第23話 甘いね 甘いね
「インフェルノエパラディーゾ! インフェルノエパラディーゾ!」
山間の小さな町のとある公園で、一人の女子小学生が『ひっさつわざのれんしゅう』をしていた。
誰にでもあるよね、こういう時期が。
「技名長げーよなー、おっさんめ。ヘルアンドヘブンじゃだめかな」
ダメ! ダメです! その技名はすでに使われています!
「まーいーか。インフェルノ エ パラディーゾ! うわっ!?」
突然、その少女、高瀬菜月の体に力がみなぎった。
召喚された地球が異世界に到着した瞬間。
以前ユズルに飲まされた経験値や返却されてきた鎮静の光の余りをもらった分やらが、異世界のレベルアップシステムによってレベルに変換されたのだ。
菜月は練習に夢中で地球が召喚魔法陣に包まれたことにも気づいてなかったようだ。
これが若さか。
「技出た! え、ちょ、これどーすれば止まんの!」
菜月の体が光を纏って突進する。
ユズル以外にも使えたんだね、この必殺技。
それなら僕たちだって続けてればか〇は〇波も使えた……?
『ワハハー! オレは空気を読んで現れた異世界の悪いモンスターだあ! 必殺技はオレに当てるといいぞおぉぉ!』
突進する菜月の前にモンスターが現れた。
都合のいい世界で助かるね!
でっかい敵だ。オークかな? オーガかな? すぐに退場するし、どっちでもいいか。
「あー! ごめんよ!」
『グワアアアアアアアア!!!』
菜月の両拳がモンスターの胸に突き刺さった。
「あれ? 何か握ってる。引っこ抜けばいいんだな! そりゃあ!」
モンスターから経験値ボールを抜き取った。
地響きをたてて、モンスターが倒れる。
「ごめん、ありがとな、助かったよ」
『いいって、ことよ……ぐふっ』
モンスターの体が黒い煙となって消えていく。
死体が残るとグロいからね。こういう仕様になっております。
菜月の手にはビー玉サイズの経験値ボールが残った。
「なんかばっちそうで飲みたくないなー」
「こんにちはー、流しの経験値交換屋でーす。モンスターから抜いたばかりの経験値ボールがばっちくて飲めないあなた! 今ならこの経験値ドリンクと交換できます! 味もイチゴ味、レモン味、スパティエマフォエタイド味とそろってますよ!」
またなんか来た。
行商人ぽいかっこうの女性だ。
名乗った通りの経験値交換屋なのだろう。
「じゃあ、スパティエマフォエタイド味をためしてみるかな」
「はいまいどー。このサイズならこれくらいだね。同等の経験値が得られますよ!」
「ごくごくうめーなこれ」
ポリデステロプウフ味とラスティベロリコ味に似た味らしいぞ!
〈この世界で最初にモンスターを撃破したボーナスがつきます〉
どこからかアナウンスが流れてきた。
「やったね! おー、すげー、レベル2000になった。気前がいいな! アナウンス!」
〈ケチくせえことをやってたらお天道様に笑われらあ!〉
江戸っ子の気風ですなあ。
「お嬢ちゃんすごいですねえ。では今後もごひいきにー」
経験値交換屋が去っていった。
「けどおっさんのレベル10000にはまだ届いてないな。追いついてやっから待ってろよ、おっさん! 必殺技も使えるようになったからな!」
追いつくとパズトゥスがハーレムに入れようとしてくるぞ!
小学生はマズいだろう。倫理とか法律とか。
「そこはなんとかしてやるぜ!」
なんとかなるか?
「してやるぜ!」
♢ ♢ ♢
「ハッハッハー! 我は魔王! わるものだー! 勇者のレベルが低いうちに殺しに来たぞー!」
明日の献立とかを考えていたユズルたちの前に、魔王が現れた。
角があったり牙があったり、いかにも凶悪そうな姿だ。
どこからくるのかね。
「位相がズレた空間に【魔界】があってそこから来るという設定ですよ!」
ありがとう解説娘ちゃん。
「あ、こんにちは」
「こんにちわー! そこの者たち! 勇者はどこだ! 召喚されてきたのは知っている! 勇者のレベルが低いうちにこのレベル1000の魔王が直々に始末してやる!」
「合理的ですね」
「だろ! 勇者が実は星くらいデカくてレベル1でもムチャクチャ強いとかでない限り、この方法が確実だぁ!」
「勇者は実はこの星そのものでして。レベル1でもムチャクチャ強いんじゃないですかね」
「ん?」
「勇者は実はこの星そのものでして。レベル1でもムチャクチャ強いんじゃないですかね」
「は?」
「勇者は実は」
「待って待って待って待って」
魔王の目が光った。
「あれは鑑定してますね」
解説ありがとう。
魔王が周りを見回す。次に地面に目を向ける。
絶望した表情で空を見上げる。
月が目に入る。
絶望した表情で下を向く。
また絶望する。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」
「鎮静ヘルメットがもひとつあると良かったな」
「少し分けてやれるかな? インフェルノエパラディーゾ、落ち着け」
太い注射が現れて魔王の頭にぷすっと刺さった。
「あびゃっ……ふむ、冷静になったぞ。そうか、死ねばいいんだな」
「まあまあ落ち着いて」
「落ち着いて出した結論だ!」
「現実から目を背けてでも、生きろ!」
「勝手なことを言う!」
「ちなみにそこのユズルとクグはどっちもレベル10000だ」
「はいはい現実はキビシイですねっと」
主人公サイドには甘いけどな!
「まずは話し合ってみよう。魔王さんはなぜ魔界からこっちへ? 実は魔界が生きるには過酷な環境で、より安全な生活のために侵略しにきたとか、そんな感じの事情でも?」
「いや、魔界はお花がいっぱい咲いてて、水も空気も綺麗で、おいしいものがたくさんあって、人々は真面目に働いている。そこでずっと働かないでいたら周りの目がキツくなってきてな」
「なるほどどうしようもねえな」
「こっちでならしばらくゴロゴロしててもそうキツい目ではみられまい! 誰も我のこと知らないしね!」
「勇者を倒そうとしていたのは?」
「楽に殺せるなら殺しておこうかなー、と」
「ほんとどうしようもねえな」
「魔界の人たちは優しいから別に魔王さんを悪い目で見てないですけどね。それは魔王さんの被害妄想です」
解説娘ちゃんから解説が入る。
「いや! あれは内心バカにしてる目だ! 見るな! 我を見るな!」
「最大の敵は自分自身の心というやつですね」
「ちなみにここにいるユズルは主人公でモテ期で現在三人の女に好意を寄せられていて今後さらに増える予定だ」
「ヴァアアアアアアアア! ハーレムは死ねええええええ! 自爆して道連れにしてやるうウウウ!!!」
魔王の体が火花を放ち始めた。
「ちょっとまずくないか」
「追い込みすぎた。アイムソーリーひげソーリー」
「ベテルギウスバリアー!」
のんきなパズトゥスをよそにクグが防御障壁を張った。
ドジっ娘のくせにやるじゃないか!
「ありがとうクグさん。スーパーユズル障壁!」
「パズトゥス遮断!」
続けてユズルとパズトゥスも防御障壁を展開する。
「ヴァアァア……セメテ、一矢報イテヤル……ゴオォォォォア」
魔王の体が今にも破裂しそうに膨れ上がる。
パカッ
その足元に地割れが開いて、魔王はそこに落ちていった。
「ウオアアアァァァァァ!」
すぐに地割れが閉じる。
隙間から黒い煙が吹き出してきた。
〈魔王は死にました〉
アナウンスが流れた。
「これは……地球が何かしたのかな?」
「かな。勇者として魔王を倒したか」
「魂がなくても意志はあるのかな?」
「こまけぇことはいいんだよ」
「こまかいですかねえ!」
「魔王も倒したし、勇者ノルマも達成だな。あとはてきとうに2ヶ月ちょっとを過ごしてればいい」
めでたしめでたし。
「ところで、魔王の怒りようを見てたら自分、胸張って生きてていいのか自信がなくなってきたんですが。他人が見たら怒り出すような生き方なのかな……」
ユズルが肩を落とした。
「そんなこと気にするなよ」
「わりと状況に流されるし、人に頼るし、出番少ないし……」
「ユズル!」
「はい!」
「自信がなくなったら思い出せ! お前はオレの所有物だ! 自分のために生きられなくなったら、オレのために生きろ!」
「わかった! いいこと言ってるみたいだけどそうでもないね!」
「ユズルさん! 私はユズルさんの所有物ですよ! 心も体も戸籍もあげます! 胸を張って生きてください! 胸を張れなくても生きてください! しょんぼりしてるユズルさんもすてきです!」
「ありがとう、クグさん。ヘルメットがなかったらきっと燃え尽きてるね」
プシュプシュプシュプシュプシュプシュ!
今日も明日も、ユズルは生きていく。
胸を張ったり、張らなかったりしながら。
それでいいのだろうか。
それでいいのだろう。
「いいんだぞ、ユズル、いいんだぞ」
「いいんですよ、ユズルさん、いいんですよ」
「いい気がしてきた。いい気がしてきた」
ほんと、主人公には甘いね。
こりゃ魔王も怒るわ。




