第29話 どんぶらこ どんぶらこ
「♪ どんぶらこ どんぶらこ
お椀に乗って 海に出る
もしもお椀が 丈夫だったら
もっとこの歌 長かったのに♪」
無限に広がるソウルユニバースの大海を、ルビウスが機嫌良く歌いながら舟を漕いでいる。
お椀よりはだいぶ丈夫な舟で、歌よりは長く持ちそうだ。
波間にはたくさんの蓮の花と睡蓮の花が浮かんで漂っている。
ハスとスイレンって似てるけど全然別の植物なんだってさ。
仏教じゃまとめて蓮華よばわりだけどね!
天に輝く無数の光は全て魂。
水面に姿を映して飛ぶ蛍のような光も全て魂。
水中をたわむれるように泳ぐ光も全て魂。
船の上で鳥籠に入れられている光もユズルの魂だ。
「♪ かしこい王様
ハシゴを立てて
鳩から卵を盗もうとした
ハシゴがもっと 頑丈だったら
もっとおはなし 続いたのにね♪」
ルビウスはなおも歌う。
いじわるな歌だなあ。
他人の不幸は、エンターテインメントだね!
そんな歌を聞かされているユズルからもお返しだ!
(♪ 勇敢な騎士が
木の葉の鎧で
ゴブリン退治にでかけていった
装備がもっと いいやつだったら
大丈夫で 問題なかったのにね♪)
「あら、ご返歌ありがとうございます。でも最後のほう語呂が悪いですね。ユズルさんは歌作りがへた!」
(ぐぬぬ)
ダンスも下手らしいね!
(ぐぬぬ)
敵同士が同じ船に乗る。
呉越同舟とはこういう感じかな。
「ユズルさんは私を敵視しているかもしれませんけど、私から見ればユズルさんは敵じゃないですよ。私が導くべき、大切な魂です」
(ルビウスは、なんで魂を転生させたがるの?)
「見境なく転生させているわけじゃないですよ。転生トラックから魂を与えられた、元は魂を持たなかったモノたちだけです」
セリフが長そうなときは分割してやる!
「同じ世界に生まれ変わらせることができればいいんですが、魂のない世界に魂を転生させることはできなくて」
どうせその場の都合で無視される設定なんだろ!
「むかし、いたんですよ。魂を持たない友達が。消滅するのを怖がって、泣いていました……」
いきなりシリアス感を出すな!
「あの子は魂をもたないまま、今は私の中にいます。あの子のためにも、自分のためにも、私は魂を導きます」
ベネフィアと京治くんみたいな関係かな。
「私が導かないとソウルユニバースで永遠の待ち時間になってしまいますしね。へっ、元から魂のやつらめ、おまえらの順番はしばらく来ませんよ!」
割り込みは良くないと思います!
「ここですね。この流れの先に、ユズルさんの新しい人生があります」
水面に浮かぶ蓮華の動きが、そこに流れがあることを教えてくる。
ルビウスは、ユズルの魂を鳥籠から出して、お椀に入れて水面に浮かべた。
(ちょ、このお椀って丈夫なんだろうな?)
「大丈夫です。問題ありません」
(不安しかない言い方! 一番いいやつにして!)
ルビウスは渋々お椀を一番いいやつに取り替えた。
やっぱりさっきのお椀は問題あったんだな?
「では良い人生を! ハブ ア グッドライフ! 私が導いた魂の89%が、『悪くない人生だった』とアンケートで言っています!」
(思ってたより低い!)
円グラフが出てきた。
『まあまあ良かった』……………………10%
『どちらかと言えば良かった』…………22%
『どちらとも言えない』…………………57%
『最悪』……………………………………05%
『消滅した方がマシ』……………………04%
『次は貝になりたい』……………………02%
『どちらとも言えない』を入れて89%かよ。
『最悪』はあるのに『最高』は無いんだな。
「ダメなら次がありますから! ユズルさんはもう不滅です! 貝の満足度けっこう高いですよ!」
ルビウスは有無を言わさずユズルの魂を入れたお椀を流れに乗せた。
「♪ どんぶらこ どんぶらこ もしもお椀が ♪」
ルビウスが舟を漕いで去っていく。
不安になる歌うたわんといて。
ユズルの新しい人生がけっこう不安だぞ!
早く来てくれ! パズトゥスとヒロインたち!
(パズトゥス、クグさん、早く来てちゃぶだい!)
♢ ♢ ♢
誰かが泣いている。
生まれ変わったユズルの産声、かと思えば、そうではない。
誰かが泣いている。
悲痛な声で泣いている。
叫ぶように泣いている。
無慈悲な運命に抗議している。
ユズルの魂は未だ漂っていた。
たゆとうながらもゆっくりと一定の方向へ流れていく。
その流れの先に、何者かが佇んでいた。
水面に浮かぶ蓮華座の上に立っている。
その腕に、泣き声の主が抱かれていた。
「おお、よし、よし」
泣き声は止まない。
「悲しいよな、悔しいよな、よし、よし」
抱かれた魂が、泣いていた。
ユズルの魂は流れていく。
泣き続ける魂をあやしていた者が、ユズルに意識を向けた。
「よく来たの。異界の魂よ。この流れの先に、そなたの次の人生が待ちうけておる。流れに身を任せておればよい。じきに新たな世界へ産まれ出るであろう」
(……あなたは?)
「ふむ。そなたの知識に近いもので言うならば、クシティガルバといったところであろうか」
(クシティガルバ? ……地蔵菩薩か)
脳裏に浮かんだのは、寺院の一角に立ち並ぶ、赤い前掛けをつけた、たくさんの石仏。
(水子地蔵……その泣いているのは)
「これは生まれることのできぬ赤子の魂よ。生まれたかったと、生まれたいと、泣いておるのよ。叫んでおるのよ」
泣き声が続く。
(……俺のせいか?)
クシティガルバは静かにユズルを見つめた。
(俺が割り込んだせいで、その子は生まれることができなくなったのか?)
「違う。そうではない」
クシティガルバ(仮)がはっきりと否定する。
ところで真面目な空気に耐えられないのでときどき子猫の声で中和しようと思います。
にゃー
「これからそなたが生まれる世界では、魂は、生まれた赤子の最初に吸った息と共に体に入り込む。そして生を終えるとき、最後に吐いた息と共に体を出ていくのだ」
にゃー
「だが、この魂が入ろうとしていた赤子の体が、母親の腹の中でうまく育っておらぬでな。産声をあげることができぬのよ。最初の息が吸えぬのよ。だからこの魂が入れぬのだ。」
にゃー
「代わりにそなたが赤子の体に入り込むことにはなるが、そなたに原因があるわけではない。そなたが来なかったとしても、この魂は生まれ出ることはできなかったであろう」
(そういう事情なら俺の魂も入り込めないのでは?)
「そなたはルビウスより加護を授かっておろう。その中に赤子の弱い体を補い、最初の息を吸わせる力も含まれておる」
にゃー
「だからの。そなたには何の咎も無いのだ。この魂に対し負うものは何も無い」
にゃーにゃーにゃー
しばしの沈黙。
ユズルを運んでいた流れは、いつしか止まっていた。
「ためらえば流れは止まる。ためらっておるのか?」
(その子はどうなる?)
「またソウルユニバースを漂うことになろう」
(世界に生まれる次の機会はあるのか?)
「ある。だがソウルユニバースは無限にして永遠。待ち時間は永かろうな」
淀んでいた流れがまた動き始めた。
「ためらいは消えたようだな、何を決意した?」
(俺の加護をその子にくれてやる)
「よいのか?」
(ああ。加護を全て、その魂に譲る。……インフェルノ エ パラディーゾ レガーロ……)
驚くほど膨大な力が、ユズルの魂から離れていった。
ルビウスの加護はずいぶんと気前が良かったようだ。
裸になったような気分だが、魂というあり方は強固だ。
魂とは、あやふやで傷つきやすいものではなく、強い輪郭を持った不滅の存在だ。
ユズルの魂から離れた加護が、クシティガルバ(仮)の腕に抱かれた魂を包み込む。
「これでこの魂は生まれることができよう。そなたは、代償として何を望む?」
(代償?)
「そなたには代償を受け取る資格と権利がある」
(そう言われてもな。生まれてもいない魂から何かもらおうとは思わないよ)
「ならば私が支払おう。わたしはクシティガルバ(仮)。今やそなたは生まれ出ることのできない魂、水子だ。私の救済の対象となる。望みは何かな」
(んー、他の赤子にも順番待ちの魂がいるんだよね。割り込むわけにはいかないな。……俺を探してくれてる人たちがいる。見つけてくれるまで、待っていられるようなかたちになりたいかな)
「よかろう。これに宿るがいい」
クシティガルバ(仮)が手を差し出した。
手のひらの上にあるのは、小さな、透明な石。
球を少し潰したような形で、てっぺんが少し尖っている。
「これは如意宝珠だ。如意呼吸にてこの中に入り、これを魂の器として世界へと参入するがいい」
(如意宝珠か……)
「如意宝珠だ。にょ、い、ほ、う、じゅ」
(チンタマ……)
「にょいほうじゅ!」
(石ころ転生ってわけか。こういうのもアリかな。パズトゥスとクグさんがきっと見つけてくれる。ゆっくり待つとしよう)
「如意宝珠はそなたの想いを発信することができる。そなたを探す者たちの導きともなろう」
高性能だね、チンターマニ!
「にょいほうじゅ!」
不意に、ユズルは如意宝珠の中にいた。
いつのまにか如意呼吸とやらをやっていたようだ。
吸い込まれたのか、吸い込んだのか、よく分からない。
クシティガルバ(仮)は如意宝珠をお椀に入れて、流れに乗せた。
さっきまで泣いていた魂も、りっぱな小舟に乗せて流す。
差をつけやがる。
もう泣き声は聞こえない。
流れるユズルの傍で、魂が小船に揺れている。キラキラと加護が周りを取り巻く。
嬉しそうに寄り添う新たな魂とともに、ユズルはゆっくりと流れて行った。
力いっぱいの泣き声。
今度は悲痛の叫びではない。
この世に産まれ出たことを伝える力強い宣言。
赤子の手には、少し尖った、透明な丸い石がしっかりと握られていた。
(いっしょに来ちゃったよ)




