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世界征服推進連盟③




 不思議の国のアリス。だいぶ前に読んだ話だからストーリーはもう曖昧だけど、翻訳版で読んだせいかほとんどちんぷんかんぷんだったのは覚えている。

 退屈を感じていたアリスは、服を着て人の言葉を喋るうさぎが目の前を通りかかったとき、その後ろを迷わず追いかけた。白うさぎが穴に落ちてしまった後も、また戻って来られるかなんて考えもせずに追いかけていた。それが彼女の勇気の証明なのか、はたまた年少時特有の好奇心から引き起こされた行動なのかただ単に馬鹿だっただけなのかは俺にはわからない。


 ただ、俺にはとても真似できないことだと思う。もし俺がアリスの立場だったら、そばの木に縄をくくりつけて命綱を作って、ゆっくりゆっくり降りていって、適当なところで引き返すのだろう。なにせアリスが落ちた穴はとても深かったらしいから、俺だったら途中で怖くなってしまうと思う。


 そんで少し冒険をした気になって満足して眠り、何日かしたらすっかり忘れてしまう。そしてまた普通の日常に戻っていくのだ。戻っていく......はずだった。


 もし自分が物語の中の登場人物だったら、と妄想する人はいても、きっと自分の思った通りに行動できる人間はいないんじゃないかなと思う。だって、現実の世界でもうまくいかないことばかりなのに、物語の世界に行ったからって急に何でもできるようになる訳がない。


 今思い返せば、あまりにも非現実的な出来事の連続に、俺はそんな当たり前のことすら忘れてしまっていたのだろう。












「あ、そうだ。紹介します、朱羽さん。この方が我々のボス、芦屋勘蔵さんです。偉い人なので、失礼のないように接してくださいね」


 自分で注意しておいて画面を思いっきり指差している金髪碧眼のシスター女。芦屋さんにはエヴィエラと呼ばれていたから、それがこいつの名前なんだろう。ボリュームのある金髪を後ろで一つにしているこいつは、表情の作り方のせいでどこかアホっぽくは見えるものの、大きな碧い瞳が印象的なハーフ顔の美少女だ。その日本人離れした体つきを含めて、そこらのアイドルでは比べ物にはならないほどの魅力を感じる。中身はクレイジーだけど。


 でも、そんなクレイジーな所に俺は釣られたのかもしれない。とにかくこいつは、見ていて飽きないのだ。表情はコロコロ変わるし、行動は突拍子がなくて非常識。魔法みたいな力も持っている。コスプレみたいな衣装をまるで転職のように着こなす姿は、テレビの向こうの偶像というよりも、次元の向こうのキャラクターを想起させる。

 八時間ものビデオを見せられたとは言っても、その間に俺が感じた時間は一瞬だった。それくらい浮かれていた。もう少し、もう少しだけこの非現実的な邂逅の先を見てみたい。


 ーーそんなことを考えているうちに俺は、


『改めてよろしく、早坂朱羽君。エヴィエラ君から聞いているとは思うが、もう一度私の方から組織の概要について説明させてもらおう』


 どうやら穴の底まで落ちてしまったらしい。


「............お願いします」

『うむ。まあ、色々と複雑な事情はあるが、君にやってもらいたいことは単純だ。この国にとっての悪役を演じてほしい』

「国にとっての悪役......ですか?」

『そうだ。ふふっ、流石は元子役。いい反応をしてくれるじゃあないか』


 なんかすごいことを言われた気がしたから聞き返しただけなのに、画面越しで満足そうに含み笑いをする芦屋さん。「元子役」「演じる」という言葉から察するに、俺に役者としての活躍を期待しているんだろうけど......この人、なんか勘違いしてないか? 

 俺が役者をやってたのは小学校の少しの間だけで、出演した作品なんてたったの3本しかない。「天才子役」なんて一部のメディアで取り上げられたことはあったらしいけど、それは実家の力で目立つ役にゴリ押ししてもらったからで、俺自身の実力じゃない。


 不安に思うことは沢山あったが、上機嫌に話す芦屋さんを遮る勇気は俺にはなかった。電話一本でその人の家族、友人、関係者全ての人生を滅茶苦茶にしてしまえる。それだけの力を持っている方なのだ、この人は。もちろんそんなことを簡単にする人ではないと思うけど、万が一にも失礼な態度は取れない。


『マギ・ウイルスに関してはもう聞いたかね?』

「はい」

『そうか。全くふざけた話だと思わんかね? 目に見えない、0.1mm以下のちっぽけな存在に私を含むこの国の上層部が振り回されているんだ。日本でしか確認できていないと言うのが特にタチが悪い。そうでなければ、事実を隠蔽しようなどと言う馬鹿者も現れなかっただろうに』


 わしゃ政治の話はわからんけえのぉ。芦屋さんの話に出てくる「馬鹿者」が現職の総理大臣かもしれないとか、そんなことは全く考えてないんじゃよ。

 下手に口を出して藪蛇を踏んだらかなわないからね。沈黙............それが正しい答えなんだ。


『本当に、本当に腹立たしい。まさかあの若造が私の孫にまで手を出してくるとは思わなんだ。総理の椅子につけたのは誰のおかげだと思っている。恩を仇で返しよって』

「..................」

『こうして私たちが会話している間にも、あの子は親と引き離されて、携帯もつながらない場所で素性もわからん奴らと一纏めにして押し込められているんだ。そんなのまるで刑務所じゃあないか。虫も殺せぬほど優しいあの子を。全く、非人道的だとは思わんかね』

「..................」

『なあ、八坂君!?』

「はい! めっちゃ思います!」

「そうだろう」


 怖い。このおじいさん怖いよお。

 ところでこの金髪あたおかシスターは何故俺の股間に手を当ててるんだ? 頭がおかしい上に痴女なのか、お前は。突拍子がないにしても限度があるだろ。


 しばらくしゃがんで俺の股間を撫でていたシスターは、やがて何事もなかったかのように立ち上がると、俺の耳元に口を寄せた。


「大丈夫です、漏れてませんよ」


 俺はもうこいつをいないものとして扱うことにした。


「すみません、話を続けてください」

『うむ。現内閣のトップ、つまり茨木はあの歳でかなりのやり手だ。私も現役の頃はそこそこ人気があった方ではあるが、彼の才能............若者の言葉で言うのなら、センスは悔しいが私を上回っているだろう』

「朱羽さん、センスって若者の言葉なんですかね?」

「しっ」


 だめだこいつ、存在がうるさい。


『茨木は人間のウイルスに対する恐怖を利用し、「感染者の近くにいると耐性のないものは体が焼けたり、凍ったりする」という嘘のネタをSNSを使って広め、「感染者は隔離するのが当然」と言う空気をこの国に作り出した』


 俺はあまりSNSとかやる方ではないからわからないけど、たまにネットニュースとかを見ていると、たしかにそんな記事を目にすることがある。『マギ・ウイルスの真の危険とは!?』みたいな感じの煽り文句で書かれているそれを鵜呑みにしたことはないけど、信じてしまう人も中にはいるのだろう。誰だって、危ない人には近づきたくない。本当か嘘かはどうでも良くて、大事なのはそういう噂が立ってしまったことなんだ、きっと。

 うーん、茨木総理のことは今までクリーンで誠実な若い政治家っていうイメージがあったんだけど、やっぱりそれだけじゃないんだろうな。政治の世界ってコワイ。


『そこで私......いや、我々はウイルスの恐怖を上回る新たな恐怖を作り出すことにした』

「それが『世界征服推進連盟』ってわけです!」

「日本でいう信長包囲網然り、欧州でいう対仏大同盟然り。有史以来、相容れない者同士が手を組んだのは、お互いを認め合ったのは、いつだって強大な敵と対峙した時だ」


 そこで一度言葉を溜め、画面の中の芦屋さんが手を広げた。


 この国に住む人間なら一度は見たことがある、芦屋元総理が演説ひとつで国民の総意を覆し、この国のルールを変えてしまったシーン。彼はその希代の名演説の中で、一度も声を荒げることはなかった。ただただ冷静に、ただただ理知的に、聴衆のみを熱くさせる。


 手を広げるというありふれた仕草が、どうしてこんなにも人の注目を集め、期待させるのか。


『ならば我々が、その敵となってやろうではないか』


 彼のいう「我々」には、果たして俺も含まれているのだろうか。一瞬そんなことを考えてしまい、慌てて首を振る。今の俺にきっとまともな判断はできない。雰囲気に呑まれている。そのことをもっと自覚しないと。


『国が魔法少女の存在を認めないというのならば、我々が魔法少女でなければ倒せない絶対の敵となって、強引にでも認めさせようではないか』

「そうだそうだー!」

『魔法少女に青春は無いというのならば、我々が物語のような輝きを与えてやろうではないか』

「そうだそうだー!」


 まるで国会中継の後ろの方で偉そうに座っているおっさん議員のようなヤジを高いアニメ声で飛ばす金髪さえいなければ、俺は全裸になって脱ぎたてのパンツ振り回しながら「魔法少女にも青春を!」って叫んでたかもしれない。それほど今の俺は高揚していた。


「早坂朱羽君、君には子役時代の演技の経験を生かして、日本の......いや、世界の敵となる組織『世界征服推進連盟』の幹部役をお願いしたい。世間の認知度が他のプロの役者に比べて低い、君にしか頼めない重要な仕事だ。引き受けてくれるかね?」

「..................」

「やりましょーよ。朱羽さん、今ならこーんな可愛い同僚もついてきますよ? ね? ね?」


 何故か痛いくらいに高鳴る心臓を強く押さえつけ、俺は出来るだけ冷静に、今まで聞いてきた話を整理する。

 最初は軽い気持ちでついてきた。頭のおかしい宗教勧誘されたって学校でネタにできるかもしれないなんて思って。魔法に対する恐怖こそが建前で、俺でも見たことなかったレベルの美少女と知り合えるかもしれないなんて下心が、もしかしたら万に一つくらいはあったのかもしれない。今となっては認め難いことだけど。それでここに連れてこられて、『マギ・ウイルス』の真実を知った。人工島に隔離されたという魔法少女たちの話を聞いて俺はどう思った? 多分、俺は、「可哀想だけど、俺にはどうにもできない」なんて思ったんだ。でも、芦屋さんに会って、俺にもできることがあるって教えてもらった。必要とされた。

 今でも、俺が子役を辞めるきっかけとなった夜を思い出す。


『朱羽の演技で困ってる人を笑顔にしてあげれたらいいね』


 もう諦めかけていたその夢が、叶うというのなら............。


『今すぐに答えが欲しいとはーー』

「やります」


 何かを話そうとする芦屋さんを遮って答えた。


「是非、俺にやらせてください」


 頭を下げる。2秒、3秒......5秒。


『そうか。やってくれるか』


 そんな嬉しそうな声が聞こえて、思わず俺が頭を上げる......前に、襟首を掴まれて強引に体を引き戻された。


「もう! これから私たちは一蓮托生の仲間になるんですから、頭を下げたりはなしですよ?」


 俺の鼻先に人差し指を突き付けながら、不満そうな顔のエヴィエラ。こいつは本当に、表情がよく変わる。


『では、今日はもう帰ってもらって構わない。詳しい組織の説明や、他の仲間の紹介はまた後日行おう。これからよろしく頼むよ、早坂君』

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあいきましょー!」


 頭を下げようとして、さっきエヴィエラに言われたことを無視するのもどうかと思っての中途半端な会釈をして、俺はくる時に通った禍々しい意匠の扉を目指す。

 今日1日で色々あった。でも、明日からはもっと忙しい毎日を送ることになる。ひとまず今日は、ぐっすり寝て体を休めよう。うん。


『あ、エヴィエラ君。君は早坂君を強引に勧誘した件について話があるから残りたまえ』

「えー!?」

『「えー!?」ではない。私は数週間、場合によっては数ヶ月の時間をかけて我らの組織について良く知ってもらえるようきちんと言っておいたはずだ。そのための映像も渡しておいただろう。それを君はーー』

「だってしょうがないじゃ無いですか! 期限が今日までだったんですもん!」

『その期限である今日に至るまで君は一体何をしていたのかね? だいたい君はいつもいつも......』


 バタン。

 重い扉が閉じ、二人の声が聞こえなくなる。


「で、俺はどうやって帰ればいいの?」


 永遠に続くようにも思える山の中の地下階段を見上げながら、俺は途方に暮れた。




次回は9月21日6時頃に更新予定です。

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