第08話 求婚 求婚
森の中をパズトゥスとユズル、二人で歩いていく。
ときどき解説娘ちゃんが現れて、道端に生えている草の名前や薬能を教えてくれたりする。
二人とも聞き流しているが、解説娘ちゃんは別に気にしないようだ。
小さな川に出会った。街道は川を越えて続き、木の橋がかかっている。
「手すりが壊れてる。危ないな」
「誰か落ちた跡があるな」
「直せるかな? インフェルノエパラディーゾ、リパラツィオーネ」
「おー、直った」
「よし、この技一本で食ってこう」
「この技で地球召喚もできないかな?」
「やってみよう。インフェルノエパラディーゾ、インヴィタラテラ」
〈無理っす〉
「流石に無理か」
「技がしゃべった」
〈寂しい時には話し相手にくらいはなるっす〉
「いつもありがとね。助かってる」
〈自分、ユズルさんの技っすから〉
「疲れたときとかは言ってな」
〈さっきもルビウスのヤツが加護を注入していきましたんで、まだまだ元気っすよ〉
「いつのまにそんなことを」
〈バカだから先に加護を入れちまうんすよ。魂抜いてからにすればいいのに〉
「なんかルビウスに悪い気がしてきた」
神域では悪口の気配を感じたルビウスが憤慨していた。
「バカだからじゃないもん! 先に加護を入れないと抜く時痛いからだもん! せっかく気を使ってるのに!」
やがて、街が見えてきた。
それなりに大きい町のようだ。
「町?」
はいはい誤字誤字。街ね。
「使い分けるほどのシチュでもないけどな」
「生活空間っぽいのが町! 商業空間っぽいのが街! 大雑把にこんな違いですよ!」
インスタント解説娘ちゃん!
何事もなく街に入る。
中には落ち着いた感じの木造の建物が立ち並んでいる。
二階建三階建も普通に多く、屋根はだいたいスレート葺きで、立派なレンガの煙突も立っている。
地面は煉瓦で舗装され、側溝も通っている。
街中には人も多く歩いていて、にぎやかだ。
『異世界の比較的裕福な街』と言う言葉で思い浮かぶようなものとだいたい合っている。
「あの看板危ないな」
何かよくわからないものを売ってる店の前に柱が立っていて、そこに取り付けられた看板がゆらゆら揺れている。
取れかけているようだ。
「直しとこう。インフェルノエパラディーゾリパラツィオーネ」
看板がしっかり固定された。
「ああ、ありがとね、眉間にかっこいい傷のあるあんちゃん。よく取れて通行人の上に落ちたりしてたんだ」
「どういたしまして」
「とっとと直しとけよ」
「あの犬を繋いでる鎖、切れそうだな。直しておこう。インフェルノエパラディーゾリパラツィオーネ」
「あらありがとう、かっこいい傷のあるおにいさん。よく切れて通行人を追い回したりしてたの」
「ちゃんと繋いどけよ」
「マンホールの蓋がズレてるな、直しとこう。(略)リパラツィオーネ」
「ありがとな! 傷のあるおっさん! よく通行人が落ちてたんだ」
「この街大丈夫か?」
「あそこに歩いてるおばあさん、大荷物をしょって大変そうだな。手伝おう」
「おや、すまないねえ、親切なお兄さん。最近足腰が弱っちゃってねえ。昔は私も勇者の次くらいに強かったんだけどねえ」
おっとここで勇者の情報が!
親切はしてみるもんだね!
「その勇者さんって、今どこに住んでるか分かりますか?」
「森の奥に家があるんだけど、足が悪くて私には案内はちょっとねえ。すまないねえ」
「場所さえ教えてもらえれば大丈夫です。まずは荷物を運びましょう」
「ありがたいねえ。孫を嫁にやろうかねえ」
おばあさんの家に着いた。
「やれやれ助かったよ。荷物はそこに置いとくれ。年はとりたくないもんだねえ。私もレベルを100くらい分けてもらえればまだまだ元気でやっていけるんだけどねえ」
「インフェルノエパラディーゾ、レガーロ」
ユズルからおばあさんに、レベルが100移った。
そういう流れだったしね。
ほら、お人好しって設定だからね。
ユズルはレベルが465になった。
おばあさんは英雄ボーナスの【貰ったレベル×55】の効果が付いてレベル5782になった。
クラスチェンジ
【弱ったおばあさん】→【超元気なおばあさん】
「ふおおおおおおおおお!!!」
膝も背中もシャンと伸びると、ひとまわり大きくなったように感じる。
白髪のままながらも髪に艶が乗る。
重かったまぶたは大きく開かれ、瞳は鋭く光っていた。
ヒュン、と手刀が走る。
花瓶に挿してあった花がほとりと落ちる。
見事な切り口だ。
「ピークの百分の一くらいかねえ。ここまで力が戻るとはねえ。ありがたいねえ。礼をしなくちゃねえ」
「お役に立てたなら良かったです。礼など結構ですよ」
「お人好しだねえ、孫を嫁にやろうかねえ」
そんなやりとりの間パズトゥスは、暇だったので台所で勝手にパイとか焼いていた。
バン!!!
突然玄関のドアが開いて、女の子が飛び込んできた。
「おばあちゃん! 今日はすごいの! 落とした財布が中身が入ったまま戻ってきたの! しかもいつも落ちてる橋の手すりが直ってたし看板も落ちてこなかったし犬にも追いかけられなかったし毎日落ちてたマンホールの蓋が閉まってたの!」
被害者全部この子かい。
「目撃情報によればそれ全部をやってくれたのが変な鎧を連れた眉間にかっこいい傷のある、男の……ひと……」
まじまじとユズルを見つめる。
厨房では変な鎧がパイを焼いている。
「好きです! 結婚してください!!!」
「そそっそりゃっぽきゅあびゃびゃびゃびゃびゃ」
「おー、ユズルが緊張する相手か」
少女がユズルのそばに駆け寄ってくる。
向かい合わせに立つ。
うるんだ瞳でユズルを見つめる。
近い。
「クグです! 名前です! 珍しい名前ですけど【クグ】です! 結婚しましょう! 16歳です! ウェーブのかかったショートの金髪! 緑の瞳! ちょっと日焼けした肌に少しのそばかす! 心も体も健康です! レベルは52! よく川に落ちるので泳ぎは得意です! よく看板に当たるので体は丈夫です! よく犬に追いかけられるので足は速いです! よくマンホールに落ちるので登るのは得意です! おばあちゃんが体が弱ってるので家事は得意です! 心も体も戸籍もあげます! 結婚! 結婚! 結婚!」
「そんぴゃわにぇりぱひょひょひょひょひょ」
ユズルは赤面、発熱、動悸、息切れ、発汗などで動けない。
言葉もまともに出てこない。
「結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚」
ひょえっ
「解説解説うるせーやつと転生転生うるせーやつの次は結婚結婚うるせーやつのご登場か。良かったな、ユズル。結婚できるぞ」
(できるかあああ! むりだろおおお! 相手のことよく知らないしいいい!)
「お人好しでいいやつだぞ、ユズルは。結婚相手におすすめだ。見る目があるな、孫」
(またパズトゥスが謎のプッシュををを! なんでえええ!)
「ユズルさんが名前ですね! 財布を届けてくれてありがとうございます! 手すりも看板も鎖もマンホールも!」
「ふぃ、ひとちがいでしゅ……」
「ぴー!」
必死に声を絞り出したユズルの足に、財布がスリスリとすりすりしてきた。
「財布が懐いてる! やっぱりこの人だ! 結婚しましょう!」
「あじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ」
「やれやれ、世話の焼ける婿さんだね」
ユズルが完全にフリーズする直前で、おばあさんがユズルの頭にフルフェイスのヘルメットをかぶせてきた。
プシュッ、とヘルメット内に薬剤が噴霧される。
「鎮静効果のあるヘルメットさ。着けたまま飲み食いもできるからね。変な鎧が焼いてくれたパイでも食べながら縁談を進めるとしようねえ」
ユズルの精神が落ち着いた。熱が下がり、動悸も治まり、呼吸も楽になり、汗も引いた。
「あ、ありがとうございま、す? 縁談を進めると言われても」
「こうなったら逃げ道はないもんだよ。あんたのお仲間も賛成のようだしね」
「お、俺はやらなきゃならないことがあってここに落ち着くわけにはいかないので、ほら、お孫さんも体の弱いお婆さんを残してついてくるわけにはいかないでしょう。この話はなかったことに」
「クグ、これをごらん」
お茶の用意をしてきた孫に、元気なババアが手に持った鉄の火かき棒を見せる。
指だけで軽く力を込めると、ぐにゃりと曲がった。
「おばあちゃん! 体がよくなったの!?」
「ああ。私はまた冒険に出るからね。この人について行って、いい嫁になるんだよ」
「うん! いい嫁になるよ!」
「パズトゥスが焼いたパイおいしいね」
しっかりしろユズル!
ここで現実逃避しても話が進むだけだぞ!
別にいいか。
かぶったままものを食べられるヘルメット便利だね。
「結婚は先の話としても、クグは連れて行ってもらうよ。勇者のところまではクグが案内するからねえ」
連れて行かざるを得ない状況を作ってきた。
「わたしゃ案内しないよ。街の者たちにも教えないように脅しておく。いっしょに旅して仲を深めな」
もうだめだ。
「パズトゥス〜」
「いずれはハーレムを築くんだ。がんばれ」
「築かねーってば」
「まだ日本で第一ヒロインも待機してるしな、避けられない運命さ。困ったふりして喜んどけ」
「こここ困ってるのは本当だし!」
喜んでるのも本当だ。生まれてこのかた女性には縁がなかった。
初めてのモテ期に心はウキウキさ!
「バラさないで! 内密に内密に!」
「これは敵がいますね。しかも増えますね。見えますよ、ハーレムタグが! 先手を取って、結婚だ!」
「ま、まずは勇者のところまで案内をたのめるかな」
「はい! お役に立って見せますよ!」
「いい心がけだが、ユズルはお人好しだ。頼ってやった方が落とせると思うぞ。放っておけないと思わせるんだ」
「勉強になります! 私ユズルさんがいないとダメです! ユズルさんが頼りです!」
財布を落としたり川に落ちたりマンホールに落ちたりといったクグの粗忽さを思うと、すでに放っておけないような気分になっている。
術中にはまってるぞ。もうだめかな?
「では案内しますね! 勇者様の家は野を越え山を越え谷を越え、人を超え獣を超え神を超えたところから引っ越して来てこの先の森の中にあります!」
クグの案内で森の中を歩く。
「♪ ららら結婚♪ 人生の墓場♪ ららら結婚♪ 人生の楽園♪ 結婚は結末♪ 結婚は始まり♪」
「ハーレム作らせようとするのって、パズトゥスの勘が導いてんの?」
「そうだぞ。これで行けと、オレの勘が言っている」
「当てになるのか、その勘は」
「勘なんぞ当てにしちゃあいけないね」
「つまり何もかも適当だと」
「そうさ!」
「まあいいか」
「なるようになる!」
「だばさ!」
「しかしせっかく眉間の傷でキャラ立ちしてるのにヘルメットをかぶってると見えないな」
「ヘルメットはヘルメットでキャラが立つけどね。ヘルメットを脱いで傷を見せる演出とかできるし」
「かっこいいなそれ」
先導していたクグが立ち止まり、真剣な顔で振り返った。
「ここから先は気をつけてください。この付近の森には、危険なかわいいモンスターが生息してます!」
「危険な?」
「かわいい?」
「例えばあそこで角ウサギと向かい合ってる女性冒険者ですが」
「うん」
「彼女はもうダメです」
「ダメって」
「あのまま森の奥に連れていかれて死ぬまでもふもふして暮らすことになります。朝はにんじん畑で働かされ、昼はにんじんを引き抜いてウサギに手ずから食べさせ、夜はもふもふに埋もれて眠るんです」
「そりゃあ危険だ」
「三日に一度しか実家に帰れないんですよ!」
「危険だな。……危険かな?」
そんな危険な森を慎重に進む。
沈静効果のあるヘルメットのおかげで、ユズルもなんとかクグの相手ができていた。
動揺するたびにプシュッと鎮静剤が噴き出る。
「そういえば勇者様は女性のかたですよ!」
「そっか……緊張しない相手だといいけど」
「もうけっこう高齢だったはずだ。異性として意識しない相手なら大丈夫だろ」
「そうですね! この世界に召喚されて魔王倒して裏切った王様倒して黒幕の創造神倒してこの世界をゲーム盤にしていた超越者倒して逆ハー作って引退したのが五十年前くらいです! ところで私ユズルさんに緊張されてます! 異性として意識されてます! うれしいです! 結婚してください!」
プシュッ
「そんなすごそうな勇者なんだ……その勇者の次に強かったっていうクグさんのおばあさんもすごかったんだな」
「『クグさん』! さん付け! 新婚みたいです! えへへ」
プシュプシュプシュプシュ
うっかり『えへへ』に萌えてしまったユズル。
順調に落とされている。
「そろそろ着きますよ! 着きました!」
さあ、いよいよ勇者との会談だ。
だけどその前に幕間が入るみたいだぞ。
誰のお話だろうね。
続く!