父の記憶
私の父は、電気屋を営んでおり、どちらかといえば、理科系の人間である。
「心霊」とか「幽霊」といったものも信じないと公言していた。
その父の発言で、三つ、覚えているものがある。
父の営む電気店と家族の住居には、高低差があり、外階段でつながっていた。
ある日の夕刻、店仕舞いをした父が外階段を登っていると、上空に人魂が浮かんでいた。よくイメージされるような炎の形をしていたという。それが、三つ、並んで飛び去っていったというのだ。
私はその話を後日聞いた。
テレビの心霊番組で、人魂の話が出たときに、「そういえば、おれも……」と話し出したのであった。
《幽霊など信じそうにない父が意外だな》と、思ったことを覚えている。
Y島では、古い家では、各家庭に井戸が掘ってあった。
しかし、不幸があると、その井戸を埋める習慣があった。
私の家も、父の母(私の祖母)が夭逝したため、井戸が埋めてあった。私が物心ついたときには、もう井戸はなかったのである。
父は、何かよくないことが続くと、「井戸の埋め方がよくなかったか……」とつぶやくことがあった。
父には、最古の記憶があるという。それも、鮮明に覚えているという。
赤ん坊であった父は、奥座敷の布団の上に、ひとり寝かせられていた。
父がふと隣を見ると、そこに蛇がいた。
じっと目を凝らすと、それは一本の縄であった。