第22話 えんやこら えんやこら
太陽が消えた。
星が消えた。
月だけがまだそこにある。
地球と月とを包み込む召喚魔法陣の放つ光が地上を照らす。
全方向から照らしているので、今、地球には夜がない。
見上げれば青空に魔法陣の紋様が白く描かれている。
昼夜の寒暖差がなくなったので風の動きに混乱が出たが、召喚魔法陣の守護システムがそれを和らげている。
「人間を召喚したときにオーバースペース内で生命維持するためのシステムを拡大したものですね。うまく働いているようです」
解説娘ちゃんが解説する。
「オーバースペースは本来生き物には過酷な環境です。低レベルの頃のユズルさんとクグさんはパズトゥスさんの守護があったから通れたんですよ」
ここに来てパズトゥスのすごいとこが出てきたぞ。
パズトゥスえらい。
えらパズ!
「えらパズ!」
「パズトゥスさんえらいです!」
「なあにそれほどぢゃありません。ハッハハ」
全天に広がる召喚魔法陣の紋様に変化が現れた。
あちこちで閃光が走る。
その光が、無数に地球に降り注いできた。
月にも。
「拒絶空間を通過中ですね。拒絶空間を内側から通り抜けるとき、召喚魔法陣に拒絶空間の一部が取り込まれて源力に変化し魔法陣の中の者に宿ります。これが召喚チートとか勇者チートと呼ばれるものです」
そんなしくみだったのか知らなかったよ。
解説娘ちゃんは物知りだね。
「地球のある世界から人を召喚する時はこれを期待してのことが多いですね。アーキパワーは神域や召喚先の異世界で具体的なスキルやステータスに変換されます」
「これも特に重要でもないフレーバー設定なのかな?」
「そうです」
アーキパワーが大地に、海に、浸透していく。
地球そのものが、勇者となる。
月は何になるのかな?
追放されてから強くなってざまぁしにくる人とか?
やっべ地球ざまぁされちゃうかな。
そんなふうに召喚魔法陣の中でのんきに解説をしたり聞いたりしているころ、召喚魔法陣の外では大忙しのてんやわんやのきりきり舞いだった。
地球専用オーバー道路の一方の端。
拒絶空間の手前。
拒絶空間から10000本以上の鎖が伸びる。
召喚引力が可視化された鎖が、それぞれの異世界に繋がっている。
『それー! 引っぱれー! ほれ召喚! 召喚! 召喚! 召喚! 召喚音頭〜♪』
『エンヤコラ エンヤコラ』
『マガッショ マガッショ』
それぞれの異世界の召喚術者が、召喚音頭のリズムに乗って鎖を引っ張る。
10000本の鎖といっても、地球と月を包む召喚魔法陣は圧縮パッケージ化されても月くらいの大きさはある。
大きさを比べれば髪の毛ほどにも頼りない。
だが、動く。
鎖の先で、地球が、月が、それを包む召喚魔法陣パッケージが、引き寄せられている。
『先っぽ見えてきたよ! きばれー!』
勇者チェコが叫ぶ。
彼女が立っているのは、この時のために建造された、巨大なオーバートラックのルーフの上。
星を運ぶために切り開かれた広大なオーバー道路、その上を、星を載せて走るために建造された超巨大オーバートラック。
名付けて、【遊星オーバートラック】
こっちで『遊星』使えて満足!
拒絶空間から、一辺3000kmの巨大な立方体が出てきた。
『積み込めー!!!』
『エンヤコラ』
『マガッショ』
地球と月とをその中に収めた召喚パッケージが、遊星オーバートラックの荷台に置かれた。
オーバーサスペンションがグッと沈み込む。
『よっしゃ、発進!』
オーバーディーゼルエンジンが唸りをあげ、オーバーシャフトがオーバータイヤにオーバー駆動力を伝える。
オーバークラクションが一声鳴らされ、遊星オーバートラックがゆっくりと進み始めた。
オーバーシリンダー内でオーバー圧縮されたオーバー空気にオーバー噴射されたオーバー軽油がオーバー着火しオーバー膨張してオーバーピストンをオーバー押し上げオーバークランクをオーバー回転させてオーバー強力なオーバー推進力をオーバー生み出し続ける。
「順調だね」
「あはは! しょーかん超楽しい! こんな召喚初めて! またいつかやろ! 千恵子ちゃん! ね!」
ルーフの上の勇者千恵子のとなりで、創造神エメルディアスが大喜びで召喚音頭を踊っている。
「全部済んだらおめーは封印だろ」
「次召喚するときは起こしてね!」
オーバー巡航速度に達した遊星オーバートラックが、まっすぐ伸びる専用オーバー道路を疾走する。
そのルーフの上で、勇者と創造神が話している。
ルーフと言っても大陸くらいの広さがある。
「中でどうしてるかねえ」
距離感の狂う巨大な立方体を勇者が見る。
「召喚パッケージの中は時間の流れが遅いから特に何もないと思うよ」
「その設定は知らなかった」
かつては勇者が敵とした『黒幕の創造神』だが、今ここでは穏やかな雰囲気だ。
「千恵子ちゃんは、魂って欲しい?」
「トラック転生したわけじゃないから私に魂はないんだよな……生まれ変わっても自分でいられるもんなのか?」
「生まれ変われば前世を覚えていることは多いらしいけど、生まれ変わること自体、めったにあることじゃないよ」
「そうなのか?」
「世界は無数にあるけれど、魂が漂うソウルユニバースはそれより圧倒的に広いんだ。オーバースペースや神域とはまた別の超越空間だね」
「へえ」
「無数の世界の無数の生き物や物体に宿る無数の魂は、ソウルユニバースを漂う魂全体から見ればほんの一部、0に等しいくらいのものなんだよ」
「ふむ」
「永遠にただよう魂がほんの一瞬、世界の中に受肉し、また出ていく。『世界』というのは魂にとって、とても小さく、短いものだよ」
「ほほう」
「不滅の魂は『限られたもの』を求めて世界に参入しようとする、なんて言われてるね。そして世界の中に受肉してる間は『永遠』を求める。その時々で持っていないものを欲しがるね」
「おまえほんとにエメルディアスか? 解説娘ちゃんが化けてるんんじゃないだろうな?」
「わたしだよ! 趣味で千恵子ちゃんを召喚した創造神だよ! 失礼だなー、もう」
「めんご。それで、ある世界の中で死んで魂が出ていったら、その世界の中でいっしょに過ごしてた人の魂とまた出会うことは」
「前世でいっしょだった二つの魂が同じ世界の同じ時代に生まれ変わる事例ってのはそれなりに多いけど、それは母数が無限大だからであって、確率で見るとゼロに等しいよ」
「そんなもんか。……私の逆ハーメンバーには魂があるんだよな……あいつらが生まれ変わって別のやつとくっつくかと思うとムカつくな」
「純情だった千恵子ちゃんがオトコを囲うようになるなんてねー。たった50年で人間ってやつぁ。すばらしいね」
「ほっとけ。うん、私は魂はいらないな。どこからどこまでが私なのかわからん永遠なぞいらん。異世界最強の存在に成り上がって寿命も1000年以上ありそうだし、限られてても十分長いしな」
「わたしは、千恵子ちゃんに魂があったら欲しいけどねー。ぺろぺろしたらおいしそう」
「キモっ! この変態が! 鼻に割り箸刺して封印してやる」
「ひどーい」
「ぴょー!」
「どうしたユズル」
「主人公不在のままずいぶん文字数を使った気がする……! というか俺ってほんとに主人公?」
ちがうかも……
「えー!?」
プシュ。
「冷静になってみると別にいいか。どっちかっていうとパズトゥスのほうが主人公っぽくない?」
「誰でも自分自身の物語の主人公なのさ!」
「それはそうだけどそういう文脈じゃない」
「ふむ、実はオレとユズルは同一人物で失われた俺の記憶がユズルだった、なんてオチもありそうだな」
「ありがちなネタだね。よくあるよくある」
また展開予想してる……
泣く。
「めんご」
「ごめんちゃい」
「それはそれとして。現在俺は、人とか地球とかに魂を与えることを阻止しようと行動しているわけだけど、俺自身はすでに魂を与えられているという不整合についてちょっと悩んでおこうかと思ったんですがどうでしょう」
「つまらんことで悩むなよ。悩んでみたというポーズだけで十分だそんなのは」
「うん。悩んでたらヘルメットに鎮静されて、明日の献立でも考えてた方が生産的だって結論になった」
「明日のごはんは私が作ります! まかせてください! いいお嫁さんになります! お嫁に行きます! ワンタン! 天丼! 味噌ラーメン!」
「無駄話してる間にそろそろ目的地だぞ」
とある異世界のとある銀河のとある恒星系を、小さな物体が公転していた。
主星からの距離、149600000km
軌道離心率、0.0167
軌道上に他の天体は無い。
ちょうどよく『空いている軌道』だ。
その小さな物体は、一辺2メートルほどの立方体。
受信用召喚魔法陣ジェネレーターだ。
これに位置と速度を合わせて、地球が軌道に投入される。
太陽と同じ明るさの恒星のまわりを、太陽系にいた時と同じ軌道で回る。
太陽系に帰るまでの2ヶ月と少しを、地球はここで過ごすのだ。
この世界の召喚術者、出番がこれっきりの女神サファリスが、受信用召喚魔法陣ジェネレーターを起動させた。
恒星の光以外は何も無い広大な空間に、6枚の光の翼が広がる。
その中央に、巨大な立方体が出現した。
巨大だが、広がった魔法陣と比べればごく小さい。
その立方体もまた、合わせるように6枚の翼を広げる。
『インストール、テラ アンド ルナ』
召喚魔法陣が消える。
そこに、地球と、月がいた。
「やったー! 成功ー! 召喚気持ちいー! さいこー! 千恵子ちゃんぺろぺろ!」
エメルディアスが勇者チェコをペロペロしようとして蹴り倒される。
「ありがとうよ。忌々しいがお前の召喚術が役に立った。お礼に鼻に割り箸さして変なポーズで嫌いなものと一緒に封印してやらあ」
「ひどーい。千恵子ちゃんってホント私のこと嫌いだよねー。かわいーなあ」
「まだ終わってないが、次は2ヶ月後だ。それまでおとなしくしてろよ」
「はーい。ヘリウム原子一個くらいなら召喚してもいいかな?」
「……一個だけだぞ」
こうして、地球は異世界に勇者召喚された。
2ヶ月ちょっとを無事に過ごせるのかな。
ちゃんと太陽系に帰れるのかな。
月にざまぁされないかな。
ユズルは本当に主人公なのかな。
それは誰も知らない。
誰一人な!




