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世界征服推進連盟②




 マギ・ウイルス。未だ日本の極一部、それも限られた年齢層の少女たちにしか感染例がない、正体不明で未知のウイルス。日本政府が派遣した医師団はこれを『周囲に甚大な被害を与える可能性がある危険なウイルス』と分析し、それを受けた政府は各国からのバッシングを受けながらも『感染防止のため』として国連からの調査団体を拒否。有効な治療方法が確立されるまでマギ・ウイルスに感染した少女たちを海に囲まれた人工島に隔離することを決定した。

 マギ・ウイルスが発見されてから一年。少女たちは今なお厳しい闘病生活を余儀なくされている............という政府やメディアが発信する情報は、ほとんど全て嘘っぱちである。


 マギ・ウイルスの本質は、感染者の身体を火を起こせるように、水を生成できるように、雷を出せるように作り替えること。わかりやすく言えば、魔法少女にすること。公式に発表されている頭痛、発熱、嘔吐などの症状は全くないし、空気感染もしない。魔法の力を制御できてさえいれば、一般人に被害が及ぶことはないのだ。


 それでも少女たちは、事実隠蔽を図る政府の意向により、親元から引き離され孤島で暮らすことを余儀なくされている。










ーーざっくり言えばこんな感じのことを、8時間もあるビデオで説明された。


「はい。じゃあ次のやつ見ましょうか」

「鬼かお前は!」


 世界征服したいんだか人助けしたいんだかよくわからん怪しい組織の地下アジト。圏外表示の俺のスマホが指し示す時間は現在夜の9時。待ってたら助けが来るかもという淡い期待でビデオ鑑賞に付き合ってはみたが、警察はおろかこいつの仲間とやらも現れる気配はない。明日の学校どうすんだよこれ。


「なあ、俺もう帰っちゃ駄目?」

「ダメに決まってるじゃないですか! ビデオはあと三本あるんですよ! 全部見るまで返しませんから!」

「これがいわゆる洗脳ビデオか......」

「失礼な! そんな怪しい宗教勧誘の手口なんかと一緒にしないでください!」


 まんまなんだよなあ。


「もしかして朱羽さん、疑ってます?」

「いやまあ、半々かな」


 半々。つまり俺は、『日本の一部の少女が魔法を使えて、政府はそれを隠蔽しようとしている』という荒唐無稽なビデオの内容を半分は信じているということだ。

 昔、間接的に映像制作に携わっていた俺から見て、さっきのビデオにはそれだけの説得力があった。素人の少女たちが魔法を使うシーンは特に。あの映像はハリウッドのCG技術でも再現できないと思う。実際に人を出したり消したりする女が目の前にいるわけだし、政府がうんちゃらかんちゃらってとこ以外は割と信じている。


「でも例え全てが真実だったとして、俺にできることは何もないぞ」


 確かに可哀想だとは思う。思う......けど、それだけだ。


 多くの人間が地球の反対側に住む貧困層の子供たちに対して同情はしても、実際にお金を寄付したりNPOに所属したりはしない。それは別にその人が悪人だから行動しないわけじゃない。自分の力では不可能だという自覚があるからしないだけだ。俺はそう思う。

 マギ・ウイルスの話が本当の事なら確かに少女たちは可哀想だと思うし、幸せに暮らせるようになれば良いとは思う。けど金もコネもないただの高校生の俺に出来ることなんて何もないし、無責任な安請け合いはしたくない。


 そもそもこいつらの組織は、何で俺なんかを勧誘しているんだろうか。この六畳間を見る限り、そこまで大きな組織というわけではないのだろう。なのにこんな可愛い(顔は)子を使って、一対一で、八時間も拘束して同情を引けるようなビデオを見せて。そこまでして俺にこだわる理由って何だ? このビデオを地上波で流した方がずっと効率がいいと思うんだが。


 もしかして、俺にも魔法が使えるとか......?


「ハアッ! ファイアー! サンダー! アイスストーム! あああぁぁぁぁばだけだぁぶらっ!」


 ......しかし、何も起こらなかった。


「うん、まあね。わかってたけどね」

「わかっててもしちゃうんですよね」

「まあ俺もまだ高1だから。去年まで自分は特別だって信じてたくらいの年齢だから」


 取り敢えず開き直っておく。

 気のせいじゃなく頬が熱い俺に、シスター女は何故か俺の下半身を見つめながら真剣な顔で。


「男の子ですもんね。わかっててもだしちゃうんですよね」

「うん。ん?」


 今なんで繰り返した? まあいいや。


「さて、これで俺が魔法を使えないことは確定したわけだが............マジでなんで俺勧誘されてんの?」

「まーまー。この後のビデオを見てもらえれば、その辺も含めてまるっとわかるようになってますから。とりあえず次のやつ見ましょ? ね?」


 まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調でなんとなく腹が立つ。


「ちなみに次のやつって何分?」

「8時間ですね」

「......お前後3本あるとか言ってなかったっけ?」

「計24時間ですね」

「帰るわ」


 付き合ってられるか。ボケ。


「ちょっ、ちょっ、ちょおー! 待ってください!」 


 素早く立ち上がって逃げ出そうとした俺の足に、ゴキブリのような動きで追いかけてきた金髪シスターがセミのように張り付く。走り出そうとしていたところに全力で体重をかけられ、俺は突っかかったように顔面から地面にぶっささった。


「おりゃー!」

「ぐぼぉ!」


 お互いに意味のわからない奇声をあげ、力負けした俺が押し倒されるような形になる。ラブコメ的な意味じゃなく、プロレス的な意味で。

 頭おかしいくせに無駄に整っている顔が俺の鼻先限界まで近づき、勝ち誇ったように鼻を広げながら唾を撒き散らす。


「もう遅いんですよお! 国家レベルの秘密を知ってしまったあなたを、うちの組織が見逃すわけがないでしょう! もうあなたは国かウチか、どっちにつくかしかないんですよお!」

「お、お前! 最低か!」


 勝手に拉致監禁して問答無用でビデオ見せてきたのはそっちじゃねえか!


「目的のためにはあらゆる手段を選ぶ。それが政治の基本。うちの組織の偉い人も言ってました」

「もう絶対ロクな組織じゃないじゃん!」

「ちがいますー! 魔法少女達が社会進出できるように日々奮闘する、福利厚生しっかりしたホワイト組織ですー! ちゃんとお手当ても出ますー!」


 うそくせえー。


「最初は世界征服がどうとか言ってただろ!」

「だからそれは仮の姿ですってば! ビデオの最終巻『魔法少女を正義のヒロインとして活躍させるため、悪の組織のフリをしよう作戦! 謎に満ちたその作戦の内容とは!?』を見ていただければきっと私たちが単純な悪ではないと分かっていただけますから!」

「俺をこんなところに誘拐監禁してるだけで紛うことなき悪だわ! 明日も学校あんのにこんな所にあと1日もいれるわけないだろ!」


 やばい、なんか暑くなってきた。

 お互いに顔も体も至近距離の状態で言い合ってるから、俺たちが意識しなくてもどんどん声が大きく、言葉が強くヒートアップしていく。ていうかこの女、近いんだよ。マジで何を考えてるんだ。一応密室に男女が二人っきりって状況なんだぞ。こんな押し倒すような格好で、こんな所見られたらお互いにやばいだろ。


 尚も自分の正当性を主張する女を無視し、まずはこの体制を何とかしようと抑えられた腕に力を込めた、その時だった。






『ーーすまない、遅くなった』


 今までビデオの再生停止画面を永遠に写していたテレビがブツッと音を立てて切り替わり、どこかの執務室のような背景に座る白髪の老人を映し出す。一瞬どこかで見たことがあるような気がしたが、俺がそのことについて深く考える前に老人が再度口を開いた。


『エヴィエラ君、八坂朱羽のスカウトは順調かね?』

「そ、総統!? え、ええ。順調ですとも!」


 まさに泰然自若といった様子で高そうなソファーに腰掛ける老人に対し、慌てて立ち上がり直立不動で応答するエヴィエラと呼ばれていたシスター女。その表情は先ほどまで顔を赤くして怒鳴り合っていたとは思えないほど真っ青で、心なしか先生に叱られる時の小学生のような雰囲気を漂わせていた。

 スカウトとやらが俺のことなら全く順調じゃないもんね。


『そうか、それは良かった。やはり君に任せて正解だったようだ』

「あっはー! そうでしょうとも! 朱羽さんなんて私の魅力にかかればイチコロですよ! さっきも激しく押し倒されて、もう私まいっちんぐーみたいな? あは! もちろん、ビデオも全部見ていただきましたとも!」


 言うまでもないが、俺は別にこのエヴィエラとか呼ばれた女に外見以外の魅力を感じていないし、押し倒してないどころか押し倒されたのはむしろ俺の方だし、ビデオとやらも一本しか見ていない。つまり今のこいつの発言は全部嘘だ。

 こいつも流石にむちゃくちゃ言ってる自覚はあるのか、冷や汗ダラダラで、捲し立てるような口調で誤魔化そうとしているが......逆にそれがこの上なく怪しい。もう全身から「お願いバレないで!」と言わんばかりのオーラが溢れ出ていて、なんなら痛々しい。こいつ嘘つくの下手すぎないか。こんなのに騙される奴なんてーー。


『そうか。まあ、朱羽君も男の子だからな。わかっていても出してしまうのだろう』


 いるんかい! しかもどっかで聞いたようなセリフ!


「も、もーう。まだそこまではいってませんよぉ」

『そうだったか、ハハハ。これは失敬』

「むー! むー!」


 ふざけるな! 誰がこんなやつと!

 そう文句を言ってやろうと思って口を開いた瞬間、女が後ろ手に口を塞いでくる。相変わらずすごい力だ。俺はなんとかその手を振り解こうと頭を振り回しーー思い出した。


 湧き上がるような焦燥感を抑えつつ、俺は幼少期の記憶にある人物と目の前の優しげで上品な、しかし瞳からは強い意志と力強さを感じる老人とを比べる。




 どうしよう、本物っぽい。




 もしこの人が本物なら、この国はもう終わりかもしれない。こんな人が、こんなわけのわからない組織に参加しているだなんて、ドッキリでも許されないレベルだ。


「芦屋先生......ですか?」


 俺が呼んだ、芦屋先生というのは一般的な呼び名ではない。もし彼が本物なら、誰もが一度はテレビや新聞で紹介されているのを見たことがあるだろう。芦屋「元総理」と言う名前で。




次回できりのいいところまで行くので9月20日の夜に投稿予定です。

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