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怪異子葬  作者: エマ
18/44

File.17 不理解の理解者



「子閉じ……願望拒否(キョゼツノネ)


 空中からたたき落とした拳。

 それは床を砕き、地下すべてを震わせた。


「おっと? 」


 揺れ。

 そのおかげで敵の足が止まる。


「ふんっ!! 」


 床に沈んでた鉄パイプを引きちぎり、長いそれで、敵の腹をかち上げる。


 吹き飛び、天井でバウンドした。

 その隙。

 敵が身動き取れない間。

 足を地面に叩きつけ、辺りの破片を浮かせ、


「子閉じ……命壊し(ギャクタイ)!! 」


 黒い波動で破片をふき飛ばす。

 弾丸のように鋭い破片は天井をえぐり抜く。

 が、敵は空中で不規則に動き躱した。


 だから足を高くあげ、床を踏み抜きながら、長い鉄パイプをぶん投げる。


「殺意マシマシって感じだね 」


 けれど包帯が巻かれた腕に当たった瞬間、鉄パイプはピタリと止まり、敵と一緒に床に落ちた。


(あの包帯……怪異だ。物理攻撃の無効か吸収? というか全体的にダメージが入ってない感じ。どうやってころ)


「あー!! 」


「!? 」


 急な大声のせいで、肩が飛び跳ねてしまう。


「彩音ちゃん! 耳化膿しちゃってるじゃん!! ピアス無理やり開けたんでしょ!? 」


「えっ? まぁ痒い……ですけど 」


「ちゃんと消毒しなきゃダメ! ほらこっちおいで!! お姉さんが消毒してあげるから 」


「行く訳ないじゃないですか!? 敵ですよ!! というか、なんでそんな呑気にしてるんですか! 私たち侵入者ですよ!? 」


 たぶん正論なハズだ。

 なのに敵は、ふふふって不気味に口をあげた。


「そりゃあ分かってたからね。絶対仲間を助けに来るって 」


(罠!? )


「いや罠じゃないよ。彩音ちゃんたちの信頼関係を見れば予測がつく事だからね 」


 敵は空を見上げ、静かに語りはじめる。

 時間稼ぎかもしれない。

 でも無策に飛び込めば殺られるかもしれない。


 私が死んで、歩さん達の後ろからこいつが来る。

 それが一番ダメだ。


 今は……聞くしかない。


「囮を任せる方も、任された方も、お互いを信じてた。じゃなきゃあんな短時間で決めたりできない。でもさ、アイツは違うでしょ? 」


「……アイツ? 」


「ねぇ彩音ちゃん、歩って男はなんなの? 動揺を誘うためとかじゃなくて純粋に分からないんだ。アイツは……何者? 」


「何者って……仲間、ですけど 」


「まだ出会って一週間も経ってないのに? それなのにアイツは、仲間を助けたい君たちと一緒に来たんだよ? パンドラに情報が回るよりはやく、命懸けで。普通に考えたらおかしくない? 」


 敵の言葉は正しいと思う。

 でも胸を張って、胸を抑えて、静かにあの人を思い浮かべる。


「確かにおかしいですよ。いっつも何考えてるか分からない人ですし、気持ち悪いですし、食器洗うの下手ですし、お風呂は二分で上がりますし、当番でご飯作ってもらった時とか不味くて地獄でしたし。でも、あの人は良い人です。それは間違いないありませんよ 」


 助けてくれた。

 心が折れそうな時に、支えてくれた。

 私にとってはそれだけで、あの人を信用してしまう。


「なるほど、彩音ちゃん……恋をしたんだね? だから」


 トンっと。

 いつのまにか。

 お腹に。

 拳がめり込んで


「こんなに弱くなってるんだ 」


「っ!? 」


 後ろに吹き飛ばされた。


 立ち上がろうとする。

 でも手足が歪んで、地面が動いてる。

 フラフラして、気持ち悪くて、立ち上がれない。


(頭……打って……鼻の奥……血の味が…………なんだか、懐かしい )


「皮肉だよねぇ。絶望すれば強くなって、生きる希望を見つけたら弱くなるなんて。ほんと……ふざけてるよ 」


 敵が……こっちに……やってきた。

 しゃがんで、笑って、髪を触ってくる。


「ねぇ、私たちと一緒に住まない? 外の世界に 」


「なん……で 」


「彩音ちゃんさ、これから普通に生きれる自信はある? 」


 ただでさえ頭がクラクラ……してるのに。

 そんなこと言われたら、頭の中が、よく、分からなくなってくる。


「調べたんだ、彩音ちゃんの過去を。虐待され、お母さんを殺され、その死体処理を手伝われた。それだけで心なんて持つはずがないのに、頑張って普通に生きようとした。でもダメだったんでしょ? 」


 ズキンって、頭が痛む。

 傷じゃなくて、中身が。



 嫌なことを……思い出した。


「保護された施設で、一人の男の子を半殺しにしちゃったんだよね。資料だと原因不明って書いてたけど、私には分かる。怖かったんでしょ? また殴られるのが 」


 ピキって、頭に、ヒビのような痛みが走る。


「怖かったから、先に殴った。反撃されるのが怖かったから、殺そうとした。そんな感じかな? 」


「あなたに……何が」


「分かるよ。だって」


 敵は、左腕の包帯をほどく。

 そこには黒紫の跡が……びっしり、隙間なく、焼き付いていた。


「私もそうだったから。まぁ私の場合は拳じゃなくて、たばこの火だったけどね 」


「っ…… 」


「まぁそれでさぁ、大人になってから家族を殺したんだ。そしたら私、犯罪者だって言われたんだよ? 酷いよね。家族が先に殺そうとしてきたのに、殺したら私が悪いだなんて 」


「その気持ち……分かりますよ 」


 いつの間にか、笑顔を浮かべていた。

 だって同じ境遇の人と会えたのが、少しだけ……嬉しかったから。



「先に虐めてきた男の子を、ペンで失明させた時……どうして私が怒られてるのか、責められてるのか、心底理解できなかった。だって何もしなかったから私、ずっと……酷いことされてた。でもみんな、味方してくれなかった。そこからですかね、人が……嫌いになったのは 」


 そう言い終えたら、目の前に敵の顔が近づいてくる。

 金の前髪の向こうにある瞳。

 それはキラキラと、潤んでいた。


「分かる……分かるよ! ねぇ彩音ちゃん、一緒に住もう!? 私たちは理解者だよ! 同じ傷を負った者同士だよ!! だからさぁ、私と」


「でも 」


 長話に付き合ってくれたから、脳の揺れは治まっていた。


 敵の腕を掴み、その顎を全力で蹴りあげる。

 浮いた体。

 そのお腹も前蹴りでえぐり、吹き飛ばす。


「っ゛!? 」


「もう私は! 好きな地獄を選んだ!! たしかにあなたとは気が合いますよ!! 同族ですよ!! でも!!! ……私は、私が好きな人たちと、一緒に生きていたい!! それを邪魔するなら 」


 立ち上がり、垂れる鼻血ごと前髪をかきあげる。


「死ね 」


「ふふっ、イイね。じゃあここからは 」


 ボウッと、敵の両腕が燃え上がる。

 それは黒い炎。

 自分も焼けているのか、辺りには肉のいい匂いが漂いはじめる。


「殺し合いだね 」


「えぇ 」


 私も両腕に、黒いヒビを走らせる。



 静寂。

 心拍や、骨のきしむ音すらうるさい静寂。

 その中で、死体のような静かさで、息を吸う。




「こと」


 腕を構える。

 よりはやく、右肩が黒い炎に貫かれた。


 肉も骨も焼け、落ちる右腕。

 を掴み、


「っ!! 」


 全力で投げつける。

 それは敵の頭の横を通り、槍のように床へと突き刺さった。


「うわぁを……なんかさっきより速くなッ」


 よそ見してる。

 隙だ。

 だから地面を踏み切り、体を回転させ、敵のこめかみに踵を突き刺す。

 

(殺れる )


 吹き飛んで倒れた体。

 その顔に拳を落と


「拒絶の火 」


「!? 」


 いつの間にか、空中に黒い火の粉が舞っていた。

 それも無数に。

 散る桜のように、死体にたかる虫のように。


汚物蛇(オブツヘビ)


 黒い蛇となった炎が、全身に食い付いてきた。

 首は防いだ。

 腕と肩で。

 でも身体が燃え始めた。

 だから全力で接近し、蹴りで腹をえぐり抜く。


「っぶ!? 」


(死ぬ前に殺せば……それで良い!! )


 足を高くあげ、落とした踵で左肩を砕く。


「っ゛う!? 」


 ダランと落ちた。

 腕。

 その隙に右腕を掴み、蹴りとともに引きちぎる。


「ヘヘッ、お揃いだねぇ。でも上に気をつけた方がいいよ? 」


 そんな笑い声。

 とともに、上から黒炎の塊が落ちてくる。


 全身が焼ける。

 でも、敵の首に手を伸ばし、


「捕まえ……た 」


「あはは……ヤッバ 」


「ふんっ!! 」


 天井。

 に敵の体を投げ、ぶつけ、全力の一撃を構える。


 敵の右腕は無い。

 左肩は折れている。

 ろくに動かないハズだ。



 殺せる。


子閉じ(コトジ)


 左腕に、ひときわ大きなヒビが走り、辺りの地面は一気に崩れはじめた。


不願望(カタオモイ)


 振り抜いた拳。

 それは黒い一閃とな


「でも残念 」


 いつからか、私たちの間に現れた黒炎。

 それは……さっき引きちぎった、腕を掴んでいた。


「拒絶の火 ハライノ手 」


 静かな呟き。

 それとは対照的に、腕は酷く燃え上がり、巨大な炎の盾となって私の一撃を防いだ。

 でも……


「えっ? 」


 もしかしたら防がれる。

 そう思ってた。

 ずっと自分に、自信なんてないから。


 だから空中にいる敵に近付いて。

 全力で抱きしめて。

 そのまま落ちる。



 私の腕が突き刺さった、床に向かって。



「っ!! 拒絶の」


子閉じ(コトジ)…… 」


 敵は何かをしようとする。

 でも遅い。


 これからは誰も、逃げられない。




独りの家(コドク)

 


 落ちた右腕から発せられた圧。

 それは私たちを引き寄せ、私の腹ごと、敵の心臓を貫いた。


「いったァ……死んじゃうじゃん、これ 」


 顔に落ちてくる赤い水。

 それを吐く口は、楽しそうに笑ってた。


「えぇ……ダメージが薄くても、失血すれば死ぬでしょ? 」


「まぁねぇ。でも大丈夫? 彩音ちゃんもお腹……穴空いてるよ? 」


「歩さん達がぜったい、咲さんを助けるので……大丈夫ですよ 」

 

「いいなぁ、その信頼関係 」


 ググって、敵は腕を引き抜こうとする。

 だからその肩を掴んで、抱き寄せて、私が死ぬまで抜けないようにする。


「あーぁ、負けちゃったなぁ 」


 血を吐きながら、敵は言う。

 そしたら全身を焼いてた炎がフッと消えた。


「……どうして、消すんですか? 」


「私の負けだからねぇ。道連れなんて品がないじゃん 」


「……怪異化、すれば良いじゃないですか 」


 この人は敵だ。

 敵なのに、そう聞いてしまう。

 でも敵は首を横に振った。


「怪異化したら、彩音ちゃんも怪異化するでしょ? それはダメ……戻れなくなっちゃうから 」


「……気付いてましたか 」


「うん……髪の色、その黒、怪異化の影響でしょ? それに右腕が切れたのにすぐ反撃だなんて……人のやる事じゃない 」


「いいえ。あの時、痛かったですよ? でも……あの人はアレだけ痛いのに、私を気遣ってくれた。そう思うと、動けただけですよ 」


「まぶしいねぇ……嫉妬しちゃうくらい 」



 ズルっと、敵が覆いかぶさってきた。

 というか私、この人の名前も知らないんだ。



「名前は……なんて言うんです? 」


「知らなくていいよ。敵の……これから死ぬ奴の名前なんて 」


「……… 」


「それよりさ、壁の中は楽しい? 美味しいクレープ屋さんとかある? 」


「……えぇ、たくさんありますよ。最近だとチョコ練乳が流行ってますね 」


「えー甘そう……食べれるかなぁ 」


「コーヒー用意しますから、一緒に食べましょうよ。咲さんから美味しいコーヒーの入れ方を学びましたから 」


「コーヒー苦くて苦手なんだよねぇ。角砂糖は何個入れていい? 」


「好きなだけ良いですよ 」


「やった〜。幸せ者だね、私 」






「ねぇ 」


「はい 」


「私もさ、彩音ちゃんみたいに生きれたかな? 」


「私なんかよりきっと、上手く生きれますよ 」


「そっかァ……うん。じゃあ……これから彩音ちゃんは、たくさん幸せになってね。自分なんかなんて、言わなくなるくらいに…………私を殺したんだからさ、それくらいしてね 」


「……はい 」


 ギュッと、名も知らない敵を抱きしめる。

 今度は優しく。

 子守唄を歌うみたいに。




「私も、普通の恋をしてみたかったなぁ。男の子見るとさ、怖くて殺しそうになっちゃうの 」


「私もそうでしたよ。でも……自慢話になっちゃいそうですね 」


「えーもっとしてよ自慢話。お姉さん聞きたいなぁ 」


「じゃあ、えっと……ずっと男の人は怖かったのに、あの人を好きになった途端……不思議な気持ちになったんです。手が怖かったのに、私の頭を撫でて欲しくなった。腕が怖かったのに、抱きしめて欲しくなった。一緒に歩いて欲しくなった。この人になら……殺されても良いとも思った。あの人が普通じゃないのは分かってるけど、私も普通じゃないから。どんな歪んだ関係でも、きっと……上手くやれるかもしれないって、思えるようになったんです 」


「ステキ……だねぇ 」


「……私も、聞いていいですか? 」


「…………うん 」


「私たち、敵同士じゃなかったから……お友達になれましたかね? 」


「うん……ていうか、もう……友達じゃん 」


「…………そうですね。何か、して欲しい事とかありますか? 」


「…………あたま……撫で……………… 」


 声が聞こえなくなった。

 だから精一杯抱きしめて、頭を撫でて、その額に……キスをした。


「おやすみなさい。私を……理解してくれた人 」


「………………へへッ 」



 ドサッて、敵は……動かなくなった。



 最後に聞こえた声は、幻聴みたいに細くって、とても……幸せそうだった。


 


 



 

 



お互いに異端ではあるからこそ、分かり合えた

 でも一緒にはなれなかった

 結局はどちらも、異端であるのだから

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[良い点] 彩音ちゃん!恋する乙女は強いですね!(恋してないボクっ娘は置いといて 女の子のする闘いじゃない!って投げ出したくなるくらい、大胆な戦いっぷり! パワータイプって、やっぱちょっと後れを取りや…
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