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第03話 届かない 届かない

「必殺技はできたか?」


「バッチリだ。ちゃんと技名考えた!」


「名前だけかよ」


「必殺技なんてもんは、名前ができれば出来たも同然!」


「それもそうか」






 ユズルと暴走トラックが向かい合わせに立つ。




『待ちわびたぞォ! 轢殺れきさつ轢殺れきさつゥ!』


「お待たせしましたぁ! どうせ勝つのは主人公だぁ!」


『喋り方真似すんなァ! 負けイベントかもしれんぞォ!」


「貴様につけられた全身の傷の借り、きっちり返してやるぜ!」


『どうせかっこいいとか思って傷跡残してもらったんだろうがァ!』


「はい、そうです、すみません」




 口喧嘩ではユズルの負けのようだ。


 これ以上の言葉は無用。

 あとは激突するのみ!




 ユズルが握り拳をそろえてまっすぐ前に突き出す。




「必殺! インフェルノ( 地獄 ) (そして) パラディーゾ( 天国 )!!!」




 魂に宿っていた加護(チート)が、力となってユズルを包み込む。


(やっぱ技名はイタリア語だよね、mamiさん!)


 ドイツ語もいいけどな!




『それが必殺技かァ! ならば我も【サウザンド・デス】!』


 英語か。普通だな!


 暴走トラックの車体を禍々しい黒い力が包み込む。




「準備はいいですか? コインを投げますよ! 地面に落ちた瞬間が合図です!」


 どこかに消えていた解説娘ちゃんがいつの間にか現れて場を仕切っている。


 こういう仕事もやるんだね。


「ここは神域! 技名さえ叫んでおけば神域がなんやかんややってくれて技が発動します! 便利ですね!」


 解説も忘れないね!






 コインが投げられた。

 発行されたばかりの500円硬貨だ。




 地面に落ちた瞬間。




「ヴィットーリアアア!!!」


『ランオーバーキルゥ!!!』




 ユズルと暴走トラックはお互いに向かって突進した。


 あっという間に両者の距離がゼロになる。


 そして、激突。






「ぐううううう!」


『フハハハハハハハハハァ!』


 拮抗するかと思われたお互いの力は、わずかにユズルが押され気味だった。

 負けイベントだったのかな?




「ぬぬぬ、予定ではこっちがレベル1000をわずかに上回って勝つはずだったのに!」


『バカめェ! 我のレベルをよーく思い出してみろォ!』


「はっ! そういえば暴走トラックのレベル1000ってのは四捨五入して1000だった!」


『我の実際のレベルは1011だァ!』


「しまった……! 11レベル分届かない……!」


『全身の骨が砕ける音を聞きながら、死んでゆけェ!』






「苦戦してるな。オレの出番か」


 パズトゥスが前に出てきた。いたんだね。


「今のオレは力を使い切ってる設定だが……悪いなユズル! 『お前の大切なもの』を使わせてもらうぞ! 犠牲(サクリフィーツィオ)!」


 パズトゥスの前に黄色く光る魔法陣が現れた。


 そこから何かが出てくる。




 それは現金。(9,106,219円)

 それは45体のフィギュア。(mamiさん)

 それは箱型のオルゴール。(曲はノクターン第2番)




 第01話でパズトゥスが契約の対価として受け取った、『ユズルの大切なもの』たちだった。






「解説頼む!」


「ガッテンだ! さて、これらの品々が何の役に立つのかと不可解に思われるかもしれません。重要なことはこれらが、『ユズルさんの大切なもの』だということです」


「ヘイ!」

 パズトゥスがあいづち代わりに合いの手を入れる。


「誰かの『大切なもの』には、実は【大切なものポイント】というものがカウントされているのです!」


「ヘイ!」


「長年の労働の対価。こつこつと集めてきたコレクション。両親から受け継いだ形見。そういったものを大切に思う気持ちが、『大切なもの』には宿っているのです!」


「ヘイ!」


「それは『価値』という概念の本質! そしてここは神域! 【本質】が実在する空間です!」


「ヘイ!」


「経験値をレベルに変換できるように、神域では『大切なものポイント』をパワーに変えることができるのです!」


「ヘイヘイそういう世界観 ((誤用))!」


 便利すぎてのちのち足枷になりそうな設定!






 「解説はそんなもんでいいだろう。さあユズル! 『お前の大切なもの』がお前に力を貸すぞ!」




 現金が、フィギュアが、オルゴールが、そこに宿した大切なものポイントと共にパワーに変換されていく。


 形を失い、光に変わっていく。




「ランツィアデラトリニータ!」




 三つの光が、力が、暴走トラックに挑むユズルの元に届く。


 ふわりと、体を包み込むような感覚。


(大切にしてくれて、ありがとう)


 そう聞こえた気がした。


(……ユズル!)


 そして、はじける。


 暴走トラックがまとう禍々しい黒い力が掻き消された。




「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」




 喪失の感情に雄叫びを上げながら、ユズルは突き進んだ。


 力を込めた拳が、トラックの前面に到達する。




 フロントマスクの中央付近にあしらわれたエンブレム、実在のどのトラックメーカーにも似ないように配慮されたそれを突き破って、ユズルの腕が肩まで深く突き刺さった。




『ぐあああああああああァ!』




 一瞬の静寂。


 ふと気づくと、エンジンルームに食い込んだ拳が、何か丸いものを中に握りしめている。


(何だかわからないが……これは引っ張るしかないな!)




「うおおおおおおおおおおおっ!!!」




 それに繋がったコードやらなにやらを引きちぎりながら、腕を引き抜いていく。


 抜ききると、大きく破損した暴走トラックに背を向けて、取り出した球体を高く掲げた。


 かっこつけポーズは大事だ。




 背後のトラックにバチバチッと火花が走り、一呼吸おいてから、大爆発を起こす。


 こんな近くで爆発して危なくないかな?


 そこは神域が勝った方に配慮してね。ユズルに被害が行かないようにね。なってるのさ。都合良くね。


 爆発を背景にシルエットになるユズルの姿がかっこいいから問題無いんだ!






『ぐぐぐぐぐゥ……』


 炎と爆煙が鎮まると、大爆発した割に原型をとどめている暴走トラックが(うめ)き声をあげる。


「なんだまだ生きてるのか」


 何か言い残すことがあるみたいだぞ!


『我を……我を倒したくらいでいい気になるなよ……貴様が守ろうとしたもの……など……ぐ……ぐふっ』


「……」

『……』

「……」

『……』


「続きは?」


『えっ』


「『貴様が守ろうとしたものなど』の続きは?」


『いや、ぐふって言ったし。もう死ぬし』


「生きてるじゃん」


『生きてるけど致命傷だし。最後まで言えずに死ぬし。そういう流れだし』


「途中でやめられたら気になるじゃん」


『……』


「最後まで言わないとダメじゃん」




『わかった、では初めから。 我を倒したくらいでいい気になるなよ、貴様が守ろうとしたものなど……ぐふっ』




「あっ今度は本当に死んだ。続きが気になるなあ」


 暴走トラックは完全に沈黙した。






「おみごと。おみごとです。ユズルさん」


 ルビウスが手を叩いて寄ってきた。

 いたんだね。


 何だかちょっと怖い感じににじり寄ってくる。


 ユズルは思わず一歩退(しりぞ)いた。




「おやおや何をそんなに怯えているんですかー? 迷子のキツネリスですかー?」


「べ、別に怯えてないよ。暴走トラックの最後の言葉の続きが気になるだけだよ。あとこの引っ張り出した丸いのは何だろうって思ってただけだよ」


 ユズルの手には、グレープフルーツ大の球体がある。脈打つよう紫色に点滅している。




「そんなに怯えなくてもー、私の今日の分の神力はすっからかんですからー、ムリヤリ転生させたりしませんよー、今はね。今は」


「はあ」


「ところでその経験値ボールですけど」


「この丸いやつ? これはどうすればいいのかな」


「それはですねー……こうするのさ!!!」




 そう言うとルビウスは、バッとユズルの手から経験値ボールを奪い取り、ガッとユズルの顎をつかんで、グワッと口を開けさせ、そこにグイッと経験値ボールを押し込んだのだ!




「んぐ!? んんんぐぐんぐぐー!?」




「飲め飲め飲めえーっ!」


(ちょっ、無理! 飲めないから! どう考えても喉を通らないから!)


「無理なんて言葉は聞きたくないね!」


 なおもルビウスは押し込んでくる。


 ひでえや。




 ごくん。




 通るはずもなかった喉を通るはずもなかった経験値ボールが通り抜けて行った。






 食道を押し広げて入ってきたそれにユズルの胃が困惑する。経験値ボールを消化する酵素など分泌できない。


 そこに神域からの支援が入った。消化酵素ペプシンに経験値消化能力が付加される。まずは経験値ボールを繊維状に分解。あとは小腸に引き渡される。


 ひと仕事終えた胃は、咀嚼(そしゃく)もせずに通した歯と舌に抗議した。


 小腸ではやはり神域からの支援を受けたさまざまな酵素が経験値繊維を分解していく。


 経験値ボールには経験値とビタミンCが豊富に含まれており、大変体にいい。


 経験値分子まで分解された経験値は、小腸の柔突起から血液に吸収されていく。


 大部分は血流に乗って肝臓に送られ、残りは別の血管を運ばれ、経験値分子のまま脂肪中にプールされる。

 レベルアップ時に経験値が不足した時などにここから補完される。


 肝臓も神域の支援を受け、ここで経験値分子がHP、DEX、STRその他の各種ステータスに変換され、また血管を通って全身の細胞に送られていく。


 こうしてレベルが上がる。


      『レベルアップのしくみ』より






「ふはああ〜〜〜っ!!!」


 指の先まで炎が満ちるようなレベルアップの感覚に、思わず腹の底から声が漏れた。




「どうです、ヤバい薬を打ったときよりすごいでしょう」


「ヤバい薬なんて打ったことねーよ!」


「あらそうですか? 今の『ふはああ』はアンフェタミンを打った時の反応にそっくりでしたけど。 それはともかく、このレベルアップは予定外に消費しちゃった加護(チート)の代わりです。しばらくこれでしのいでてくださいね。転生してもらうときはこれとは別にちゃんとした加護を授けてあげますから。ちなみにユズルさんの今のレベルはですねー」


 全身が映る鏡を出してくれた。




 頭の上にレベルが表示されている。


 鏡文字でちょっと読むのに手こずった【レベル565】という数字より先に、自分の顔に残った傷跡に意識が向いた。


 額から眉間を通って左頬へと傷跡が刻まれている。




「まあかっこいい、かな? キャラ立ちはいいけど見る人を怖がらせそうだな」




「転生の準備ができたらその体ともおさらばですから、今のうちにせいぜい惜しんでおいてください。逃げても無駄です。束の間の自由を謳歌しておくといいです」


 そう言うとルビウスはトラックの残骸を片付け始めた。


「こんなところにあると真面目に魂を運んでくる転生トラックさん達の邪魔になります」


「手伝おうか?」


「なるほどお人好しですね。結構です。今のうちに逃げるといいです。逃げられるところまで」






「じゃあいっしょに逃げるか。ユズル」

 とパズトゥスが言う。


「そうだね。俺はあんたの所有物だ。徳政令とやらで契約が無効になっても約束は守るよ。お人好しらしいからな」


「悪かったな」


「ん?」


「お前の『大切なもの』を消費しちまって」


「ああ、いいさ。もう譲ったものだし。おかげで勝てた。あいつたちのおかげで」


「強かったぞ。お前の大切なものは」






「なあ、パズトゥスさんよ。もしできるなら、いったん日本に戻ってみたいんだが」


「ああ、暴走トラックの捨て台詞か?」


「ああ……」




『貴様が守ろうとしたものなど』




 これは、守ろうとしたものに何か新たな危機が迫っているという意味だろう。


『守ろうとしたもの』


 どれのことだろう?




 神域(ここ)での戦いは成り行きで、何かを守ろうとしたという感じではない。


 だが地球では、日本では、はっきり『守ろうとした』と言えるものがいる。


 赤の他人だが、あの姉妹が。


「また別の転生トラックにでも狙われてるのか?」




「いいぞ。どうせさすらいの身だ。つれてってやるよ」


「助かる。パズトゥスって世界と世界の間の移動は出来るの?」


「できるぞ。さすらってるからな」


「けっこうすごいんだな。所有物なのになんだか俺ばっかりが世話をかけるみたいで悪いな」


「所有物の世話もオレの責任だからな。じゃあ行くか。もう地球に行くくらいのパズトゥス力は溜まってる」


「じゃあ頼む」






 こうしてユズルとパズトゥスは再び日本へ。


 いったい守ろうとしたものに何が起きるのか。


 それは次の話だ。




 続く!




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