たい言葉を哀花は吐き捨てた。
それがあまり触れていいものではないと、すぐに理解できた。
「ところでさ、哀花ってなんで怪異狩りなんかしてんだ? もっと他に安全な仕事あったろうに 」
速攻で話をすり替えるが、その顔にはさらなる影が落ちた。
「私の姉がね、怪異の被害に会ったの。だから怪異を許さない……この世から怪異を一匹残らず駆除する 」
短い言葉だったが伝わった。
その言葉が、目が、顔色が、憎悪に満ちていたから。
だから、
「じゃあ同じだな。俺も……怪異はこの世から消したい 」
適当に作った理由を話して、そっと手を差し出す。
すると哀花はニコリと笑ってくれた。
「ありがとう……ほんの少しだけ、頼もしい 」
「うわひっど 」
「ふふっ、ごめんね。でも嬉しいよ……だからキミには、長続きして欲しい 」
「……? それってどういう」
「着きましたよお二人とも 」
俺が聞き返す前に、運転手から声をかけられた。
すぐに荷物をまとめて降りると、そこには
「でっっっか!!!? 」
あの豪邸よりデカい、黒塗りの校舎が立っていた。
「1.3.5……10!? なんで校舎が10階建てなんだよ!? マンションか!? 」
「色んな分野の研究室とかあるしね。あと地下も20階くらいあるし、裏には寮とか訓練所もあるよ 」
はえ〜、計30階はある校舎で、寮も訓練所もありますと。
オーバースペックにも程があるだろ!!?
生徒は1000人居ても足りねぇだろこれ!!!
「そこでぼーっとしてたら轢かれるよ 」
「あっ、ウッス 」
とりあえず気持ちに整理し、二人で校門をまたぐ。
すると、
「おぇ…… 」
門の脇で、誰かが吐いてるのが見えた。
それは赤髪の女だった。
「紗奈!? 大丈夫なの? 」
すぐに哀花は、心配するようにそいつの肩に手を置いた。
「あっ……哀花……さん。平気……ウェッ 」
「……どうしたの? 任務でなにかあった? 」
吐き狂う紗奈とかいう女は、震えながらも、ゲロまみれの手で哀花の肩を掴んだ。
「怪異を倒すのが仕事なのに……なんで人を……子供を、殺さなきゃいけなかったんですか? 」
「っ…… 」
(あー、そういやなんか言ってたな )
たしか哀花はこう言っていた。
『怪異に殺されるかもしれないし、怪異を利用する人を殺さなきゃいけない』と。
だから殺したんだろう。
この女は、自分が助かりたかったから。
「……ごめん歩、先に行ってて。玄関に入ってすぐ右にあるから 」
「りょーかい。あとこれ使ってくれ 」
ハンカチを哀花の隣に落としてから、校舎に向かう。
その途中で色んな生徒にすれ違ったが、全員の目は下を向き、誰の顔にも生気がない。
(なんか思ってたのと違ぇな )
そんなこと思ってると、なんか……バカ丸出しの扉が見えた。
ピンクのイルミネーションに彩られ、ピカピカと光を放っているし、扉には『学長室』と青いネオンライトで描かれてる。
なんかもう……苦笑いしか出てこない。
「ワーワカリヤス……失礼しまーす 」
とりあえず扉を開く。
瞬間、背中に悪寒が走る。
「っお!? 」
とっさに横に飛ぶ。
すると黒い触手が頬をかすめ、小さな扉からは、巨大な蜘蛛がはい出てきた。
「ヒト……コロ」
「よっ 」
抜いた刀で手のひらを裂き、のたうち回る触手を躱して、その顔をつかむ。
ボコり……蜘蛛は膨らみ、
「オ゛ッ!? 」
「邪魔 」
断末魔を上げて、弾けとんだ。
「いやぁ素晴らしい。ほんとに怪異を触るだけで殺せるなんてね 」
扉の奥から、パチパチと手を叩く音が聞こえる。
そこには巨大な椅子に座る、青いツインテールの女が居た。
だからその眉間めがけて、刀を投げつける。
「あぶないねぇ。死んだらどうしてくれるんだい? 」
だが女の指先は、紙をつまむように優しく、刀を受けとめた。
「いやぁ怪異かと思ってさ。悪いな 」
「嘘が下手だねぇ 」
「まぁ、お互い様って事でいいだろ? 俺も死にかけたんだし 」
口角を上げる女に対して、こっちも形だけの笑みを返す。
ピリピリと殺意と怒りを感じるが、女は刀を置いて乾いた笑みを浮かべた。
「はじめまして歩くん。私は、前田 伏……前田学長と覚えてくれたまえ。キミのことは哀花から聞いてたけど、実際に見てみたかったからね 」
「で? お眼鏡にかかったのか? 」
「あぁもちろん、キミは即戦力だ。でも信用はまだ出来ない。だから面接でもしようか 」
学長は用意されていた椅子に、ヒラヒラと手を差し伸べた。
座れ……ってことでいいのか?
「あぁ、初めに言っておこう 」
椅子に座った瞬間、待っていたかのように、学長から声をかけられた。
「私は嘘を見抜ける。だから隠し事は無理だと思った方がいい 」
「へ〜、じゃあ俺が人を殺したことあるってのは? 」
「……驚いたね。本当のようだ 」
女は歯を見せ、口だけで笑ってみせた。
どうやら嘘を見抜けるというのは本当らしい。
「OK。じゃあ面接、よろしくお願いします 」
「あぁよろしく。それじゃあまず一つ目の質問、キミは何をしにここへ来た? 」
(わーお、いきなり )
「目的が無いはナシだ。お金が欲しい、人を殺したい、怪異を手に入れたい。なんだっていいから、答えてごらん? 」
学長はニタリと、悪役のような笑みを浮かべた。
だが俺の中ではもう答えは決まっている。
「俺は哀花が好きだ 」
「……ん? 」
「大好き、惚れた、幸せになって欲しい。だからここに来た、そばにいれるから 」
笑いながら本心をぶちまけた。
だと言うのに、なぜか学長は青い顔をして、身を引いている。
「いや……正気? 言ってることが、まじで気持ち悪いストーカーだけどそれ 」
「嘘が見抜かれるなら仕方ねぇだろ。ならなんだ? 嘘ついたら面接受かったのかよ 」
「言ってることは正しいけどさぁ!! もうちょっとオブラートに包めるでしょ!!! 」
「正しいならそれで良いじゃねぇか 」
「あぁぁぁ!!! 」
学長はガキみたいに、頭をぐしゃぐしゃこねくり回しはじめた。
というか今気がついたがこいつ……背がめっちゃ低いな。
小学生みたいだ。
「ふしゅぅぅぅ……よし、じゃあ次で最後の質問だ 」
「もう終わりか? 」
「うん。嘘を見抜ける以上、長々と面接する必要は無いからね 」
急に冷静になった学長は、どこからかリモコンを取りだした。
すると部屋が少し暗くなり、天井の機械からとある画像が映し出される。
闇が多い尽くす国……あれは今の日本だ。
「周知の通り、今の日本は怪異に覆われている。人が安全に生活できる場所は東京、千葉のみ。しかも東京内部までにも怪異が現れる始末。土地は増えず、なのに人口は増えるばかりで……近い将来、日本は崩壊すると私たちは見てる。だから 」
学長は立ち上がると、左胸のエンブレム……金色の桜と蛇が掘られたバッチを見せつけるように、手を胸に当てた。
「私たちが絶望の底にある希望……パンドラとなる。そしてキミにはその礎となって欲しい。世界を平和にするためのね 」
「あぁ良いぜ 」
もはや脅し文句の言葉に、すぐさま頷いてみせる。
なのに学長はあごにシワを寄せ、心底めんどくさそうにため息を吐いた。
「あのさぁ……これって、平和のために死んでくれって言ってるようなもんだよ? もう少し考えてみたらどうなのかな? 」
「結局、人間って死ぬじゃねぇか。それが今だろうが明日だろうが変わらねぇだろ 」
「ゲームのラスボスじゃないんだからさぁ…………はぁ、うん、じゃあ合格。一応聞くけど、部隊は」
「哀花と同じで頼む 」
「まぁそうだよねぇ〜。これからよろしく 」
呆れたように差し出された手。
それを握り返してみると、こいつのひ弱さが伝わってきた。
簡単に折れそうな細い腕。
曲げやすい首。
机の上に文房具があるが、このまま抑えこめば、それを取られるよりはやく殺せる。
空いた窓からは逃げられる。
手に傷がある以上、怪異を使おうが対処できる。
言うなら今だ。
「なぁ、逆質問ってアリか? 」
「もちろん、なにか気になったかい? 」
「なんで大人は前線に出ないんだ? 」
腕を握りこみ、作った笑みで学長をじっと見つめる。
「テレビで映る怪異狩りはだいたい子供だ。哀花の討伐部隊も俺と同じくらいの年代だったし、この学園で隊服を着てるのもだいたい学生。大人はなにしてんだよ? 」
「もちろん色々してるさ。隊服の製造や食事の用意、あとは葬式とかかな? 」
「自分たちだけ安全な場所でか? 」
「考えすぎだよ。ちゃんと子供も、裏方の仕事はしているさ 」
「安全にか? 」
「………………まぁ、こっちにも致し方ない事情があるんだ 」
開き直ったように、表面上だけ申し訳なさそうに、学長は笑った。
(あぁ。こいつ、クソ野郎だ )
致し方ない事情だとしても、こいつは真実を隠そうとした。
その状態で命をかけてくれと、詐欺まがいに持ちかけてきた。
そんなことができる奴なんて、クソ野郎以外にありはしない。
「まぁ、おいおい説明するよ 」
「そうか 」
もうこいつの言葉に耳を貸す必要はない。
さっさと手を払って、扉から出ようとした瞬間、
「あぁそれと 」
呼び止められた。
後ろを振り返れば、ニタリと気色悪い笑みが見える。
「君は裏切らないよね? 」
「お前らが哀花を裏切らなければな 」
その言葉を最後に、学長室の扉を閉めた。
この時点で歩くんの哀花さんへの好感度は凄まじいです
好感度の上限が100だとすれば、1京(兆の次の単位)は余裕で越えてます
たかが命を救われただけなのに、何故なんでしょうね?