誰もが認める悪いこと④
人に無視されたら傷つくよね。
でも、ロボットも無視されたら傷つくんだね。
『ニンゲン、オロカ。ホロボス』
「お、おい。悪かったって。謝るから落ち着けよ」
ウィーンウィーンと、人間誰しも聞いたら不安になるであろう甲高い警告音と、回転しながら点滅する赤ランプ。サッカーに飽きて戻った俺たちを出迎えたのは、放置がよほど腹に据えかねたのか、絶賛暴走中のロボット掃除機型AIーーニコだった。
『シハイ。カンペキナチツジョ。ミンナ、ワタシノハナシヲキク。サエギラナイ』
「おいおい。やばいんじゃないか? やばいんじゃないか、これ」
暴走したロボットのテンプレみたいなことを言いながら部屋の中を右に左にと駆け回るニコ。光景だけ見ればただ凄い勢いで掃除をしているだけなのだけど、いかんせん発言と色合いが物騒すぎる。なにより、ニコはあのアルベリカさんの発明品だ。人類の支配は流石に無理だとしても、暴走して爆発くらいはしてもおかしくはない。
「日本の家電、叩けば治ると聞いたことアルね。私に任せるヨロシ」
それ、いつの時代の話ですか。
腕まくりをして狙いを定める自称永遠の18歳を、アルベリカさんは落ち着いた様子で止める。
「ああ、その必要はないよ」
「ン?」
「これは彼女なりの......まあ、あれだ。ストレス発散方法なんだよ。みんなに相手にされなくて拗ねてるんだろう、きっと」
ストレス発散? ニコが?
ニコの「提案」とやらを聞かずにみんなで遊びに行ったから、恨んで人類を滅ぼそうとしてるとかじゃないのか? いや、それくらいで滅ぼされたらたまったもんじゃないけど。
「ほら、思春期あたりの女子はストレスが溜まると人の悪口を大声で叫びながらぬいぐるみを殴りつけたりするだろう? それと同じだよ」
「思春期女子ってそんなバイオレンスな生き物でしたっけ?」
「そうだ」
絶対嘘だろ。
「私は昔、イライラして山一つを消しとばして、そこに住むツキノワグマの家族を四頭丸ごと生で食べたことがアル」
それはやってそう。
「............どうして誰も突っ込んでくれないアルか?」
「あ、冗談なんですね」
「本当にやるわけないアル!!」
「確認なんですけどーー」
「本当にやるわけナイ!!」
真っ赤な顔をして言い返すメイリンさん。
この人こんな細い腕で斬撃飛ばしたりするリアルアニメキャラだからね。山一つくらいは余裕で消せそうだし、ツキノワグマをバリバリしてても......いや、それは流石に違和感あるか。
「ちなみに僕は地球全土を焦土に変える爆弾を落とす......妄想をして心を落ち着けるよ」
「妄想でも怖いのでやめてください」
冗談ですよね? 流石に。
「わ、私は......私は、に、2リットルペットボトルを2......いや、3本一気飲みします? 丸ごと生で!」
「お前は変なところで張り合うな」
「あう」
軽くデコピンをすれば、エヴィは恥ずかしそうにおでこを抑えて引き下がった。
「あと目が泳ぎすぎ。嘘をつくならもっと大袈裟に、自信を持って言い切らないとすぐにバレるぞ」
「ううっ......はい」
まずペットボトルを丸ごと生でってなんだよ。
こいつは今度本格的に演技を指導してやった方がいいかもしれないな。いつも俺とボブだけじゃあ絵面に変化がないのに、メイリンさんは演技でも負けるのは嫌だとかわがまま言ってるし。エヴィは基本的に裏方でやってるけど、魔法少女と戦うまでに最低限台本通りに喋れるくらいには成長させないとーー。
「魔法少女と戦うまでに......か」
それって、一体いつになるんだろう。
魔法少女の近況は、芦屋さんを通じて俺たちにも時々情報が入ってくる。彼女たちの生活は、一言で言えば「無」だそうだ。
学校もない。仕事もない。インターネットを閲覧したり動画を見たりで暇は潰せても、SNSやメールなどの発信行為は一切禁止。当然、魔法も禁止。部屋の外には見張りがうろついていて、限りある一生のうちでも更に限りある『学生』という期間を、何もない部屋で1日を過ごして終える。
外出できるのは検査の時と週に2回の運動の時間だけ。いくら名目上は病人とは言え、これではあまりにも退屈すぎる。一週間や一ヶ月ならまだしも、これが何年も続くなら俺だったら耐えられない。
「アルベリカさん......俺たち、このままで良いんですかね?」
「このまま、とは?」
「このまま......極端に人を傷つけない方針で活動を続けてて、良いんですかね?」
最初のゴールデン男爵事件以降、組織は明らかに守りに入った。特に芦屋さんと俺は、実際に多くの人に怪我を負わせたことと、孫を救うために関係のない大勢の他人を巻き込んだことで迷いが生まれた。
芦屋さんは総理大臣まで上り詰めた傑物とはいえ、あの通り今となってはただの孫バカなおじいちゃん。一般人を巻き込んでしまっては救われた魔法少女も喜ばない、といういつかのエヴィの言葉が足枷になって、人を極端に傷つけない作戦ばかりを推奨してくるようになってしまっている。
そして俺は、口ではおかしいと言いつつ今までそれを受け入れてきた。組織の実行役として表に立っているのは今のところ俺がメイン。その俺が強く希望すれば、芦屋さんも考えを変えたかもしれないのに。
『駄目です』
アルベリカさんの代わりに答えたのは、これまで作戦立案を担当してきたと言う張本人......張本機? のニコだった。
『今のままの活動では、100%魔法少女を救済するという目的は達成できません』
先程の焼き直しのように、ランプが青く点滅する。
『何故なら、客観的に見て、今のワタシ達が行っているのは「テロ行為」ではなく「派手な迷惑行為」だからです』
「ばっさり言うねえ」
ニヤニヤと面白そうに口元を歪めているアルベリカさんだが、相変わらずその目元を伺うことはできない。
「サッカーとか普通に盛り上がってたアルな」
「主にあなたの超次元サッカーのせいでしょうが」
「エヘヘ」
「褒めてないです」
『他人事みたいに言ってますけど、世間では悪魔男爵もネタキャラ扱いですからね』
ネタ......キャラ............!?
いやまあ、ネタキャラだけど!!
「俺、そんなふうに思われてるのか?」
『はい』
最近は訓練・活動で忙しかったし、自分がテレビで「ショータイム!」とか言ってんの恥ずかしすぎて確認できてなかったけど、案の定そんな感じなのか。
『警察では止めることのできない悪のテロリスト集団になって、魔法少女に倒される。今のアナタ達がやっていることは、あまりにもその目的と乖離しています。世界征服推進連盟なんて大層な名前ですが、実態は愉快なお笑い集団と変わりませんからね』
ニコの指摘がグサグサと突き刺さる。
魔法少女を救うためのマッチポンプを成功させるには、人々に「警察じゃ駄目だ」「魔法少女じゃなきゃ手に負えない」と思わせる必要がある。だからこの国最強の戦闘集団であるSATを下す。それが組織の最初の目標だったはずだ。
しかし今の俺たちはSATは愚か、警察との大規模な戦闘にも至っていない。
『舐められてるんですよ、アナタ達は』
抑揚のない機械の音声は、心なしか苛立っているように感じた。ランプの色が赤へと変わったことが、そう錯覚させているのだろうか。
『ワタシは許せないのです。世界最高レベルの人材で構成された集団が、道化と化している現状が』
ニコの言葉に、はっとした。
目の前に、俺が子役を辞めるきっかけにもなった、あの夜の光景が浮かび上がる。
『朱羽の演技で困ってる人を笑顔にしてあげれたらいいね』
どうして俺は、こんな簡単なことにすら気づかなかったのだろう。
ーー「笑われる」ことと、「笑わせる」ことは違うだろうが。
俺の悪魔男爵は、確かに誰も不幸にしないよう動いていたのかもしれないけど、まだ誰も幸せにしていない。ただ怖がって、笑われて、安心していただけ。
今やっとわかった。
モヤモヤした思いを、この組織に加入した俺自身の目的を、明確に言葉にすることができる。
俺は、エヴィに連れられてここに来た時、マギ・ウイルスに感染した女の子達の実態を知って、思ったんだ。
ーー魔法少女を笑顔にしたい。
俺は不特定多数に笑われたいわけじゃない。マギ・ウイルスという未知の力に悩まされる女の子達の前に立って、悩みすら吹き飛ばす激闘の末倒されて、「私たちの魔法、漫画みたい」なんてお互いに笑い合ってもらいたい。
「ニコ、俺は何をしたら良い?」
怖がってばかりじゃ、何も始まらない。
もう誰にも邪魔はさせない。関係ない奴らが入ってきたらーー手加減して、怪我をさせないよう細心の注意を払って、吹き飛ばす。
なんのためにメイリンさんから武術を習っているんだ。強くなるためじゃない。魔法少女に上手くやられるためだろう? 格闘経験のない一般人を怪我なく退かすくらい、出来なくてどうするんだ。
俺自身の目的も、倫理観も、あの日の言葉も、全部を貫き通して演じて見せる。
『悪いことをしましょうーー誰もが認める、悪いことを』
ニコの提案に、微笑んで同意しようとしてーー。
「アハハッ! アハハハハハッ!」
「えぇ? 今笑うところですか?」
大きな笑い声をあげるアルベリカさんに思わず突っ込んでしまう。今いいところだったじゃん、割と。
「ククッ、だ、だって、機械が感情論で人間を動かしているんだぞ!? こんなの、笑わない方がどうかしてるよ! アハハッ! アハハハハハッ!」
こ、この人......分かってたけど頭おかしい。
「はーあ。笑った笑った。でも変だな......確かに高度な学習プログラムは積んだけど、学ぶ対象は限定していたはずなんだけどな。折角だし、一回分解して調べてみようか」
満面の笑みで怖いことを言うアルベリカさんに、エヴィが可愛らしく小首を傾げて問いかけた。
「ぶんかい? って、どうするんですか?」
「うーん......詳しく調べたいし、一回全部壊してもう一回作り直そうかな」
「そんなのニコちゃんが可哀想です!」
「なんで?」
こいつまじか。
「ひどいです!」
「まずは人の心を学ぼう? ナ?」
「血の色青そう」
「僕だって人並みに傷つくんだがーー」
「「「嘘だ!!」」」
「ーーわかったよ。君たちがそう言うのならあのままにしておこうか。あれはあれで面白そうだし」
一体どうしてあんな子に育ってしまったのか、なんて反抗期の娘を持つ親のような事を言いながら顎に手を当てるアルベリカさん。
「それで? 僕たちは何をすれば良いんだい?」
『............分解しませんか?』
「取り敢えずはね」
『今後も絶対にしないと約束してください』
テーブルの影から機体半分だけ出してこちらを覗くニコ。その灰色のボディの上には、明らかに後付けされたと思われる簡単な作りのランプが乗っかっている。今は警戒を表すような黄色に、ニコのセリフとともに色を変えるそれは、まるで人間の顔色を模倣しているかのよう。
アルベリカさんの様子を見る感じ、きっとあれは、ニコが自ら取り付けたものなのだろう。
本当に、感情があるロボットみたいだ。
『約束してください!』
「善処するよ」
『約束してくださいってば!』
「前向きに検討する」
焦っているのか音量を上げて詰め寄るニコと、あくまでも機械的に、のらりくらりと躱して言質を取らせないアルベリカさん。
まるで機械と人間が逆転したかのような光景は、確かに少しだけ、面白かった。
次回も来週予定です。




