第14話 落ち着け 落ち着け
『国民の皆さん。この放送は、全世界で同じ内容が放送されています。まず最初に、どうか落ち着くように、自暴自棄にならないように、お願いします』
高瀬家のリビングでテレビを見る。
ユズルたちもいっしょだ。
画面の中では総理大臣が原稿を見ながら話している。
ひどく緊張した表情で、こめかみには汗が流れている。
『これは、極めて重大な発表です。重ねて申し上げますが、どうか冷静に、落ち着いていただけますように、お願いします。
先日、地球に接近する恐れのある天体を監視する団体であるスペースガードから、二つの天体に関する情報がもたらされました。
どちらの天体も、地球に非常に接近する軌道を進んでおり、地球に衝突する可能性も低いものではありません。
天体の大きさは詳しくは不明ですが、片方は質量の推定ができており、それは地球の1/5ほどの重さになると見積もられています。
地球に最も近づくのはおよそ3ヶ月後となります。
もし、地球に衝突することになれば、大災害では済みません。
全人類が、地球上のすべての生命が、終わることになります』
汗を拭った。
『衝突しなかった場合も、極めて近傍を通過するため、天体の重力による影響は大きいものと思われます。
気象の混乱、潮の変化、地震や火山活動への影響などが可能性として考えられます。
我々人類は、これに備えなければなりません。
現在、全世界で巨大災害への対策が進められています。国民の皆様には、最大限のご協力を、お願いします』
水を飲んだ。
『この発表が皆様の心にもたらす衝撃は計り知れないものがあるでしょう。
ですが絶望しないでください。
もしかすると地球の生命の歴史が終わる。
ですが、そうならない可能性も残されています。
終わらなかった時のことを考えてください。
生き延びた時に、誇りを持って振り返ることができるように。
どうか、悔いの残らないように、理性と、勇気を持って、行動してくださいますように、どうか、お願いします』
放送が終わった。
「ぴょーーーーーーーー!」
高瀬家のリビングに奇声が響き渡った。
「おっさん!?」
「ユズルさん!?」
「どうした、ユズル、狂っちゃったか」
「シリアスな空気をほぐそうと思いまして。発表しちゃったかー。政府も思い切ったなー」
「……君は、いまの情報を知っていたのかね?」
「ええ。俺たちはいま、この状況に対抗する計画を進めてるところです。ベネフィアさんも、これに協力してくれるひとたちのひとりですよ。衝突も巨大災害も無しでいけるはずです。大丈夫!」
「……そっか、京治くんの彼女さんが」
「あの子が作ってくれた縁が役に立つのね、ありがたいことだわ」
「ですから安心してください。ちょっとネタバレすると、異世界の空を見られる特典付きですよ」
「おっさん……」
「大丈夫。まかせろ」
不安な顔をする子供に笑いかけてやる。
ヘルメットで見えてないぞ。
ユズルはヘルメットを脱いで、改めて笑いかけた。
グッと親指を立てて見せる。
「はは……眉間の傷、かっこいいな! おっさん!」
「だろ? さて、世界中パニックは避けられないだろうな。自衛隊や警察を待機させてるんだろうけど」
「治安維持する側も冷静でいられるかどうか。誰一人安全な所にはいないわけだしな。で、なにかするつもりなのか? ユズルさんや」
「できることは、やる。何ができるかだが」
「必殺技でなにかできんじゃね?」
〈悪いっすけど、自分、パニックを鎮める機能は無いっすね〉
「だめかー」
「そういえばしゃべれたっけな、必殺技」
〈でも、そういう機能を支援することはできるっすよ〉
「なるほど……」
「やることが決まったか?」
「俺の家を大切なものポイントとして消費したいんだが」
「オレの家だがまあ構わんぞ。財布を通じて強引に神域の窓口機能を呼び出してやろう。ほい」
「ぴー! ぴー!」
「がんばって、財布」
「今の俺のレベルも全部消費する。弱くなっちゃうけど」
「世話は任せろ。所有者の責任だ。オレの勘も言ってるぜ。やっちまえ!」
ユズルは鎮静ヘルメットを空に向けて掲げた。
そこにクグがそっと手を添える。
「私のレベルも全部使ってください」
「ありがと」
そっけない感謝の言葉も呪いのせいだからしかたない。
「お前ら落ち着け! インフェルノ エ パラディーゾ カルマーティ!!!」
〈支援するっす!〉
二人合わせて517のレベルが1ずつ残して鎮静ヘルメットに吸い込まれていく。
クグとユズルは共にレベル1になった。
ユズルの家が光って消える。
変換されたポイントがヘルメットに注ぎ込まれる。
まばゆい光に包まれたヘルメットがまっすぐ天へと登っていく。
『鎮静強度のリミッターが解除されました。使い過ぎにご注意ください』
そして弾けた。
世界中を包み込むように散らばっていく。
地球という存在の中にあって、パニックになっているのは人間だけだ。
鳥も獣も魚も、木も花も水も岩も、何も知らない愚直さでただひたむきに己の居場所に存在している。
そんなちっぽけな人間たちの上に、鎮静の光が降り注いだ。
絶望して死のうとしていた者の上に鎮静の光が落ちる。
「はっ! 何も今死ななくてもいいな。明日できることを今日やっちゃいけない。買い置きのラーメン全部食わないともったいないしな」
ブラック職場のクソ上司を殴ろうとしていた者に鎮静の光が落ちる。
「はっ! 冷静になったぞ! よし、殴ろう! くらえこのクソ上司! 正気になったらこんな会社やってられるか! あばよ!」
大量に録画したアニメを全部消去しようとしていた者に鎮静の光が落ちる。
「はっ! 危ない危ない。どうせなら全部見よう。撮っておくばっかで見る暇なかったからなー。3ヶ月で足りるかな?」
幼馴染に告白しようとしていた者に鎮静の光が落ちる。
「よけいなことすんな! 冷静に告白なんかできるか! ヤケクソにならなきゃ告白もできないヘタレなんだよー! 返すぞこんなもの!」
光がひとつ返ってきた。
「無用だ。己の正気は己で保つ! 返すぞ!」
またひとつ、光が返ってきた。
「落ち着いた。もう大丈夫。大丈夫だから。返すよ」
またひとつ。
「アニメさえあれば何もいらんな。返そっと」
またひとつ。
「体が軽い! 心が軽い! もう会社に行かないぞ! おれは自由だ! 元から自由だ! ありがとうよ! 利子つけて返すぜ!」
またひとつ。
「ラーメンうまい。返すね」
またひとつ。
ある姉妹の上に鎮静の光が落ちる。
「お姉ちゃん!」
「これは……あの人が、高橋譲敬徳さんが送ってきた光だね、わかるよ。また、助けてくれるんだね。でも私は大丈夫。妹も状況理解してないから大丈夫。返します。いつかちゃんとお礼させてね!」
「返すよ」
「返すぞ」
「返すぜ」
「返すで」
「返すね」
「返すわ」
「返す時は」
『100倍返しだ!!!!!』
世界中に降った光の多くが返ってきた。
パニックのエネルギーを吸い取り、その場の勢いも加わって100倍になって。
戻ってきた光が純粋な力となってクグとユズルの上に滝のように降り注ぐ。
「うわあああああああああ!」
「きゃあああああああああ!」
二人のレベルが上がって行く。
地球にレベルアップシステムは無いはずだって?
システムだって空気くらい読むだろ!
きっとそういう、奇跡が起こる瞬間だったのさ!
『現在のレベルキャップに達しました。レベルアップを停止します』
誰がいってるんだか分からないアナウンスが流れる。
ユズルとクグは、共にレベル10000になった。
おそろいだね!
クラスチェンジ
【高橋譲敬徳】→【スーパー高橋譲敬徳】
ユズルがスーパーユズルになったぞ!
やったね。
クラスチェンジ
【クグ】→【ベテルギウス・クグ】
こっちのほうがかっこいいな!
ユズルの実家の跡地にも戻ってきた光が降り注ぎ、建物が新築同然になって再建された。
建て付けの悪かった窓も、浴室のカビも、閉めても水がポタポタたれていた台所の蛇口も、なんということでしょう、すっかりきれいになりました。
『まだ返却された力が余っています。近くの人にボーナスとして配給します』
また誰だかわからないアナウンスが流れ、高瀬家の人たちに光が吸い込まれていく。
「おお?」
「あれ? なんともないな」
「これでもうレベル上がってるのかな?」
「そんな感じもしないけど」
「これ経験値ボール飲まされた時と同じ感じだなー」
こちらはレベルアップには至らなかったようだ。
「神域に行ったことがある者じゃないと地球ではレベルアップできないみたいだな。経験値として体に蓄積されてるはずだから異世界とかに行ったときにレベルアップすると思うぞ」
おそろいでレベル10000になったユズルとクグが、並んで呆然と突っ立っている。
チラリと目が合い、そのまま顔を見合わせた。
「ユズルさん……すごいです! スーパーユズルさん! 結婚してください!」
「あびゃ……」
ちょっと甘い空気になって見つめ合う。
ボッ
ユズルが発火した。
「熱ちちちちちちちちちち」
「あー、とうとう呪いが発火まで進行したか。毒も出てるな。いい雰囲気だったのに、残念だったな、ベテルギウス・クグ」
「負けません! いっしょに呪いを解きましょう! いっしょに呪いに勝ちましょう! 呪いを解いて、結婚だ!」
なんとか消火して解毒した。
レベル1万もあって良かったね。
「へー、おっさん、15歳以上の女に好かれると呪いが出るんだ。ふーん。……じゃあオレなら大丈夫だな!」
菜月がユズルに抱きついてきた。
「うおっと!?」
「暴走トラックをやっつけたとき、カッコよかったぜ、スーパーおっさん!」
「あー! ずるいです!」
「動揺しないな。そりゃそうか。してたらロリコンだ」
「なつきさんずるいです! 私も抱きつきたいです! ユズルさん! 結婚!」
「あびゃびゃ」
「呪いが出るからダメー。残念だったな、元気なねーちゃん」
「私だって抱きしめられたことならあります! いつかまた! きっと! 必ず!」
「ハーレムらしくなってきたじゃないか。オレの勘が言っているぞ。これでいいのだ。これでいいのだ」
「勘弁してください……」
「では行きますね。ずいぶんお騒がせしました」
「またな! おっさん! 15歳になったら呪いを発動させてやるからな! 待ってろよ!」
「ベネフィアさんによろしくな」
「京治の荷物をお願いしますね」
「あいつの写真をありがとう」
「地球を救ってね」
「パズトゥス ユズル アンド クグ、アンインストール」
光に包まれて消えるユズルたちを高瀬家の面々が見送る。
「……ノートパソコンもらっちゃったし、嫁にくらい出してやらないとかなあ」
「70万円以上するぞ、あれ……」
「為人は良さそうだが、ライバルが多そうなのがな……」
「そこはなっちゃんががんばらないとね」
「叔父さんの写真うちのNASに入れとくかんなー」
菜月がパソコンを持って自分の部屋に駆け上がっていく。
「まあ、先の話だな。今は差し迫った問題もあるし」
「落ち着かせてもらったとは言っても混乱はあるでしょうね」
「京治が結んでくれた縁だ。うまくいくさ」
「そうね。まずは、ご飯にしましょ」
「きゃー! シャドウを持ち上げてみたら黒潰れしてたところのディテールが浮かび上がった! 京治くんのアレがくっきりと! きゃーきゃーきゃー! うへへへへ京治くん!」
ベネフィアが過剰にハイスペックなパソコンで二人で撮ったエロい画像を編集している。
「RAWで撮っておいてよかった!」
「ごめんくださーい」
「おおっと人が来たー! いいいいいらっしゃいませ、ノートはすぐ閉じられていいですね!」
「画像入りパソコンは届けましたよ。これは京治さんの家族からのお届けものです。アルバムとか作文とか着てた服とかだそうで」
「きゃーーーーーー! うれしーーーーーー!」
「やっぱり狂喜乱舞」
「そんじゃさよならです」
「ウヒョー! 赤ちゃんのころの京治くん! ランドセル京治くん! 学ラン京治くん! 京治くんの黒歴史作文! 京治くんの服クンカクンカ! 京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん京治くん」
「行こう早く行こう」
「えーと、お使いは終わりかな?」
「終わりだろ。次は?」
「まず勇者さんのところに戻るかな」
「ユズルさんといろんなところに行けて楽しかったです!」
「しょうぇあろろっら」
「ヘルメットのおかわりもらえないかな……あんまり近づくなクグ。呪いがきつそうだ」
「はい! 遠くから結婚をねらってます!」
とりあえずひと段落。
次は何があるのかな。
ま、なんとかなるよね。
なにがあってもね。




