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一つの選択




「助けにきましたよ、相棒!」


 フライパンをこちらに向けて、ポーズを決めるエヴィ。

 久しぶりに見たゴスロリチックなシスター服を着たエヴィは、修道服にあるまじきそのスタイルを強調するようなデザインと、異国風のシルエットがよく似合っている。

 金髪と碧眼によくマッチしていて、まるでアニメのキャラクターをそのまま三次元に持ってきたかのような完成度だ。


 ーー頭にかぶった両手鍋を除けば。


 正直に言えば、最高のタイミング。最高の仕事だ。

 俺はこの通り拘束されていて、「マギ・ウイルス抑制剤」とやらを打たれたらもう反抗は不可能だっただろう。そうなったらもう捕まるだけ。


 そんな間一髪の時に来てくれた。しかも、厄介な狙撃手まで排除してくれるというおまけ付き。

 

「............ちっ」


 液体化した足で縛り上げ、俺を押さえていた隊員を無理矢理にどかす。


「動くなと言ってるだろう!」

「ワガハイに命令するな」

「ーーくそっ」


 背中から物凄い衝撃を感じた。

 それは、筆舌に尽くしがたい痛み。大口径から放たれる鉄の塊を無防備に受けたのだから、当たり前か。


 すぐに再生しようとする体を、俺は敢えて留める。


『な、何をやっているんですか!?』

「痛いっ! 痛い! 血が、血が出てますよ!?」


 突然の俺の行動に動揺するニコと、何故か自分のように悲鳴を上げて顔を覆ってしまったエヴィに必死で意識を向ける。そうでもしないと、痛くて、今にも飛びそうな意識を繋ぎ止めれないからだ。


 ーー耐えろ。


 まるで、背中からトラックに轢かれて、ドリルで穴を開けられた後、熱湯を流し込まれているかのような痛みだった。

 痛くて熱い。熱くて痛い。どっちが先かなんてわからない。額に流れる脂汗が、ひどく鬱陶しい。「死」とは、この痛みの延長線上にある気すらする。それでも、耐えるんだ。


「異能が切れたか......今、楽にしてやる」


 耐えろ。耐えろ。そしてーー立て。


「......む?」


 まあ、待ちたまえ。

 口に出したつもりのその言葉は、荒い息となって消えた。


 でも、関係ない。

 

 俺の手は、今にもリロードしようとするその手を、しっかり掴んで阻止できていたから。


「あぁ、もう嫌です。見たくない! 見たくない!」

『朱羽さん! 早く再生を!』


 ーー使うよ。こいつを倒してからね。


 三秒かけて再生すると思った?

 三秒あれば、立ち上がって、ぶん殴れるのに?


「なんのつもりっーーー!?」

「破アアアァァァァァアアアアア!!」


 防弾チョッキだろうが関係ない。

 指の骨が折れようが、破片が拳に突き刺さろうが、上へ。


 突き上げろ。


「しゃあっ! おらあっ!」

 

 渾身のアッパーでぶっ飛ばす。

 すげえ、俺メイリンさんじゃん。多分、エヴィと同じようにマギ・ウイルスの副作用で身体能力の向上込みの威力だとは思うけど、それでも、重装備の大人を壁まで吹っ飛ばすことができるなんて......。


 やばい、俺最強かもしれん。


「フハ、フハハハハッ! かかってこい! 雑魚ども!」


 あれ? なんか吐きそう。


「ぐふぉえっ」

『血! 血出てますって! 早く再生して!』


 あ、そうだった。

 アドレナリンの力やばいな。


「再生」


 みるみるうちに血が止まり、身体が修復されていく。

 失った血は返ってこなかったが、背中の感覚を感じるようになった頃には痛みはすっかり消えていた。色々な疲れはすごいから、気を抜いたら倒れてしまいそうだけど。


「しゅーー触手マン!」

「触手マン言うな」

「じゃあ朱羽さんって呼んでいいんですか!?」


 キレ気味に言ってるけど、それ呼んじゃってるから。あと君、俺の記憶が確かならさっきも呼んでたから。

 もうとっくに名前バレてると思うよ。


「とにかく、触手マンはやめて」

「じゃあ朱羽さん!」


 肩を怒らせながらニコから降りてきて、そのまま流れるように俺の頭をフライパンで叩く。

 パカン、と軽い音が鳴った。


「そういう危ないことをするのはやめてください! 死んじゃうかと思いました!」

「......まあ、ごめんな」


 ここは素直に謝っておく。

 自分でも、なんでこんなことをしたのか分からなかったからだ。あのまま待っていても、エヴィとニコなら俺を助けることができた。俺はただ、待っていればよかったのに。

 

 でもあの時は、なんとなく、床に押し付けられた情けない姿をエヴィに見られるのが嫌でーー。


 いつもメイリンさんでやられ慣れてるのに、なんでさっきはそんな風に思ったんだろう。


「ーーまさかこれが、ストックホルム症候群!?」

『多分違うと思います』


 なんちゃって。

 ......本当はわかってる。ただの醜いプライドだって。


 エヴィが俺と一緒に戦いたいと言った時、俺もアルベリカさんと一緒になって止めた。

 それは組織の人数不足を補うのにエヴィが必要だからとかそういうのではなく、ただ............心のどこかで、エヴィを見下している気持ちがあったからだと思う。根拠もなく、ただ漠然と考えていたんだ。


 ーー俺がこいつを守る立場だって。


「それで助けてもらってるんだから、世話ないよな」

「......? よくわかりませんが、私は朱羽さんの相棒兼先輩ですよ? 朱羽さんはもっと私を頼るべきだと思います」


 ごもっともでございます。

 

「そうだな。じゃあ、一緒にやろうか。エヴィ」

「はい! 共同作業ってやつですね!」


 厄介な狙撃手はもういない。下の警官たちはボブに撹乱されているから援軍もない。そして隣には、今まで共に人外(メイリンさん)に立ち向かってきたエヴィがいる。


 負ける気はしなかった。

 

「ショータイムだ!」

「あ、えっと、その......ああー! 私も決め台詞考えておくべきでした!」


 俺が駆け出し、一歩遅れてエヴィが続く。

 普段ならこのまま俺が盾役となってエヴィが攻撃する隙を作る役割を担うが......今の相手はメイリンさんではなく、普通の人間だ。その必要はない。


「撃て! 撃てぇ!」


 ショットガンを余裕を持って液体化で回避。

 そのまま、攻撃体制に再構成しようとしてーー。


『朱羽さん! これを使ってください!』

「ナイスだ、ニコ!」


 投げ渡されたステッキをキャッチ。

 そのまま、振り下ろす。これで二人。


「たーたーたたっらーらーたーたーたたっらーらーたーたーたたっらーらーえーゔぃーえら! はい!」


 野球場で流れてそうなBGMを口ずさみながらフライパンを横に構えて俺の後ろに続くエヴィ。


「ホームランっ!」


 そのまま、お手本のような綺麗なフォームでフライパンをスイング。重い金属音を辺りに響かせながら、フライパンで銃弾を跳ね返すという離れ技をやってのけた。

 反射した銃弾が天井に向かい、瓦礫を降らせる。


「た、隊長! 銃撃は危険かと」

「......接近戦、用意」


 反射した銃弾に当たることを恐れたのか、ショットガンを落とし、ハンドガンや徒手で構える隊員たち。

 あくまでも多対一を徹底するように、俺とエヴィ、それぞれを別で包囲するような動きで陣形を組み始めた。

 

「エヴィ!」

「はいはーい!」


 二人で呼吸を合わせる。

 

「わん、つー!」

「さん、しっー!」

 

 二人同時に飛び上がり、俺はエヴィの方へ向かって、エヴィは俺の方に向かって、派手な飛び蹴りで包囲を崩す。

 そしてーー。


「スイッチ!」

「りょーかいです!」


 背中合わせに、入れ替わる。

 正面にいる三人の敵のうち、ハンドガンを装備した一人だけを液体化した腕で手早く片付け、もう一度エヴィと背中を合わせる。


「終わりました!」

「よし!」


 もう一度入れ替わる。今度は、エヴィが倒した残りだ。

 倒れているのは、こちらも一人。残った敵がハンドガンで応戦してくるが、体で受け、すぐさま再生。体に少し穴が空いた程度なら、再生に一秒もかからない。液体化の能力を駆使して、残りを片づけた。


「よいしょー!」


 エヴィの方を見れば、柔道のような動きで袖を取ってくる相手を、力任せに投げ飛ばしているのが見えた。

 

 これが適材適所。


 エヴィは力はすごくても、体は生身だ。銃で打たれたらかなりの深手を追う。一方俺は、銃は再生で無効化できるけど、戦闘経験は浅い。

 徒手の敵にはエヴィがあたり、ハンドガンの敵には俺が対処する。会話はほとんどなくとも、今日まで一緒に戦ってきた経験が、俺たちの意思を統一していた。


「そう! これが絆の力です!」

「なんか安っぽく聞こえるな、それ」


 何度も何度もメイリンさんにボコられた末、ようやく編み出したコンビネーションだからね? 力技担当はエヴィ。速度と防御担当は俺。極めて合理的かつ実践的な研究結果にして、俺たちの血と汗と痛みの結晶なのだ。

 ......見た目は金髪美少女なエヴィに力で負けていることを気にしてはいけない。中身はゴリラ顔負けだから。


「カバーお願いします!」

「はい、よっ!」


 なんて、頭では余計なことを考えていても、体はエヴィの声に反応して動く。庇うように前へ出て、銃弾を受けながらも場所を入れ替わる。ハンドガンを的確に無力化しつつ、徒手空拳で挑んでくる相手は適当に受け流してパス。


 さっきまでと、一人で戦っていた時とは全然違う。

 効率も、戦いやすさも、何もかも。


「朱羽さん、後ろ!」


 跳び箱のように体をかがめた俺を片手で飛び越え、そのまま蹴りを放つエヴィ。着地を狙った銃撃の雨には、ステッキを回転させるモードでその銃弾を防いだ。

 フライパンと、ステッキ。お互いに長さの違う武器でも、戦い方はお互いに知り尽くしている。半身になって避けたり、しゃがんだり、そうしてフレンドリーファイアを避けた一撃は、相手にとって予想外の方向からの致命傷となる。


「チェンジ!」


 差し出された手を取った。

 お互いの勢いを殺さないまま、場所を入れ替える。


「残念。ワガハイだ」


 浴びせられる銃弾の雨を無傷で回避。

 さて、反撃だ。


「朱羽さん、その口調だとやっぱり違和感ありますね」


 俺の影から現れて加勢するエヴィが、そんな軽口を叩く。

 これ、あなたが考えた設定ですけどね?


「ラストです!」


 気づけばもう、あと一人だ。


「あなたが犯した誤ちはたった一つです。それはーー」

「よいしょっ、と」


 危なげなく、ステッキで体勢を崩してから、蹴りでとどめを刺す。と、何か言いかけていたエヴィが怒りだした。


「ひどい! 今私が良いこと言おうとしてたのに!」

「あ、ごめん。じゃあ今どうぞ?」

「そーゆーのじゃないんです! そーゆーのじゃ! どうぞで出しても意味がないんです! こーゆーのは、なんていうか、腹の底からこう、ぐぐっと湧いてくるもので......」






「あーあ。やられちゃった。日本最強の部隊も、案外大したことがないのね」






 ーー誰!?


「でも......ま、いっか。ちょうどアタシも、一回くらい思いっきり描いてみたいと思ってたし」


 目深に被ったキャスケット帽で素顔はよく見えないが、声からして女性。左手でペンをくるくると回しながら現れたこの女はーーこの状況から見て、おそらくは魔法少女。


「アタシの名前はーー」


 そのセリフを遮るように、高速で飛んできた何かが俺たちの中間地点に落下してきた。

 着地の衝撃は凄まじいもので、二階部分が崩壊し、俺たちは全員一回にまで落とされる。


「エヴィ、無事か!?」

「ーーはい! 朱羽さんは!?」

「こっちも大丈夫だ! くそっ、なんだってんだよ......」


 粉塵と煙に咳き込みながらも、目を凝らせば、それが人だとわかる。まさかーー!?


「私は気づいた。そこが陸地なら、走ったほうが早いことに。グーグルマップで調べて、直線で向かえばいいことに」


 中指で眼鏡を持ち上げるような動作。

 頭の後ろで一つにまとめた髪の毛に、パンツスーツ。特徴的なのは、手に持ったその等身大の槍。


 知的なその容姿とは裏腹に結構脳筋なことを言っているこの人は、資料で確かに見たことがある。


「中川椿、見参!」


 行方不明になっていた芦屋さんの部下、作戦通り進めば、俺が最終的に負けるはずだった魔法少女ーー中川椿。


「やりましたね、朱羽さん! このままこの人に負ければ、任務達成なのでは?」

「いや、待て。じゃあ最初の、あの帽子の魔法少女は?」

「そういえば......一体あの人は、どなたなんでしょう?」


 まさか、一般人ということはないだろうし......。


『朱羽さん! 気をつけてください! さっきの女性は茨城総理の秘書、中川菖です!』

「中川?」

 

 それって、もしかして......。


「お姉ちゃん! 何するの!?」

「菖!? どうしてここに!?」

「それはアタシのセリフ!」

「いや、私は、芦屋さんを助けようと......」

「まだあんなジジイと関わってるの!? あいつは胡散臭いから信用するなって言ってるでしょ!」

「あ、菖こそ! 茨城総理の秘書をやっているそうではないですか! お姉ちゃんに相談もなしに!」

「秘書じゃないし! お抱えの画家だし!」


 やっぱり、姉妹なのか?

 ていうか、なにこれ。なんで喧嘩しだしたの?


『えっと、解説するとややこしいのですが......まず、お二人は姉妹です。その上で、姉の椿の方は芦屋さんの秘書を、妹の菖の方は芦屋さんと現在対立状態にある、茨城総理大臣の秘書をしています。彼女が、唯一の政府側の魔法少女です』

「だから! お抱えの画家だって言ってるでしょ!」

「じゃ、じゃあ......どうすればいいんだ?」


 俺たちは、姉の中川椿に負ける予定だった。それは、椿の方なら仮に負けても、芦屋さんの口利きで最終的にはどうにかなるという計算があったからだ。

 でも、妹の菖の方は政府側の魔法少女。他の魔法女たちを人工島に閉じ込めている茨城総理ーーつまり、政府の手下で、彼女に負けたら、俺たちは牢屋か、魔法少女たちと同じく人工島行き。


「しゅ、朱羽さん! 頭が! 頭がこんがらがってきました! 私はこれから、一体どうすれば......?」


 いや、そんなこと、俺に言われてもわからん。

 もう予想外につぐ予想外だし、作戦はガバガバだったことがよくわかった。考えてみれば、ここまで暴れたら政府側の魔法少女が来たっておかしくないのに、俺たちはそれに対してなんの対策も積んでこなかったし、能力も分からない。


 状況から見て、屋根を一瞬で消して、矢倉を出したのはこいつの能力なんだろうけど......建物を建築する能力? 情報なしに戦って勝てる相手なのか?


 そんな混沌とした状況でーー。


「にゃにゃ!? 今度は成功だ! 悪魔男爵、みーっけ!」


 そいつは現れた。


「覚悟するといいよ! ボコボコにしちゃうから!」


 また魔法少女か......。

 特徴的な猫耳に、尻尾。明らかに普通の人間ではない。もういいよ。もうこれ以上状況をややこしくしないでくれ。警察の第二陣。狙撃手、SAT、中川姉妹。ただでさえ次々に襲われて疲れてるのに、これ以上は俺の処理能力では限界だ。


 人工島に閉じ込められてるはずなのに、この場に一体何人いるんだよ。オールスター感謝祭か。


「もういいや......エヴィ。取り敢えず一旦引くぞ」

「そうはさせませーん!」


 まるで動物のような俊敏な動きで、最後に現れた猫耳少女が走り寄ってくる。


「早い!?」


 明らかに気が抜けていた俺は、咄嗟に反撃しようとして、手を伸ばす。液体化した腕の攻撃が、飛び上がった魔法少女を迎撃しようとして、触れた。


「ひっかかったな! じゃーんぷ!」




 次の瞬間、目の景色が一変した。




「猫ちゃんたち! やっちゃって!」

「「「「ニャー」」」」


 そこは、薄暗い裏路地のような場所。

 四方八方から俺を見つめるのは、黄金の二つの瞳。


 こいつが、例の転移系の能力者!?


 まずいな......これは、罠か。俺たちを強制的に転移させて、周りを味方で固めて袋叩き。単純だが、有効な戦法だ。


「エヴィ! こうなったら仕方ない! 無力化するぞ!」


 返事は......ない。


「エヴィ?」


 まさか......嘘だろ!?

 辺りを見回しても、歯をむき出しにして威嚇する猫。猫。猫。ゴミ箱の上に座る猫耳少女。


 エヴィはおろか、中川姉妹。ニコもいない。 


 この場に連れてこられたのは、俺だけってことか!?


「え、これ......どうすんの?」


 作戦に予想外は付きもの。

 それにしたって、限度があるだろうが。





 ............いや、マジでどうすんの、これ?


「猫ちゃんたち! やっちゃって!」

「くそっ......考えてる暇はないか」


 とにかく、ここは早く片付けて、すぐにでも救援に向かわないと。


 あの場には、まだ警察も大勢残っていた。精鋭部隊はほぼ潰したとはいえ、最悪の場合、「中川姉妹&警察VSエヴィ」という構図もあり得る。もしそうなったら、いくらチート級の能力を持つエヴィでも、逃げ切れるかどうか......。


 一刻も早く、あの場所に戻らなければ。


「ニャー!」


 顔に飛びつくように爪を立ててきた猫の攻撃を避ける。


「ニャー!」

「ニャー!」


 前、後ろ。左、右。

 避けて。避けて。避けて。避けて。


 ーーくそっ! 反撃する隙がない!


「いいぞー、猫ちゃんたち! そのままやっちゃえ!」

「ニャー!」

「ニャー!」

「ニャー!」


 一体何匹いるんだよ、これは!


 次々に猫たちが飛びかかってきては、ヒットアンドウェイで逃げていく。反撃しようと腕を液体化するも、野生由来の反射神経としなやかな体捌きで避けられ、そうこうしている間に障害物の隙間をするすると縫って消えていく。

 そしてまた、次の猫が。


「あー、もう! 鬱陶しい!」

「ふっふっふ、これが猫の陣にゃ!」


 悪魔男爵のキャラクターを取り繕う余裕もない。

 焦りと疲れが頭の中を支配していて、戦闘自体も疎かになっている気がした。まずは目の前のことに集中しろと言い聞かせても、あの場に取り残されたエヴィのことがどうしても気になって焦燥感が生まれ、ミスが出る。それがまた焦りに繋がり、新たなミスが生まれる。そんな負の連鎖。

 

「ニャー!」

「ニャー!」

「ニャー!」


 避けても避けてもキリがない。

 聞こえてくる鳴き声だけでも数十匹はいそうな気がする。そんな大量の猫たちが波状攻撃で次々に絶え間なく襲ってくるが、肝心のこちらの攻撃は、動物的な動きと的の小ささに翻弄されて全く当たらない。


 物が沢山置いてある裏路地という場所も悪かった。


 攻撃してきた猫に反撃しようと思っても、落ちている廃家電などを利用して上手く視線を切られ、躍起になって追いかけていると別の猫が攻撃してくる。

 

 一匹も倒せないまま、どんどん時間だけを消費していく。


 こうしている間にも、エヴィがピンチに陥っているかもしれないのに。早く、早くしなと。


「がーんばれ! かーんばれ!」

 

 指示してるのがあいつなら、あいつを倒せば......!!


「おっと! 危ない!」

「......チィッ!」

「へっへーん! べー、だ!」


 やっぱり、すばやい。猫耳から落とすのは無理がある。


 ーー落ち着け。よく考えろ。

 

 相手は所詮猫。多少すばしっこくて攻撃が当てづらいかもしれないが、逆に言えば、当ててさえ仕舞えばいい。


「面で制圧する」


 10本の指を液体化。

 もはや狙いなんてつけない。とにかくめちゃくちゃに振り回す。家電の後ろに逃げ込むなら、その家電ごと潰す。


「ね、猫ちゃん! 避けて!」

「ニャー!」

「ニャー!」


 鳴き声のした方は、目を向けもせず薙ぎ払う。

 

「逃すかあっ!!」


 線での攻撃ではなく面での攻撃は、


「ギニャッ!?」


 ついに、一匹にクリーンヒットした。

 

 ーー俺は正しかった。でも、考えが足りなかった。


 相手は猫。もちろん、防具なんてつけていない。そんな小さな動物に、訓練された人間の特殊部隊員と戦う時と同じ威力で攻撃をすればどうなるかなんて、火を見るより明らかだったはずなのに。

 焦っていた。焦って、判断力が鈍っていた。


 指の腹に感じたのは、防弾チョッキの硬い感触とは全然違う、小さな生き物のお腹を強かに打つ、生々しい感触。


 指の中で、何かが折れる音がした。


 宙を舞い、冷蔵庫の上段に叩きつけられた猫は、ずるりと自由落下してくると......力尽きたように横たわった。


 


 ーーそのまま、動かない。




「ああっ!?」


 悲鳴をあげた魔法少女が慌てて駆け寄るのを、俺は呆然と眺めていた。

 

「......良かった。生きてる」


 それを聞いても、何故か体が動かない。

 生々しい、生き物の命を蹂躙する感覚が、液体化を解いた指からも離れない。確実に今、殺したと思った。いや、例え今生きていたとしても、数分後には......。


「猫ちゃんに酷いことしないで!」


 猫の少女が叫ぶ。

 それは、小さな子供の身勝手な叫びだった。「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ」そんな言葉もある。自分から攻撃を仕掛けておいて、いざ少し痛い目にあったら涙目になって相手を非難する。


 まさに子供のやることだ。


 でもーー子供だ。


「こ、こっからは、私が戦うし!」


 猫耳に尻尾。そんな特徴にばかり目がいっていたが、立ち上がって拳を構える少女はーー明らかに腰がひけて震えているこの少女は、小さかった。

 幼さの残る顔立ち。150センチにも満たないのではないかという身長。だぼだぼのパーカーで体のラインが隠されていてもわかる幼稚体型。おかっぱの髪の毛は少し目にかかっていて、その瞳は......離れていてもわかるほど、潤んでいた。


「にゃああぁぁああああ!」


 戦ったことなんて、なかったんだろう。

 真っ直ぐ突っ込んできて、拳を引いて突き出すだけの単純なパンチ。速さはあるけど、それだけだ。フェイントも何もないし、なにより、構えからしてなってない。


「............」

「はーなーすーにゃー!」


 その手を掴むのは、容易なことだった。


 俺はーー何をしている? どうすればいい? これは正しいことなのか? 今の俺は......悪役なのか?


 本当の「悪」に、なってはいないか?


「はーなーせー!」

「黙れ」

「お、お前なんて怖くないし! 猫ちゃんたち......べ、別に猫ちゃんたちなんていなくても勝てるし! 楽勝だし! こんな、こんなのっ!」


 頭に浮かぶのは、俺が猫にしたように、エヴィが魔法少女や警察に殺され、横たわる光景。

 ショットガンで撃たれた時の、あの痛みと熱の感覚がリフレインする。


 今まさに、この瞬間、エヴィも同じように撃たれているかもしれない。


 俺と違って再生能力なんてない。もしもそうなったら、その痛みから逃げる術もないまま、死んでしまうだろう。



『朱羽の演技で困ってる人を笑顔にしてあげれたらいいね』



 俺は一体、どうしたいーー?

 もう作戦はぐちゃぐちゃだ。俺が、自分で、判断しなくちゃいけない。一番やっちゃいけないのは、迷ってて決断できないこと。早く決めないと、どちらも手遅れになる。


 俺は、


 俺は、


 俺は、


『助けにきましたよ、相棒!』

『......? よくわかりませんが、私は朱羽さんの相棒兼先輩ですよ? 朱羽さんはもっと私を頼るべきだと思います』


 俺は、決めた。


「死にたくなければ、今すぐ転移の魔法を使え」


 思いっきり顔を近づけて睨みつける。

 泣きながら首を振る猫少女の顔を掴み、首を縦に振るまで、俺は力を込め続けた。


 そして数秒後ーー俺たちは、揃ってその場から消えた。






次で「SAT編」エピローグです。

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