第04話 プラネット プラネット
「ユズル アンド パズトゥス、インストール」
ここは日本の地方都市。
とある路地裏に光の点が現れ、拡大していって一辺2メートルほどの直方体になった。
それが砕け散り、中からユズルとパズトゥスが現れる。
「なんか体の動きがカクカクする」
「世界を跨いで移動すると馴染むまでちょっと時間がかかるんだよ。最適化されるまで処理が重いぞ」
試しに負荷が高そうな怪しい踊りを踊ってみると、処理落ちを示す虹色のグルグルが表示されて時々フリーズしたりした。
「ふー、おさまってきた。ここはどの辺かな?」
周りを見ると、祠が目に入った。
出力30ワットの業務用拡声器が安置してある。
「暴走トラックが現れた路地裏か。ほんとに戻ってきたんだな」
「さて、何をどう調べる? 気にしてるのは第01話で助けた姉妹のことだろうけど。今は登校時間だから大通りのほうにいるかもだな」
「あんな騒ぎの後でちゃんと学校行ってるといいけど」
「あの」
「ひゃあ!」
背後から声をかけられてユズルがびっくりする。
振り返ると、いつのまにかそこに一人の少女がいた。
いや、美少女がいた。
その容貌を上から順に描写していくと、一つにまとめた艶やかな黒髪のポニーテール。前髪の間から覗くなめらかな額。綺麗な弧を描く細眉。長いまつ毛の下でユズルを見つめるブラウンの瞳。すっと通った鼻筋をほんのりバラ色ののった頬がはさむ。柔らかい桃色の唇は何か言おうとするように小さく開いている。それらを完全に調和した配置でまとめあげて、卵型の輪郭が囲んでいた。
首から下は@@@@@@@@@@@@@@
おっと規制が入った。気をつけないとR18だ。
身長と体重は@@@@@@@@@@@@@
おっと妨害が入った。乙女の秘密だ。
服装は近くの高校の制服だった。
「あの、あなたはあの時、トラックに轢かれそうになっていた時に走ってきてくれた人ですよね? 気がついたら妹と一緒に路地裏にいたんですけど、もしかして、あなたが助けてくれたんでしょうか?」
「そっそそそりゃっるあびゃびゃびゃびゃびゃ」
「ん?」
「え?」
ユズルが固まっていた。
「こいつ……美少女を前にして緊張してやがる」
「び、美少女って……」
美少女が赤面して俯きながらも、上目遣いでさらにユズルにダメージを与えてきた。
虹色のグルグルが回り始める。
「ダメだなこりゃ。こいつの名はユズルだ。高橋譲敬徳。確かにあんたを助けたのはこいつだよ」
(違うよおおお! 助けたのはパズトゥスだよおおお!)
心の中で叫べども、声は出ない。
「やっぱりそうなんですね!」
美少女が目を輝かせてユズルに詰め寄る。
それにしてもいかにも怪しいパズトゥスの鎧姿にもまるで動じていない。ちょっと変な子かもしれない。
「実際力を貸したのはオレだけど、こいつはそのために自分の持ってるものを全て、代償として支払ったのさ」
(言わなくていいよおおおおおおお!)
キラキラと感動した目で美少女が見つめてくる。
「急に壊れたトラックといっしょに消えてしまったと聞いて心配していたんです。お元気そうですけど、あの、その傷は」
(なんで傷跡のこしたあああ! カッコつけみたいで恥ずかしいだろおおお! じっさいかっこいいとか思ってた自分んんんががが!)
「ああ、その時の傷さ。ひどい怪我だったぞ。ま、こいつが身を挺してあんたを守ったってことさ」
(あがががが何でパズトゥス俺をプッシュしてるのののの)
『アプリケーションが応答していません』という表示がユズルの頭の上に現れた。
完全にフリーズしたようだ。
「あらら。それはともかく、あんた、あの後身の回りに何か変わったことはないか? 例えば別のトラックにつけ狙われてるとか」
使い物にならないユズルに代わってパズトゥスが質問する。
「え? いえ、特にそういうことはないです。ここ数日は平穏ですよ。今のところ」
「妹もか?」
「はい。幼稚園をズル休みして河原でキジを追いかけたりしてます」
「ふむ。あんたらのことも気になるけど、ユズルがもう限界みたいだからな。また今度にしよう。じゃあな」
パズトゥスがユズルを抱え上げる。持ち上げても姿勢が変わらないくらい固まっている。
「あっ、お礼を」
「それはユズルが再起動してからにしてくれ。今言っても聞こえてないだろうよ」
「じゃあ、連絡先を」
パズトゥスが美少女を見つめる。
「無用だ。あんたはまたユズルに会うことになる。多分な。そのときに礼と、あんたの名前を教えてやれ。今はそういう流れだ。オレの勘では」
「何だかわかりませんけど、そうなんですね! わかりました!」
ぺこり、美少女が頭を下げる。
こんなセリフで納得するとか、やっぱりちょっと変な子だね。
フリーズ中のユズルを抱えて、パズトゥスはその場を歩み去った。
「どこか落ち着けるところ……ユズルの家でいいか」
市の中心部から離れた閑静な住宅地の一角に、親がユズルに遺した小さな一軒家がある。
建物は小さいが庭はそれなりに広い。
ユズルのポッケから抜き取った鍵で玄関の戸を開ける。
「『ユズルの全て』をもらったんだからこの家もオレのだな」
硬直したユズルの体をリビングに設置する。
「再起動」
またイタリア語か。ドイツ語で頼む。
「再起動」
オッケーです。
しばらくカリカリと小さな音をたてながら虹色のグルグルが回り、ユズルが再起動した。
「助けてパズトゥス! 美少女が! 美少女が!」
「落ち着け。ここがどこだか分かるか? 自分の名前は言えるか? この指は何本に見える?」
「あれ? 俺の家?」
「そうそう」
「もうとく。ふー、あせった」
「なんだったんだ、ありゃあ」
「今まで知らなかったけど自分、女の人が苦手みたいだ」
「ルビウスとは普通に話してたじゃないか」
「ありゃ? そういえば。ルビウスさんにも解説娘ちゃんにも緊張はしなかったな、どっちもかなりの美女だったけど」
「女子高生だからって緊張したのか? このえっちめ!」
「ぐっ……ごめんなさい! 職場はおばちゃんしかいなかったからなー。子供の頃はこんなじゃなかったんだけど。いつの間にこうなってしまったのか」
「そんなことでハーレムを築けるのか!」
「築かねーよ!」
「いーや、築くね。絶対築くね。何が何でも築くね。ムリヤリにでも築かせてやる!」
「パズトゥス何がしたいん? そもそも何で俺なんか欲しがるんだ? さっきも妙に俺をプッシュしてたし」
「知るか! 流れと勘に従ってるまでのことよ」
「パズトゥスってそもそも何なの? さすらいのパズトゥスとか言ってたけど、なんでさすらってるんだ?」
「オレについて話す流れか……いいだろう! オレは! さすらいのパズトゥス! 失った記憶をもとめて旅を続けている!」
「なにーっ! 記憶がないだと!?」
「そうさ!」
「そんな……そんなのって……かっこいい!」
「だろう? お前の眉間の傷とどっちがかっこいいかな?」
「ぬぬぬ、負けてる気がする」
「勝った! そんなわけでその場の流れと勘で動いてるだけさ。何か根拠があって行動してるわけじゃない。きっと失くした記憶がオレを導いているんだ!」
「くう〜、かっこいい!」
「それはそれとして」
パズトゥスがすこし真面目な雰囲気になる。
「あの姉妹の周りには特におかしなことは起きてないそうだぞ」
「そっか。何を調べればいいのか分からんなあ」
ユズルはソファに座りこむ。
からっぽのフィギュアケースが目に入った。
毎日ネジを巻いて曲を奏でていたオルゴールも、今はない。
(強かったってさ。ありがとな)
「そういえば口座も空っぽなんだよな。光熱費の引き落としとかどうしよう」
「オレのパズトゥス貯金からいくらか入金しておいたぞ。所有物の世話は持ち主の責任だからな」
「ありがとう! ご都合!」
「主義!」
「しかし、暴走トラックの遺言について調べに来たはいいものの、何をどう調べたもんだか」
ユズルは立ち上がって窓辺に立ち、空を見上げる。
【転生プラネットトラックα】
【木星102 う 44-99】
【レベル 14147959052906】
そんな表示が空に浮かんでいた。
「ん?」
「どうした、何か見えるのか?」
パズトゥスも窓辺に来た。
「ん?」
「えーと、えーと、」
「えーと、これレベルはいくつだ」
「いち、じゅう、ひゃく、せん、……14兆1479億5905万2906だとさ」
「なんだありゃ。表示からすると転生トラックの一種か? あの表示の向こうにいるのか?」
「空の向こうに? もしかして宇宙にいるのか? 惑星トラックって、まさか、惑星サイズの転生トラック……?」
「敵か……? インフレにも程があるだろ。レベル1000の次にレベル14兆かよ」
「あれは何をするつもりなんだ? 人を轢き殺して魂を神域に運ぶのが転生トラックの仕事だってんなら……」
「地球に向かってきてる……?」
「全人類を一度に転生させようとか……?」
しばらく無言になった。
「あー、どうしよう」
「暴走トラックの捨て台詞はこのことかな?」
「だね。確かに『守ろうとしたものなど』と言いたくもなるか。あれが地球にぶつかってきたら何もかもおしまいだ」
「素晴らしい!」
ルビウスが叫んだ。
「ん?」
「なんでルビウスがいる」
「素晴らしい! 地球丸ごとトラック転生とは! ちょっとユズルさんの魂を引っこ抜きに忍び込んだところで、こんな大仕事が舞い込んでくるとは! これで、『勇者召喚の方がかっこいいよねー、トラック転生ってダサ』とか『トラック転生のオペレーターとかやってる女の人って、ちょっと……』とか馬鹿にしてきたやつらを、これで見返してやれます!」
「苦労してるんだね」
「ユズルさんの転生はもうちょっと待っててくださいね! この大仕事のために加護をいっぱい準備しなくちゃなので。どんな異世界に案内しようかなー、いそがしいいそがしい」
言うだけ言ってルビウスはシュッと消えた。
「……さて、どうする?」
「……パズトゥスの勘はどう言ってる?」
「ユズルがなんとかしてくれる」
「無茶振りしてくる勘だな」
「しかたないさ。主人公だからな」
「パズトゥスは、宇宙って行ける?」
「行けるぞ。行くのか?」
「俺もいっしょに行けるか?」
「行けるぞ。行くんだな?」
「ああ。何ができるか分からないが、まずは、行ってみないとな」
「よし。入りな」
ガチャリと、パズトゥスの体が開いた。
鎧の中はからっぽだ。
「宇宙服がわりだ。気密は高いぞ」
「便利だな。おじゃまします」
「えっち!」
「なんだよ」
「言ってみただけだ」
ユズルがパズトゥスの中に入り込む。
カシン! とパズトゥスの体が閉じる。
「そんな窮屈でもないね」
「二人で違う動きをしようとするとユズルの関節とか痛めるから神経に同期信号を送るぞ」
「らじゃ。うにゃにゃ、体が勝手に動く」
ユズル入りのパズトゥスが庭に出る。
「では行くぞ。コントローログラヴィータ!」
一体となった二人の体がふわりと浮き上がった。
そのままぐんぐん加速し、上昇していく。
さあ、行け!
目指すは……
宇宙だ!