世界征服推進連盟①
「どうぞあがってください」
「......下がるんだが」
車に乗せられて約1時間、都内にこんな場所あったんだという山の中。車を降りたシスターが何やらスマホを操作したかと思えば、轟音と共に地下への隠し階段が現れた。
うちのドア吹き飛ばされた時も何の騒ぎにもならなかったし、こんなオーバーテクノロジーな設備を持つ組織に所属していて、何よりこいつは俺の目の前でおかしな力を使って人を一人消してる。今更ながらついてって大丈夫なのか、これ。
「おい、本当に俺もあのグラサンマッチョみたいに消したりしないんだろうな」
「当たり前です! これから仲間になる予定の人に危害を加えたりしませんよ。あ、ご苦労様ですボブ2号。もう帰って良いですよ」
「Yes, master」
言ったそばからまた一人消してるんだよなあ。
シスター女が手を振ると、さっきまで車を運転していたグラサンマッチョ(最初にうちのドアを破壊したやつとはまた別のやつらしい)が某未来から来たサイボーグが溶鉱炉に沈むときと同じポーズのまま、虹色にキラキラ輝いてメルヘンチックに消滅する。嫌だぞ俺、こんな死に方。
「さては朱羽さん、勘違いしてますね? 私のコレはあくまでも召喚と送還。なんやかんや色々あって呼び出した存在をまた元の場所に返しているだけです。この世界に住む人間をどうこうなんて出来ませんよ。私を信じてください」
「あのなあ......もし仮にお前が俺の立場だったとして、家の玄関破壊した怪しいコスプレ女をそんな簡単に信用なんてできないだろ」
「怪しいコスプレ女って何ですか!? 朱羽さんの印象を少しでも良くしようと、事前調査から朱羽さんの嗜好をプロファイリングして導き出された最適解の格好なんですよコレは!」
「いや、二次元ならともかく三次元でシスター服って......怪しい宗教関係者かと思ったわ」
「怪しい組織であることは否定しませんが! えー、せっかく頑張って選びましたのに............」
服の裾をつまみ、口を尖らせる少女。それっきりいじけたように黙ってしまった。
「............」
「............」
二人で黙って階段を降りる。螺旋階段の構造のため、目的地までの距離を知ることはできない。そもそも目的地がどこかもわからない。
「ーー気合入れて美容院にも行きましたのに......」
「............あ、いや。うん」
「......はぁ」
ゆるふわな感じでカールしているセミロングの髪をいじりながら、唐突に呟かれた。突然のことだったので生返事だけを返してしまい、何の気の利いたことも言えなかった。当然それは彼女が欲した反応ではなかったようで、失望の目線とため息が返ってくる。いや、うん。今のは俺が悪かった......のか?
「............」
「............」
どうしよう、すごく気まずい。そもそも、名前も知らない女の奇抜な格好を褒めなくちゃいけない時点でだいぶハードル高いのに、この気まずい空気がさらにそのハードルを押し上げている。魔法のこととか、組織のこととか、俺の今後の扱いとか色々聞かなければいけないのに、この空気感じゃそれもできない。
何とか会話のきっかけを見つけないと。
「やっぱりーー」
女が口を開きかけた。
ここだ。ここしかない。適当に褒めて、おだてて、五体満足のまま返してもらう。今度こそうまく立ち回れよ、俺。
「やっぱりシスター服とHDKEだったらHDKEの方が良かったんですかね?」
「ーーごめん、HDKEが何かはわからない」
ファッションに全く詳しくない俺はそう前置きした上で口を開く。
「さっきは怪しいとか言ったけど、その服自体は結構似合ってると思う。金髪碧眼ともよくマッチしてて最初はファンタジー世界の住人が現れたのかと思った。すごい美形だし。髪型も優しい雰囲気でいいと思う。率直に言って可愛い」
「............本当ですか?」
暗い地下道の中、輝く碧眼と見つめ合った。小首を傾げる動作と同時に髪の毛が少し頬にかかり、相手は頭がおかしい誘拐犯だと言うのに少しドキッとしてしまう。
顔はいいんだよなあ、顔は。
「本当だよ。それにしてもお前、意外とファンションに詳しいんだな。HDKEなんて俺今まで聞いたことないぞ。流行ってんのか?」
「裸エプロンを知らないんですか!?」
H D K Eかよ!
「ーーおい、ちょっと待て。お前さっきその格好は俺の嗜好をプロファイリングした結果だとか言ってなかったか?」
「はい。言いました」
「俺は一体お前らの組織に何だと思われてんだよ!」
「さあ、情報収集を担当したのは私じゃないのでちょっと......自分で聞いてみれば良いんじゃないですか?」
長い階段はどうやらここで終わりのようだった。
完全にやばいやつだったシスター女にまだ色々言いたいことはあったが、取り敢えず気を引き締める。
こんなのが所属している組織なのだ。世界征服がどうとか言っていた気もするし、間違いなくまともな集団ではない。目の前の鉄の扉も、紫の宝石が入った蛇の意匠がどことなく禍々しい。俺は五体満足で無事に帰ることができるのだろうか。いきなり人体実験の非検体にされたらどうしよう。
「どうぞお入りください」
その重い鉄の見た目に反して扉はあっさりと開く。
そこには、巨大な空間に戦闘員がひしめく、まさに悪の秘密結社のアジトといった空間が広がってーーいなかった。
「ようこそ! 世界征服推進連盟、またの名を......」
六畳ほどの狭い空間に、漫画本や雑誌、衣服などが散乱している。インテリアは部屋の真ん中に置かれているちゃぶ台とテレビだけ。
ーーそこは、まるでやる気のない部活動の部室のような場所だった。
「魔法少女を助け隊へ!」
次の話は9月20日4時ごろを予定しています。