File.17 不理解の理解者
「子閉じ……願望拒否 」
空中からたたき落とした拳。
それは床を砕き、地下すべてを震わせた。
「おっと? 」
揺れ。
そのおかげで敵の足が止まる。
「ふんっ!! 」
床に沈んでた鉄パイプを引きちぎり、長いそれで、敵の腹をかち上げる。
吹き飛び、天井でバウンドした。
その隙。
敵が身動き取れない間。
足を地面に叩きつけ、辺りの破片を浮かせ、
「子閉じ……命壊し!! 」
黒い波動で破片をふき飛ばす。
弾丸のように鋭い破片は天井をえぐり抜く。
が、敵は空中で不規則に動き躱した。
だから足を高くあげ、床を踏み抜きながら、長い鉄パイプをぶん投げる。
「殺意マシマシって感じだね 」
けれど包帯が巻かれた腕に当たった瞬間、鉄パイプはピタリと止まり、敵と一緒に床に落ちた。
(あの包帯……怪異だ。物理攻撃の無効か吸収? というか全体的にダメージが入ってない感じ。どうやってころ)
「あー!! 」
「!? 」
急な大声のせいで、肩が飛び跳ねてしまう。
「彩音ちゃん! 耳化膿しちゃってるじゃん!! ピアス無理やり開けたんでしょ!? 」
「えっ? まぁ痒い……ですけど 」
「ちゃんと消毒しなきゃダメ! ほらこっちおいで!! お姉さんが消毒してあげるから 」
「行く訳ないじゃないですか!? 敵ですよ!! というか、なんでそんな呑気にしてるんですか! 私たち侵入者ですよ!? 」
たぶん正論なハズだ。
なのに敵は、ふふふって不気味に口をあげた。
「そりゃあ分かってたからね。絶対仲間を助けに来るって 」
(罠!? )
「いや罠じゃないよ。彩音ちゃんたちの信頼関係を見れば予測がつく事だからね 」
敵は空を見上げ、静かに語りはじめる。
時間稼ぎかもしれない。
でも無策に飛び込めば殺られるかもしれない。
私が死んで、歩さん達の後ろからこいつが来る。
それが一番ダメだ。
今は……聞くしかない。
「囮を任せる方も、任された方も、お互いを信じてた。じゃなきゃあんな短時間で決めたりできない。でもさ、アイツは違うでしょ? 」
「……アイツ? 」
「ねぇ彩音ちゃん、歩って男はなんなの? 動揺を誘うためとかじゃなくて純粋に分からないんだ。アイツは……何者? 」
「何者って……仲間、ですけど 」
「まだ出会って一週間も経ってないのに? それなのにアイツは、仲間を助けたい君たちと一緒に来たんだよ? パンドラに情報が回るよりはやく、命懸けで。普通に考えたらおかしくない? 」
敵の言葉は正しいと思う。
でも胸を張って、胸を抑えて、静かにあの人を思い浮かべる。
「確かにおかしいですよ。いっつも何考えてるか分からない人ですし、気持ち悪いですし、食器洗うの下手ですし、お風呂は二分で上がりますし、当番でご飯作ってもらった時とか不味くて地獄でしたし。でも、あの人は良い人です。それは間違いないありませんよ 」
助けてくれた。
心が折れそうな時に、支えてくれた。
私にとってはそれだけで、あの人を信用してしまう。
「なるほど、彩音ちゃん……恋をしたんだね? だから」
トンっと。
いつのまにか。
お腹に。
拳がめり込んで
「こんなに弱くなってるんだ 」
「っ!? 」
後ろに吹き飛ばされた。
立ち上がろうとする。
でも手足が歪んで、地面が動いてる。
フラフラして、気持ち悪くて、立ち上がれない。
(頭……打って……鼻の奥……血の味が…………なんだか、懐かしい )
「皮肉だよねぇ。絶望すれば強くなって、生きる希望を見つけたら弱くなるなんて。ほんと……ふざけてるよ 」
敵が……こっちに……やってきた。
しゃがんで、笑って、髪を触ってくる。
「ねぇ、私たちと一緒に住まない? 外の世界に 」
「なん……で 」
「彩音ちゃんさ、これから普通に生きれる自信はある? 」
ただでさえ頭がクラクラ……してるのに。
そんなこと言われたら、頭の中が、よく、分からなくなってくる。
「調べたんだ、彩音ちゃんの過去を。虐待され、お母さんを殺され、その死体処理を手伝われた。それだけで心なんて持つはずがないのに、頑張って普通に生きようとした。でもダメだったんでしょ? 」
ズキンって、頭が痛む。
傷じゃなくて、中身が。
嫌なことを……思い出した。
「保護された施設で、一人の男の子を半殺しにしちゃったんだよね。資料だと原因不明って書いてたけど、私には分かる。怖かったんでしょ? また殴られるのが 」
ピキって、頭に、ヒビのような痛みが走る。
「怖かったから、先に殴った。反撃されるのが怖かったから、殺そうとした。そんな感じかな? 」
「あなたに……何が」
「分かるよ。だって」
敵は、左腕の包帯をほどく。
そこには黒紫の跡が……びっしり、隙間なく、焼き付いていた。
「私もそうだったから。まぁ私の場合は拳じゃなくて、たばこの火だったけどね 」
「っ…… 」
「まぁそれでさぁ、大人になってから家族を殺したんだ。そしたら私、犯罪者だって言われたんだよ? 酷いよね。家族が先に殺そうとしてきたのに、殺したら私が悪いだなんて 」
「その気持ち……分かりますよ 」
いつの間にか、笑顔を浮かべていた。
だって同じ境遇の人と会えたのが、少しだけ……嬉しかったから。
「先に虐めてきた男の子を、ペンで失明させた時……どうして私が怒られてるのか、責められてるのか、心底理解できなかった。だって何もしなかったから私、ずっと……酷いことされてた。でもみんな、味方してくれなかった。そこからですかね、人が……嫌いになったのは 」
そう言い終えたら、目の前に敵の顔が近づいてくる。
金の前髪の向こうにある瞳。
それはキラキラと、潤んでいた。
「分かる……分かるよ! ねぇ彩音ちゃん、一緒に住もう!? 私たちは理解者だよ! 同じ傷を負った者同士だよ!! だからさぁ、私と」
「でも 」
長話に付き合ってくれたから、脳の揺れは治まっていた。
敵の腕を掴み、その顎を全力で蹴りあげる。
浮いた体。
そのお腹も前蹴りでえぐり、吹き飛ばす。
「っ゛!? 」
「もう私は! 好きな地獄を選んだ!! たしかにあなたとは気が合いますよ!! 同族ですよ!! でも!!! ……私は、私が好きな人たちと、一緒に生きていたい!! それを邪魔するなら 」
立ち上がり、垂れる鼻血ごと前髪をかきあげる。
「死ね 」
「ふふっ、イイね。じゃあここからは 」
ボウッと、敵の両腕が燃え上がる。
それは黒い炎。
自分も焼けているのか、辺りには肉のいい匂いが漂いはじめる。
「殺し合いだね 」
「えぇ 」
私も両腕に、黒いヒビを走らせる。
静寂。
心拍や、骨のきしむ音すらうるさい静寂。
その中で、死体のような静かさで、息を吸う。
「こと」
腕を構える。
よりはやく、右肩が黒い炎に貫かれた。
肉も骨も焼け、落ちる右腕。
を掴み、
「っ!! 」
全力で投げつける。
それは敵の頭の横を通り、槍のように床へと突き刺さった。
「うわぁを……なんかさっきより速くなッ」
よそ見してる。
隙だ。
だから地面を踏み切り、体を回転させ、敵のこめかみに踵を突き刺す。
(殺れる )
吹き飛んで倒れた体。
その顔に拳を落と
「拒絶の火 」
「!? 」
いつの間にか、空中に黒い火の粉が舞っていた。
それも無数に。
散る桜のように、死体にたかる虫のように。
「汚物蛇 」
黒い蛇となった炎が、全身に食い付いてきた。
首は防いだ。
腕と肩で。
でも身体が燃え始めた。
だから全力で接近し、蹴りで腹をえぐり抜く。
「っぶ!? 」
(死ぬ前に殺せば……それで良い!! )
足を高くあげ、落とした踵で左肩を砕く。
「っ゛う!? 」
ダランと落ちた。
腕。
その隙に右腕を掴み、蹴りとともに引きちぎる。
「ヘヘッ、お揃いだねぇ。でも上に気をつけた方がいいよ? 」
そんな笑い声。
とともに、上から黒炎の塊が落ちてくる。
全身が焼ける。
でも、敵の首に手を伸ばし、
「捕まえ……た 」
「あはは……ヤッバ 」
「ふんっ!! 」
天井。
に敵の体を投げ、ぶつけ、全力の一撃を構える。
敵の右腕は無い。
左肩は折れている。
ろくに動かないハズだ。
殺せる。
「子閉じ 」
左腕に、ひときわ大きなヒビが走り、辺りの地面は一気に崩れはじめた。
「不願望 」
振り抜いた拳。
それは黒い一閃とな
「でも残念 」
いつからか、私たちの間に現れた黒炎。
それは……さっき引きちぎった、腕を掴んでいた。
「拒絶の火 ハライノ手 」
静かな呟き。
それとは対照的に、腕は酷く燃え上がり、巨大な炎の盾となって私の一撃を防いだ。
でも……
「えっ? 」
もしかしたら防がれる。
そう思ってた。
ずっと自分に、自信なんてないから。
だから空中にいる敵に近付いて。
全力で抱きしめて。
そのまま落ちる。
私の腕が突き刺さった、床に向かって。
「っ!! 拒絶の」
「子閉じ…… 」
敵は何かをしようとする。
でも遅い。
これからは誰も、逃げられない。
「独りの家 」
落ちた右腕から発せられた圧。
それは私たちを引き寄せ、私の腹ごと、敵の心臓を貫いた。
「いったァ……死んじゃうじゃん、これ 」
顔に落ちてくる赤い水。
それを吐く口は、楽しそうに笑ってた。
「えぇ……ダメージが薄くても、失血すれば死ぬでしょ? 」
「まぁねぇ。でも大丈夫? 彩音ちゃんもお腹……穴空いてるよ? 」
「歩さん達がぜったい、咲さんを助けるので……大丈夫ですよ 」
「いいなぁ、その信頼関係 」
ググって、敵は腕を引き抜こうとする。
だからその肩を掴んで、抱き寄せて、私が死ぬまで抜けないようにする。
「あーぁ、負けちゃったなぁ 」
血を吐きながら、敵は言う。
そしたら全身を焼いてた炎がフッと消えた。
「……どうして、消すんですか? 」
「私の負けだからねぇ。道連れなんて品がないじゃん 」
「……怪異化、すれば良いじゃないですか 」
この人は敵だ。
敵なのに、そう聞いてしまう。
でも敵は首を横に振った。
「怪異化したら、彩音ちゃんも怪異化するでしょ? それはダメ……戻れなくなっちゃうから 」
「……気付いてましたか 」
「うん……髪の色、その黒、怪異化の影響でしょ? それに右腕が切れたのにすぐ反撃だなんて……人のやる事じゃない 」
「いいえ。あの時、痛かったですよ? でも……あの人はアレだけ痛いのに、私を気遣ってくれた。そう思うと、動けただけですよ 」
「まぶしいねぇ……嫉妬しちゃうくらい 」
ズルっと、敵が覆いかぶさってきた。
というか私、この人の名前も知らないんだ。
「名前は……なんて言うんです? 」
「知らなくていいよ。敵の……これから死ぬ奴の名前なんて 」
「……… 」
「それよりさ、壁の中は楽しい? 美味しいクレープ屋さんとかある? 」
「……えぇ、たくさんありますよ。最近だとチョコ練乳が流行ってますね 」
「えー甘そう……食べれるかなぁ 」
「コーヒー用意しますから、一緒に食べましょうよ。咲さんから美味しいコーヒーの入れ方を学びましたから 」
「コーヒー苦くて苦手なんだよねぇ。角砂糖は何個入れていい? 」
「好きなだけ良いですよ 」
「やった〜。幸せ者だね、私 」
「ねぇ 」
「はい 」
「私もさ、彩音ちゃんみたいに生きれたかな? 」
「私なんかよりきっと、上手く生きれますよ 」
「そっかァ……うん。じゃあ……これから彩音ちゃんは、たくさん幸せになってね。自分なんかなんて、言わなくなるくらいに…………私を殺したんだからさ、それくらいしてね 」
「……はい 」
ギュッと、名も知らない敵を抱きしめる。
今度は優しく。
子守唄を歌うみたいに。
「私も、普通の恋をしてみたかったなぁ。男の子見るとさ、怖くて殺しそうになっちゃうの 」
「私もそうでしたよ。でも……自慢話になっちゃいそうですね 」
「えーもっとしてよ自慢話。お姉さん聞きたいなぁ 」
「じゃあ、えっと……ずっと男の人は怖かったのに、あの人を好きになった途端……不思議な気持ちになったんです。手が怖かったのに、私の頭を撫でて欲しくなった。腕が怖かったのに、抱きしめて欲しくなった。一緒に歩いて欲しくなった。この人になら……殺されても良いとも思った。あの人が普通じゃないのは分かってるけど、私も普通じゃないから。どんな歪んだ関係でも、きっと……上手くやれるかもしれないって、思えるようになったんです 」
「ステキ……だねぇ 」
「……私も、聞いていいですか? 」
「…………うん 」
「私たち、敵同士じゃなかったから……お友達になれましたかね? 」
「うん……ていうか、もう……友達じゃん 」
「…………そうですね。何か、して欲しい事とかありますか? 」
「…………あたま……撫で……………… 」
声が聞こえなくなった。
だから精一杯抱きしめて、頭を撫でて、その額に……キスをした。
「おやすみなさい。私を……理解してくれた人 」
「………………へへッ 」
ドサッて、敵は……動かなくなった。
最後に聞こえた声は、幻聴みたいに細くって、とても……幸せそうだった。
お互いに異端ではあるからこそ、分かり合えた
でも一緒にはなれなかった
結局はどちらも、異端であるのだから




