File.2 ちゃいますねん
「うっへ〜、家ボロボロじゃん 」
哀花のお仲間から治療を受け、とりあえず私物を取りに帰ったは良いが……家はもう、人なんて住めないレベルで崩壊していた。
「歩、大丈夫? 」
パキパキと瓦礫を踏んでると、後ろから柔らかい声がした。
「俺は平気。しっかしすげぇな、折れた腕がもう動く 」
「ふふっ、僕の仲間は優秀だからね 」
透明な髪を触りながら哀花は笑う。
だが潰れた俺の家を見るやいなや、その顔はサっと青ざめた。
「親戚とか……宛はあるの? 」
「無い。適当にネカフェで過ごす 」
「いやそれは限界があるだろうし……僕の家に来ない? ここから近いし 」
「えっ、ヤダ 」
哀花は断られることが意外だったのか、目をまんまるとさせた。
「なんで? キミから見ても好条件だと思うけど 」
「普通に考えてろよ!? ほぼ初対面! 名前知っただけの関係!! それなのに家に招かれてみろ!! 普通に気持ち悪いだろそれ!!! 」
「そうかな? 僕だったら行くけど…… 」
(俺がおかしいのか? ……これ )
あくまで普通のことを言ってるはずだが、哀花は納得いかなそうに首を捻った。
かと思えば、俺の胸ポケットには、メモのようなものがいつの間にか入っていた。
「まぁいいや。あとでその住所においで 」
「ん〜??? 耳着いてんのお前? 」
「……? 付いてるけど、見て分からないのかい? 」
(……はァァァァァ????????? )
人の話を聞かず、人を煽って自分の意見しか言わない。
あれ、こいつって思ってるよりヤベェやつ?
「じゃあ僕は仲間の加勢に行くから、気をつけてね。はいこれ予備のスマホ 」
「いやおい」
「また後でね 」
そう言い残し、哀花はどこかへ行ってしまった。
「……すぅぅぅぅぅぅぅぅ後でシバく 」
(えぇぇえぇなにコレ〜??????? )
あれからしばらくして、住所の場所に着いた。
まではいい。
問題なのは、その家だ。
「広すぎんだろ…… 」
学校のグラウンドが八つくらいは入りそうな庭。
そこに建てられた、校舎並みのデカさがある屋敷。
それをグルリと囲む柵には、すべて防犯カメラとセンサーが付けられている。
「ん、来てくれたんだね。嬉しいよ 」
豪邸に目を奪われてる途中、後ろから肩を叩かれた。
当然そこには、ニパッと笑う哀花。
と、無駄に縦長な黒塗りの車があった。
(あ〜思い出したわ……泡魅って有名な資産家じゃねぇか )
歴史で習ったことがある。
怪異が現れたその昔、すべてを電子機器に頼ってた国のほとんどが経営破綻した。
が、泡魅一族が怪異でも壊れない電子機器を開発したとかで、外国とか富裕層にバカ売れして有名になった……だっけ?
興味無さすぎて詳しいところは覚えていない。
「何してるの? 冷えるから入ろうよ 」
「あっ、すー……ちょっと心の準備してまーす。よし、行きましょうか 」
心構えはバッチリだ。
これ以上、驚くことは絶対にな、
「お待ちしておりました、哀花様 」
「執事だ! 執事が居る!! 」
あったわ。
なんなら玄関先でもう驚いてしまったわ。
だって漫画でよく見る、ガチムキ金髪イケおじ執事居んだもん。
「グリース、地下を開けといて。今から案内するから 」
「かしこまりました。今宵も怪異狩り、お疲れ様でございます 」
「えっなに? 地下? 今からコンクリ詰めされんの? 」
「コンクリ詰め? 変わった趣味してるね 」
「はぁぁぁ 」
冗談通じない人と話すって疲れる。
そう思いながら哀花に案内された階段を下りる。
「長くね? 」
「長いよ 」
「……何この中身のない会話!? 気まずいんだけど!! 」
「もうすぐ着くよ 」
「無視っ!? 」
俺コイツきらーい。
無視する男とかまじまじのマジできらーい。
むしろ命の恩人じゃなかったらくたばってもいいゾ〜これ。
「ほら、着いた 」
鉄の扉を哀花は開ける。
すると無数のガラス玉が浮かぶ、奇妙な空間が視界に広がった。
ガラス玉の中には手があった。
ベタりベタりとガラスに満遍なく張り付く、数百の手が。
ガラス玉の中には耳があった。
翼をもがれ、這い蹲るしか能のない蝶のような耳が。
ガラス玉の中には顔があった。
両目と口に穴が空いただけの、生を感じさせない無機質な顔が。
「ここ、怪異の研究室か 」
「知ってるんだ。じゃあこれも知ってる? 」
哀花は机の上に座り、そっと顔が蠢くガラス玉に触れた。
「怪異を一匹殺すのにさ、何人死ぬと思う? 」
「三人くらいじゃね? 」
「あたり。能力を解明するのに最低で一人、戦ってる途中で二人死ぬ。だから最近、怪異狩りは人手不足なんだよね 」
「あぁどーりで。テレビでうるせぇほど募集が掛けられてる訳だ 」
「でもさ、怪異を消す能力があれば話は別だよね 」
(あーなる〜 )
コイツが何を言いたいか分かったと同時、哀花は予想通り、そっと手を伸ばしてきた。
「僕と一緒にパンドラへ……怪異狩りを行う学園へ来て欲しい。怪異をこの世から絶滅させるために 」
「えっ、ヤダ 」
普通にめんどいから断っただけなのに、哀花はポカンと目を点にした。
「怪異を絶滅させたくないの? 」
「別に、怪異に恨み持ってねぇしな。つーか野郎の言うことなんか聞きたくねぇっての 」
「野郎? 」
「男って意味だよ 」
「僕女だよ 」
手にフニっと、柔らかい感触がした。
(えっ胸押し付けってかやわっ女ァ!!? )
「す〜 」
息を吸い、指に吸い付くような胸から手を離し、その場で土下座する。
「一緒に働かせてください 」
「うん、じゃあよろしく 」
我ながらチョロいと思うが、好みの女と働けるなんて一生に一度あるかないかのチャンスだ。
断る理由はねぇ!!
「あっ、でも怪異を悪用する人を殺すことになるよ? それでもいい? 」
「あぁ。つーか給料出る? 」
「出るよ 」
「最高じゃん!! 」
偶然とは就職を先を見つけられた。
そんな最高の気分を味わいながら空を見ると、あの怪異たちが恐れるように俺を見ていた。
「ところでさ、コイツらどうやって捕まえたんだ? 」
「僕が捕まえたよ 」
シンっと、怪異たちの蠢きが止まった。
理解した。
怪異は俺を恐れてるんじゃない。
哀花を見て、恐怖してたんだ。
「じゃあ尚更分からねぇな 」
「何が? 」
「なんであの時、俺を庇った? 」
ずっと考えてた。
そして分からなくなった。
コイツは俺よりも価値のある人間だ。
なのに、俺が死ぬことよりも自分が死ぬことを選んだ。
そんなの、何か裏がねぇと納得がいかねぇ。
「庇った理由? え〜なんだろ 」
「……いやおかしいだろ。なんで見知らぬ他人のために死ねんだよ!? 何か理由があったんだろ!? 」
脳裏にチラつく過去。
ムキになって哀花を否定しようとするが、静かな笑みが帰ってくるだけだった。
「無いよ。強いて言うなら……助けられたから。ほんとにそれだけ 」
理由もなく、助けられた。
それが何よりも嬉しくて、こんな人生に希望が見えたような気がしたんだ。
「ありがとう 」
「……えっ? 」
胸の内から熱いものが溢れて、溢れかえって、抱きついてしまう。
視界は涙でぐにゃぐにゃ……でも胸の熱さだけは鮮明に感じ取れる。
「ありがとう。本当に……ありがとう 」
「えっと……どういたしまして? 」
「失礼します。お食事をお待ちしま」
扉が開いた音でハッとすると……お盆を持ったグリースさんとばったり目が合った。
そして気がついた。
ご令嬢に抱きつく男……その状況のヤバさに。
「ちょ、あの……これはちが」
「いい度胸だなクソガキ!!! 」
「ちゃいますねん!! これには理由が!! 」
「大丈夫だよグリース、急に抱きつかれただけだから 」
「めちゃくちゃ語弊ない!? あっグリースさん、その拳一旦しまっ」
ゴンッ……頭を思いっきり殴られた。