第12話 リチウムイオン リチウムイオン
「うにゃうにゃインストール、っと」
「着いた着いた。運転お疲れさま、パズトゥス」
「運転?」
「何かそういうイメージだから。オーバーハイウェイを走って来たわけだし」
「オーバーサービスエリアで食べたオーバーカレーライス美味しかったですね!」
「オーバーソフトクリームもうまかった。途中で見かけたオーバー道の駅も寄ってみたかったな」
「いつかヒマができたら行ってみよう」
「さて、これから会いに行くのはどんなやつだ? 召喚勇者か転移者か転生者か」
「次に会う相手は地球人じゃないんだよ。地球人を恋人にしてた人だってさ」
「そういうパターンか」
「その地球人さんはどうなったんですか?」
「もう亡くなってるみたいだ。寿命で」
「そうなんですか……」
「迷い込み転移だったらしいから、死んだあとに魂は残らなかっただろうな。この世界で200年くらい生きたそうだけど」
クグがおずおずとユズルの袖をつかんだ。
別離を思って切ない気持ちになったようだ。
攻めてる攻めてる。
その手にユズルは、鎮静されてもなおプルプル震える自分の手を重ねようとする。
そこでヘルメットから警告が出た。
『それ以上やると呪いの症状が現れる場合がありますぜ』
それでも一瞬手を重ねて、パッと離した。
今はこれが精一杯。
それだけでもクグの心は温められた。
微笑んで袖をつかんだ手を離す。
やれやれ。もしラブコメが発生すると死んでしまう生き物がいたとしたら、大虐殺だね。
「いますよ。ラブコメで死ぬ生き物。禁ラブコメ地区で保護されてます。ラブコメが侵入しないように厳重に管理されてますから、好きなだけラブコメして大丈夫です」
解説娘ちゃんが本当に、ほんっとうにいらん情報を伝えてきた。
「先に言い出したのはそっちでしょ! 必要かどうかで解説の価値は決まりませんよ!」
高次精霊ベネフィア。
それが、ユズルたちが会いに来た相手だ。
「ようこそ客人。そちらのユズルとやらは私の恋人の京治くんの故郷から来たそうですね。ああ、京治くん、すきすきちゅっちゅっちゅ。毎日毎秒思い出してはハァハァしています。京治くん京治くん京治くん、死ぬまで私のもの、死んでからも私のもの、私の全ては京治くんのもの、永遠に京司くんのもの、現在過去未来の全てにおいて私たちはひとつ。しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき」
ひょえっ
「それで何の用ですか。私は京治くんの思い出で忙しいのですが」
「えーと、その恋人さんの故郷の星が転生トラックに滅ぼされそうなので、なんとか守ろうとしているんですが」
「助力を得たいというわけですね。いいでしょう。協力しましょう。もったいぶる気はありません。ですがこちらからも要求があります」
「何をすれば?」
「これを見てください」
そう言って高次精霊ベネフィアが出してきたのは、ゴツく角ばった形の黒いデジタルカメラだった。
「解説の出番ですね! ずいぶん古い型ですけど、コンデジとしてはハイエンドの地位にあった機種ですね。この機種のエピソードとして、防水ケースに入った状態でですが、日本の海で落としてしまって、3年間海を漂流したあと台湾に流れ着いたものがちゃんと動いたという逸話があります。菩薩社のハイエンドコンデジ最後のCCD機ですね」
いらん情報も混じってるけどちゃんとした解説だね。
「京治くんがこの世界に迷い込み転移してきた時に持っていたものです。これで二人でたくさんたくさん写真を撮って、二人で顔を寄せ合って(きゃー)モニターで見ていたのですけど、電池がヘタって充電できなくなってしまって」
「充電する手段はあったんですね」
「なんとかしたのです。でも電池の劣化はどうしようもなくて」
「つまり新しい充電池を手に入れてこいと。10年前の機種か……互換電池なら手に入るかな」
「純正で! 純正で頼みます。『互換電池は爆発する』と京治くんが怖がっていました。京治くんが怖がるものはいらない」
「純正か……一個二個なら買えるかな」
「100個頼みます」
「無理っす」
「なんとかしなさい。京治くんのアレな画像久しぶりに見たい!」
「んなこと言われても」
「一個あれば神域で増やせるかもしれんぞ」
パズトゥスが口をはさんだ。
「へえ、神域にそんな機能が?」
「ああ、便利すぎて使い過ぎに注意だが、神域は多機能高機能だ。いけるはずだ」
「じゃあそれをやってみよう。まずはNB-7Lを買ってこないと」
「だが増やすためには『ポイント』が必要だ。ベネフィア、価値あるものはあるか? おまえの『大切なもの』だ。その大切なものポイントをバッテリーの個数に変換する」
「価値あるもの、大切なものですか。ではこれを。京治くんが拾ってきた『面白い形の石』」
「価値あるのかそれ」
「のレプリカです」
「価値あるのかそれ」
「本物など渡せるはずがないでしょう。レプリカだって大事なのですよ。『三種の神器はレプリカにも力があるそうだよ』って京治くんも言ってました!」
「じゃあこれの価値評価をしてみるか。クグ、ちょっと財布を貸してくれ」
「ぴー!?」
「どうするんですか? いじめちゃだめですよ!」
「いじめないって。財布を神域オンラインサービスに接続して『面白い形の石』の価値ポイントを査定するんだ」
「そんなことができるんですか? あぶなくないですよね」
「危なくないぞ。、財布はお金、価値を預かる存在だからな。こんな機能もある」
「って設定かあ」
「って設定だあ」
「……日本円で1445万円。面白い形の石、のレプリカ、が、1445万円か……」
査定が終わった。
「『京治くんが拾ってきた』が抜けていますよ。それにしてもこの査定は正しいのですか? 日本円の価値がわかりませんが、低いような気がします」
「低くねーよ。レプリカでこれって。とにかくポイントは足りるどころじゃなく足りるな」
「では充電池の入手を頼みますが、もう一つお願いがあります」
「何でしょうか」
「地球に、京治くん(ちゅっちゅ!)の家族がいるはずです。そのひとたちに、今まで撮った写真を届けてもらいたいのです。ときどき故郷のことを気にしていましたから。(そんな横顔もすてき)」
16GBのメモリーカードが10枚あった。
何でこんなに持ち歩いてたんだ京治くん。
「これを京治さんの家族のところに持っていけばいいですか?」
「持ち出していいはずがないでしょう! 複製できるのでしょう。持っていくのはコピーのほうです」
「はあ、じゃあ適当なノートパソコン買ってきて、それにコピーしてパソコンごと持っていったほうが早いですね。持ち出せないならコピー作業はここでやらないといけないし」
「方法は任せます。費用は足りますか? 京治くんが拾ってきた面白い形の石のレプリカをあと10個くらい持っていきますか?」
「いえ十分です」
1445万円ぶんもあればね。
「では頼みますね。ああ、京治くん京治くん、若い京治くん中年の京治くん老けた京治くん亡くなる前の京治くん、ぜんぶ私のです私の京治くんしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき」
「い、いこうか、早く行こうか」
「ああ、まず神域で面白い形の石のレプリカを換金して、日本でバッテリーとノートパソコン買って、また神域でバッテリーを増殖させて、ここに戻ってくると」
「そんな流れだね」
「では神域に行きましょう! どんなところか楽しみです!」
「そんな面白いところでもないが」
「ぴー! ぴー!」
オーバースペースをオーバーハイウェイが螺旋を描いて上方へと登っていく。どこまでも高く。
それが終わるところ。
上位空間そのものの終端。
【ここより先 神格の無い者 許可証の無い者は進めません】
そんな看板のかかった門を抜けると、そこは神域だった。
「許可証とかないけど」
「オレが同行してれば大丈夫」
「白いだけで何もありませんね」
「ぴー」
「ルビウスに見つかる前に急ぐぞ。あの窓口だ」
【885番窓口 大切なものポイント引き換え課】
と表示があるカウンターに人がいる。いや神かな。
「はい、らっしゃい。大切なものポイント変換ね。モノはなに? これ? 面白い形の石のレプリカね。日本円に変換、と。14,459,028円になるね。どうぞ」
面白い形の石が札束と小銭になった。
「これってちゃんとした日本銀行券なの?」
「そうだぞ。神域がなんやかんややってくれたんだぞ」
「第03話でパズトゥス、自分で大切なものポイントを変換してなかったか」
「設定なんてものはその場その場で変わるんだよ。長居は無用だ。行くぞ」
オーバースペースに戻った。
入れ違いに、速度表示灯をつけたトラックが入っていく。
「まだ転生トラックは活動中か……」
「今は気にしてもしかたないさ。ほれ、次は日本だ」
「ユズルさんの国! 楽しみです! 結婚!」
ここは日本の、ユズルの家。
今の所有者はパズトゥス。
もっともルビウスの徳政令で登記簿はユズルの名義に戻っている。
今は二人の合意だけでパズトゥスが所有者になっている。
「ここがユズルさんが暮らしていたお家……ふわああ」
クグがそわそわと視線を巡らせている。
「バッテリーはネットショップじゃないと見つからないだろうな。ノーパソもネットで買っちゃうか」
家にあるパソコンを開いてブラウザを立ち上げる。
「お値段ドットコムに……バッテリーあった。即納とあるな。これにしよう。代引きでいいや」
注文を確定する。
「次はノートパソコン。やっぱこれだね!」
「待て、そんなハイスペック要らないだろ」
「金はあるんだ。限界まで盛るしかないだろ! せっかくSDカードスロットが復活したんだ!」
「16インチとかでかすぎるわ! メモリを盛るな! 8テラのSSDとか何に使うんだ、ああ! US配列キーボードに変えるんじゃない! 他人が使うものだぞ! うわ、注文確定しやがった」
「もう一台同じの買ってベネフィアさんにお土産にしよう。撮り溜めた画像を見るにも大画面の方がいいよね」
同じスペック色違いでもう一台注文した。
「やりたい放題だな」
「予算をまだ一割しか使ってないぞ! この値段だと代引きが使えないから銀行で振り込んでくるね」
ユズルは金を持って家を出ていった。
「あいつ、フルフェイスヘルメット被ったまま銀行に入らないだろうな」
「ここが台所ですね! ご飯を作ります! ユズルさんに食べてもらいます!」
「ドジっ娘がつくれるのか?」
「おばあちゃんが体が弱ってたから家事は得意です!」
「そういやそんなこと言ってたな」
「パズトゥスさん、いつも応援ありがとうございます! 私がんばってユズルさんと結婚しますね!」
「おう、しろしろ。ただしユズルはハーレム作るからな。そこは承知しとけ」
「困ります!」
「避けられない運命だとオレの勘が言っている。まあ先の話だ。今はユズルを落とすことに専念しな。順調みたいだし」
「はい! がんばります!」
ユズルが帰ってきた。
「いやー、危うくヘルメット被ったまま銀行に入るところだったよ」
やっぱりね。
「パイを焼きました! 食べてください!」
「え、ありがとう。ありものの材料でよく作れたね」
「がんばりました!」
三人でパイを食べる。
空っぽ鎧のパズトゥスも、どこか分からないところにパイが入っていく。
「クグさん家でパズトゥスが作ったのと同じだね」
「あれは壁に貼ってあったレシピを再現してみた」
「私の家に伝わるレシピです!」
食べ終わった。
「おいしかった。いいお嫁さんになれそ……」
今時はうっかり言うとセクハラ扱いされる言葉がうっかり口から出てきた。
「なっ、なります! いいおよっ、めさんに、なります!」
クグの必死のアピール。
ユズルはヘルムがプシュプシュプシュ。
「そういえば買ったものが届くのは早くて明日だから今晩は泊まりだな」
「ふわわわわわわ」
プシュプシュプシュプシュプシュプシュ!
「エロいことしてもいいからな」
「しぇんわい!」
特にエロいことも無く夜が明ける。
ヘルメット被ったままエロいことはちょっとね。
脱ぐと呪いが出ちゃうしね。
午後には注文した荷物が全部届いた。早いな。
「よし、バッテリーは新品未開封だな。大丈夫そうだ」
「ではまた神域にGOだ」
「こんな気軽に世界を行き来していいのかね」
「いまさら何を」
「めったにできない体験です!」
そしてまた神域である。
【2772番窓口 バッテリー増殖課】
「はいはい、このバッテリーね。何個にするの? 100個? 日本円から変換? じゃあ35万円ね。ちょっと待ってね」
「急いでくれよ」
「見張りは任せてください! 赤いのが見えたら知らせればいいんですね!」
「頼むね」
「来ました! 赤いのです! こっちを怪しむように見てます! あっ! 走って来ました!」
「転生! 転生えええええええ!」
ルビウスが襲ってきた。
「はい、できたよ」
「よし! 逃げろ!」
三人が逃げる。
赤いのが追ってくる。
「逃げる時には、三枚のお札を投げるのさ!」
パズトゥスがそう言ってお札を投げた。
神域に来る途中で捕まえてお札に変えておいた転生トラックが出てくる。
「あっ、魂を異世界に案内してあげないと!」
ルビウスがそっちに気を取られた。
「よし、効いてるな。残りも投げとこう」
あとの2枚も投げて逃げ去る。
「はいはいチートを注入して異世界に生まれ変わらせてあげますからねー、順番順番」
もうルビウスは追ってこない。
逃げ切れたようだ。
「ベネフィアさん、バッテリー100個、確かに納品です。それとおみやげにベネフィアさん用のノートパソコンも買ってきたのでこれに画像を読み込めば大きな画面で見られますよ」
「あら、気が利きますね。では京治くんの家族に渡す方の読み込み作業も頼みます。それを見てやりかたを覚えますので。私の分は後で自分でやります。そうそう、予算の余りは差し上げますから受け取りなさい」
「やったー」
パソコンをセットアップして読み込み作業を始める。
160GB分のデータだ。
パソコンは最新だがメモリーカードの方が10年前のクラス4で読み込みに時間がかかる。
黙々と作業するユズルの前に、クグがしゃがんでじっと見つめる。
クグの服装は冒険者らしい露出の少ないものだが、服の上からでも体の形はよく分かる。出っ張っているし、くびれている。
ぷしゅぷしゅ。
写真の中の優しそうな男性、これが京治くんだろう。いっしょに写るベネフィア。
ちょっとキワどい画像もある。
これ地球の家族に見せて大丈夫かな?
「R18はカード分けてありますから大丈夫ですよ」
32GBのカードが10枚入ったケースを見せてくる。
そっちの方が多いんかい。
「これは自分で一人で読み込みますからね、でへへへ京治くん京治くん」
読み込み作業が終わった。
「はい、それではそのパソコンを京治くんの家族の元に届けていただければ、私からの依頼は完了ですね。ご苦労様です。地球召喚作戦への参加、了承しました」
「ありがとうございます。……あの、ひとつ聞きたいのですが」
「何でしょう」
「魂を持たないものについて、どう思いますか?」
「京治くんのことですね。素晴らしいものです。始まりと終わりがあるものは、そのすべてを手に入れることができます。京治くんはもう私のものです。私だけのものです。もうどこにもいないのです。私の中以外には、どこにも」
「そんな感じですか。では行きますね。このパソコンは京治さんの家族に届けておきます」
全年齢画像が入ってる方のノートを持つ。間違えたら大変だ。
「届け終えたら直帰でいいですよ。こちらに報告とかは要りません」
「わかりました。では」
「じゃあな」
「お邪魔しました」
「ぴー!」
1300万円ほどのお釣りを背中に入れてもらった財布がご機嫌で鳴いている。
「なんだか今回、えらく疲れたな」
「あちこち行きすぎたな。これからまた日本行きだ」
「肩を揉みますよ! ユズルさん!」
呪い大丈夫かな?
「じゃ行くか。途中でオーバー道の駅に寄ろうぜ」
「いいね、寄ろう寄ろう」
「オーバー玉こんにゃく食べたいです!」
「ぴー!」
忙しいこったね。
ではまた次回。




