File.10 バケモノ
一歩。
地面にヒビが走る。
二歩。
自重で地面が崩壊する。
三歩。
あの人を助けに、体が動いた。
「歩さん!! 」
振り抜いた拳はコンクリートの壁を突き破る。
すると見えた。
無数の鉄パイプから串刺しにされる歩さんと、けたけた笑う気持ち悪いネコ達が。
しかも歩さんの腕は片方ない。
「子閉じ 」
呟きとともに左腕の肉が肥大。
そのまま天井を蹴り、全力をもって拳を振り下ろす。
「才能否定 」
雷鳴のような爆音。
地面にはクレーターが刻まれ、吹き飛んだネコ達は、壁に赤いシミと肉を広げた。
「歩さん……その傷はもう 」
「触れんな、俺の力は怪異を消す 」
お腹も胸も穴だらけ。
なのに歩さんは手を出して、私に近寄るなと示した。
「つかお前……彩音か? 随分イカす格好になったな 」
私の変わった服と、顔と、髪を見て、彼は笑う。
それは嫌だったけど、なぜか私も笑ってしまった。
「私は嫌いなんですけどね。だって……大人みたいじゃないですか 」
「ばーか格好を褒めただけだ。お前は変わってねぇよ 」
「……ありがとうございます。それと、遅れてすみません 」
「おう気にすんな。あと、俺が死んでも気にすんなよ? 」
「……はい 」
『ギジャアア!!! 』
後ろからネコが飛び出した。
その笑顔を回し蹴りで砕く。
「でも避難所には連れていきますよ!? 死ぬなら地上で死んでください!! 」
「分かった分かった。あと最期に一つ……命令があるんだが? 」
「えっ? 」
グイッと服を捕まれ、そっと耳打ちをされた。
ーーー
(クソ! 最悪レコード更新すんじゃねぇ!! )
共有したネコの視界。
そこには死体を振り回してバケモノのように暴れ回る、彩音の姿が見える。
(よりにも寄って怪異化か。揺れがこっちにまで来やがる……だが、長くは続かねぇ。怪異を体に宿したんだ、寄生虫に生身を喰われてるような感覚だろ? )
俺の読みは当たっているらしい。
彩音の口からは何もしてないのに血が溢れた。
(このままネコを増やし続ければ時期に死ぬ。けどなんだこの嫌な予感は……最後まで油断できねぇな。ヤツらが確実に死ぬまでは……っ!? )
視界の彩音はボロボロな歩を掴んだ。
そして飛んだ。
俺が隠れる、避難所の方へ。
(まずっ )
視界の共有を切った時には、もう彩音は避難所の中にいた。
一瞬の焦り。
だが、
「バケモノだ!! バケモノが来たぞ!!! 」
「あいつらは私たちを置いて逃げたのよ 」
パニックになった、避難者のおかげで、その焦りも失われた。
「おい……その死体。まさか殺したのか!? 」
「違います。あと……そろそろ逃げる準備をお願いします。私は長く持ちません 」
彩音は短くそう言い残すと、避難所に風だけ残し、またネコ共を血祭りにあげ始めた。
(……ハッ、馬鹿どものおかげで助かったぜ。だがあとは)
「さぁ!!!! 」
「「「っ!!? 」」」
突然、血まみれの歩が立ち上がった。
その手には小さな卵が、ネコを呼び寄せる卵が握られていた。
(アイツまさかっ!! )
「食べ放題の時間だぜぇ〜!!? 」
それは地面に叩きつけられ、割れた。
地震のような揺れ。
それとともに避難所の扉が破られ、数百もの笑顔が、狭い通路に浮かび上がった。
「腕がぁぁ!! 」
「ふざけ……ふざけるんじゃないわよ!! なんで黙って死なないのよあんた」
「助けてくれぇぇえ!! 」
「お母さん……」
「大丈夫だからね!! お母さんの後ろから出ないでね!!! 」
血と悲鳴がこだまする地獄。
その中を平然と歩く男がいた。
「お前よォ、卵みた時……最初に動揺したよな? 」
「っ!? 」
「観測部隊しか知らない情報を、なんでか知ってたよなぁ? 」
血まみれの足を引きづりながら、噛み切られた舌を出しながら、男は笑う。
(なんだコイツなんだコイツなんっ)
「なぁそこのメガネ…… 」
(っ!!? )
男の残った左腕には、銃が握られていた。
それはこっちを向いている。
「おめぇが怪異操ってるヤツだろ? 自分の能力はちゃんと知っとかないといけねぇからなぁ 」
「ちがっ、俺は!! 」
「まぁたまたまバックルームに詳しかった一般人の可用性もあるが 」
「そ、そうだ!! 俺はこの怪異をネットで見てただけで」
焦る心臓。
ツギハギの言い訳。
だが撃たれなければそれで、
「そしたら 」
けれど男は銃の安全装置を外した。
「俺が人殺しになるだけだ 」
「ヒィ!!? 」
3度の銃声。
放たれた弾丸は、操ったネコが盾となってくれた。
「はいみ〜っけ 」
「てめぇ……イカレてんのか!!? 」
隠してた銃で五発。
男の体に叩き込む。
とうぜんヤツは倒れ、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……クソ 」
ネコを操ったせいで、避難者への攻撃が止んだ。
いつもオート操作にしてるから。
だが彩音は居ない。
こいつらを守る存在も。
今こいつらを殺せば、まだ逃げられ
「命令でしたもんね 」
「っ!? 」
風と共にネコたちはいっせいに爆ぜた。
天井には異質な腕を持った女が立っている。
「銃声が聞こえたら、一秒で戻って来いって 」
「っう!!? 」
ネコの肉壁。
腕の檻。
それで一秒でも稼ごうとする。
だが、
「子閉じ 」
振り抜かれた拳はすべてを破壊した。
「理想否定 」
気がつけば、風よりも速い拳が目の前にあった。
「がばっ!!? 」
吹き飛ばされた体。
何枚もの壁をぶち抜き、その度に臓物が弾けていく。
(殴られ目が潰れ頭がはやく止まっ)
「捕まえた 」
吹き飛ばされているのに、追いつかれた。
足。
を、握りつぶされ、
「っ゛う!!? 」
地面に叩きつけられた。
「ごばぁっ!!!? 」
何層。
突き破っても。
勢いは弱まらない。
それでもヤツは追ってくる。
(まもっ……れ!! )
寄せ集めのネコの肉壁も、腕も、電車も、ヤツの前では足止めにもならない。
一瞬で壊れ、チリとなり、すべてが肉片となっていく。
いや、そもそもおかしい。
腕はともかく、ネコの生命力はバックルーム随一だ。
なのに一撃で殺されてる。
なんならこのバックルーム全体を容易く破壊するなんて……
(まさかこいつの能力は…… )
目の前にまた拳が、
(自らの強化と、広範囲の……弱体化か!! )
「子閉じ……意思屈服 」
肥大した腕が。
左胸を貫く。
心臓も潰れた。
あぁ、もう死ぬ……
なら、
「っ!? 」
バックルームをすべて崩壊させ、胸に生み出したネコの心臓を、体に繋ぐ。
怪異との拒絶反応で全身を激痛が駆ける。
だが命が伸びるならそれでいい。
「それは誰にも訪れる、日常が終わる恐怖 」
崩壊した瓦礫は彩音の行く末をはばむ。
「それは子供を攫い、大人の心を折り、金をもって一つの死体を産み出すもの 」
けれど拳が瓦礫を突き破り、飛んできた蹴りから顔面をえぐられる。
顔の半分が潰れた。
「っ!? 」
だがネコの肉で補強する。
「始まりの電話、でまかせまみれの約束、積み上げられた金とハエに喰われる子供……それの繰り返し 」
「さっさと…… 」
落ちてきた巨大な瓦礫。
それを踏み台に、彩音は加速。
「死ね!!!! 」
振り抜かれた拳が腹を貫き、自由になった下半身が瓦礫に埋もれていく。
「けれど、生き延びた子供はどうなるか? 」
「っ!? 」
「どうにもならない。トラウマに苦しみ、道無き道で首を吊るだけだ 」
腰の断面から現れた、数百枚もの借用書。
それは顔に巻き付き、体を締め上げ、俺を殺しに来る。
「怪異化 」
胸と首に生えた、計5本の腕。
指の形をしたペーパーナイフ。
そして腹から垂れ下がる、麻紐を通された四足の靴。
人の部分はすべて、怪異に呑まれた。
「終わり無き苦しみ、誘拐の怪異 」
でもそれでいい。
命懸けなのは、お前らだけじゃない。
「未来隠し 」
振り回されたペーパーナイフは、瓦礫の滝ごと、彩音の左腕を切り落とした。
だが同時に、彩音の蹴りが俺の腹をえぐる。
「「っう!!! 」」
互いに吹き飛ぶ。
瓦礫を突き抜けて。
着地した。
瓦礫が落ちる、巨大な空洞に。
「ハハッ、ヤるじゃねぇか 」
「……… 」
「吊れねぇなぁ。あァそレと……上ヲ見ろ 」
「っ!? 」
落ちナガら再構築していた。
逆さのバックルームを。
一度分解シた瓦礫を使って。
「俺ノ能力は……分解ト構築。あそこで産まれたバケモノは……ソノマまここに堕ちてくる…… 」
言ってしまえば、バケモノの雨が降り続けるヨうなモノだ。
「お前にとっては爆弾……オレにとっては仲間がフエルだけ……さぁ!!!! 」
もう人間では無い腕を広げて、ゼンリョクで叫ぶ!!
「クソゲーの!!! ハジマリだっ? 」
足を何かに掴まれた。
身体中の怪異が砕けた。
足元には、ヤツが舌を出して笑っていた。
「ゲームオーバ〜 」
死にかけの……歩と呼ばれる男が。
「っ!! 死に損ないがァァ!!! 」
「子閉じ 」
「ぅっ!!? 」
全身を暴風のような殺気が叩く。
すぐに避け……足が!?
「逃がすかよバー〜ーか 」
「はなっ」
足を捕まれ避けられない。
その一瞬で、
俺の死は確定した。
「命壊し 」
ただ上から振り下ろされた、肥大した拳。
それが頭に触れた瞬間、音もなく、頭は消し飛んだ。
ーーー
「ゲホッ……あぁ疲れたぁ 」
無茶したせいで頭がクラクラする。
いやこれ死にかけてるだけだ。
血ぃ止まらねぇし、意識も薄れてきた。
「えっ歩さん……助かりましたけど、なんでここに居るんですか? 」
「ネコに引っ付いて来たんだよ。隠れてたとはいえ、全力で吹き飛ばしやがってよぉ 」
「あっ……ほんとごめんなさい 」
「……気にすんな、お前はさっさと腕縛れ。死ぬぞ? 」
「私は大丈夫ですよ。怪異化してるので、痛覚もありませんし 」
「あぁ、怪異化は文字通り……怪異そのものになるからな 」
「「っ!? 」」
目も脳もない死体が喋った。
怪異そのものに……なら人間の致命傷でも死なねぇってことだろうが、お前は違うだろ!?
(怪異は俺が壊した!! なのになんで生きてる!? )
「俺の能力は……構築と分解。構築するまでが怪異の力だ。俺が死んだとしても、作ったものは残り続ける 」
「……! 彩音!! そいつを殺せ!!! 」
「えっ? 」
「遅せぇよバカ!!! 」
男は神に祈るように、手を合わせた。
「誰もが住める……楽園へ 」
瞬間、宙吊りのバックルームはバラバラに崩れ、数万もの瓦礫がそのまま落ちてきた。
あの量。
この質量。
怪異の力があれど、生き埋めは避けられない。
……なら、
「ほら彩音、これ 」
「えっちょ 」
地面に落ちてた中身の入ったペットボトル。
外した俺の時計と調査隊の遺品。
制服の腰ベルト。
それをぜんぶ、彩音に投げ渡す。
「ベルトで腕を縛れ。あと飲水は貴重だから無駄使いすんなよ 」
「いや……何言って」
「あと墓は要らねぇからな。俺のことは忘れてくれ 」
「……っ!! そんな歩さんも」
今ここで、一番生き残る確率があるのは彩音だ。
なら託せるものはぜんぶやるのは普通だ。
だから笑って、
「じゃな 」
さよならの挨拶をした。
すると俺の墓石になる瓦礫たちが、上から落ちてきた。
(あーぁ、明日のデート……行きたかったな )
もう一秒後には潰れるって瞬間、どこか遠くの方で、鈴の音が聞こえたら。
ーーー
「がくちょ〜、ほんとに良かったんです〜? 泡魅隊長に救助任務なんて当たらせて 」
学長室で情報処理をやらせてる槌子が、めんどくさそうに呟く。
でも言いたい事は少し分かってしまう。
「たしかに、泡魅……哀花くんに救助任務は役不足さ。でもたまには良いじゃないか 」
積み上げれた紙を一枚取ると、アレを思い出した。
墓石の前で泣き叫ぶ、哀花くんの姿を。
「知り合った仲間くらい、彼女に護らせてあげようよ。仲間の死は何よりも辛いからね 」
ーーー
「……ん? 」
目が覚めた。
(固い……地面の上か? つーかなんで俺、死ねてないんだ? )
「あっ、起きた。大丈夫かい? 」
誰かが俺を覗き込んできた。
それは……柔らかな髪を揺らす、哀花だった。
「うぉ哀花!? なんでここに!!? 」
「なんでって……救助要請があったから来ただけだよ。ギリギリだったけど、間に合って良かった 」
「いや間に合って言っても、もう目の前に瓦礫が」
降ってきた。
そうは言えなかった。
空は、透明なクリスタルで覆い尽くされていた。
莫大な量の瓦礫も、怪異の残骸も、すべてはクリスタルの中に閉じ込められている。
「これ……哀花がぜんぶやったのか? 」
「そうだよ 」
静かに笑う哀花は……なんというか凄く……めちゃくちゃ……イケメンに見える……
「ほんとカッコイイなぁお前。ありがとな 」
「大した事じゃないよ。お礼は私より咲に、歩の傷を治したのも咲だから 」
言われて気がついた。
いつの間にか、引きちぎれた右腕がある事に。
周りを見ても、怪異にムシャムシャされてた避難者たちも無傷で横たわっている。
でも、哀花にも救われた事は変わりない。
「でもありがとよ。哀花が瓦礫止めてくれなきゃ、押し潰れて即死だったろうしな 」
「どう、致しまして。ほんと…………二人が死ななくて良かった 」
今にも泣きそうな顔をしながら、哀花は俺の両手をギュッと握りこんできた。
そのせいで心臓が不整脈のごとく暴れ出す。
(あばばばばこれ何? ナニこれ? キスのタイミングかこれぇ!!? えっ抱きしめていい? ダメこれ? お縄について裁判死刑とかなんないこれ? いやいいよなぁ命張ったし!! 手を握り返すくらいぜんぜん構わ)
「歩さん!! 」
(フェッなに!? )
爆音ボイスで寝起きの耳をぶん殴られた。
キンキンする右側を向けば、そこには誰もいない。
反対を見れば、そこには肩で息をする彩音が居た。
「あぁ彩音か。腕を生えたんだな……あー良かったよがっ!? 」
サッカーボールを飛ばすような、大ぶりの蹴り。
それが突如として、俺の顎にクリーンヒットした。
宙を三回くらいきりもみ回転し、五回くらい地面を跳ねて、ようやく体は止まった。
どうやら舌を噛んだらしい。
血が止まらない。
だがそれよりも、
「えっ……ナニゴト? 」
なぜ蹴られたのかが全く理解できない。
……怖い。
「今ので刺したのはチャラにしてあげます!!! 優しいでしょう私!!? 」
腕刺されるより、今の俺の方が重症なんだが?
せっかく治ったのに、また死にかけてるんだが?
つか彩音って、こんなテンション高かったっけ?
「ほんと……生きてて良かった 」
と思ったものつかの間、今度は彩音が抱きしめてきた。
……DVか?
殴って優しくされるってDVだろこれ!?
いや蹴られたのか俺。
「彩音 」
「ヒッ!!? 」
突然、彩音の後ろから冷たい声がした。
抑揚なく、優しさの欠けらも無いような、純度100パーセントの殺意が込められたものが。
「さ……咲さん…… 」
そこには仁王立ちをする咲が居た。
誰がどう見ても不機嫌だと分かる、血管の浮かんだ顔。
圧。
そんなおっかない女が、自分よりも背の高い彩音の肩を掴んでキレている。
「私が治したのに……なんでもう怪我させてる訳? 」
「いやあの……これには深い訳がありまして…… 」
(よし、今のうちに俺は逃げ)
「新人 」
「ハイッ!? 」
急に呼ばれた。
心臓が跳ね上がる。
「刺したって何? 」
「いやあの……これには海より深い訳がアリマシテ 」
「それと、なんでベルト外してる訳? 」
「…………チャイマスネン。これには」
「二人とも 」
咲が手を組む。
それだけで圧は倍増し、恐怖のせいで口が動かない。
「とりあえず正座 」
「「……はい 」」
そこから怒られた。
文字通り死ぬほど。
哀花がまぁまぁと宥めてはくれたが、俺が彩音を刺したこと。
単独行動したこと。
避難者を危険に合わせたこと。
自分の命を安く使ったこと。
そこら辺をめちゃくちゃネチネチ責められた。
彩音は避難者と俺を護らなかったこと。
避難者への配慮なく暴れたこと。
バックルームが崩壊した直後に、救助要請をすぐに出さなかったこと。
その辺をガミガミ説教されてた。
だが最後には、
「まぁ……どっちも死ななくて良かったわ。幸いにも次があるんだから、その時に挽回しなさい 」
そうやって笑ってくれた。
「おーい、大丈夫かぁ? 」
上から声がしたかと思えば、ロープをするする降りてくる誰かが居た。
顔はヘルメットで見えない。
だが着ているオレンジ色の服から、救助隊だと思う。
「哀花隊長。生存者はこれで全員ですか? 」
「はい 」
「分かりました……遭難者の救助、怪異討伐、お疲れ様でした 」
ぺこりとお辞儀をすれば、男は避難者の方へと走っていった。
「任務完了よ。さっ、帰るわよ 」
咲からそう言われ、やっと実感した。
俺たちの任務は……終わったんだ。
作品ストックが切れたので、ここからはめちゃくちゃ不定期投稿になります!!
おもしれぇ!!
はよ投稿しろカス!!
歩キモイ!!
彩音カッコイイ!!
咲チートじゃね?
哀花強くね?
そう思って頂けたら、ポイントの方をよろしくお願いします
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