日本最強の部隊②
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『速報です。先程、世界征服推進連盟を名乗る集団による2度目の大規模電波ジャックが行われました』
............ドッキリじゃなかったんだ。
なんかの検査で引っかかって、この島に連れて来られてから一ヶ月。別にいつでも出れるっちゃ出れるんだけど、ここは食っちゃ寝してるだけで勉強とかやらなくていいし、「猫になりたい」が口癖だった私は、ぼんやりとテレビを眺めるだけの毎日をそれなりに楽しんでいたんだけど。
美味しそうなおうどんを紹介する番組が急に悪魔男爵とか言う人に乗っ取られて、元総理? を誘拐したとか言い出したのだ。既視感を感じてチャンネルを変えてみたら、案の定他のチャンネルもジャックされてるし。
「あ、1ちゃんは無事なんだ」
公共放送だけ女のアナウンサーがニュース速報をやっているところだった。
『映像によると、悪魔男爵を名乗る人物、及びその部下と見られる人物数名が芦屋勘蔵元総理大臣の自宅を占拠。元総理を人質に、立てこもっている模様です』
「ふーん」
悪魔男爵、やっぱり悪い人だったんだなあ。
自分の銅像を立ててみたり、仲間と一緒にスポーツしたり、やってること子供のイタズラって感じで、結構好きだったんだけどなあ。
ああいう悪い人のフリしてる人が実はいい人っていうのは、プロレスとかではあるあるらしいし。
「ん? つまり男爵は悪い人のフリをしてる悪い人? にゃはは! なにそれ、おもしろい!」
おっと。またやってしまった。
最近あんまり人と喋らないから、独り言しちゃう癖がついちゃってるんだよなあ。いけないいけない。ただでさえ耳と尻尾が生えてるのに、これじゃあお嫁にいけないニャ。
『こちらは警視庁前です。現在もこのように、続々とパトカーが出動しています』
うーん。飽きた。
それはもういいから、おうどんを見たい。
チャンネルを戻してもニュースになってるし、私からおうどんを奪うなんて、やっぱ悪魔男爵は悪いやつだった。今日のご飯なんだろ。おうどん......は、微妙だなあ。ここの麺類ってやすっちいからなあ。
どうせなら、ちゃんとしたところで食べたい。
「音夢花さん!」
「んにゃ?」
あれ、椿ちゃんだ。
慌てた様子で、どうしたんだろう。
「私をここに連れていってください!」
「ここ......って、どこ?」
イマイチ理解できない私に、椿ちゃんはテレビを指さすと、もう一度繰り返した。
「私をここに連れていってください! 今すぐに!」
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「君がまだ子役をやっていた頃、空港で会った時のことを覚えているかい?」
芦屋さんの発言は、この状況では全く予想外のものだった。しかし、あくまでそれは、もう何分もすれば警察に包囲されるであろうこの状況であったからこその困惑で、その内容自体は俺にとっておかしなことではなかった。
むしろーー。
「覚えていてくれたんですね」
「挨拶した相手の顔と名前を覚えるのは、政治家として最低限の仕事だよ」
その最低限が出来ている政治家は、一体どれくらいいるのだろうか。それに、俺と芦屋さんが話した時間は5分にも満たない短い時間だ。結果的に、俺にとって忘れられない出来事になったけど、芦屋さんは今まで何も言ってこなかったし、てっきり忘れているのかと思っていたのに......。
「もっとも、私はもう引退しているし、最近ではボケてきた自覚もあるがね」
冗談めかして笑ってはいるけど、俺は本当に、すごい人にスカウトされたんだなと思う。
現役時代に圧倒的な支持率を誇った芦屋さんは、人の心を掴む天才と呼ばれていた。ちょっとした失策や閣僚のスキャンダルがあっても揺らがない長期政権は、こういう彼の信条が在ったからこそなのかもしれない。
「あの時は本当にありがとうございました」
お陰で、俺はーー。
「いや違う。そういう話がしたいわけじゃないんだ」
頭を下げようとして、遮られる。
「ただね。再会した時、私はすごく驚いたんだ。若者の言葉で言うなら、おったまげーというやつだったよ。あんなに小さかった子供が、立派な青年に成長していたのだから」
芦屋さんと会ったのは、子役をやっていた小学生の頃だ。
あの頃と比べれば、そりゃ外見も中身も大きく変わる。
「だから私は、仮面をつけて顔を隠しさえすれば、早坂君が子役の『八坂シュウ』と同一人物だと気づかれることはないと、そう楽観視していたんだ」
『八坂シュウ』というのは、子役時代の俺の名前だ。
本名でやるのは実家の関係もあって難しかったし、かといって全部を偽名にすると慣れるまで時間がかかるから、早坂朱羽という俺の名前から一文字とって、八坂シュウ。
あの時は、それなりに気に入っていた。
「君はネットニュースを見るかね?」
「いえ、あまり」
「私の秘書によると、悪魔男爵と八坂シュウを同一視するのは、インターネット上ではかなり有力な説として捉えられているそうだ」
............知らなかった。
地上波のニュースでさえ黒歴史なのだから、ゴシップ要素もあるネットニュースなんてもっと確認していない。
それにしても、普通わからないだろ。子役時代には悪魔男爵みたいなぶっ飛んだキャラはやらなかったし、演技にもプランクがあったから癖とかはないと思うんだけど。
「私も予想外だったのだが、子持ちの母親や昔の君のファンは、なんとなく感覚でわかるらしい。面影があるとかで」
仮面つけてるのに面影もクソもあるか!
目元だけを覆うデザインは失敗だったか。もっとジェイソンみたいなやつにしとけばよかった。
「俺が引退したのは、もう10年も前ですよ......?」
「我々大人と、君のような未成年では時間の感覚が違う。10年なんてあっという間だよ」
10年は長いと思うんだけどなぁ。
「それに、私はもっと、君が出演した作品の力も考慮すべきだった。名作はいつまでも色褪せない。子供時代の君を見た後に悪魔男爵を見る人間が何十人、何百人もいれば、そのうちの何人かが真実にたどり着くこともある」
「なるほど」
まあ、仕方ないか。
バレちゃったものはどうしようもないし、これからは俺もアジトで暮らせばいいのかな? 学校で友達と会えないのは少しだけ残念だけど、俺にとってはもう、組織の仲間の方が大切だ。むしろ、アルベリカさんやメイリンさんと一緒に暮らせるのは楽しみだ。エヴィは羨ましがるんだろうな。
「そういうことなら、この作戦が終わった後、すぐにでも荷物をまとめますね」
しかし、帰ってきた言葉はーー。
「なあ、早坂君。今ならまだ間に合う。やめにしないか?」
またも、予想外のものだった。
「どうしてそんなこと......」
「前までのお遊びのような活動ならともかく、ここまで大規模な犯罪行為は、いくら私でも握り潰せない」
「俺は、自分が犯罪者になる可能性は最初から考えていました。芦屋さんは違うんですか?」
「............隠し通せる、自信があったんだ」
その顔は......わからない。
後悔しているのだろうか。だとしたら、的外れだ。
「私が家族を救うために、他人の家族を犠牲にするのは、大義に反することだろう?」
..................家族。
「心配していただかなくてもーー」
「早坂君。君の父親は、真っ先に君だと気付いていたぞ」
..................父親。
「SATを潰したのが早坂朱羽だと世間で広まれば、私だって警察を止めることはできない。君はもう、二度と普通の生活を送れなくなる。君の父親との仲もーー」
「芦屋さん!」
つい声を荒げてしまった。
いけない。冷静になれ、俺。
「俺は最初から、その覚悟をしていました」
「だが、しかしーー」
「そして一つ訂正することがあるとすれば、俺に家族はいません。母親はもう、10年も前に亡くなりました」
そしてあいつは、家族じゃない。
『朱羽さん、警察による包囲網が完成しました』
今まで黙ってことの成り行きを見守っていたニコが、ディスプレイを空中に投影する。
「そんな機能までついてるのか」
『はい。ご覧ください、この屋敷を中心に、敷地内に布陣しています。おそらく、突入してくるまでそう長くはないでしょう............朱羽さん?』
躊躇いがちなその音声に、俺は強く頷いて返した。
「やるぞ、ニコ」
『............はい』
さて、と。
芦屋さんのいる最上階のこの部屋の場所は、警察にはまだ知られていない。窓は全部塞いであるし、順当に考えれば、下からしらみ潰しに探してくるだろう。ダミーとして、下の階には何人かのボブも配置しているし。
まずは第1ウェーブ。乗り切らないと。
「芦屋さん、俺は止めませんよ」
「............そうか。すまない」
「謝る必要はありません。俺が決めたことですから」
さあ、切り替えていこう。
今月中に2章終わらせたいので投稿ペース早めます。
よろしくお願いします。
 




