第01話 はじまり はじまり
「暴走トラックだーっ! 暴走トラックが現れたぞーっ! 一行目にて、タイトル回収ぅー!」
通勤通学者の行き交う朝の町に叫び声が響く。
物語の開幕を告げると同時に、このお話がどんなノリで進むのかをさりげなくお知らせするおまけ付きで。
こういうノリが好きな人は、読んでください。
こういうノリが嫌いな人も、読んでください。
嫌なら読むな、なんて言わないぞ。
嫌でも読んで!
つまんなくても読んで!
そんなワガママはともかくとして、冒頭の叫びを耳にした人たちがあわてて路上から避難していく。
そこに、横道から暴走して出てきた大型トラックが無人になった路上を猛然と走り抜けていった。
プァン! と、誰も轢き殺せなかったことを悔しがるかのように、クラクションが鳴らされる。
「また出ましたか。最近多いですねえ」
「あの……私、読み始めたばかりでよく分からないんですけど、最近多いんですか? ああいう暴走トラックって」
「おや、新規の読者さんですか。ここまで読んでるってことは、こういうメタフィクションなノリは大丈夫なんですね?」
「大丈夫じゃないですけど、それでも読めっていうから……」
「それはご苦労様です。つまんなかったら遠慮なく叩くといいですよ!」
す、少しは遠慮して!
「んな事はいいから質問に答えんかい」
「あ、そうですね。最近よく出ますね、暴走トラック。けっこう昔から出現する事はあったようですが、ここ数年増えてきましたね。殺人トラックとか暴走トラックとか転生トラックとか呼ばれてます」
「転生トラック?」
「あれに轢き殺されると異世界に転生する、なんて噂があるんですよ。まあ事実なんですけど」
「事実なんですか!?」
「はい。しちゃいますね、異世界転生。まだ世間では事実だと知られてないって設定ですけど」
「なぜそんなことを知ってるんですか?」
「それは私が解説キャラの解説娘ちゃんだからです! この先もウザいほど登場するから覚悟してね!」
「わー、ウザそう」
「とりま暴走トラックについて解説しますと、当然ながら普通のトラックではありません。運転席に誰も乗っていませんし、人を轢き殺したあとは光って消えてしまいますし」
「良かった、罪に問われるドライバーさんはいないんだね」
「人が死んでるので良くもないですけどね。実在のトラックメーカーさんに配慮してデザインやエンブレムは既存のどの車種にも似ないようになってます」
「良かった、嫌な思いをするメーカーさんもいないんだね」
「車格は11トン以上の大型トラックになります。なぜかひと昔前のトラックについてた速度表示灯が付いてますね。あと、ナンバープレートの登録地名が【異世界】なってるのが特徴です」
「それは偽造ナンバー扱いになるんじゃないですか。道交法違反で捕まらないのかな」
「ナンバープレートの根拠法は道路交通法ではなくて道路運送車両法ですけどね。捕まる前に消えてしまうので警察も手こずってます」
「なるほど。……あ! 誰かが路上に出ちゃいましたよ! ……転んだ! トラックに轢かれそう」
「あれは物語のヒロインですね。ヒロインの愚かムーブというやつです。主人公に活躍の場を作るために捕まったり攫われたりピンチに陥ったりするアレです。
うまく処理しないと顰蹙を買いますよ!」
「ってことは、助けようとして走ってるあれが主人公ですか?」
「そうです」
「ストーリーが始まってるんですね、いちおう続きを読んでみるかな」
「それではお楽しみください。この小説はフィクションです。実在または非実在の人物、団体、出来事、社会、国家、法律、歴史、地理、常識、芸術、工学、文学、音楽、絵画、動画、立体物、自然環境、生物、物質、宇宙、物理法則、数学、論理学、固有名詞、シリアスな展開、真面目な展開、正しい文体、作品内の整合性、その他全てとは一切関係ありません。ないんだ!」
♢ ♢ ♢
時間を少しさかのぼる。
会社へ、あるいは学校へと向かう人々が行き交う朝の町を、一人の男がとぼとぼと歩いていた。
主人公である。
名は譲。姓を高橋。字は敬徳という。
とぼとぼ、という擬態語の通り、元気がない。
十年以上真面目に勤めていた地元のスーパーマーケットが突然倒産し、今は無職の身である。
しばらく暮らせるだけの貯金はあるが、社会との縁を失ったユズルの目には、町を行く人々の群れは眩しく映った。
「……いつもの習慣で出勤時間に外に出ちゃったけど、なんだか身の置き所がないな……」
いたたまれずに、人通りのない横道に入ってホッと息を吐く。
「帰るか」
「もし、そこの無職の人」
自宅へ向かおうとしたユズルを呼び止める声がした。
「なんだと無職で悪いか悪いけどさ」
振り返るとそこに、不気味な老婆がいた。
派手な花柄の服に紫色に染めた髪の毛、目は穴が空いたように真っ黒で、歯の無い口もどこまでも深く暗い。
「これより先、そなたには数奇な運命がふりかかるじゃろう」
しわがれた声で老婆が語る。
「だが、無職のそなたには怖いものは無い」
「あるわい。余計なお世話だ」
「これをやろう。きっと役に立つじゃろう」
「メガホン……?」
不気味な老婆さんがユズルに手渡してきたのは、工事現場とか運動会とかデモ行進なんかで使う、人の声を増幅させる拡声器だった。30ワットの高出力機だ。
「どう役に立つんだこれ」
「役に立つじゃろう、じゃろう、ろう、ろう……」
老婆の言葉がエコーをかけつつフェードアウトしていく。
「もーおばあちゃんたらまたボケちゃって。どうもすみませんねー」
そこに疲れた顔をした主婦がやってきて老婆を連れて去っていった。
ユズルがひとり取り残される。
「これをどうしろと」
そのとき。
それが現れた。
最初は振動。
(空気が…………震えている?)
内心の独白で溜めを作るって不自然だね!
次に光。
(空中に…………光の点が……!)
内心の独白で溜めを(略)
路地裏の空中に現れた光の点が、瞬く間に大きく広がって巨大な直方体を形作る。
「うわ!」
『転生トラック! インストォォオールッ!』
響き渡る宣言と共に、光の直方体が砕け散る。
その中から現れたのは。
車両総重量25トン
ルーフに三つ並んだ速度表示灯
無人の運転席
実在メーカーに配慮したデザインのエンブレム
ナンバープレートには緑地に白字で
【異世界109 け 42-49】
それはこの物語のメインテーマ。
(ってほど大層なもんでもないけど)
暴走トラックだ!!!
「これが…………暴走トラック! 初めて見た。こんなふうに出てくるのか。しゃべるとは知らなかったな……」
口に出すセリフなら溜めがあっても不自然じゃないね! わざとらしいけど。
「ほっとけ。しかし転生トラックと名乗るってことは、轢き殺されると本当に転生させられるのか? おっと、ヤバいな。退避しておかないと」
ユズルは近くの民家の庭に避難した。
大型車侵入禁止の狭い道幅いっぱいに陣取ったトラックの巨体が、エンジンを唸らせてゆっくりと動き始める。
向かう先は、さっきユズルも歩いていた大通りの方だ。
殺戮の雄叫びのように、クラクションが鳴らされる。
「まずいな、あっちは通行人がいっぱいいる」
危険を知らせてやらなければ。
だが走っても間に合わない。
叫んでも聞こえない。
「なるほど、さっそく役に立つな」
ユズルは不気味な老婆に手渡された出力30ワットの業務用メガホンのスイッチを入れた。
音量を最大にして、取手付きのスピーカーを高く掲げ、外付けハンドマイクに口を当てると、叫んだ。
「暴走トラックだーっ! 暴走トラックが現れたぞーっ! 一行目にてタイトル回収ぅー!」
もう一行目じゃないけどな!
『コレデ……我ガ役目ハ終ワッタ……サラバ……ダ……』
そう言い残して、メガホンのスイッチがフッと消え、沈黙した。
「メガホンがしゃべった! ……お疲れ様」
ちょっとメガホンの扱いに困る。
持って歩くには邪魔だが、このまま捨てていくのはなんだか忍びない。
「そういう時は供養するといいですよ! 無職の人!」
また誰かが無職呼ばわりしてきた。
今度は眼鏡をかけた少女だ。
「私は解説娘ちゃん! 使用済みアイテムの扱い方を解説しに来ました!」
「このメガホンのこと? どうすれば?」
「はい、使用済みアイテムは祠に安置して供養する習わしになってます。ちょうどそこにあるのでどうぞ」
木でできた小さな祠がある。
ユズルは扉を開けてメガホンを中に入れた。
「はいナムナムして」
「南無南無」
「これでいいです。それではまた解説しに来ますね! 私は解説娘ちゃん! ウザいくらい出てきますよ! でも安心してください、眼鏡は決して外しません!」
「何の安心かな」
「どうなったかな?」
横道から用心して顔を出し、大通りをのぞきこむ。
警告が間に合ったらしく、死傷者は見当たらない。
誰もいない路上に暴走トラックが陣取っていて、不満げにクラクションを鳴らしていた。
安全な場所に避難した人たちが不安そうに見守っている。
「こういう場合はどうなるんだ? 誰かを轢くまでは消えないんかな」
「お姉ちゃん!」
「あっ! 道路に出ちゃダメ!」
幼女が一人、車道に出てきた。
横断歩道から退避する際に、姉と道路の反対側に別れてしまったらしい。
幼女は姉のそばまで行こうとしてトテトテと走る。
暴走トラックからはだいぶ離れた位置ではあったが。
『プォオオォオオオォン!!!!!』
暴走トラックがクラクションの轟音を幼女に浴びせかけた。
その暴力的な音圧に、幼女の足がすくみ、立ち止まる。
暴走トラックが猛然と走り始めた。
立ちすくむ幼女めがけて。
「妹!」
道路の反対側から高校生くらいの少女が駆け寄る。
幼女の姉のようだ。
少女が妹の元にたどり着いた時には、暴走トラックはすぐそこまで迫っていた。
必死で妹を抱き上げ、スレスレでトラックの突進を躱す。
なんとか避けることができたが、すぐそばを走り抜けた暴走トラックの風圧に押され、転んだ。
「お姉ちゃん!」
姉が立てない。足を挫いたようだ。
「妹! 逃げて!」
だが幼女は泣いて姉から離れない。
少し先の交差点でトラックがゆっくりとUターンする。
何度も鳴らされる凶暴なクラクションの威圧が人々の膝を震わせる。
誰も動けない。
助けられそうな位置に人はいたが。
みな怯えていた。
すぐそばを走り抜けた暴走トラックの圧倒的な力に。
その巨大な質量に。[m]
質量に速度をかけた運動量に。[mv]
質量に速さの2乗をかけて2で割った運動エネルギーに。[(mv^2)/2]
一度それを目の当たりにしてしまえば、勇気は萎える。
しくじれば、死ぬ。
仮に噂の通り異世界に転生するなどということがあるとしても。
残しては行けないものがある。
手放せないものがある。
家族が。
仕事が。
友人が。
だから動けない。
だがここに、そんなしがらみが無い者が一人。
それこそは。
「俺ってわけかよ!」
ユズルが走り出した。
家族? もういない。
仕事? こないだ失業した。
友人? 今は疎遠だ。
恋人? いたことない!
「この身ひとつなら賭けてやらあああ!」
恐怖を振り払うように叫ぶ。
(無職に怖いものはないだと? 怖えよ!)
ユズルは走る。
だが、遠い。
ユズルが走り出した位置からは。
間に合わない。
必死に足を引きずる姉と泣いてひっぱる妹。
その向こうから走り迫る暴走トラック。
あちらが接触する方が早い。
夢で走るように足が空転する錯覚。重い体。さえぎる空気もわずらわしい。
動くこともできなくなった姉妹と目が合った。
縋るような表情。
『助けたいのか? 無職の人』
不意に、ユズルの脳内に直接、何かが語りかけてきた。
「今度は何だ! 解説娘ちゃんか不気味な老婆か新キャラか!」
『新キャラだ』
「どんな!」
『ギリギリの状況で怪しい取り引きを持ちかけてくる系だ。『力が欲しいか?』とか『この書類にサインすると借金帳消しになるよ』とかそういうやつ。それで助けたいのか?』
「助けたい!」
『代償に何を差し出す?』
「なんでも持ってけ!」
『では、お前の大切なものをもらうぞ』
「好きにしろ!」
『まずお前の貯金を全部』
「持ってけ!」
安月給だったとは言え、贅沢もせずたいした趣味もなかった生活で、勤めていた十年余りで貯金は900万円ほどになっていた。
『即答か。いい覚悟だ。では更に、お前のコレクションを全て』
「持ってけ!」
キャラクターフィギュアの収集が、ユズルの数少ない趣味だ。
とあるアニメの、3話あたりで退場してしまうおっぱいの大きい魔法少女(黄色)のフィギュアを30体ほど持っている。
趣味が高じて自作したものもさらに15体くらいあった。
『それから……親の形見のオルゴール』
「持ってけ! ……大事にしてくれよ」
ユズルさんの産まれた朝に買ってきたオルゴールさ。
『そして………………お前の全て!!!』
「最初からそれ言えば?」
『うるせー! だんだん要求を積み上げていくテクニックだよ! それでどうなんだ?』
「持ってけえええええええええええ!」
『よし、契約成立だな。ではあの姉妹を助けてやろう』
「ちょっとその前に」
『何だ早くしろ『こんなことしてる間に姉妹が轢き殺されちゃうんじゃないかな』とか思われちゃうだろトラックも空気を読んで待っててくれてるんだぞ』
見守る群衆の中では新規の読者さんが
「こんなことしてる間に姉妹が轢き殺されちゃうんじゃないかなあ」
とハラハラしていた。
「ついでに他の人も被害に遭わないように暴走トラックをぶっ壊してしまってくれ!」
『む、要求を追加してくるか。まあいいだろう、やってやろう』
「それと姉妹の怪我も治せるなら治してやってくれ!」
『まだあるのか。うん、いいよそれくらい。やってやろう』
「それと焼肉が食いたい!」
『……いいよ、食わせてやろう』
「それと」
『それとじゃねーっつの! 追加はここまで!』
「けち!」
『欲張り!』
「しかたない、これくらいにしてやる」
『態度でかいな……契約締結!』
ユズルの首に、契約の証の首輪がはまった。
「じゃあたのむ!」
『はいよ。姉妹を安全な路地裏にテレポート! 捻挫を治療!』
轢かれる寸前で、姉妹の姿がかき消えた。
怒りのクラクションを鳴らしながら、暴走トラックが姉妹がいた場所を通り過ぎる。
「……ちゃんと助かったのか?」
『ちゃんと助けたぞ。ほれ、現在の映像です』
路地裏で抱き合ってキョロキョロしている姉妹の姿が映し出された。
「よかった」
『あとはトラックをぶっ壊して、焼肉食べさせて、』
「それと」
『それとじゃねーっつの! あ、ヤバい』
「どうした?」
暴走トラックが爆発的に加速した。
ユズルめがけて。
姉妹を助けようとして走っていたユズルは、ひとりだけ路上にいた。
格好の的だった。
嬉しげに、楽しげに、クラクションが響く。
「やべ、助けてもらえるんかな」
『契約の強制力でトラック破壊が優先だ! 破壊!!!』
「イタリア語の技名かっこいいな!」
呑気なことを言うユズルの目前に迫った暴走トラックに、どこからか現れた破壊の力が突き刺さる。
トラックが爆散した。
『契約の強制力で焼肉が優先だ! カルビロースタン塩!』
ユズルの前に焼き肉が出現する。
「それとおおおおーーーー!!!」
焼肉を食べる暇もなく、すぐそばで砕け散ったトラックの破片が、慣性の法則に従って爆走してきたそのままの勢いでユズルの体を飲み込んでいった。
無数の破片の質量が、運動量が、運動エネルギーが、全身を砕いていく。
身体中に衝撃と轟音が響く。
暗転する意識の中、何か黄色い光と赤い光がせめぎ合っているような感覚を覚える。
やがてそんな感覚も分からなくなり、最後に、ユズルの意識がブツリと途絶えた。
こうして転生トラックに殺されてしまった主人公。
転生か!
異世界に転生しちゃうのか!
続く!