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悪の組織にも幕間を! 〜祝敗会・続〜

遅くなりましたが、前回の間話の続きです。

次回から三章「エヴィエラ編(仮)」です。




「オオ! オオオ! オオオオオ! エロい!」

「何が!?」


 まるで復活した邪神を崇めるかのようなポーズで空を仰ぎ、手をバタバタ大きく動かすメイリンさん。


「さあお前ラ! 狂エ! 狂ってしまうアルヨ!」

「ちょっ、ちょっと! やめてください! やめろおお! こっちに撒き散らすな!」

「フハハハハ! 秘技・エロい風!」

「エロい風って何!?」


 お互いに手で扇ぎ、少しでも相手の方へガスが流れるよう試みてはいるが......果たしてこの行為には、意味があるのだろうか。


 メイリンさんが機械を壊してしまったせいで、もはや溢れ出るガスには際限がない。煙に照明が乱反射して部屋全体を一色に染め上げ、まるで視界全体にピンク色のフィルターが掛かっているかのようだった。

 

 ここまで煙が充満してしまっては、何をしようが焼け石に水な気がしなくもない。が、


「少年の! ちょっとアレなとこ見てみたイ!」

「リズム良く言ってみてもダメです!」


 この人を放っておくと定期的に桃色の風がデリバリーされて来て心臓に悪いので、条件反射的に送り返している。


「......君達。遊ぶのも良いけど、もう少し危機感を持ってくれたまえ」


 君達!? 達!?


「失礼な! 俺はこんなにも慌てているのに! 見てわかりませんか!?」

「傍から見たら特殊ないちゃつき方してるカップルに見えなくもないよ、君達」

「いや見えないでしょう」


 鬼気迫る表情してたと思うぞ、俺。

 一方のメイリンさんは、手を止める事なく、真顔のままこちらに向けて風を送り続けている。


「少年......ドイムジー。私、少年の事は好きだけど、恋愛対象としては見れないネ」


 なんで俺、振られたみたいになってるの?


「私、私を負かした男と結婚する。それが一門の決まりネ」

「40年後とかに力が衰えてゴリラと結婚してそう」

「ゴリラなら40年経っても片手で倒せるアル。ちなみに今は指一本でも行けるヨ」

「じゃああんたは生涯独身だ」


 ていうか自分を負かした相手と結婚するって......ひと昔の漫画のヒロインとかでたまにあった設定だけど、それって現実世界で成り立つのだろうか。

 

 例えば「メイリン! 貴様を倒して、俺が最強を手に入れる!」みたいな男が仮に現れたとして、激戦の末にメイリンさんを破ったとして、この人はそんな世紀末覇王みたいなやつと結婚することになるんだろうか。

 絶対にうまくいかない気がする。


 むしろメイリンさんのことだし、「自分の仇は自分で取るネ」とか言ってリベンジしそう。


「私は信じてるアル。いつか私を連れ去ってくれる王子様が現れる状況......」


 まあ、この人がそれでいいなら何も言うまい。


「............」

「............」

「「............」」


 え、何この沈黙。


 何も言わないメイリンさんと見つめ合うこと数秒。

 やがて彼女は、心底不思議そうな表情でこてんと首を傾げた。


「............少年、イ◯ポ?」


 おい。


「これだけの美少女が王子様求めてるのに、立候補しない。非常に不可解。少年、玉ついてないアルか?」

「あんたその自信はどっから......第一、今はそんな状況じゃないでしょう。俺はーー」

「やーい、イ◯ポ! イ◯ポ!」


 ーーわかった。ぶっ殺す。


 いつまでも俺が負けっぱなしだと思うなよ。

 しょ......じゃなくて、指......液体化......あーもういいや! 触手能力が封じられているとはいえ、この組織に入ってから、俺は体術だって鍛えてきた。そして今!


「この煙によって、貴女は確実に弱体化している! つまり、今ならチャンスがある!」

「いや、それは朱羽君も同じなんじゃ......」

「フッフッフ。甘いナ、少年」


 ビシッと指を突き出した俺に、メイリンさんは涼しい笑みを浮かべてみせる。


「私が考えもなく、あの装置を破壊した思うアルか?」

「......え、わざとだったの? あれ結構な値段ーー」

「私の使う獣心拳は、ケモノの心を介シ、ケモノの技を繰り出す武術。理性のない状況も、思考能力の低下も、ケモノの本能を理解する私には全て無意味ネ!! つまりーー!!」


 俺の腕をはたき落とし、逆の手で指を突きつけてくるメイリンさん。首から上は、お手本のようなドヤ顔だ。


「私だけが、少年と科学者の恥ずかしーい姿を楽しム! そう言う寸法アル!」

「なん......だと............」


 こ、この人......生き方がフリーダムすぎるっ!


「アルベリカさん! この人やばいですよ! 仲間意識とかそういうのが圧倒的に欠如してます!」

「え? ああ、うん」

「......アルベリカさん?」

「そうだね。よくないね」


 あれ? 気のせいかな。

 心なしか、アルベリカさんの声がくぐもって聞こえるような......? それに、呼吸する音に混じって、かすかにシュコー、シュコーという音が......。


「ま、まさか......!?」


 振り返る。

 いつもの白衣に、目元を覆う包帯。しかし今は、いつもは見えている口元まで隠されている。


 そのーーガスマスクによって!!


「あ、アルベリカさん......」


 そんなまさか、最近は比較的良識人に見えなくもなかったアルベリカさんが、まさか裏切っているなんて............いや、まだだ。まだ彼女が裏切ったとは限らない。

 そうだ。きっと、全員の分を用意してーー。


「先に言っておくけど、僕の分しかないよ」

「最低だ! あんた最低だよ!」


 スネ夫でも3人分は用意してくれるのに!


「僕は君達とは違って普通の人間だからね。ガスの効果が想定以上だった時用に、あらかじめ用意しておいたのさ」


 全く悪びれた様子もなく、肩をすくめるアルベリカさん。

 気づけば俺は、力が抜けて床に膝をついていた。

 

「親睦会は? ねえ、親睦会はどこへ行ったの?」

「まずは上下関係をはっきりつける。ケモノの社会でも、人間の社会でも、これ同じネ」

「まあ取り敢えずは、君達の分の実験データで満足しておこうかなと」


 この人たち、罪悪感がないの?

 成長過程でどこかに置いてきてしまったの?

 

「これまで以上にチームプレーが大事になるとか、腹を割って話すとか、絆を深めるとか、全部嘘だったんですか?」

「機ニ臨ンデ変ニ応ズ。兵法の基本アル」

「僕も、あの時はそう思ってたんだよ。でもよく考えたら、僕までぎせ......実験に参加する必要はないかなって」


 あんたら手のひらくるっくるじゃん。

 でもいいよ。わかったよ。よーくわかったよ。


「ふふふ......ふはは......ふははははっ!」

「しょ、少年?」

「朱羽君?」


 そっちがその気なら、俺にだって考えがある!


「俺は役者です。これが、どういう意味かわかりますか?」


 俺は返事を待たずに立ち上がった。

 そして、二人に向けて宣言する。


「つまり俺はーー理性のない状況で理性のある人間を演じることも、朝飯前ってことですよお!」

「りせ......え? なんて言ったアルか?」

「論理的ではないね」


 えーい! うるさいうるさい!


「ちょうど、お二人の黒歴史が気になっていた所です! 今ここで、お二人の黒歴史に新たなる1ページを刻んでもらいましょうか! いざ下剋上!」

「ふっふっふ、面白くなってきたネ! 受けて立つアル!」

「僕も、こういうノリは嫌いじゃないよ」


 こうして、俺たちのチキチキ☆あたおかガスで我慢大会! が始まったーーが。




「二人とも、すぐ寝るじゃん......」


 主にメイリンさんによって食い散らかされた菓子類と、空になった酒瓶。ひとしきり騒いで人一倍暴飲暴食を楽しんだ彼女はというと、突然電池が切れたように意識を失って、今は俺にもたれかかるようにして眠ってしまっている。


 肩のあたりに顔を押し付ける体勢のため、体温と吐く息で少し暑い。この人は、これで寝苦しくないんだろうか。


「アルベリカさんも、さっきから動かないし......」


 少し離れた位置。ちゃぶ台には、突っ伏して動かなくなってしまったアルベリカさん。脱ぎ捨てられたガスマスクがその側に転がっている。

 呼吸するように体が上下してはいるから、生きてはいると思うけど......今思い返せば、メイリンさんと俺が騒いでる時にはもう反応がなかったかもしれない。


「これはもう、俺の勝ちってことで良いのでは?」

「私は......まだ、負けてないアル............」

「え?」

 

 起きてる?


「あの、メイリンさん?」


 返事はない。

 

「メイリンさん?」

「少年、うるさい」


 鬱陶しげな、眠たそうな声だった。


「あ、すみません」


 寝ててもある程度意識があるとか、そういう奴だろうか?

 一応、呼吸が苦しくないように頭の位置を少し調整して、上手く肩に頭が乗るように持ってくる。

 

 ーーんん......うぅ............。


 難しいな。

 床に寝かせた方がよかったんだろうか。でもそれはそれで失礼な気もするし......膝枕とか? 男の俺がやっても硬いだけか。あんまり動かして起こしてもアレだし、しばらくはこのままで我慢するか。


 ーーすぅ、すぅ。


 しばらくそのまま固まっていると、やがて収まりのいい角度を見つけたのか、メイリンさんの呼吸が一定になるのがわかった。先ほどまで寄っていた眉根も解けて、ひとまずは安らかに眠っているようだ。


 なんというか、その寝顔は、とても整っていて。


「ーー綺麗だ」


 エヴィが西洋系の美少女なら、メイリンさんは東洋系の美人だ。

 褐色の肌に、しなやかで無駄のない、モデル顔負けのスレンダーな体型。シャープな輪郭と、整った顔立ち。呼吸する度にその長いまつ毛が揺れて、静かに上下する。


 起きている時はアメジストの瞳を輝かせて明るく笑っているのに、眠っていると、昼間とは真逆でクールで静かな印象を受ける。まるで月の女神のようだ......なんて。

 

 普段はシニヨンでまとめられた髪も今は解かれていて、メイリンさんが頭を動かすと、浮き上がった何本かが俺の頬を撫でて少しくすぐったい。


「さて............と」


 そろそろ、俺も寝ようかな。


























 ーーって、寝れるわけがねえ!!!

 

 この人、アルベリカさんの話し聞いてた!?


 『人間の理性を低下させるガス』って言ってたよね? 言ってたよね、ねえ!? ちょっとは俺のこと警戒して欲しいんですけど!


「落ち着け。落ち着け、俺。ここで変なことしたら確実にヤバいことになる............俺が」


 絶対に、例えメイリンさんが起きてても聞こえないような小さな声で呟く。肩のあたりから聞こえてくる吐息は努めて無視して、この前の戦闘や、これからの立ち回りについて考える。


 実際のところ、割と限界ではあった。


 そもそも、俺だって元は普通の男子高校生だ。普段のメイリンさんは、音よりも早く動く人外ムーブとか割とぶっ飛んだ行動の多いことに意識して焦点を当てているからそういう気持ちは抱かないけど、こうして寝てるだけなら年上の超絶美人。

 しかも、いつもは触れることすらできないほど圧倒的な強さを持つメイリンさんが、今はこうして無防備に体を預けて来ているのだ。これで意識するなという方が無理がある。


「寝よう。目をつぶって............駄目だ」


 体温とか、柔らかい感触とか、意識しちゃって余計に眠れない。今はこういうことを考える分別はある状態だけど、中央の装置は未だに止まる気配がない。

 これ以上ガスを浴びたら............。


「いやでもそうなったらそれは大義名分ーーじゃねえ!」

「むぅ、うぅ」


 慌てて口を抑える。いや、なんで俺はここまで辛い思いをしてまでこの人に配慮してるんだよ。普通に起こして......いやでも、ここで起こすのはなんか意識してるみたいで癪に触るし。それはそれで勿体無い気もーーしない! 思ってない! 意識してるみたいで癪に触るだけ!


 とにかく、一回落ち着こう。


 いくら寝顔は綺麗でも、横に寝ているのは猛獣。そう、ライオンのようなものなのだ。ライオンに手を出したら無事では済まない。そうだろう?


 冷静に。冷静になるんだ、俺............できるよな?


 時計は午前三時。地獄の3時間が始まった。






◯ ◯ ◯ ◯ ◯

 

 



 

「うーん、うん? もう朝......アルカ?」


 隣でメイリンさんが目を擦っている。

 俺はそれを、まるで世話のかかる姉を見守る妹のような、優しい眼差しで見守ることができていた。数時間前に抱いていたーー抱いてしまった邪な感情が嘘のように、ひだまりのような穏やかな心が体を満たしている。


「おはようございます、メイリンさん」

「ーーッッ!?」


 まるで警戒心の強い野良猫のように、俊敏な動きで去って行ったメイリンさんを眺めながら、俺は欠伸をする。

 昨日は結局、一睡もできなかった。とにかく眠い。


「オマエ、誰ネ?」

「俺ですよ、朱羽です」

「しょ、少年?」

「二人とも、何を騒いでいるんだい?」


 どうやら、物音でアルベリカさんも起きてしまったようだ。彼女は体をほぐすように一つ伸びをすると、俺たちの方向を見てーー固まった。


「僕はまだ、夢を見ているのか......?」


 理性を薄くさせるガス。側で無防備に眠るメイリンさんと、アルベリカさん。どっちも、血迷って手を出したら確実に俺の命は吹き飛ぶ。


 そんな状況下で、俺は、変化という新たなる能力を生み出したのであった。

 

 つまり、どういうことかというと、俺の今の体は、女性のものになっていた。




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