ないあるよ②
昔のアニメに出てくる中国人美少女って語尾に「〜〜アルヨ」とか「〜〜アル」ってつけるけど、あれって何か由来があるのだろうか。
例えば日本にやってきた有名な中国人が話す時に「アル」を連呼していたとか、今でいう「マジで」みたいにその当時日本で「アルヨ」が流行っていて、中国で日本語を教える際に「取り敢えずアルヨってつけとけば問題ないアルヨ」「わかったアルヨ」みたいなやり取りがあってそのまま定着したとか............いや、そんなわけないか。そもそも中国人って別に語尾に「アル」つけて喋るわけじゃないしな。中国の数字は1から順に「イー、アル、サン、スー」だってどっかで聞いたことがあるし、本当にそんな喋り方する人が中国にいたらめちゃくちゃ数字の「2」を強調する人になってしまう。
ーーさて、俺が急にこんなことを考えているのにはもちろん理由がある。
「私、中国からきたメイリン。よろしくアル」
めっちゃキャラ濃いやつが来たアルヨ。
現在地は組織の地下トレーニング場。以前俺が招かれた六畳間の部屋からはたくさんの隠し通路が伸びていて、様々な施設へと繋がっていた。ここに来るまでの案内ついでにエヴィからはこれから会う組織の戦闘指南役の人について聞いていたのだが......。
もうね、古代中国から受け継がれる由緒正しい流派の達人って時点で胡散臭いよね。他には古代中国から受け継がれる薬のおかげで歳を取らないから永遠の18歳だとか。古代中国から受け継がれる歩行法で目には見えない速さで動くとか。
どんだけ古代中国に可能性感じてんだよ、流石に無理あるだろ。
それでも芦屋さん直々にスカウトしたというし、エヴィのことも信じていないわけではないから30%くらいは「マジで凄い人なんじゃ......?」という期待もあったんだけどーー。
「私の天下無双流は天下無双ネ! 安心しておそわるヨロシ!」
これは残り70%の方な気がする。
だって頭痛が痛いの亜種みたいなことを言って自慢げに腕を組む彼女は、失礼だけど、とても格闘技をやってる人間には見えない。
まず格好がおかしい。メイリンさんはその口調と彼女の容姿にマッチした、龍の意匠が施された赤いチャイナドレスを着ているのだが、その......言葉を選ばずにいうのなら、スリットの切れ込みがえぐい。腰の辺りまであるから蹴ったら絶対見える。何なら歩いてるだけでも頑張ったら見えそう。いや、やらないけど。あとで着替えるとかなら別として、少なくとも今の格好が戦いに向いているとは思えない。
次に体格。なんだかんだ言って、格闘技において筋肉は正義だ......と、思う。やったことないから断言はできないけど。でもテレビとかでみる限り、筋肉があってパワーがあるやつが強いのは間違いないと思う。それを踏まえると彼女の筋肉は見た感じかなり物足りない。格闘家というよりはヨガインストラクターとかモデルとかの筋肉の付け方なのだ。大胆なスリットから覗く太ももはスラッとして長く、美しい脚線美を描いているが、レスラーやボクサーのような無骨さはない。手足が長いからリーチ面では有利なのかもしれないけど、彼女から繰り出されるパンチやキックに脅威は感じない。
総じて、彼女は手足が長いこと以外に格闘家としての適性は見受けられない。
「おい、本当にこの人が俺たちの格闘の先生なのか?」
「............? そうですね。悪の組織に扮し、魔法少女たちにキャラクターショーのようにやられるという活動内容の性質上、私たちには手加減して戦いつつ上手く勝敗を調整出来るくらいの実力が必要となります。私たちは少数精鋭とは名ばかりの人手不足集団ですからね。朱羽さんにももちろん戦ってもらいます。訓練、頑張りましょうね!」
「お、おう......ん?」
なんか珍しく真面目なこと喋ってるけど、俺の質問に答えてなくないか?
「少年、安心するヨロシ。私つよい。むしろ自分の心配するべき」
そう言ってメイリンさんは手を前に垂らして腰を落とし、バレーのレシーブに似た姿勢をとった。
「私の修行、実践形式ネ。油断してるといたいめみるアル」
え、なにこれ。これ今からもう戦いますよってこと? ちょっと待って。俺心の準備とか全く出来てないんだけど。
「うー、いきますよー! 力・力・力・パワー!!」
「いや何でお前はそんなノリノリなんだよ!?」
「そうですね。朱羽さんは今日が訓練初日ですし、まず一回反撃することを目標にしてはどうでしょう?」
「さっきから全く噛み合ってないんだよな、お前!」
いつも以上にトンチンカンなエヴィにツッコミを入れつつも、目線だけはメイリンさんから離さない。
メイリンさんはどうやらこれ以上俺たちと会話する気はないようで、さっきから一定のテンポで体を左右に揺らしながら、仕掛けるタイミングを窺っているように見える。
瞳孔の開いた瞳でこちらを睨みつけるメイリンさんと、黙ってしまったエヴィ、本物の暴力の気配に鳥肌が立ちっぱなしの俺。
最初に仕掛けたのはメイリンさんだった。
「フッーー」
短い呼気の音とともに、メイリンさんが背中を逸らせて胸を膨らませる。まるでドラゴンがブレスを溜めるかのような動きに、殴り合いの喧嘩もしたことのない、錆びついた俺の危険感知センサーですらも警鐘を鳴らした。
なんかヤバそう。止めた方が良さそう。
そんな曖昧な予感は。当然、何の行動にも結びつかずーー。
「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオォオォォオオオオオアアアアアァァァッッ!!」
何が起きたのか、全くわからなかった。
「ウ............ァ......」
三半規管を揺さぶる衝撃と強烈な痛みに喋ることもできず、ただ耳を押さえて崩れ落ちる。
なんだこれなんだこれなんだこれ!? 痛い。気持ち悪い。苦しい。
訳もわからず悶える俺を庇うように、耳栓を外したエヴィが前に出る。
「では、朱羽さんに洗礼も受けてもらいしまたし、私も本気で行きますよー! ボブ!」
「Yes, master」
魔法陣から出てきたボブが鍋とお玉とフライパンをエヴィに手渡す。それを当然のように受け取り、鍋を頭に被ったエヴィはフライパンとお玉を振り回しながらメイリンさんに突貫した。
「えいやっ!」
「疾ッ」
トレーニングルームの中央で二人が激突し、互いに手とフライパンで応酬を重ねる。時に左手のお玉を、チャイナドレスの死角から繰り出される足を交えながら行われるそれは、昔ドラマの撮影で参加した殺陣とかとは比べ物にならないマジの暴力で、戦いだった。
少し落ち着いてきた今だから予想できることがある。最初のあれは、メイリンさんの攻撃だった。叫び声とかいうレベルを遥かに超えて、修練によって昇華された『咆哮』。
もしも、そんなことができるのであれば。
「人間じゃねえ......」
そんな攻撃をしたメイリンさんも。それについていけているエヴィも。正しくレベルが違う。
何を勘違いしていたんだ、俺は。これから国家に喧嘩を売ろうって人たちが、魔法という未知と戦おうという人たちが、弱いはずがないのに。
俺がたかが叫び声ひとつに平衡感覚を乱されて、痛みと吐き気で悶えている間ずっと、彼女たちは恐ろしくも何処か美しい暴力の応酬を繰り広げていたのだった。
次回は9月30日の木曜日です。
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