悪の組織にも幕間を! 〜祝敗会〜
「「「かんぱーい!」」」
地下アジトの一室に、グラスが打ち鳴らされる涼しい音が響き渡った。
エヴィが連れ去られてから三日が経った夜。俺、メイリンさん、アルベリカさんの3人は、お菓子が山積みにされたちゃぶ台を囲んで座っている。
「良かったんですかね......エヴィが捕まってる時に、3人だけでこんなことをして」
今日の集まりは一応、「祝敗会」という名目になっている。敗北は祝うものなのかと言う疑問はさておいて、その実は打ち上げのようなものだ。
エヴィがいたらきっと喜んで騒いだのだろうなと思うと、なんだか楽しむ気分にはなれない。
「だからこそ、ネ。少年」
グラスにお酒を継ぎ足しながら言うメイリンさん。
「金髪奪還のため、ここらで親睦深めようゼ!」
「ニコも確保されてしまったし、これからの僕たちは3人行動が基本になる。これまで以上にチームプレーが重要になって来るだろう......それに、ここ数日の君は気を張りすぎだ。少しは肩の力を抜くことを覚えたほうがいい」
「そう、ですか」
「そんなに気になるなら、さっさと金髪を救出して、またみんなでパーティーすればヨロシ!」
確かに、メイリンさんの言う通りかもしれないな。
ただ闇雲に訓練をしているだけじゃあ効率も悪いし、信頼感も生まれない。エヴィはまた別の機会に誘うとして、今回は取り敢えず、必要な付き合いと割り切って参加しようか。
それにーー。
「これからは、俺もここで住むわけですしね」
この度、俺はめでたく正体がバレ、以前まで住んでいた家は警察にマークされるようになってしまった。そのため、最低限の荷物だけを持ってこの地下アジトに引っ越して来たのだ。
これからは先住民であるメイリンさんとアルベリカさんとの3人暮らしになる以上、二人のことを知っていく必要があるのは間違いない。
「......でも、親睦を深めるって、具体的に何をすれば良いんですか?」
「それは......こう、お酒を飲んで、同じ卓を囲むアルか?」
「俺、未成年なんですけど」
ていうかメイリンさんも、永遠の18歳ってーー。
「ーーそれ以上は触れてはいけなイ」
思考を読むな。
「じゃあ、こういうのを使ってはどうだろう」
ーードン!
なんか出た。
「なんですか、それ」
「気分が良くなる装置......かな?」
「なんですか、それ」
「特殊な匂いで脳の快楽物質を増加させて、思考能力を低下させたり理性を低下させるガスの発生装置」
ダメなやつじゃないですか、それ。
「本当はこの施設の防衛用に開発したやつなんだけど、人体に使用した際のデータがまだ取れていなくてね。ちょうど良いから、この機会に僕達の身を持って効果を検証しておこうかなと」
「そんなん他所でやってくださいよ!」
「でもそこら辺で撒いてくるわけにはいかないだろう? 上手くいけば、ガスが充満する室内限定という縛りはあるけど、相手を無傷で無力化できる強力な兵器になるんだ。朱羽君もこれからここに住むんだから、施設の防衛には協力してくれないと」
うっ、そこをつかれるとちょっと言い返しづらいな。
だがしかし、この国は民主主義の国。俺とメイリンさんの二人が反対に回れば、アルベリカさんも強行はできないはず......!
「メイリンさんも反対ですよね!? こんな危険そうなの」
「面白そうネ! ここを押せば動くアルか?」
ダメだ。この人はこういう人だった。
「ポチッとナ」
「あ、ちょっと!」
メイリンさんがスイッチを押すと、花を模したようなその機械の花弁が開き、中からいかにもって感じのピンク色のガスが溢れ出てくる。絶対に体に悪そう。
「換気扇の数も減らそうか」
ドアを閉めながらタブレットをいじるアルベリカさん。
しばらくすると天井のファンが止まり、肌を撫でる程度にはあった風が無くなるのを感じた。
このアジトは地下に存在するため、酸素が無くなって窒息しないよう、多くの空調設備が導入されている。
流石に全て切ってしまっては窒息しかねないため少しは残しているのだろうが、これでもう、ガスが室外に出て行くことはあまり期待できない。
「一応、タブレットにはロックをかけておこうかな。誰かがおかしくなって変な風にいじったら厄介だし」
「おかしく」って何!? 怖いんですけど!
「朱羽君はどこか僕達に遠慮してるようだし、メイリン君はいつも僕のことを胡散臭いとか言うからね。これで腹を割って話せると思うよ」
「おー、科学者! 珍しく面白いことするネ!」
嬉しそうに笑って酒瓶を飲み干すメイリンさんは、もう影響を受けているのだろうか。なんだか声が少し大きい気もするし、気のせいな気もする。
再構成は............やっぱりダメか。
この前の戦いで奥の手の第二形態を使いすぎたため、今は再生以外の全ての能力が使えないのだ。あの猫の子も「実家を見て来ます」という書き置きだけを残して昨日消えてしまったし、ここから出ることは不可能。
アルベリカさんの良心を信じて、大事にはならないことを祈ろう。
「一応確認ですけど、中毒性とか、死ぬほどの害はないんですよね?」
「さあ。それを調べるために実験するんじゃないか」
ダメだ。この人を信じた俺が馬鹿だった。
「動物実験に使用したマウスは半日の間ぶっ続けで交尾した後に死んだけど、僕の計算上、人間の肺活量なら少し酩酊するだけで、後遺症は残らないはずだよ」
「その人を不安にさせるだけの前半部分は絶対にいりませんでしたよね! ていうか最初に言ってください!」
「アヒャヒャヒャヒャヒャ! 少年! オモロ!」
メイリンさんがおかしくなった......って!
「あんたこの状況でまだお酒飲んでるんですか!?」
「飲んでるアルな」
もはやグラスを持たず、瓶に口をつけて直接呷っている。瓶のお酒ってなんとなく度数高いイメージあるけど......この人は大丈夫なのか?
瓶を傾けて中の液体を流し込むメイリンさん。
音をつけるなら「んくっ......んくっ......」と言った感じで、飲み込むのに合わせて、その褐色の喉が拍動する。部屋着なのか、ダボっとした灰色のパーカーは首筋から肩にかけて肌が見えていて、思わず目線が吸い寄せられてしまう。
「ぷはーっ」
乱暴に手の甲で拭われた唇が、何故かどうしようもなく気になって仕方がないーーって!
「アルベリカさん! これやばいやつ! これ絶対やばいやつな気がします!」
「そうかい? 僕はまだ大丈夫そうだけど」
「私もまだまだ余裕アル! 少年がエロい目で見て来たのもバッチリ見えてたネ!」
言わんでいいから! 自分でもわかってたから!
「図星アルか? アヒャヒャヒャヒャヒャ!」
あとあんたは多分、余裕じゃない。
アルベリカさんの発明はすごいな。弱体化状態の俺はともかく、人外枠のメイリンさんにまで効果があるなんて。
「僕も久しぶりに飲もうかな」
しかも、本人は割と平気そうだし。
「アルベリカさんもお酒とか飲むんですね」
「思考が鈍るから、普段は滅多に飲まないけどね。でもワインは好きだよ」
「おー、それっぽい」
すらっとした足を伸ばしてワイングラスを傾ける動作は、クールなアルベリカさんによく似合っている。
「ずっと研究室にいると、知らず知らずのうちにストレスが溜まって、効率が落ちていたりするんだ。適度な気晴らしは大人の嗜みだよ」
か、かっけえ。
「ふーん......じゃあ、お前ラの一番恥ずかしいエピソード教えるヨロシ」
脈絡!
「なにがどうなって『じゃあ』なんですか!? 今明らかに趣味とかに行く話の流れでしたよね!?」
「お互いに恥を晒してこそ、絆が深まると言うモノ......」
訳知り顔でそれっぽいことを言うメイリンさんだが、口元が微妙ににやけているのを隠し切れてはいない。
「いや、あんた自分が知りたいだけだろ!」
「そんなことないアルヨ。少年の黒歴史を金髪に暴露してやりたいとか、正気に戻った科学者を全力で揶揄いたいとか、そんなことこれっぽっちも思ってないアル」
「これっぽっちも思ってないにしては、やけに具体的!」
大体、黒歴史なんて言われても、そんなすぐには思いつかないだろ......そうだ!
「じゃあ、メイリンさんはどうなんですか? こういうのは言い出しっぺから始めるものですよ」
どうだ、このカウンターは。
こう言うのを言い出したからには、自分なりに何かしらの心当たりはあるはず。おお、すごい。思考力が低下してるはずなのに、俺だいぶ賢いこと考えてないか?
「私は......思い当たることは特にないアルな」
ふーん、へー。ほー。
「で、少年と科学者ハ?」
わずかな時間アイコンタクトを交わしたあと、俺たちは同時に口を開いた。
「思い当たることは特にないです」
「思い当たることは特にないかな」
室内を無言の沈黙が支配した。
口を開いた奴から追求される。
そんな気がしたのは俺の被害妄想だろうか。
今や部屋全体をピンクの霧が包み込んでいて、ガス発生装置が右に左に首を振る度に、生み出される空気の流れで部屋の中を循環していく。
最初のうちは吸い込まないようにとか考えていたけど、もうこうなったら抗うだけ無駄だ。
ーーだが、それは他の二人も同じこと。
ここに来て、俺の中にある願望が生まれていた。
『二人の黒歴史、ちょっと聞いてみたい』
それは、いつも二人の天才っぷりに打ちのめされている俺の、ささやかな願い。
なんとか上手いこと聞き出せないだろうか。
俺とメイリンさんがお互いに牽制しあい、アルベリカさんが静かにグラスを口に運ぶだけの時間が体感1分ほど続いたあと、動きを見せたのはーーメイリンさんだった。
「なんか思ってたのと違うアルな」
彼女の視線は、花のような機械......ガス発生装置へと向けられていた。
「もっとこう、スリルが欲しいアル」
そう言って茎の根元についたボタンに手を伸ばす。
ボタンは四つ。「大」「中」「小」「首振り」......扇風機かよ。今は「小」のボタンが凹んでいるが、手を伸ばしたのは、やはりと言うかなんと言うか、「大」のボタン。
「流石に『大』は危ないんじゃないですか?」
せめて「中」辺りにしようと、手を伸ばすがーー。
「未知数歓迎光臨!」
拳を叩きつけ、ボタンを破壊されてしまった!
「さあ! 狂乱の宴を始めるアル!」
でかい声で叫んで変なポーズを決めるメイリンさん。
その背後からは、黙々と霧が立ち上っていて......。
「......おかしいな、大のボタンでもここまでは出ないはずなんだけど」
数秒もしないうちに、天井を覆い隠してしまう。
「アーハッハッハッ! アーハッ......ゲホッゲホッ!」
手で振り払っても、どんどん霧が溢れていき、ピンク色のレンズを通しているかのように視界全てを埋め尽くす。
「いくらなんでも、これは............あ」
「ど、どうしたんですか!?」
「漏れてる」
「へ?」
「ガスが漏れてる」
見れば、メイリンさんの拳によって凹んだボタンの所々に隙間ができていて、そこからピンク色の霧が続々と漏れ出ていた。
「これ、やばいんじゃ......」
「やばい、かもね」
「アヒャヒャヒャヒャヒャ!」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
お互いに恥を晒してこそ、絆は深まると言うモノ。
あの危機を乗り越えて以降、俺たちの間にあった距離はなんとなく縮まった気がする。
続く?




