その結果
何度か転移を重ねた後、俺と猫少女はやがて見覚えのある場所にたどり着いた。
「ここだ」
「はいにゃ」
すっかり大人しくなった猫少女と同乗者を掴み、
「少し、変わる。暴れるなよ」
「変わる?」
「オオォアアアアアァァァアアアアア!!」
「うわっ! なになに!?」
本日三度目の第二形態に。正真正銘、最後の変身だ。
こうなったらもう、今日は戦えないけど......とにかく今は、速さが大事だ。
「オオオォォォオオ!!」
「うわあ! 早い早い!」
興奮する猫少女を落とさないように、階段を駆け降りる。
長い、長い下り階段。そろそろエレベーターつけろよ......と思うけど、防犯上の理由からなかなか出来ないらしい。
やがて目的の部屋に着いた時、俺は変身を解除した。
「アルベリカさん!」
「............朱羽君」
ーーそう。ここは、組織の地下アジトだ。
アルベリカさんは、俺たちに背を向けて、立ったままモニターを見つめていた。
いくつも並んだモニターのと多くは、中川姉妹とメイリンさんを写している。これは......戦ってる! モニター越しでは追いきれない速さで動くメイリンさんと、槍を振り回して応戦する姉の中川椿。妹の方は、一心不乱に......あれは何をしているんだ? 絵を描いているように見えるけど。
でも、とにかく、まだ戦いは終わってない!
振り返ったアルベリカさんは、いつものように、包帯で表情が読めない。俺は彼女に向けて、急いで話しかけた。
「この子を治してください!」
差し出したのは、腕の中の小さな同乗者。
「ニャア」
弱々しく泣くのは、先ほど俺が殺しかけた、今現在死にかけているあの猫だ。
「お願いしますっ!」
俺の隣で、猫の少女も頭を下げる。
「............うん。ちょっと見せてくれるかな?」
俺の手から猫を受け取ると、優しく持ち上げて、触診を始めた。お腹、左手、左足、右手ーー。
「ニッ!?」
「なるほど。どうやら、右足の骨が折れてるようだね」
「治りますか!?」
「君は......例の転移系の魔法少女か。うん。動物は専門外だけど、多分治せると思うよ」
「良かった......」
「でも、直ぐに連れてきたのは正解だったね。放っておいたら、もしかしたら、死んでしまったかもしれないから」
薄く微笑んだアルベリカさんは、そのまま猫を抱えて医務室の方へと歩き始める。
「あの、俺もあそこに行った方がーー」
「いや、いいよ」
君は、よくやってくれた。
そう言い残すと、アルベリカさんは部屋から出ていった。
「あの、ありがとう! あと、ごめんなさい! いきなり襲いかかって............悪い人じゃなかったのに」
頭を下げた後、アルベリカさんの後に続く猫少女。
俺は、正しい選択をしたのだろうか?
画面の中では、メイリンさんと中川姉妹が異次元の戦いを繰り広げていた。俺には決して届きそうにない、ハイレベルな戦いを。
だが、しかし。いくら探しても、10個以上あるモニターに金髪の少女が映ることはなかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
しばらくして、メイリンさんと中川姉妹の戦いも終わった頃、アルベリカさんと猫少女が医務室から戻ってきた。
猫少女の抱える籠の中には、さっきの猫が、体を丸めて眠っている。すやすやと寝息を立てていて、とりあえず、無事そうで安心した。
「これで命の危険はないよ。しばらくは歩けないかもしれないけど、それもその内治る。猫には勿体無いくらいの技術で治したからね......まあ、僕は貴重な動物実験のサンプルが取れたから良かったけど」
「一応聞きますけど、それ、大丈夫なやつなんですよね?」
「もちろんさ。もちろんだとも」
なんで繰り返したんだよ。逆に怪しいよ。
そんな俺の追求の視線をかわすように、アルベリカさんはモニターに目を向ける。
「ああ、戦いは終わったんだ。どんな感じだった?」
「痛み分けって感じですかね。メイリンさんは全力を出している感じではありませんでしたけど、中川姉妹の連携に攻めあぐねていました。あの妹ーー菖の方の能力は?」
「詳しくはわからないけど、僕は状況的に、絵に書いたものが現実と化す能力と思っているよ」
つええ。でも、やっぱりそうか。
「さて、朱羽君に謝らなければいけないことがある」
「はい」
「君ももう察しているとは思うが、エヴィエラ君が政府によって捕らえられた」
「......良かった」
思わず口に出してしまい、慌てて取り繕う。
「いや、もしかしたら、死んでるかもってーー」
「ああ、すまない。そこは、さっき伝えておくべきだったかもしれないね。あの時政府に捕らえられたと言ったら、君も勝手に飛び出してしまうかもしれないと思ったんだ」
「............そんな、エヴィじゃないんですから」
「そうだね」
包帯の奥の眼窩が俺を覗き込む。
今度は俺が目を逸らす番だ。
「と......まあ、そんなわけで、うちの組織はほぼ壊滅だ。彼女の能力は、うちの組織の生命線だからね。僕と、君と、メイリン君と......」
そこでメイリンさんは、ちらっと猫少女の方を見た。
「後1人、候補もいるけど......それでも、4人だけじゃあできることに限界がある。今回の戦いで、エヴィエラ君の能力の有用さは理解できただろう? 数は力だ」
エヴィよりもその能力ばかりに着目するアルベリカさんの言い方には少しひっかかったけど、俺は頷いた。
「エヴィエラ君の能力がなければ、今まで通りの計画は実行できない。魔法少女に青春を届けるという目的も、不可能と化してしまったと言っていいだろう」
作戦を立てた僕の責任だ。と、アルベリカさんは言うけれど、俺は首を振った。
あの作戦には俺たち全員が同意していたし、それに、あの時に猫を助けることよりも、エヴィのいる所へ向かうことを選んでいたら結果は違っていたかもしれない。
「そこでーー朱羽君に頼みがあるんだ」
「はい」
「今回一番頑張った君にまた負担を押しつけて申し訳ないんだけど、エヴィエラ君を回収して来て欲しい」
俺には、選んだことの責任がある。
「はい!」
アルベリカさんは口の端を上げて満足そうに微笑むと、こう続けた。
「君の次の任務は、ある島に潜入することだ」
待ってろよ、相棒。
「エヴィエラ君が移送される予定の人工島。魔法少女たちが生活しているあの島、『異能力開発特区』へ!」
ーー次は、俺が助ける番だ。
今回で「SAT編」が完結です。




