File.1 始まりの亀裂
「なぁオイ!? 調子乗ってんだろお前は!!! 」
頭を殴られた。
腹にはかかとがめり込み、その蹴りはコンクリートに倒れたとしても止まらない。
「っ!! 」
咄嗟に隠し持っていた銃を構える。
だと言うのに、主犯格の男はニタリと……余裕そうな笑みを見せ、
「そんなもんがよォ 」
ガンッと放った弾丸は、いとも簡単に躱された。
「当たると思ったか? 」
ミジッと、頭蓋がきしむ音がした。
それが何度も何度も、俺を囲む奴らが飽きるまで続く。
これが俺の日課だ。
「じゃ〜な、落ちこぼれくん 」
しばらくして、奴らはどこかへ行ってしまった。
ボーッと、コンクリートの上で寝そべり、そのままグッと伸びをする。
「…………あー!クソ痛かった〜!!! 」
身体が伸びる気持ちよさを感じながら、首を捻って骨をバキバキと鳴らす。
ポケットにしまっておいた鏡を見つめると、元々酷かった顔がまためちゃくちゃになってる。
赤い髪はボサボサ、女みたいにクリクリした黒い瞳は赤く腫れているが……まぁ、俺なんかはこれくらいがお似合いだ。
「つーか、今日はいくら盗れたんだ? 」
鏡を仕舞い、今度は折り曲がった金を取り出す。
これはもちろん、殴られてる途中で盗ったものだ。
「しっかし馬鹿だな〜アイツら、金減ってることに気付かねぇのか? 」
優しい馬鹿どもをバカにしながら、とりあえず金を数える。
「一、二、三、五……八枚か。上等だな 」
夕食のピザ二枚に、フライドチキンとポテト、あとは帰りに買い食いしても貯金に回せる……ほんとラッキーとしか言いようがない。
「よっと 」
学校の柵を乗り越え、そのままマーケットへ向かう。
昔はこの辺に、渋谷とかいう大規模な都市があったみたいだが、今はこじんまりとした売り場しか残ってない。
(まぁ日本ほとんど消えたしな〜。あーぁ、俺ももっと広い日本に住みたかったよ )
位置情報を頼りに街中を歩いてると、嫌でも見えてしまう。
北海道から鹿児島、東京と千葉以外を覆い尽くす黒い影が。
それもこれも、ぜんぶ怪異のせいだ。
「あっ、ここか 」
マーケットに着くと、いつも通りの光景が目に入った。
虫のようにうじゃうじゃ動く人溜まり、目がチカチカするほど大量の電子機器店、そして巨大な交差点の上に設置されたうるせぇ巨大モニター。
そこには、隊服を着た高校生くらいの奴らが、無数の怪異と戦う映像が映し出されている。
『ご覧ください、彼らの勇姿を。この狭い日本で戦う子供たちを。この国は怪異によって滅亡寸前でしたが今は違う。彼らが戦い、私たちがその手助けをする。その人の繋がりこそ、今の日本に必要なものなのです 』
心のこもっていない台本通りのうたい文句。
それを全部無視し、とりあえず店番をしてるアンドロイドに向かって、
「ダブルアイス! チョコとストロベリーで!! 」
「承知しました。代金を用意して、しばらくお待ちください 」
「へーい、しばらくお待ちしま……おっ? 」
金を取り出した瞬間、右頬に悪寒が走った。
『怪異発生!! 怪異発生!! コード……『赤子』!! 』
ガーガーと耳を割るような警告音。
それと共に、辺りの街灯はいっせいに青い火花を上げた。
一瞬にして暗闇となった交差点の真ん中では……足を包丁で滅多刺しにされる男がうずくまっている。
「足……私の……あじぃぃぃぃ!!!!? 」
それに跨っているのは、赤いレインコートを着た女。
下半身は無く、腰に生えた巨大な二本の腕で立っている。
上半身はただの幼い少女のようだが、その顔は焼け爛れたように歪み、目の周りには溢れた眼球が垂れ下がっていた。
「逃げろぉぉ!! 」
「怪異だ! 怪異だァ!!! 」
「はぐれないで!! 」
「なぁ待ってくれ!! 助けてくれ!!! 」
いっせいに人溜まりは無くなり、血だらけの男だけが取り残された。
(うわ〜あの怪異キッも……つーか俺もどうやって逃げよ )
「おっ? 」
ぼんやりと逃走ルートを考えてると、向こう側から生徒二人が走ってくるのが見えた。
その隊服は俺と同じもの。
たぶん同級生だ。
「討伐班到着!! これより怪異の討伐に当たります!!! 」
「おいよそ見をするな! はやくあの男性の救助を!! 」
(あーアイツら死んだな。ん? )
ふと後ろを振り向く。
すると店のアンドロイドがショートしているのが見えた。
「ラッキー! 大盛りにしよ!! 」
今なら防犯カメラも警備機器も機能していない。
そのうちに一番大きなコップを取り、好きだったアイスをたらふく盛り付ける。
「なぁあんた!! 助けてくれ!!! 」
そうしてると、悲痛な叫び声が聞こえた。
「どした〜? 」
声の方には、ボロボロと涙を流す男が俺の方に手を伸ばしている。
よく見れば、生徒たちはもう居ない。
いつの間にか怪異の腕の中には、丸め込まれた赤い隊服と肉片があるだけだった。
「あんた怪異狩りの学生だろ!? 頼む!! 死にたくないんだ!!! 」
「あー……俺怪異狩りの才能がないんで、ムリっすね 」
「あんまりじゃねぇかそんなの!! なぁ頼む!!!まだ俺は!!!! 」
んなこと言われても無理なものは無理だし、知人でも無い奴を助けてやる理由は無い。
だから、
「じゃっ!!! 」
巻き込まれないうちにさっさと逃げた。
そして帰る途中で、ピザのセットとドーナツをバケットいっぱいに買ってきた。
「いやー大量大量、あの馬鹿どもには感謝だなぁ 」
すっかり暗くなった。
怪異が出ないうちにさっさと鍵を取りだし、赤い屋根をした一軒家に入る。
「たーだいま〜!! 」
誰の靴も置かれていない玄関。
そこに持ってる箱をすべてぶちまけ、そのまま座って手を合わせる。
「そんじゃま、いっただきま〜す 」
チーズがのびる出来たてホヤホヤのピザにかぶりいた。
瞬間、玄関の扉がぶち壊れ、吹っ飛んできた何かが、廊下の奥へとぶち当たった。
それは……人だった。
青みがかった透明な白髪に、赤く鋭い目。
顔は中性的で、男か女かも分からない。
だが美形なのには間違いない
というか女だったら、すっげぇタイプだ。
「……最近の泥棒はダイナミックだな 」
「泥棒じゃないよ!! 討伐部隊!!! 」
「あっ 」
ふわふわするような優しい声とともに、そいつは飛び起きる。
すると見えた、アイツの服が。
白と黒が入り乱れた隊服、金の桜の紋様が刻まれた刀。
あれは日本一の怪異専門学校のもの……
「『パンドラ』の生徒か? 」
「そうだけど……というか! なんでここに一般人がいるの!? 警告音聞いてないの? 」
「ん? 」
ピザを飲み込み、慌ててスマホを見る。
が、何度スイッチを押そうが画面は動かない。
なんなら起動すらしない。
「あー……壊れてるわ。ちょっと前に怪異に遭遇したから 」
「はぁ……ならしょうがないね。とりあえずアナタを危険区域から出す。ほら行くよ、怪異がやって来ないうちにはやく」
「あ〜……悪いけど、もう来てる 」
笑いながら指さした方向には、ユラユラと揺れる白い人影が立っていた。
それがこちらに近付き、一瞬……強く揺らめいた。
「ほわっ!? 」
咄嗟にスマホを投げつけた瞬間、白い影はそれごと家を両断。
ズリュズリュと壁が擦れる音とともに、俺の家は崩れ落ちた。
「あっぶねぇ 」
間一髪で体を反らせた。
それが出来てなきゃ、今頃はこのスマホみたいにぶった切られてる。
「のわっ!? 」
「一旦引く! 喋らないで!! 」
いきなり襟を掴まれると、そのまま屋根の上まで投げられた。
このまま落ちる……と思えば、今度は空中で抱きかかえられ、気がつけば数件離れた屋根に着地していた。
「大丈夫!? 」
「ん〜……初対面の奴にお姫様抱っこされてるからさ、大丈夫とは言いがだァ!? 」
「うん、無事そうでよかった 」
地面に落とされた。
ちょっと軽口を叩いただけなのに……こいつ殺してやろうか……
「……というか、この街どうなってる? 怪異の数が異様に多いし、あんな怪異見たことないし 」
「あぁ、あれは『くねくね』だな。直視したら頭がイカれる怪異 」
「……大丈夫なの? 調子は? 記憶に乖離は!? 少しでも不調があったらすぐに教えて!! 」
とつぜん胸ぐらを捕まれ、唾が飛ぶ勢いで怒鳴られた。
「そ、それは平気。大丈夫、心配しなくていい……だから落ち着け? なっ 」
「そうか……本当に良かった…… 」
心底安心したような、今にも泣き出しそうな。
そんな表情をしながら、男は急に抱きついてきた。
(んぅぅ??? 今度は抱きついてきたぞコイツ〜???? )
「あ〜……ところであんた、名前は? 」
気まずさに耐えきれず、適当に話を振ってみる。
「僕か? 僕は『泡魅 哀花』……呼び名は名前の方がいい 」
(泡魅? な〜んか聞いたことあるような…… )
「そっちは? 」
「あぁ俺? 『空無 歩』 」
「歩……いい名前だね、よろしく 」
やっと体が離れ、今度は手を差し伸ばされた。
それを掴んで立ち上がるが、未だに哀花はニコニコと笑っている。
「ところで、怪異化はしないのか? 生身だと死ぬぞ? 」
「僕の怪異は広範囲系だからね、使ったらこの街ごと吹き飛ばしてしまうよ。そういう歩はしないのかい? 」
「俺は才能が無いらしくて、怪異を体に宿せないんだとよ 」
そう言うと、哀花はムッと眉間にシワを寄せた。
「怪異を宿せない? 乗っ取られるならまだしも、そんなの聞いたことは…… 」
「まぁ世界は広いからな〜。そういうコトモ!!? 」
いつからか抜かれた刀。
それが耳の横を通り過ぎ、後ろにいたコウモリの怪異を串刺しにしていた。
「気をつけて、こいつは群れで行動する 」
「あ〜ハイハイ、分かりましたよ 」
すぐに銃を抜いた瞬間、辺りの影がいっせいに空へと羽ばたいた。
それらはすべてコウモリだった。
「うぉぉぉ弾ねぇぇぇ!!!!! 」
とりあえず全弾パなしたが、数はまったく減って居ない。
(火炎放射器でもあれば良いんだけどなぁ!! )
「あっ? 」
カサリとした感覚が左腕に走った。
そこには牙を広げるコウモリがおり、それが閉じられた瞬間、バキリと……腕がへし折れた。
「いってぇな 」
すぐさま腕を屋根に叩きつけ、銃で頭を殴り潰す。
だがその合間にも、背中に、耳に、頭に、カサカサとコウモリが巻き付き、
「ちょっとごめん 」
「おっ? 」
急に肩を踏まれた。
その反動で哀花は飛び上がると、コウモリ達もいっせいに空へと舞い上がる。
だがそれらは、
「単調だね 」
たった一度の突きで、串刺しにされた。
「どんな神業だよそれ…… 」
「ん? 訓練すれば誰だって出来るよ 」
ギィギィと断末魔をあげるコウモリたち。
それを足で潰しながら哀花は言うが、そんなこと言われても苦笑いしか返せない。
(やっぱ才能ある奴はちげぇなぁ…… )
「腕は大丈夫? 仲間も来るハズだから、それまでは我慢し」
「ん? 」
いつからか、俺たちの間には白い煙が立っていた。
(っうう!!? )
「ふっ!! 」
俺が後ろに引くよりもはやく、哀花がその煙を両断した。
「っ!? 」
だがその煙は囮だったらしい。
本命の白い煙が屋根を突き破り、哀花の四肢を貫通。
その体は宙ずりで固定された。
「……油断したね。まさか遠隔型だったとは 」
脂汗を滲ませながら笑う哀花。
それを持ち上げるのは、白い十字架で首を吊る、黒い子供の形した影だった。
「タスケテよォ……サムィ……オナカスイタ 」
レコードがバグったような不気味な声とともに、その影はバカリと口を開けた。
子供の腕がうじゃうじゃ蠢く口の中。
その中にゆっくりと……哀花の体は呑み込まれていく。
(……終わりだな )
「今のウチにはやく逃げ!! ……何してるの? 」
「何って、諦めてんだよ。ほら、さっさと怪異化しろよ 」
哀花は必死そうな顔をしてるが、正直どうでもよかった。
だから力を抜いて屋根に寝そべる。
「あんたが助かる道は怪異化だけ。だから俺ごと巻き込め
」
「そんなこと出来るわけ」
「あぁ、殺したくないのか 」
下半身が呑まれたというのに、哀花は一向に怪異化しない。
だから弾を込め、
「じゃあ死んでやる 」
せいいっぱい笑って、自分のこめかみに銃を突きつけた。
「あっ? 」
けれどその銃は、投げられた刀に弾かれ、屋根から落ちてしまった。
「その刀には発信器が付いてる。だからそれを持って逃げて……そしたら仲間が迎えに来るハズだから 」
「……あぁ? 」
その善人らしい言葉に、吐き気がした。
「バカかお前は? 死ぬまで善人でいる必要はねぇだろ……さっさと助かれよ。死ぬのは誰だって怖いんだろ? 」
「いいや、私は死んでも人のために生きたい。だって私に」
バクンと……怪異は口を閉じた。
結局哀花は、見ず知らずの俺のために怪異化せずに、死を選んだ。
「ほんと……馬鹿なヤツだ 」
「もモっどど……ぼジぃィいいい!!! 」
ガラスを削るような異音とともに、俺をこま切れにしようと、白い刃が暴れまわる。
タイミングを合わせて体を伏せ、反らし、跳ね、勘だけを頼りに致命傷を避ける。
そして腹を貫かれながら怪異の顔面を掴み、抜いた刀で、左手ごと頭を串刺しにする。
「クレルの……かラだ? 」
傷口が怪異に触れる。
それは体を乗っ取られることを意味する。
「ボく
「わタし」
「のグルしみ……分かってくれるの? 」
「あぁ、分かってやるよ 」
そう言うと、白い煙から子供の口が無数に浮かび上がった。
それがガチガチと歯を鳴らしながら、俺の肌を噛み、
「だからよぉ 」
煙の後頭部を掴んで、ガツンと……頭突きをぶつける。
「俺の苦しみも……理解してくれるよな? 」
「ガッ……ギゃ 」
一瞬、怪異は膨れ上がった。
かと思えば、風船が割れるようにそれは破裂した。
「なんだ……コイツもダメか 」
「……っ 」
「お、お目覚めか。生きててラッキーだったな 」
屋根上に転がる哀花。
けれどその目は、助かった事への安堵ではなく、ただただ信じられないと言いたげな目をしていた。
「アナタは……何者? 」
「俺か? 」
ちょっとしたイタズラ心が沸いた。
だから刀が刺さった手で頬杖を付き、
「生きる価値のない、クズ野郎だよ 」
気持ち悪く笑ってみせた。
更新ペースは決めてません
適当に投稿していきます