第15話 お泊まり お泊まり
勇者チェコの屋敷に戻ってきた。
中に入ると、玄関ホールで勇者が床に座っていて、その前に置かれた椅子にひとりの幼女がふんぞり返って座っていた。
「えっへん!」
幼女がいばっている。
「幼女きゃわきゃわ」
「おっきいものを はこぶなら おーばーとらっくきょうかいに はなしをとおさないと だめでしょ!」
「ごめんよごめんよはいお菓子」
「もぐもぐ」
「きゃわっ」
「……なんだっけ」
「オーバートラック協会のシマを荒らすなって話だよ」
「それ! おこりにきたよ! こらー!」
「うわー、やられたー」
「きをつける ように。いすからおろして」
「ふー、かわいかった。じゃあ気をつけて帰ってね、危険なかわいい森の幼女ちゃん」
「ん」
幼女が何かを持ってトコトコとユズルの元まで歩いてきた。
「おとどけものだよ! ちょうげんきな おばあさんから おかわりだって」
鎮静強度100000のヘルメットだった。
「ありがとうね」
「はんこください」
「ハンコは無いなあ。サインでいい?」
「はんこ……」
しょんぼりしてしまった。こんなの耐えられない。
ユズルは親指に赤インクをつけて拇印を押してやった。
「ゆびはんこ! わたしもあとでやる!」
受領証を両手で持ってとことこ去っていく幼女。
歩みが遅くてなかなか視界から消えない。
やっと庭の端までつくと、そこで待っていたトラックの助手席に乗り込んだ。
自分では届かないのでクレーンで吊り下げてもらってる。
「あのオーバートラックは昔、危険なかわいい森の幼女に森の奥に連れ去られてそれからずっといっしょに暮らしてるそうだよ」
「あれオーバートラックなの」
「その縁でああやって時々おてつだいとかおつかいとかやってるようだね。きゃわきゃわ」
「オーバートラック協会さんからは何と?」
「このヤマに一枚噛ませろとさ。自分のところから出た転生トラックどもがやらかしたことの始末をつけるって意味合いもあるらしい」
「それはありがたいですね」
「オーバースペースでの輸送に一抹の不安があったからね。ちょうど良かったよ」
「サナギさんとベネフィアさんへの依頼、無事完了しました」
「ご苦労さん。早速だけど次の頼みがある。昼飯食ってから話そう」
ユズルは新しい鎮静ヘルメットをかぶる。
すかさずクグが抱きついてきた。
「ちょっ!? クグさん?」
プシュプシュプシュプシュプシュプシュ
「なちゅきしゃんだけじゅるい……」
自分から抱きついておきながら、クグは顔を真っ赤にして動揺していた。
「よし! いいぞクグ! がんばった! よくやった!」
「おやまぁ、お熱いこったね」
どこか遠くの荒野でラブコメが発生すると死ぬ生き物が砂糖を吐いて死んだ。あわれ。
「くぇっこん……」
そのまま固まってしまったクグをユズルが抱き上げて食卓に運ぶ。
パズトゥスも勇者もニヤニヤ笑って運ぶのを拒否したからね。仕方なかったね。
ヘルメットがあって良かったな! さもなきゃ呪いが電撃くらいまで行ってたろ。
「それで頼みというのはね」
食事を終えて、勇者が切り出す。
あ、クグは再起動して普通にご飯を食べたよ。
「主にパズトゥスへの頼みになるんだけどね、まず事情から話すとね。この世界の召喚術式についてさ」
ほうほう。
「この世界には、強力な勇者召喚術が、あった」
過去形か。
「封印しちまったのさ。二度と使われないようにね」
こんなものがあるから、争いが起きるんだー、とか言って?
「そんな感じ。ありがちな展開だけどね。その封印の手段ってのがさ、拒絶空間ってやつなんだ」
なるほど、拒絶空間に入っていけるパズトゥスに封印を解く手伝いを頼みたいと。
「そういうわけさ」
そういうわけかー
「さっきからあいづち入れてるのって誰?」
わたしだよ。
「誰だよ」
今さらそんなことを気にしてどうするの。
もっと建設的な疑問を持ちなよ。
「それもそうだね」
「話はわかった。やってやろう」
パズトゥスはちょっと偉そうに承諾した。
威張れる時に威張っておかないとね。
次があるとは限らないもんね。
「助かる。じゃあ、明日の朝また来てくれ。封印結界のとこにいっしょに行ってもらうからね」
「では今夜は私の家に泊まってください! お世話します! アピールします! 街の案内もさせてもらいますね!」
クグはすっかり調子を取り戻したようだ。
とはいえ近づきすぎると赤面するのでユズルからは一定の距離を保っている。
クグにもヘルメットがあるといいかもね。
危険なかわいい森を抜けて、街まで戻ってきた。
「これがいつもぶつかってる壁です! これがいつもつまづいてる石です!」
クグによる街の案内はこんな感じだった。
さすがはドジっ娘だ。
「あっ! 財布落とした!」
「インフェルノエパラディーゾ、リトルナーレ」
財布がゲートから出てきた。
たこ焼きの屋台に向かって走る財布をクグが捕まえる。
「おかえり、少ししかお金が減ってないよ、えらいね。ケチャップがついてるよ、どこでつけたの」
『放って置けないと思わせろ』とはパズトゥスからクグへのアドバイスだが、いつも通りにしてるだけでもうすっかりそうなっている。
効いてるね。
クグの家についた。
ドアの前で、解説娘ちゃんが死んでいた。
「たいへんだ! 前回と前々回、解説が無かったから……!」
「かいせつ……かいせつさせてください……」
か細い声が解説娘ちゃんの口から漏れる。
「なんだまだ息があるな」
「あれ! 葬儀屋呼んじゃいました! キャンセルしときます!」
「もう長くないかもしれん。様子を見てからにしな」
「解説させてよう……」
「いつも勝手にしてるじゃないか」
「それもそうですね、では前回ユズルさんの呪いが発火まで進行したことについてですが」
元気が出たか。ちっ
「返却されてきた鎮静の光の中に、第01話でユズルさんが助けた姉妹からのものがあったじゃないですか」
「あったんだ」
「その光に、姉妹の姉の方からのユズルさんへの好意が込められていたおかげで、呪いが進行してしまったという設定です!」
「なるほどー」
「ふー、生き返りました。解説しないと死ぬ! それが解説娘ちゃん!」
「もう勝手に壁にでも向かって解説すれば?」
「それもいいですね!」
葬儀屋をキャンセルしてクグの家に入る。
「おかえり、クグ」
「あれ! お母さん! お父さん! まだ小さい妹! 今日帰ってくる日だっけ!」
「おばあちゃんが冒険の旅に出たって言うから、有給とって様子見に来たの。元気そうね」
「元気だよ! レベルも10000になってベテルギウス・クグになったよ! こちらのユズルさんに求婚してるところだよ!」
昔、危険なかわいい森のくまさんに連れ去られたというクグの両親がいた。去年生まれたクグの妹もいっしょだ。
「くま」
危険なかわいい森のくまさんもいっしょにいた。
妹を背中に乗せている。
危険なかわいい森のくまさんはずっと子熊の姿のままらしいよ。あざといね。
子熊が幼女を背中に乗せる。
あざといね。
それからパズトゥスとユズルも交えて一家団欒の夕食だ。
妹はパズトゥスが気に入ったのか登ったりしている。
頭をスポッと外して見せると、きゃっきゃと喜んだ。
「すぐに決めなくてもいいけどクグをよろしくね、ユズルさん」
「すぐに決めなくてもいいが、クグをよろしくな、ユズルくん」
「ぴー! ぴー!」
「くまくま」
外堀が埋まっていく。
これ一応ハーレムものなんだけど、ヒロインの中でクグだけ突出してるなあ。
そのうち調整が入るかもしれないね。
それなりに大きいクグの家には客間もある。
今夜はここに泊まりだ。
「明日って、俺がついていく意味はあるのかな?」
「あらゆるものに意味は無いさ。その場の成り行き、流れ、やりたいこと、直感に従えばいい」
「じゃあついてく」
「私もついていきます! やりたいことに従って!」
「だろうね」
「ではおやすみなさい! またあした!」
「おやすみ」
「おやすみだ」
「そういえばパズトゥスって眠ったりするん?」
「するぞ。ぐっすりだぞ」
「そっか、おやすみ」
「やすめ」
ユズルはベッドに入る。
パズトゥスは同じ部屋で立ったまま眠る。
夜が更けていく。
解説娘ちゃんが壁に向かって解説している。
「カリガンダキ川はネパールを流れる川です。川が作る渓谷はチベットとインドを結ぶ重要な交易路として使われてきました。チベットの岩塩をインドに運ぶ塩の道として知られ、その付近を出自とするタカリー族は商業民族として栄えました。現在はアンナプルナ保護区域の一部として観光トレッキングが盛んになっています。日本に伝わったのは明治時代、鎖国中のチベットに密入国した河口慧海が」
解説を子守唄に、みんな眠りに落ちていく。
今日は今日。
明日は明日。
自分は自分。
他人は他人。
世界は世界。
森は森。
くまはくま。
何言ってんだか分からなくなってきた。
とにかく、おやすみ。




