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怪異子葬  作者: エマ
11/44

File.11 日常ハッピデート

日常ハッピーデート回です




 ジリリリッ鳴り響く目覚ましの音。

 すぐに時計の頭を叩き、時刻を確認する。


  7時半……歩との約束の時間は9時だから、少し急がないといけない。


「……よし 」


 寝間着を脱いで折りたたみ、黒いブラを付け、昨日決めていた服……地味目であまり目立たない、薄い青色のズボンと黒くて簡素な服に袖を通す。

 鏡に映る自分は、本当に男の子みたいで……なんだか嬉しかった。


「あっ、咲 」


 静かにリビングに降りると、そこにはコーヒーを流し込む咲が居た。

 目はボヤけ、いつもツインテールにしてる髪は、片方結ばれてるだけだ。

 たぶん寝起きなのかな?


「おはよう咲 」


「おはよう哀花。パン焼いてるから冷めないうちに食べなさい 」


「あっ、ありがとう 」


 四角いテーブルの上に置いてあるバケットには、ほやほやと湯気をあげる沢山のパンがある。

 すぐに冷蔵庫からマーガリンを出してると、咲が私のマグカップにコーヒーを入れてくれていた。


「いつも通りで良い? 」


「うん 」


 咲はいつも通り、砂糖とミルクをコーヒーにたっぷり入れてくれる。


「いつもごめんね。僕も何かできたらいいのに 」


「任務じゃよく助けてくれるでしょ? あと、ごめんよりありがとうの方が嬉しい 」


「……そうだね。いつもありがとう、咲 」


「どう致しまして 」


 椅子に座り、パンをちぎってみる。

 それは指先が痺れるほど熱かった。

 でも柔らかくて、ほんのり香るバターの匂いが、朝の胃にジーンとひびく。

 

「いただきます 」


「はい召し上がれ。あと髪立ってるわよ 」


 熱々のパンをはむはむ食べてると、咲がブラシを持って髪をといてくれる。


「それくらい自分でやるから 」


「別にいいわよ。今くらい、甘えておきなさい 」


「……ありがとう。ほんと、咲がお母さんだったらなぁ 」


「私の方が歳下なんだけど……老けてるって言いたい訳? 」


「いや違うよ!? 」


「冗談よ 」


 ふふっと笑いながら、咲はポンポンと頭を撫でてくれた。


「そう思うなら、甘えて。哀花はなんでも一人でやりたがるんだから 」


「……うん。ありがとう 」


 本当に咲は優しい。

 こんな僕にでも、優しくしてくれるんだから。



「おーす、おはよう 」


 玄関の扉が開く。

 そこには疲れた顔をする、真城が居た。


「おかえり真城!! 」


 ギュンって音が聞こえるくらいはやく、咲は玄関に向かった。

 玄関で『お疲れ様』とか『ありがとう』とか、他愛のない話で笑いあってる二人は、本当に新婚さんみたいで微笑ましい。


「あれ? なんで哀花居るんだ? 」


「……ん? 僕出ていった方がいい? 」


「いやそうじゃなくてさ、歩と約束あるんじゃねぇの? 」


「ある……けど? それがどうしたの? 」


「歩なら5時頃に出ていったぞ? 哀花と買い物があるからって 」


「…………えっ? 約束は9時からだよ? 」


「「えっ? 」」


 シーンと、リビングは奇妙な静寂に包まれた。


「……アイツ馬鹿か? 」


「馬鹿ね 」


「いや馬鹿じゃないとは思うけど……あっ、用事! 別の用事があったかもしれないし」


 慌ててフォローしようとするけど、


「でもアイツ、哀花との買い物があるから絶対に予定入れねぇって言ってたぞ 」


 それで何も言えなくなった。



「……… 」


 急いでパンを食べ、キュッとコーヒーを飲み干し、すぐさま歯を磨いて玄関に走る。


「じゃあ行ってきます!! 」


「おう行ってら!! 」


「気をつけてね 」



 小走りで待ち合わせ場所の大通りにある時計まで向かう。

 その途中、まさか5時から待ってるなんてないよねと思ってたけど……ちゃんと居た。

 パンドラの制服を着て、時計の柱に寄りかかってあくびしてる歩が。


(いや偶然かも! さっき来ただけかも!! )


「おっ、おはよう歩 」


「おはよう哀花!! いやぁカッケェなその服 」


「あっ、ありがとう……ところで何時頃来たの? 」


「5時10分!! 暇で死ぬかと思った!!! 」


 最初から変わってる子だなぁとは思ってた。

 思ってたんだけど……ここまで来ると、ちょっと引いてしまう。


「そう……なんだ。じゃあその……お買い物に行く? 」


「おう行く! 」


 僕とは正反対に、にこやかに笑う歩。

 色々、ほんと不安だけど、とりあえず歩の私服を買いに、服屋へ向かう。



「この黒い服良くね!? 」


「えっ、それ女性服…… 」


「あっほんとだ。ちょっと戻してぇ!? 」


「歩!? 」


 歩はベチャッとずっこけた。

 何もないところで。

 しかも並べてある服を倒して。


「いやほんとすみません 」


「いえいえ、大丈夫ですよ 」


 服を拾う定員さんに頭を下げる歩。

 笑って許してくれる定員さんは、気まずそうにしながらも、こう提案してくれた。


「えっと、とりあえず試着してみたらどうですか? こちらの服なんかオススメですよ? 」


「あっ、はい 」


 歩は足早に試着室に行く。

 扉がしまった向こうでは、またドタンと転ぶ音がした。


「えっ……大丈夫? 」


「うんへーきへいき。ちょっとあられも無い姿してるけど 」


 心配しながら待ってると、試着室の扉がバンっと開かれた。

 そこには自慢げな顔をする歩と、裏表反対に着られる黒い服があった。

 

「どう!? 」


「えっと……裏表が違うんじゃないかな? ほら、タグも見えてるし 」


「あっ、ほんとだ 」


 バンっと扉が閉まる。

 そしてまた出てきた。

 服を前後ろ反対に着る歩が。


「どう!!? 」


「えっと……今度は前後ろ反対だね 」


 あんまりこういう事は思いたくない。

 思いたくないんだけど、嫌でもそう思ってしまう。


(やっぱり……歩ってバカ? )



 あれからまた色々あったけど、無事に服は買い終えた。

 歩はシャツとズボンを二着ずつ。

 僕は白いチュニックを一着。


 店から出たあとは、二人で適当に大通りを歩く。


「歩! そんなに袋振り回したら破れるよ!! 」


「あっ、悪い。それよりこの時計って会計で使えるんだな 」


 袋を乱雑に扱う歩は、そんな事を聞いてきた。


「怪異狩り後はそれにお給料が入るからね。歩はどのくらいあるの? 」


「一万六千円……さっきのが四千くらいだったから、だいたい二万入ってたのか 」


「たぶんね。でもそれは命を削って貰ったお金だから、あまり無駄遣いはしない方がいいよ 」


「そーだなぁ。あんだけ死にかけて二万だもんなぁ 」


「うん。だから大事にね 」


「あっ。そこのお嬢さんこういうのどうですか!? 」


 急に呼び止められた。

 横を向けば、可愛らしいアクセサリーを身につける定員さんが、私にニッコリと商売人の笑みを浮かべている。


「そういう服に、こういうアクセサリーは似合いますよ〜? 髪留めもありますし、女性らしくなれます 」


「いや……僕は 」


「さぁご遠慮なさらずに。女性なんですから、美しく着飾って」


 手をグッと掴まれる。

 鳥肌が一気に立つ。

 あんな女性らしいアクセサリーなんて、僕は付けたくなっ


「あぁ〜! もうこんな時間だァ!! 」


 今度は突然、歩が大声を出した。


「哀花! 間に合わねぇから急ごうぜ!! 」


「えっ、ちょっ 」


 手を優しく掴まれる。

 そして定員さんの声が聞こえなくなるまで、歩は手を僕を引っ張ってくれた。


「あっ、ありがとう歩 」


 大通りに植えられた木の傍でお礼を言う。

 すると歩はにパッと明るく笑ってみせた。


「気にすんな! めちゃくちゃ嫌そうな顔してたし……苦手なのか? あぁいうの 」


「……うん。女性らしくってのが少し苦手なだけ。だから」


「じゃあこれ持っててくれ!! 」


「えっ? 」


 急に荷物を押し付けられ、歩はどこかに行ってしまった。

 それにぽかんとしてると、今度は大通りのど真ん中を全力疾走する歩が、こっちに帰ってきた。


「ただいま〜 」


「おかえり……何しにい」


 パサっと、頭の上になにか被せられた。

 ちょっと頭を締め付けるような感覚。

 それは青みがかった黒い帽子だった。


「えっ、これどうしたの? 」


「買ってきた。俺からのプレゼント〜って思ってくれてらいい 」


「いや悪いし急過ぎるよ!? というかいくらしたのこれ!!? 」


「一万五千ちょっと 」


「全財産じゃん!! 」


 すぐに帽子を返そうとするけど、歩は受け取ってくれない。

 頭に被せようとしてもヒョイヒョイ避けられる。


「歩……あんまり言いたくないけど、押し付けられても迷惑なだけだから 」


「でも俺は帽子使わねぇからなぁ。もう買っちまったもんなぁ。今更返せねぇしなぁ 」


 イラッと、こめかみに何かが込み上げる。

 でも歩の言う通りでもある。

 これを捨てる訳にもいかないし、好意なのは間違いないし……正直こういう帽子は好きだし。


「だからまっ、貰ってくれ 」


「……うん。でも貰いっぱなしは嫌だから、お昼ご飯は僕に奢らせてね 」


「おう。ありがと 」


 帽子の大きさを調整し、しっかりと被る。

 濃いめの色をしてるから、この透明な髪とよく似合うし、太陽の眩しさも気にならない。

 ……良いものを貰っちゃったなぁ。



「それでいいの? 」


 お昼。

 二人でデパートの三階にある、色んな飲食店の並ぶフードコートに来た。

 そこでご飯を食べようとしたのに、歩が持ってきたのは三つのハンバーガーだった。


「奢るんだから、普段食べないものとか」


「いや、これで十分だ 」


「んー……そうなんだ 」


 僕はおうどんを受け取り、二人で適当な席を取って手を合わせる。


「「いただきます 」」


 手始めにおうどんをツルツル啜る。

 汁を吸って唇でも切れそうな柔らかな食感。

 これが好きでたまらない。


「ご馳走様でした 」


「えっもう!? 」


 僕がおうどんを一本食べただけの間で、歩はハンバーガーを食べ終えていた。

 いや……はや過ぎない?


「いや〜久しぶりに美味いって思えた。奢ってくれてありがとな 」


「う、うん…… 」


「じゃあ俺お盆返してくるかっ」


「歩!? 」


 立ち上がろうとした歩は、テーブルに足をひっかけてバッタンと倒れてしまった。

 しかも顔から落ちてた。

 すっごく痛そう……


「だ、大丈夫? 」


「へーき〜 」

 

「今日、具合が悪いの? ずっと転んでるし 」


「………めて 」


「ん? 」


「今日が……初めてのデートだから。何したらいいか分かんなくて 」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに呟く歩。

 その姿はこう……凄く意外だった。

 歩がこんな顔をするんだってくらい、驚いてしまった。


「あっ……そ、そうなんだ。ごめんね、こんな事聞いて 」


「いやいいよ。それと、ついでみたいで悪いけどさ 」


「うん。なに? 」


「俺と付き合ってくんね? 」





 んっ!!?

 今僕……えっ? 告白された!?

 フードコートで? 食事中に? いきなり?

 なんで!?

 しかもなんでそんな真面目な顔してるの!?

 えっ本気なの?

 なにその目……なんで僕をじっと見てるの?


「えっ、えぇっと……ど、どうしたの急に? 」


「いやぁ。怪異狩りの仕事って結構、命懸けじゃん? 」


「うん 」


「次の任務で死ぬかもしれねぇじゃん? 」


「うん 」


「だから告白した 」


「意味がわからないよ!!? それとごめんなさいイヤです!! 」


「あっそうなのね! あと深い意味はねぇけどトイレ行ってくるわ!! 」


 そう言い残し、本当に歩はトイレに行ってしまった。




(いや……急展開過ぎない!!? 漫画で言ったらページ開いたら主人公が死んでましたってくらい急だよ!? なに!? なんなの歩!? ストーカーより気持ち悪くて怪異より怖いんだけど!!? )


 ぐるぐる回る頭の中。

 一度落ち着くために、おうどんに付いてきた、お冷を飲み干す。


 整理してみよう。

 私は歩と私服を買いに行く約束をしてました。

 歩と合流しました。

 服を買いました。

 ご飯を食べてると告白されました。


(待って……本当に意味が分からないんだけど…… )


 頭を抱えて考えても、謎が増えるだけ。

 もう直接本人に聞くしか無いけど、あれに聞くのはちょっと怖い。

 なんならこの帽子すら怖く思えてきた。


(どうしよう……咲たちに連絡入れて来てもらおうかな )


「お前…… 」


「えっ 」


 急に胸ぐらを捕まれ立たされた。

 私を睨むのは、ちょび髭を生やした、サングラスの大人。

 たしかこの人は……


「昨日、任務の時に居た 」


「あぁ。お前らのせいで、昨日息子を亡くした父親だよ 」


 グッと、服を掴む力が強くなる。

 首が締まるせいで、変な吐き気が喉に込み上げてくる。


「なぁ……なんでもっと速く来なかったんだよ? 」


 そう言われて思い出す。

 昨日の任務で、小さな遺体を抱いて泣き叫ぶこの人の姿が。


「……すみません 」


「すみませんじゃねぇんだよ!? なぁ……お前らがあと1分でも……30秒でも速く来てくれればアイツは助かったんだ。まだ2歳の子供が……助かったんだ 」


「……… 」


「なのにお前は呑気にうどんだ? 人を殺したって自覚は無いのかよ!!? 」


 何も言えない。

 この人の気持ちを考えると、慰めの言葉ですら薄っぺらく感じてしまう。


「なぁ……何とか言えよ…… 」


「……本当に、申し訳ございません 」


「このっ」


 拳が振り上げられる。

 でも抵抗はしたくなかった。

 僕を殴って、その怒りがほんの少しでも和らぐのなら、それでいいから。


「なぁなぁなぁなぁ!! 」


 大声とともに、急に誰かが寄ってくる。

 それは歩だった。


「誰だおまっ」


 歩はニコニコ笑いながら、びしょ濡れの手で大人の頬を叩いた。

 なんの躊躇いもなく。

 それが当たり前のように。


「……はっ? 」


「反抗期体験できて良かったな! おと〜さん 」


 ニタニタ笑う歩。

 そのせいで空気が凍り、静寂が辺りに包まれた。




「…………テメェ!!! 」


「歩!! 」


 歩の顔面には、拳が振り下ろされた。

 鼻血が飛び散る。

 なのに歩は瞬きひとつせず、ずっと笑っている。


「まぁまぁこれでも持って落ち着いて 」


「あっ? 」


 拳を掴んで、歩は何かを握らせた。

 それは銃で、


「…………はっ? 」


「この人銃持ってまぁぁぁす!!!! 」


 歩はその腕を高くにあげた。

 大声のせいで周りの目線も集まっている。


「子供が襲われてるぞ!! 」

「おい銃だ!! 」

「動くな貴様!!! 」


「違う! 俺のじゃない!! 離せぇぇ!!! 」


「さっ、行こうぜ哀花 」


「えっ 」


 取り押さえられる大人を無視して、歩から腕を引っ張られた。

 そして五階の小さなテラスまで連れてこられた。

 そこでやっと手を振り払えた。


「どうした? 」


「どうしたじゃないよ!? 守ってくれたのはありがとう。でもあの人は子供を亡くしたんだよ? それをあんな卑怯な手ではめて……あの人が冤罪だって説明して」


「哀花 」


 今度は肩を掴まれる。

 気持ち悪くて鳥肌が立ったのに、手を振りほどけない。

 力が強いからじゃない。

 歩が今にも泣きそうな目で、僕を睨んでいるから。


「お前は優しいし強いよ。あの状況で、アイツの為を思って、抵抗もせずに殴られようとするんだから……でも、お前が黙って殴られる理由にはならない。優しさを言い訳に自分を傷付けるな。自分の人生を守る権利は、誰にでもあるんだから 」


 真っ直ぐな言葉で、力強い声で、叱るように歩は言う。

 急に言われてビックリしたのもあるけど、優しさを言い訳にって言葉が、グリュっと胸の奥に突き刺さった。

 そのせいで何も言えなくなってしまう。


「あごめん!? 何様って感じだよな今の!! うお鼻血が!!? 」


 そんな僕とは正反対に、歩はワタワタと騒ぎはじめた。

 それがなんだか可笑しくて、緊張がほぐれてしまう。


「はい。これ使って 」


 使ってないハンカチを差し出すと、歩は顔を赤くしながら『ありがとう』と言って、それを受け取った。


「……歩って不思議だね 」


「ふぁにが? 」


「いや、表情がコロコロ変わるから。子供っぽい顔をしたと思ったら大人みたいな顔をするし、さっきみたいに真面目に怒ってもくれるし……ほんと不思議 」


「ほれほへてる? 」


「褒め言葉〜……ではないかも。でも悪口じゃないよ 」


「ほりゃ良かった〜 」


 そう言いながら、歩はテラスのベンチに座り込んだ。

 僕もその隣に座る。

 すると歩の肩が大きく跳ねた。


「……ねぇ、一つ聞いていい? 」

 

「ひゃ、ひゃい 」


「どうして僕なんかに告白したの? 」


 それを聞いてみたかった。

 だって戦いしか価値のない女に何を求めていたのか、それを知りたかったから。

 しばらく無言が続いたけど、歩はゆっくり、どこか照れくさそうに話してくれた。

 

「気になってたからだ。俺を庇って死にそうだった時の笑顔が 」


 そう言われて思い出す。

 こめかみに銃を突きつけて笑う、自殺一歩手前な歩の姿を。


「あと一秒後に死ぬって状況なのに、お前は笑ってたんだ。それがずっと頭の中グルグルしてた 」


「そんな普通のことで? 」


「あぁ。けど、死んだ方が楽だって思うのに、どれだけ辛い思いをしたんだ? どれだけ死のうと思ったんだ? どんだけ苦しみに悶えて、どれだけ泣いたんだ? それを知りたかった……ってのが八割 」


 邪な気持ちじゃなくてちょっと良かった。

 むしろそこまで思ってくれてるなら、少し照れくさいまである。

 でもそんな言い方をされれば、少し気になってしまう。


「あとの二割は?」


「顔 」


(あー……うん……やっぱりそうだよねぇ )


 そりゃあ付き合いが短い僕を好きになるなら外見だろうけど、ここまでハッキリ言われると気まずい。

 しかも真正面から。

 もうちょっとオブラートに包んで欲しいかな……


「あっ、俺からも質問いいか? 」


「うん 」


「なんで告白断ったんだ? 俺のどこがダメだったか教えてくれよ 」


「えーっと 」


 目を泳がせながら考える

 理由はあまり言いたくは無いけど、このまま黙ってたら、歩からストーカーされそうだし……しょうがない。


「……あんまり言いふらさないでね 」


「あぁ。俺は口堅いぞ 」


 ひとまずそれを信用して、ゆっくりと息を吸う。


「……僕ね、もう結婚相手がいるの。許嫁ってヤツかな? 」


「相手のことは好きなのか? 」


「うんん、顔も知らない 」


「じゃあなんで許嫁なんだ? 」


 そっとテラスの柵に手をかける。

 広いようで狭い、今の街中がよく見える。


「この日本で生き残るためにはさ、何がいると思う? 」


「金と〜……権力? あぁなるほど。自分の子供を権力者と結婚させて、自分たちの地位を守ろとしてんのか 」


「そうだよ。泡魅一族はだんだん権力が弱くなってきてね、それを補うために政略結婚させようってこと 」


「哀花は嫌じゃねぇのか? 」


 歩は冷たい声で聞いてくる。


「もちろん嫌だよ 」


「嫌なら怪異使えよ、それで殺せばいい。いや殺さなくても、脅すなり逃げるなりやり方はあるだろ? 」


「でもさ、今の僕があるのは親のおかげだから。美味しいご飯も、この服もこの体も、ぜんぶ親のおかげ。こんな事で恩返しできるなら、それでいいよ 」


 テラスに優しい風が来て、ふわっと髪が舞い上がる。

 そんな僕を、怒ったようで悲しんでいるような、なんとも言えない顔をした歩が見つめている。


「…………そうか 」


 でも、悲しそうに頷いてくれた。


「お前が決めたんなら、他人がどうこう言えねぇよな 」


「歩はもう他人じゃないけどね 」


「今そういうこと言うな、真面目に勘違いする 」


 すっごい眼力で睨まれた。

 そのせいで咄嗟に謝ってしまう。


「あっ……ごめん 」


「ふぅぅぅ……俺、決めたわ 」


「えっ? 」


 急に歩は僕の横を通り過ぎ、柵の上に立った。

 手を横に広げて、今にも落ちそうなのに、嬉しそうに笑って。


「俺、この世界変えるよ。哀花の嫌なことが、一つでも減るように 」


「いや危ないから!! 危ないから降りよ歩!!? ここ五階だから!!! 」


「あっ、任務来た 」


 歩はドンッとこっちに降りてきた。

 右腕に付けられた時計は赤く光っている。


「なぁ。荷物どうしたらいい? 」


「えっと……僕が預かるよ。寮に届けておくから安心して 」


「おう。じゃあ行ってくる!! 」


「う、うん。行ってらっしゃい 」


 そう言うと、歩はスタコラと何処かに行ってしまった。




「た、ただいま〜 」


「あっ、おかえ……どうしたの? 」


 寮に帰ると、ギョッとする咲が出迎えてくれた。

 それもそうだと思う。

 たぶん今の顔は、すっごく疲れてるだろうから。


「いや……なんというか……嵐みたいな時間だったなって 」


「えっ、何かされたの? 」


「うん……色々と 」


 荷物をリビングに置いて席に座る。

 すると心配そうにしながら、咲は甘いコーヒーを入れてくれた。


「で、何されたのよ? まさか襲われたとか? 」


「いや……まずこの帽子を買ってもらったの。一万五千円の 」


「えっ? 」


「そして告白された 」


「えぇ!? 」


「殴られそうな所を助けて貰って 」


「はっ? 」


「真面目に説教されて 」


「なんで? 」


「告白した理由を教えて貰って 」


「ちょっ、ちょっと待ちなさい? 」


「日本変えるとか言って、任務に行っちゃった 」


 今日のことを思い出したながらコーヒーを飲む中、咲は『はァ?』と言いながら眉間にシワを寄せていた。


「……アイツってなんなの? 聞いてる限りだと、頭のおかしな人と買い物してきた風に聞こえるんだけど 」


「うーん、確かに普通の人には思えないんだけど……でも悪い人じゃないよ。ちょっと気持ち悪いけど 」


「哀花がそう言うって相当よね…… 」


 お互いに気まずい笑みを浮かべ、二人でゆっくりとコーヒーを飲む。

 そうしていたら、ふと思い浮かんだことがある。


(そういえば僕って、歩について何も知らないなぁ )


 裏口入学させる時に、少しだけその過去に目を通した事がある。

 至って普通に入学と卒業を繰り返す経歴と……なぜか中学三年生の頃だけにあった、精神科への入院記録。


 怪異とは無縁の生活を送っていたのに、怪異に臆さない姿勢。

 そして家族全員が怪異から殺されてるのに、全く闇を感じさせない表情。


 考えれば考えるほど、歩のことは分からなくなっていく。

 でもあの時言ってくれた言葉……


『優しさを言い訳に自分を傷つけるな 』


 あれだけは裏表も何もなく、僕を心配してくれただけだって言うのは、しっかりと伝わった。

 何故かは分からないけど。


「ただいま〜。あー報告疲れたァァ 」


「あっ、真城 」


 ちょうどコーヒーを飲み終えた頃、真城も帰ってきた。

 その手には白い紙袋が握られている。


「おっ、おかえり哀花。さっき歩が渡してくれって 」


「えっ、なにそれ 」


「さぁ? 明日の用意があるとかで、すぐどっか行っちまったからな 」


「……そう 」


 とりあえず紙袋を受け取り、中に手を入れてみる。

 そしたら気持ち悪い感触が指先にまとわりついた。


「ひっ!? 」


「どうしたの? 」


「いや……なんか……ヌメっとした感覚が 」


「えっ 」

「はぁ!? 」


 慌てるように真城が袋を逆さにする。

 すると落ちてきたのは、ヌルヌルとテカる……木櫛(きぐし)だった。


「えっと……何コレ? 」


「たぶん木櫛の油漬けね。いい匂いがするし、髪が綺麗になるけどメンテナンスが面倒臭いやつ 」


 美容品に詳しい咲が言うから、間違いないと思う。

 あれを触った指先からは椿油みたいな匂いもするし。

 でも本当に良かった。

 もしこれがあれだったら……うっ、想像しただけで嫌な気持ちになってくる。


「あっ…… 」


 突然、真城が声を漏らした。


「どうしたの? 」


「いや女性に送る(クシ)ってさ……結婚してくださいって意味があった気がすんだよな 」


「えっ 」

「えっ 」


「いや考えすぎてかもしれねぇぞ!? そんなプレゼンにいちいち意味なんか」


「でも哀花。今日、告白されたらしいわよ 」


「……歩に? 」


「……うん 」


「「「………… 」」」


 そこから数十分ほど、リビングは微妙な空気が続いてしまった。

 そしてみんな、同じ考えを持ったと思う。



『『『それは気持ち悪いよ歩…… 』』』

 


寮に来て3日目で、気持ち悪いが共通認識なった歩くん

 いや〜可哀想ですね

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― 新着の感想 ―
[良い点] 目まぐるしい目まぐるしい目まぐるしい!!! まさかの哀花ちん視点!! 新鮮~♪ あれ?意外と普通にキモいとか引くとか思ってるぞ? 咲ちゃんと哀花ちんの関係性ってこうだったのか~。組み合…
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