誰もが認める悪いこと③
ゴールデン男爵事件から二週間ーー。
「あなーたーとわたしだけのせかーいー!」
ちゃぶ台の上に立ったエヴィがくるっと一回転してポーズを決める。時間差で、ふわっと浮き上がった金髪があるべき場所に収まった。
「ありがとー! みんな、ありがとー!」
そのまま、右に左にニパーっと、精一杯の笑顔を浮かべて手を大きく振り始める。気分は大人気アイドルの満員ライブだろうか?
まあこの部屋、俺しかいないんだけどね。
「前列の朱羽さん、ありがとー! スタンド席の朱羽さんも、ありがとー! アリーナ席の朱羽さん、ありがとー! みんな、ありがとー!」
全部俺だったわ。
「拍手、ありがとー!」
「..................」
「大きな拍手、ありがとー!」
「はいはい。すればいいのね」
ぱちぱち。
「スタンディングオベーション、ありがとー!」
「おい、がめついぞ」
「スタンディングオベーション、ありがとー!」
「やらない」
「スタンディングーー」
「だからやらないってば!」
「むう、朱羽さんはノリが悪いですねえ」
はあ、とこれみよがしにため息をついたエヴィは、びょこんとちゃぶ台から飛び降りる。そのまま、座り込む俺に大きく身を寄せると、
「どうでしたか? 私もこの前見たアイドルみたいになれますかね?」
と、小首を傾げて見せた。
きっと、前に有名アイドルのオンラインライブの客席を全部ボブで埋めるという悪事をやった時に影響されたのだろう。相変わらず、3歳児並みの思考回路だ。
「さあ、無理なんじゃね?」
「えー!? どうしてですか!?」
「アホっぽいから」
こうして比べてみるとわかるのだが、確かにエヴィは可愛い。そこらのアイドルなんかよりよほど。黙っていれば雑誌の表紙を飾れるレベルのモデルにだってなれるだろう。
しかし、動き出すと途端にアホっぽくなる。歌ってる時は「おゆうぎかい」とか「みんなのうた」って感じで色気のかけらもないし、トークは常に知能が足りてない。総じて、アイドルというキャラではない。
アホっぽいっていうか、幼稚なのか。
本物のアイドルはすごいからな。本来、空席でネット中継するはずの客席を全てめっちゃがたい良いグラサンの外人に全て埋められたというのに、動揺を隠しつつも最後までパフォーマンスをやりきってみせた。
あのプロ根性は俺も悪魔男爵を演じるうえで見習うべき点がある。
「ふん、別にいいです! 私にはまだ、プロゴルファーという道がありますから」
唇を尖らせたエヴィが取り出したのはフライパン。
「一番、エヴィエラ選手......第一打、うったー!」
それ野球。
「すごい! なんという飛距離! これは、これはまさか、入るのか? 入ったー! トリプルボギー!!」
第一打でトリプルボギーて。
まあ、どうせこいつは、ゴルフのルールなんてろくに知らんのだろうな。この前、世界征服推進連盟の活動でゴルフ場のカップというカップの穴を塞ぐという悪事をやったから、それで影響を受けたのだろう。
「歴史的な瞬間です!」
「歴史的って............。あのなあ、トリプルボギーってのはスコアとしてはあんま良くないんだぞ」
「え? でも、プラス三点ってーー」
「ややこしいけど、ゴルフってのはマイナスの方が良い競技なんだってさ。一打で入るすごいやつはホールインワン。お前も聞いたことあるだろ?」
「そ、そんな......」
ショックを受けた様子のエヴィは、いつもの亜空間にフライパンをしまい、代わりにサッカーボールを取り出した。
「だがしかし! 私にはまだエースストライカーになるという道が残されています! はあっ!」
ボールを上に投げ、
「ほっ、よっ!」
二度太腿で打ち上げ、
「あっ、ちょっ......」
落とした。リフティングをしたかったんだろうが、なんというか、鈍臭い動きだった。メイリンさんとの戦闘訓練の時はあんなに動けるのに、どうして球技になると途端にもたつくんだろうか。
ボールを落としたエヴィが、がくりと膝をつく。その動きはまるで、インターハイの決勝で敗れたかのような沈みようだ。
「私も、私もサッカー......したかったです」
「すれば良いじゃん」
「違います! 私もメイリンさんと朱羽さんと一緒に、サッカーしたかったんです!」
「いやお前、まだ根に持ってたのか」
こいつが言ってるのは、一週間前の活動のことだろう。俺たち世界征服推進連盟は広報活動の一環として、サッカー日本代表とエキシビションマッチを行ってきた。参加者は俺と穴埋めのボブ。エヴィはかなりやる気だったのだが、芦屋さんから当然のようにストップがかかって泣く泣くお留守番。まあうちの組織の要だからね。仕方ないね。
当然、まともにやっても勝てるわけない......と、思いきや、前半12分に突如試合に乱入してきた謎の美少女格闘家(自称)の八面六臂の活躍ですぐさま逆転。俺も自分の能力をフルに使った超次元サッカーで相手を撹乱し、終わってみれば6-2とかなり圧倒的な結果に終わった。
全く、アイドルやゴルフだけでなく、サッカーにも影響を受けるなんて。本当こいつは、染まりやすいというかなんというかーー。
「ーーって、ちがーう!」
「うわっ、どうしたんですか!? 急に叫ばないでくださいよ、びっくりするじゃないですか!」
「お前は一体、何をやってるんだ!」
「え? なんですかいきなり......サッカーですけど」
「それが悪の秘密結社のやることか!?」
俺は絶叫した。
「なんで俺たちはアイドルのライブ見に行ったんだよ! なんで俺たちはゴルフ場に遊びに行ってるんだよ! なんで俺たちは、日本代表とサッカーしてんだよ!?」
「いや、だって......それが任務ですので............」
「どう考えても世界征服推進連盟の任務としておかしいだろ! 普通テロリストがこんなことするか!?」
魂の主張が効いたのか、疑問ありげな表情だったエヴィが、徐々に目を見開いていく。
「た、確かに......」
「だろ!?」
わかってくれたか、エヴィ!
「言われてみれば、プディキュアではこんなことしてなかった気がします」
だめだこいつ、全然わかってない。
「なんで比較対象が対象年齢5歳くらいの女児向けアニメなんだよ! まずそこからおかしいって気づけよ! せめてR15くらいに引き上げろよ!」
「おー、少年。なんか今日は荒ぶってるアルな」
「メイリンさん!」
もうこいつじゃあ話にならん。
よく考えたら、エヴィは悪魔男爵のふざけたキャラクターを考えた張本人。精神年齢5歳児のこいつに言ってもわかるわけがない。
メイリンさんはこいつに比べたらまだ大人だしーー。
「少年、サッカーしようゼ!」
「うん。まあ、知ってた」
メイリンさんは一週間前の試合以来、サッカーにどハマりしているのだ。ネットで色々検索しては勝手に古代中国の秘儀に仕立て上げて、上から目線に教えてくる。服装も、いつものチャイナ服でもジャージでもなくユニフォームのような半袖短パンで、スタイルが良いからこれはこれで似合っているけど、格闘家感は欠片もない。
ねえ、格闘家の誇りは?
「今日はものすごく曲がるシュート、蛇這猛進脚を伝授するアル」
そして、当然のように超次元サッカーがデフォルトである。
この人の「曲がる」はサッカー基準の「曲がる」ではなく、一般的感性の「曲がる」なのだ。ただの「曲がる」でも60度。「結構曲がる」なら90度。「ものすごく曲がる」なら120度近く曲がってもおかしくない。それでも曲がるだけなら良い方で、この人の必殺技は当然のようにボールが光って異常に急加速するし、仮にキーパーに止められても爆発する。
ーーそう、爆発する。
メイリンさん曰く、うっかり気を込めすぎたらしい。そのうっかりで全治二週間の怪我を負った日本代表のキーパーからしたら、たまったもんじゃないだろう。
「だからPKしよーゼ! PK!」
「絶対に嫌です!」
「エェー」
唇を尖らせて抗議するメイリンさん。
しかし、俺だって爆死したくはない。絶対にお断りだ。
「ーーじゃなくて! 今は任務の話!」
「ニンム?」
「メイリンさんだって、悪の秘密結社がサッカーしたりアイドルのライブ行ったりはおかしいと思いますよね!? 思いますよね!?」
「............言われてみれば、確かニ? 私ら、なんでサッカーしてたアルか?」
良かった、呪縛が解けた!
よし、この調子で一人ずつ呪縛を解いていって、全員で芦屋さんに直訴するのだ!
「君たち、ここはいつからサッカー教室になったんだい?」
アルベリカさん!
良かった、この人はまだまともだ!
「3人とも、僕たちの本来の目的を忘れてないか? 僕たちの目的は、あくまでも魔法少女を助けること。サッカーでワールドカップに出ることではないはずだろう?」
3人......エヴィ......メイリンさん............俺!?
「ちょ、ちょっと! 俺までこのまともじゃない側に入れられてるのすごく納得いかないんですが!」
「3人って、まさか私は入ってないアルな!?」
「失礼な! 私はいつだってまともなのに!」
いやなんでお前らはボール所持ユニフォーム着用の状態で抗議できるんだよ、図太いにも程があるだろ。
「大体、作戦立ててたのはアルベリカさんじゃないですか!」
「そうダそうダ!」
もう無敵だな、この人たち。
「僕じゃないよ」
二人に詰め寄られたアルベリカさんは、しかし、あっさりと否定してみせた。
「なんでこの僕が、こんな下らない悪事とも言えない何かに頭を使わないといけないんだ」
「ですって。メイリンさん」
「............少年、何言いたいアルか?」
「いや、昨日までサッカーの必殺技を頑張って開発されていた自称格闘家さんとは違ってプライドがーー」
「ふんっ!」
ーー痛い!
「僕がやりたいのはあくまでもマギ・ウイルスの研究。芦屋さんからのストップがなければ、すぐにでも魔法少女に強襲をかけているさ」
「でも、じゃあ誰が考えていたんですか?」
「そうネ。こんなクダラナイ作戦、お前じゃないなら誰の立案カ?」
『ワタシデス』
狭い部屋に、機械の合成音声が響く。
その声はどこか女性的でーーなぜか足元から聞こえていた。
『悪かったですね、下らなくて』
特徴のない電子音だというのに、どこか捻くれて聞こえるその声の持ち主は、どこかで見たような丸い形状をしていた。
アルベリカさんが、その機体を胸に抱く。
「紹介しよう、諸君。家庭用掃除機を素体に、僕がAIを搭載した作戦補助用ドローン、ニコだ」
『そちらのアホそうな金髪の女性と、元から存在しないプライドを取り繕うため、他者を批判することで誤魔化しにかかる......女性? は、初めまして。超高性能AIのニコとモウシマス。以後、お見知り置きを』
「アホそうって、私のことですか?」
「な、なんかすっごい喧嘩売ってきたネ。あと、なんで私は女性に疑問符ついてるアルか?」
初手からなぜか喧嘩腰なその音声に、言われた二人は少し引き気味だ。掃除機がめちゃくちゃ流暢に貶してくる状況に戸惑っているのだろう。
そりゃそうだ。俺だって街で自販機とかにいきなりこんな感じで貶されたら、怒るより前にビビる。
『ああ、申し訳ありません。ワタシのデータによると、一般的に女性は男性に比べて胸部が膨らんでいると書かれているもので。後で修正しておきます』
「ぶっころス!」
しかし、一線を超えた発言には先程までフリーズしていたメイリンさんも手が出た。
機体目掛けて神速の蹴りが放たれーー。
『おっと、危ないですね』
まじか、よけやがった。こいつ。
機械の駆動音とともに浮き上がり、俺の後ろに隠れる。
すげえ。飛んだぞ、この掃除機。
『朱羽さん、お久しぶりです。ハチ公の時は、お世話になりました』
そのままの浮かんだ状態で話しかけてきた。
お久しぶり? いや、俺こんな喋る掃除機と会ったことなんて無いけど? いやでも、この形は確かにどこかで見覚えが......。
「少年、どくヨロシ。そいつ殺せなイ」
「殺せないって、メイリンさんーー」
「シャアッッ!!」
俺の言葉を遮って、メイリンさんの怒りの手刀が掃除機へと向かって這う。残像を残しながら伸びるそれは、俺を盾にするように後ろに隠れている掃除機の方へと一直線に向かう。
鼻先を撫でる風を知覚できた頃には、もう遅かった。
「あべしっ!!」
弾け飛んだ。俺の頭が。
この「弾け飛んだ」というのは比喩でもなんでもなく、本当に弾け飛んだのである。おそらく本気の、気を込められた一撃は俺の脳みそを粉砕しーー液体と化したそれが徐々に再生する。
「あ、思い出した」
瞬間、俺の脳裏に電流が走った。
「ハチ公の時、アルベリカさんに貸してもらったドローンか!」
『exactly。今後はニコとお呼びください』
掃除機......いや、ニコが肯定する。
やっぱり。どうりで見覚えがあると思った。
『さて、ご挨拶も済んだところで......ワタシから皆さんに提案があります』
ピコピコと機体の上部が青く光り、注目を集めるように点滅する。
『今のままの活動では、魔法少女を救済するという目的は、100%達成できません。そこでーー』
「うわあ、脳みその感触ってこんな感じアルか? うええ、気持ち悪イ。まだ手にブニュブニュが残ってる気がするネ」
「朱羽さん、段々液体化を使いこなせて来ましたね! 良かったですね、触手だけじゃなくて!」
「当然だ。マギ・ウイルスが齎す結果はこれまでの人類の科学を否定してからようやく始まる。こんなのまだまだ序の口さ」
だ、誰一人聞いちゃいねえ。
『そこ、でーー』
ニコの青ランプが、徐々に赤い色に染まっていく。
ロボットは感情を持たないというのに、その様子は何故か、俺に小さな女の子が途方にくれている光景を幻視させた。自信満々に話し始めたあたり、まさか誰も聞いてすらくれないとは思ってもいなかったのだろう。うちの組織の奴らはなんて大人気ないんだ。機械とはいえ、ニコは仲間。仲間の提案に耳を傾けるのは、当然のことじゃないか。
「おい、みんな!」
俺は叫んで注目を集めた。
『朱羽、さん......?』
もはや消えかけていたランプが、今度は黄色く点滅する。もしもランプの色が感情を表すのだとしたら、この色は何を意味しているのだろうか。期待だろうか。それとも、喜びだろうか。
どちらにせよ、一つはっきりしていることがある。
アルベリカさん、メイリンさん、エヴィ。一人一人の注目が集まっているのを確認して。最後に、ニコをもう一度見て、力強くうなづいた。
「みんな! サッカーしようぜ!」
さっきはよくも俺を盾にしてくれやがったな、この野郎。
次回も来週の予定です。




