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ないあるよ③




「というわけで朱羽さん、2回戦行きましょう」

「いや無理っす」


 訓練場の隅の方で体育座り。バリバリの見学姿勢で俺は答えた。


「無理っす。さーせん」


 エヴィとメイリンさんの模擬戦が終わり、そのあまりの異次元さに俺は心折られたのだった。

 だっておかしいもん、この人たち。何だよ声が攻撃になるって。モンスターかよ。よく考えたらエヴィも人間召喚できる時点で普通じゃないし、そんな超人ズの中に一般市民の俺が入っていけるわけないじゃないか。


「自分、ついていける気がしないっす」


 それが正直な感想だった。


「ど、どうしましょう。朱羽さんが変な感じになっちゃいました。喋り方も後輩っぽいですし......」

「喋り方は関係ないアル」

「......え? どっちですか?」

「喋り方は関係ナイ」


 人がネガティブな時に漫才すんのやめろ。


「とにかく、俺は無理だよ。あんな戦いに混ざったらいつか絶対死ぬ。せめて最初は一般人レベルまでおとしてやってもらわないと......」

「手加減はできないアル」

「え? どっちーー」

「手加減はできナイ」


 指導役としては絶対に失格なことを食い気味に答えるメイリンさんは、シニヨンでまとめられた黒髪を自慢げにたなびかせながら。


「私、古代中国の獣心拳のつかいて。ケモノのココロを解することで、ケモノのワザをくりだす武術。ケモノは手加減しない。ゆえに私は手加減できないアル」


 いやでもあんた人間じゃん。

 まあ、流派の心構えの一つだと言われたら素人の俺には何も言えないんだけど......あれ? やばい。俺すごい大事なことに気がついたかもしれん。


「朱羽さん、朱羽さん」


 と、そこで横からちょんちょんと肩をつつかれる。エヴィだ。なにやら含み笑いでニヤニヤしている。


「私は朱羽さんのこと好きじゃないですアル。好きアルじゃないでもないですアル......あはっ」


 ......多分「どっちだよ?」って聞いて欲しいんだろうなあ、こいつ。話が進まないから無視するけど。

 それより俺はすごいことに気づいてしまったのだ。


「手加減できないならどうやって魔法少女と戦うんですか? いくら魔法が使えるって言っても、流石に日本の学生がさっきのメイリンさんに勝てるとは思えないんだけど」

「私、戦わないヨ」

「......は?」

「私、武闘家としてのプライドある。演技でも負ける、できないネ」


 マジで何でこの人スカウトしたんだよ。この組織大丈夫か? 一般日本人の俺に戦えとか無茶言ってくるし。月末に定例会議があるらしいからその時に色々教えて貰えばいいと思ってたけど、これは自分から動かないとダメだな。


「おいエヴィ、お前さっき人手不足って言ってたけど、それってどの程度なんだ? 実際に魔法少女と戦える人間は何人くらいいるんだ?」

「私と朱羽さんだけです」

「......うそやん」

「嘘じゃないです。私と朱羽さんだけです」


 縋るようにメイリンさんを見上げる。


「わかってはいたけど大変ネ」


 どうかエヴィの妄言だと言ってくれ。それかさっきのは冗談でやっぱり私も戦うよとか。

 俺の視線を受けたメイリンさんはゆっくりと頷くと、胸の前で拳を握った。


「ガンバレガンバレ♡」


 ......不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。こんなあからさまにあざとい動作も似合ってしまうんだから、顔がいいって卑怯だ。


 さっきの化け物みたいな戦いですっかりそういう目で見れなくなってたけど、やっぱりこの人すごい美人なんだよなあ。小顔で鼻が高くて、まるでコンピューターで作ったかのような顔なのに、少しつり目がちな大きな瞳が気の強そうな人間性を表しているようで可愛い。胸は大きな方ではないかもしれないけど、すらっとしたモデル体型で、普通に歩いていたら痴女レベルのエグいスリットも彼女が着ると舞台衣装になるんだからファッションってわからない。大人っぽくてセクシーだし............もしかして、芦屋さんの愛人だったりするんだろうか。


「朱羽さん、朱羽さん」

「ーーっ!? なに?」


 やばい。変なこと考えてボケッとしてた。メイリンさんに見惚れてたとか誤解されたらすっごい恥ずかしいんですけど......いや、言い訳の余地なく見惚れてたけど!


「いいですか、朱羽さん。この組織の戦闘員は私とあなたの二人だけ。朱羽さんは雑魚で私より弱いので、同僚でも立場は私の方が上ですね? そんな偉い私の愛情表現も兼ねたギャグをあなたはさっき無視したんです」

「お、おう。あの好きですじゃないアルみたいなやつな。覚えてるぞ、うん。覚えてる」


 そういやこいつも顔はすげーいいんだよな。こいつに関しては胸もでかくてスタイルもいいし......もしかしてこの組織、芦屋さんの愛人集団だったりする? 

 だってメイリンさんとか戦闘は強いけど明らかに組織の目的と噛み合ってないし、エヴィも演技とか向いてなさそうだし......え、マジで!?


「つまりお前はクビ! 罪状は私を傷つけたこと!」

「いや、さすがにないか」


 痛いくらいに人差し指を俺のほおに突き刺してグリグリするエヴィには、なんというか、色気がない。子供っぽいし。こいつは愛人ってキャラじゃないよな。


「エヴィ、メイリンさんって何でスカウトされたんだ?」

「クビ人間には教えません」

「私の獣心拳、超人技ネ。特別なチカラつかう魔法少女との仮想戦闘にぴったりアル」

「ああ、なるほど」

 

 良かった。一応ちゃんとした理由あるんだ。いやでも、愛人枠とか自分からは絶対言わないだろうし。


「ちなみに、戦闘員枠に女性が多いのって何か理由があるんですか?」

「ムッ、少年。それは男のほうが私よりつよい言いたいアルカ?」

「あっ、いや違うんです」


 しまった。不快にさせてしまった。


「メイリンさんは、その、荒事をやる人にしてはすごく綺麗なので」

「そう言われて悪い気はしないアル」


 ちょろいアル。


「朱羽さん朱羽さん、私にも何か言うことあるんじゃないですか?」

「エヴィは綺麗じゃなくもないアル」

「どっちですか!?」

「綺麗じゃナイ?」

「何で疑問系なんですか! そこは言い切ってくださいよ、もう!」


 うがー! と手を振り回しながら近づいてくるエヴィから慌てて距離をとった。いや、お前はじゃれてるつもりでもそのフライパンで殴られたら俺死ぬから。ちょっとからかっただけなのに、代償でかすぎないか?


「せっかく芦屋さんは孫に男を近づけたくないって教えてあげようと思いましたのに! もういいです! 私は帰ります! ボブ!」

「Yes」


 肩を怒らせながら訓練所から出て行くエヴィに、投げ捨てられた鍋とフライパンを空中でキャッチしたボブさんが後に続く。そのまま振り返ることなく出ていってしまった。

 廊下から反響して聞こえてくる、「大体朱羽さんは私に対して......」みたいな悪口が絶妙に気まずい。


「あーあ。怒らせタ」

「えー」


 いや、確かに俺悪かったかもしれないけど、ちょっとからかっただけじゃん。そんな気に障るとこあった? しかも「孫に男を近づけたくない」なら、俺がスカウトされた理由が説明できないから絶妙に答えになってないし。まあでも、芦屋さんは孫のために実質的なテロ行為を行おうとしてるくらいの孫バカだから、一応は説明できなくもない......のか?


「私も信頼できる人間集めたら女おおくなったきいてるけど、詳しくは知らないネ」

「そうですか」


 前に少し話してたアルベリカさん含め、エヴィの話に出てくる組織の人って女の人ばっかりだから結構気になってたんだけどな。男ボブさんと俺だけだったらめちゃくちゃ気まずいし。


「ちなみに、メイリンさんは彼氏とかいるんですか?」

「それは口説いてるのカ?」

「いや......あー、えっと............」


 もうなんか色々と面倒くさくなった俺は、『芦屋さん愛人組織説』をぶちまけた。感情に素直に従って生きているエヴィを見てると、馬鹿なことだけ考えて回りくどいことしてる自分がアホらしくなってくる。


「ぷっ......私が、アシヤの愛人......ぷっ、ぷはは! あははははははははっ!」


 案の定疑惑は全くの勘違いだったようで、メイリンさんは腹抱えて笑っていた。脱力して呆けながらそんな様子を見守る俺に、メイリンさんはなおも笑いを堪えながらーー。


「少年、想像を絶するダメダメネ」


 唐突にディスってきた。


「女心の知識皆無で、傷心のキンパツおいかけない大失態! 犬ノ型だけで気絶するまさに悲劇的弱者! そしてさらにーー女心の知識皆無!」

「俺が女心の知識皆無なのはわかったのでもうやめてください。心が痛いです」

「そーゆーとこも情けないネ」


 ボロカスだった。

 そして尚も半笑いのメイリンさんは拳を握って手の前に置いただけの、さっきとは全く本気度が違うと一目でわかる構えで。

 

「くるヨロシ。その根性、たたきのめしてやるネ」


 挑発するように手招きをした。

 

「......もしかして、俺を怒らせてやる気にさせようとか、そんなこと考えてます?」

「さあ」

「もしそうなら無駄ですよ」


 眉を顰めるメイリンさんとの会話を拒むように、俺は壁に立てかけてある模造武器の群れを眺めた。


「だって俺、戦いとか向いてませんし」


 その内の一本、短めのナイフを手に取ってためしに振り回すが、やっぱりよくわからない。使ったこともない武器をいきなり使えるわけがない。古武術を習っているなんて便利な設定もない。


「痛いの嫌いですし」


 だから俺は、そのナイフを迷わず投げた。


「ーーじゃあ、これはどういうことアルか?」


 当然のようにナイフの刃の部分を2本の指で受け止めるメイリンさんに驚きは務めて見せないようにしながら、俺は次に普通の長さの刀を手に取った。


「エヴィを一人で戦わせるわけないでしょう」


 昔、義経の幼少期『牛若丸』を演じた時、少しだけ刀を握ったことがある。もちろん真剣ではない模造品で、殺陣もあらかじめ打ち込む場所を決めて動く寸劇に過ぎなかったが、それでも基礎は専門家の方に教えてもらった。構えと振り方くらいはわかる。


「つまり、あなたに言われるまでもなく、俺はやる気ですよ」


 大丈夫、やれる。緊張して構える俺に、メイリンさんはニヤニヤした顔でーー。


「男のツンデレは価値無しネ」


 あ、この人勘違いしてる。


「いや、そういう意味じゃなく、あんな精神年齢3歳児が実働部隊一人で出来るわけがないでしょう? サポート役くらいは俺がやらないと」

「なるほど。お人好しだったアルか」


 そんな閉まらない空気の中、俺たち二人は部屋の中央、二人の中間地点に向かって走り出した。



 

 


「ーーはあ、まっ、そんな簡単に強くなれたら、ふっ、苦労しないんだよなあっ、はぁーっ」


 体力の続く限り打ち合ってもらい、当然のように俺は一撃も与えられなかった。別に最初からうまく行くとは思ってなかったけど、やっぱり悔しい。エヴィと戦ってた時に比べて明らかに手加減されてたし。さっきは手加減しないって言ってたのに。


「まあまあ、悪くはなかったアル。元気出すヨロシ」


 今だって俺は息も絶え絶えなのに、メイリンさんは汗ひとつかいてない。割と運動神経はいい方のつもりだったんだけど。


「やっぱり才能ないんですかね」

「はぁ。やっぱりダメダメネ、お前。才能なかったらやめるアルか? 女心もわかってない、想像を絶するヘタレ男」


 さっき悪くないって言ってたじゃん! ていうか女心関係ないし!


「そういうメイリンさんはじゃあ彼氏いるんですよね?」

「そ、それは口説いてるのカ?」


 この人、まじか。


「ええーっ!? まさかまさか? こんなに美人でスタイルもいいメイリンさんが? 恋人がいらっしゃらない?」


 大袈裟に手を広げて驚いた表情を作って見せれば、さっきまで自信満々に腰に手を当てていたメイリンさんが気まずげに目を逸らした。


「い、いまは......」


 それ一回も付き合ったことない男子中学生が使う言い訳じゃん。


「え、まじですか? 人にあれだけ女心を説いておいて、恋人の一人や二人もいないんですか? その容姿で? さすがに付き合ったことはあるんですよね?」


 やはり俺に目を合わせないメイリンさんは、消えいりそうな早口で言った。


「な、ないアルよ」




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