日本最強の部隊⑤
俺たちの立てた作戦は、三つのウェーブから成る。
まず第1ウェーブで芦屋さんを誘拐し、立て籠る。
次に第2ウェーブで警察を撃破。
最後の第3ウェーブで魔法少女に敗北。
これらの行動の全てが揃えば、「警察ですら勝てなかったテロリストに勝った魔法少女」という俺たちが求める状況が完成する......はずだったのに。
「すみません、もう一度言ってもらっても?」
『魔法少女、中川椿を見失った。作戦は失敗だ』
『わ、私はちゃんと科学者の言う通りに動いたアル! 少年が戦うとこ見るのも我慢したアルヨ!』
淡々と事実を告げるアルベリカさんと、多分悪いことはしてないんだろうけど、何故か言い訳がましく聞こえるメイリンさん。アルベリカさんは地下基地の中にいるみたいだけど、メイリンさんの声は風で少し聞きづらかった。
二人は、違う場所から話しているのかな。
『いや、メイリン君は悪くない。おそらく、向こう側の問題だ。例の転移能力持ちがヘマをしたのだろう』
アルベリカさんによると、こうだった。
本来の俺たちの作戦では、芦屋さんを誘拐して彼の配下である魔法少女、中川椿を呼び寄せ、警察を撃破後に戦って敗北する予定だった。しかし、警察と戦ってる間に中川椿が来て、「警察&中川椿VS俺」となってしまっては困る。
そこで、彼女は人工島にあるヘリポートを使って本土まで移動するだろうから、適当なとこでメイリンさんがヘリを落として(?)、俺が警察と戦ってる間は足止めしてもらう作戦を立てていたのだ。
しかしーー。
『中川椿は、音夢花三毛という少女に本土までの送迎を依頼した』
「その音夢花って子が......」
『転移能力持ちの魔法少女だね。詳しい能力は未だわかってないけど、さっき調べたら300メートルから10キロほどの距離を瞬間移動できるみたいだよ』
「何だ、そのチート能力は」
瞬間移動なんてされたら絶対に警察を倒すまでに間に合わない。そこでアルベリカさんは、その音夢花って子が今までに転移した記録から、彼女の実家付近が中継ポイントになると予測、ダメ元でメイリンさんを送り込んだ。
万が一、彼女が真っ直ぐ俺の方に転移して来たら、俺が時間を稼いでいる間にメイリンさんが音速で急行して(?)撤退する予定だったのだが、
『音夢花三毛は来たよ。音夢花三毛は......ね』
現れたのは、一人だけだったと。
『なんか凄い慌ててたアルヨ』
『おそらく、彼女の転移は本来一人用だ。転移を繰り返すうちに、中川椿は落としたんじゃないかな?』
落とすって、財布じゃないんだから......。
『まあとにかく、中川椿を捕捉できない以上、作戦は失敗だ。申し訳ないが、帰ってきてくれたまえ』
「えー、マジですか。俺結構頑張ったんですけど」
魔法少女が来ないなら、作戦は失敗。頭では分かっているんだけど、警察との激闘からつい食い下がってしまう。
そんな俺に、いつも淡々と喋るアルベリカさんにしては珍しく、少し言いづらそうな口調で。
『............実は、エヴィエラ君も行方不明なんだ。ちょっと目を離した隙にいなくなってしまってね』
「あの馬鹿......」
エヴィは今回、何体かのボブを出してもらう以外の役割はなかった。人数不足の組織にとって、無限に人手を捻出できるエヴィの能力は生命線だ。万が一にも奪われるわけにはいかないし、それにエヴィ自身、未だ演技が上手くない。
そういう理由で、不満そうにしている所をなんとか言い聞かせて留守番させていたんだけど、まさかアルベリカさんの目を掻い潜って脱走するとは思わなかった。
『金髪、私と一緒に外出たアルヨ?』
『じゃあ君は何故、その時に言わなかった!?』
『え、いや......普通についてくるから、科学者も許可してる思ったネ』
もうグダグダじゃん、この組織。
『はあ......まあ、今回に関しては僕の責任も大きいからメイリン君だけを責めるわけにはいかないね。とにかく、君が帰ってくれば、彼女も帰ってくると思うから』
「そうですね。まあ、仕方ありませんか」
まあ俺も、第二形態の長時間使用で身体中が痛いから、さっさと帰ってアルベリカさんに診てもらった方が良いか。
失敗は失敗。素直に認めて、次に活かそう。
「じゃあ、ニコに乗ってゆっくり帰ります」
『出来れば、帰りにエヴィエラ君がそこら辺を彷徨いていないか探して来てくれると助かる。僕はこれから基地周辺の監視カメラから足取りを辿るから、君は芦屋邸の周辺を重点的に探してほしい』
「......はーい」
あいつ、余計な仕事を増やしやがって。疲れてるのに。
「じゃあ、失礼します」
『あ、そうだ。ニコに乗って帰るなら、近くのヘリには十分に注意するように。あれにはーー』
「......あ、」
切っちゃった。
まあ、いっか。もう帰るだけだし。
「じゃあニコ、帰るか」
『............すみません。話を聞いているだけでも、私の立てた作戦には穴が沢山ありました』
青ランプ......か。落ち込んでるんだろうな。
「良いって。それに、みんなで話し合って決めたことだろう? お前一人の責任じゃないさ」
『そう言っていただけると、助かります。せめて安全に基地まで送り届けますので』
「ああ、頼んだ。マスコミ関係のヘリが飛んでるらしいから、一応2階から確認してから飛ぼうか」
『はい』
あまりにも近い場所を飛んでたら、少し離れてから飛んだ方が良いだろうか。でも、屋敷の周りは未だ残っている警察が包囲してるだろうし......。
ぶつからないよう注意して強行突破かな。
階段を登って、窓から外を確認する。
「なんだ、あれ......?」
塔......っていうか、矢倉?
あんなもの、最初に来た時にあったかな?
『警察が監視用に立てたんですかね......?』
「分からない......まあでも、丁度良いじゃん。あそこら辺の警察を蹴散らせば、あの矢倉から飛べそうだ」
この家の屋根から飛んでもいいけど、もしかしたら周囲から一斉放火を受けてニコが傷つくかもしれないし、方位を崩してから、あの端の方に立ってる矢倉に登って飛ぼうかな。
「......ただ逃げるだけなのに、意外と大変そうだな」
『こういう時に瞬間移動系の異能があったら、楽に脱出出来そうなんですけどね』
「間違いない」
本当、うちの組織の人手不足をこういう時に実感するなあ。ボブは車の運転をしていたけど、ヘリや船の運転も出来たりはしないんだろうか。
ーーていうか、エヴィがいないなら、適当な所で車で迎えに来てもらうこともできないじゃん!
「うちの組織って、もしかしなくてもブラックだよな」
『......ですね』
ニコの上って狭いから、はっきり言って乗り心地は最悪なんだよな。ずっと立ってなきゃいけないし。
まあ、仕方ないか。
基地を空にするわけにはいかないからアルベリカさんは留守番決定だし、メイリンさんはその音夢花とかいう魔法少女の実家......そもそもあの人、車運転できるのかな? 普通に自分で走った方が早そう。
ていうかうちの組織、ボブを抜かしたらニコを入れても五人しかいないじゃん! 人増やせ! せめてバックアップは用意しろよ!
「まあ、文句を言っても仕方ない。そろそろーーあ?」
『どうしたんですか?』
「いや。なんだろう、これ」
なんか、ビリビリする。
『これ......もしかして、ヘリが近づいてきてませんか?』
「確かに」
防音がしっかりしているだろう屋敷の中からでも、はっきりとわかる程度には近づいてきていた。
でも、違う。そんなんじゃない。
「やばい。なんかこう、初めてメイリンさんと戦った時と同じ感じがする」
『どういう感じですか?』
「いや、上手く言えないんだけどさ」
背筋がぞわぞわするというか。
一歩引きたくなるというか。
「......取り敢えず、様子を見よう」
『一応その前に、博士に連絡を入れた方が......』
「そうだな。じゃあーー」
俺はもう一度インカムに手をかざしーーなんだか急に眩しくなった気がして、空を見上げた。
「あれ?」
暖かな太陽の日差しが差し込んできて、思わず目を細める。見上げた先には太陽と、それを覆うように飛ぶヘリコプター。プロペラ音は直ぐそばで聞いてるみたいに大きいし、風圧がすごい。少しずつ、こちらに近づいてきて......待て。何で俺は、屋内なのに太陽が見えてるんだ?
「屋根が......屋根は!?」
『こ、これは......!?』
なんだこれ!? 屋根が消えた!?
というか、壁も半分から上が消えてしまっている。一体どうなってるんだ、これは。
『朱羽さん! あれ、マスコミのヘリじゃありません!』
逆光でよく見えないが、頭上を飛ぶ白と黒、2色で彩られたヘリの側面には、確かにPOLICEの横文字が......。
本当に、一体何がどうなってるんだ!?
「こんなの、まるで魔法みたいな......」
魔法......まさか!?
「警察側に魔法少女は!?」
『いえ......いないはずです。でもそうじゃなかったら、こんなこと、あり得ない............とにかく、一刻も早くここから離れましょう』
「ああ、そうだな」
もう多少の弾幕は覚悟して、正面突破を試みるべきか。
俺は外を確認しようと辺りを見回して、ふと、視界の端で何かが輝いた気がした。
「ニコ?」
『はい?』
ニコのレンズ......ではないか。距離が違う。
それに、さっきの光は視界の右上からまるで星のように光っていた。俺よりも高い位置にあるはず。
一体この光は、どこからーー?
「まさか............!?」
矢倉のてっぺんが、キラリと輝いた気がした。
「そげーーッッ!?」
『朱羽さん!?』
頭が吹き飛んだことを、五感のうちの四つ、触覚以外を失った体で理解する。
大丈夫。大丈夫だ。未だ焦る時間じゃない。一刻も早く再生して、まずは、
「アルベリカさん! アルベリカさん!」
くそっ! さっきの衝撃で使えなくなってる!
「ニコ!!」
『やってます! でも呼び出しに出ないんです! 今、インカムの予備を出しますからーー』
乾いた発砲音と共に、今度は後頭部から崩れる。
『大丈夫ですか!?』
「ーーくそっ!」
『再生のストックは!?』
「大丈夫、まだある。とにかく、ここを移動するぞ。このままじゃ狙い撃ちにされるだけだ」
『ーー朱羽さん! 上!』
今度は何だ!?
「降下」
「「「了解」」」
上空のヘリから、ロープが垂れてくる。
「嘘だろ............」
『降りて来ます!』
呆然と見上げる俺の頭と右腕を、正確無比な弾丸が撃ち抜いた。
降りてくる時に一瞬見えた肩部分には、縫い付けられワッペンと、金色に光る「SAT」の三文字。
「A班、降下完了」
「B班、同じく」
「C班、無事着地しました」
「よし。後続の班を防御しつつ、制圧開始だ」
「「「了解」」」
バイザーのついたヘルメット、同じ素性を隠す目的でも、俺の仮面なんかとは違って実用性に重きを置いた、鼻までを覆う黒いフェイスマスクに、ネイビーブルーの戦闘服。
素早く部屋の中に侵入してくる集団は、まるで一つの脳で繋がっているかのようだった。
「オオォアアアアアァァァアアアアア!!」
ーーさっき倒したの、SATじゃないんかーい!!
緊急につき素早く切り札を切った俺の間抜けな言い分は、幸運なことに誰にも理解されることはなかった。




