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『GO』




 土日明けに来た学校は、いつもより騒がしかった。


「おい、見たか? あのニュース」

「見た見た。世界征服推進連盟だろ? なんならリアルタイムでなんちゃら男爵が喋ってるとこ見たぞ」

「マジで!? うらやましー。俺よーつーべで初めて知ってさー」


 教室に入っても、特に注目を浴びる様子は無し......と。とりあえず正体がバレてないようでよかった。指名手配とかされてないから大丈夫とは思ったけど、こんだけ話題になってるんだからな、誰か気付いてもおかしくはない。


「おはよう、朱羽」

「お、おう」

「......どうかしたのか?」

「いや、なんでもない」


 いかん、少し自意識過剰になっていたか。自然体、自然体......と。俺は鞄を机の横にかけ、中から教科書類を取り出していく。なるべくいつも通りの動作を心がけながら。


「お前は見たか? 今話題になってるやつ」

「......いや、見てないな」

「あー、お前ニュースとか見なそうだもんな。ほら、これ見ろよ」


 前の席に座る友人は当たり前のようにスマホを取り出すと(うちは校内スマホ禁止だ)動画投稿サイトのおすすめ一覧から、一番上の動画を見せてくる。

 動画のタイトルは『謎の組織の大規模電波ジャック』。既に再生回数千万回のそれは、自宅のテレビをスマホでそのまま撮影しただけのよくある転載もののように思える。


「ちょっと飛ばすな。二分あたりからだからさ」


 友人が動画を早送りし、それが二分十四秒になったその瞬間ーー今までバラエティ番組を映していた画面が突如切り替わる。


『クックック......ワーッハッハッハ! ご機嫌いかがかな? 人類諸君』


 デカい笑い声と、人を小馬鹿にしているような口調で現れたのは、目元をすっぽりと覆い隠す黒いマスクに豪華なマントを着用した銀髪の青年だった。


『ワガハイは悪魔男爵!! 人類の皆々様におかれましては、ご自慢の科学技術をひけらかし、今日ものびのび同族たちを相手に争っているようで何より何より。大変ケッコウ! 実にオロカシイ!』


 悪魔男爵を名乗る男がそこまで喋ったところで、投稿者と思われる人物が「なんだこれ?」という困惑の声と共にチャンネルを切り替え始めた。

 しかしーー。


『戦争、温暖化、資源不足、貧困に経済格差......エトセトラエトセトラ。よくもまあこれだけ問題を抱えられたものだ! ワガハイ、感心!!』


 そのどれもが。


『だが安心したまえ。無能な各国首脳陣に変わり、今日からはワガハイら、「世界征服推進連盟」がカワイソーなほど愚かな諸君らを統治してしんぜよう!』


 同じ絵を写していて。


『あ、ちなみにこの放送は日本全国のラジオ・テレビで同時に行われているからして、諸君らはワガハイのありがたーいご高説をしっかり賜る必要があるぞ』


 ーー彼の発言を裏付ける要因にしかならなかった。


『そう!! つまり、ワガハイらは手始めにこの日本を手中にすることを決めたのだ!』


 芝居がかった大袈裟な動作で手を広げる。 


『抵抗は無意味! 貴様らが盲信している国家という土台がいかに脆く儚いものか、ワガハイら直々に思い知らせてやろう!!』


 前に突き出した拳を力強く握りしめる。


『では諸君ーー精々震えて待ちたまえ』


 大きくアップになった画面でそう言い残し、再び画面が切り替わる。

 生放送と思われるニューススタジオでは、スタッフが右往左往と駆け回り、表情を硬くしたキャスターが抑揚のない謝罪の旨を繰り返していたが、言葉には何度も詰まり、困惑を隠しきれていない。まるでパニック映画の一場面のようだ。


「な? やばくね?」


 なぜか自慢げな表情の友人に対し、俺は驚いたような表情を意識して作って答えるのだった。


「......やばいな」


 黒歴史確定だ、こりゃ。


















「まさに怪演......といった感じか」


 撮影中を示す赤いランプが消え、静まり返ったスタジオ。この重苦しい空気の中では、アルベリカさんの呟くような小さな声でもよく響いた。


「......これで私たち本当にテロリストですね」

「おいバカ! 人が考えないようにしていたことを!」


 空気読まない全一か。貴様は。


「とか言ってノリノリだったネ、少年。あれだけ嫌がってたのはフェイクだったアルか?」

「そんなわけないでしょう!仕事だから仕方なくです!こんなダサい役、今からでも変わって欲しいくらいですよ!」


 ウザ絡みしてくるメイリンさんを押しのけつつ、マントと仮面を床に叩きつけた。本当、なんなんだよ。悪魔男爵って......悪魔男爵って............もっとどうにかなっただろ。芦屋さんに直談判しても結局覆らなかったし、マジでこれから俺このネタキャラを演じないといけないのかよ。


「なあ、今からでもデビルバロンとかに改名しないか?」

「いまさら遅いアル」

「あっはー! なんですか、デビルバロンって! 悪魔男爵を英語にしただけじゃないですか! しかもダサい! 人にあれだけ言っといて、朱羽さんの方こそセンスないじゃないですか!」


 笑われた!? 笑われた!?

 この俺が!? この女に!?


「てめえふざけんな! 悪魔男爵よりはマシだろ!」


 しかしエヴィは小馬鹿にしたように鼻で笑うと、俺に向かって人差し指を突きつけた。


「ド三流!!」


 わかった、ぶっ殺す。


「はあ......君たち、いい加減にしたまえ。争いは同レベルのもの同士でしか発生しないと知らないのかい?」

「ウシブーシャオバイウー、ってやつアルな」


 うしぶー......なんだって?

 ちらりとエヴィの方を見る。


「ぶぅはブタですよ」

「あーはいはいそうだね」


 俺はスマホを取り出した。


 ピコン!


「どうぞ」

「ウー・シー・ブー・シャオ・バイ・ウー」


 ピコン!


 画面に目を落とす。翻訳結果は『五十歩百歩(中国語→日本語)』と出ていた。うん、なるほど。肩を寄せて画面を覗き込むエヴィとうなずき合う。


「なんか急に中国人アピールしてきましたね、この人」

「なんか急に中国人アピールしてきたな、この人」


 メイリンさん。永遠の18歳。

 紫がかった黒髪をシニヨンでまとめ、チャイナ服を身につけた彼女。しかしそれは伝統衣装というよりは八月と十二月に東京国際展示場を歩いてそうなデザインで、スリットとかえぐいし、なんならそういうお店にいそう。それにしては顔面偏差値のレベル高すぎだけど。

 聞いたこともない獣心流とかいう自称古代中国から続く武術に、そして極め付けは何かの呪いにかかってんのかってくらい擦ってくる謎の語尾。


「エセじゃなかったんですね」

「エセじゃなかったんだな」

「失礼だナ! オマエラ!」


 このカタコトが胡散臭いんだよなあ。


「あの、カタコトキャラはもうボブがいるので......」

「キャラ付けじゃねえヨ!」


 しかし今はこんな感じでも、いざ戦いとなるとマギ・ウイルスの力を使った俺とエヴィのタッグを完封できる実力の持ち主だというのだから、人間というのは不思議だ。なんならマギ・ウイルスなんかよりこの人を研究した方が人類のためになるのではないかとすら思う。叫び声だけでコンクリにヒビ入るってマジかよ。俺はこの人の目からビームでても驚かない自信があるね。


 おそらく日本だけでなく世界を震撼させるであろう、大胆な活動予告。その当事者だというのにいつもと全く変わらない組織の仲間達には、本当に驚かされる。そして、そんな良い意味でも悪い意味でも頭おかしい人たちに馴染んでいる俺自身にも。いや本当、何でこんな落ち着いてるんだろ、俺。下手したら明日から指名手配だぞ。




『うむうむ。なかなかいい雰囲気ではないか。やはり早坂君を入れたのは正解だったな』


 やかましい室内でも良く通る威厳のある声。この声はーー。


「「芦屋さん!」」

『みなご苦労だった。反応は上々。これで政府は嫌でも我々のことを意識せざるを得ないだろう』


 あの、俺が初めてここに来た......いや、連行された時と同じように、部屋に置かれたテレビに芦屋さんの姿が映し出される。


『特に早坂君。素晴らしい演技だった。こういうと君は嫌がるかもしれないが、最初から最後まで間違いなく典型的な悪役だったよ。国民にもうまく印象付けられたと確信している』

「あ、はい。ありがとうございます」


 あの明らかなネタキャラである悪魔男爵に最終的なゴーサインを出したのは、この芦屋さんだ。俺たちの組織のボスにして元内閣総理大臣。今でも大きな影響力を持つ彼に「魔法少女の敵は百人が見たら百人が悪役だと答える典型的なキャラクターじゃなきゃダメなんだ。君にしか頼めない」と言われたら、もう俺には断ることはできなかった。例え精神年齢3歳のエヴィが書いた妄想ノートが脚本であろうと、従うしかなかったのである。

 まあでも確かに俺たちの活動内容を考えれば、プ◯キュアの敵キャラみたいな存在がいた方が都合が良いっていうのはわかるんだよなあ。


『日本に巣食う絶対悪としての我々。そしてその我々を唯一止める力を持った魔法少女。やがて人々は魔法少女に感謝し、彼女達を求めーーそうすれば、彼女達の居場所は戻ってくる。漫画やアニメのような青春の記憶とともに』


 そう。俺たちは、今は危険な存在として人工島に閉じ込められている魔法少女達を救うため、あえて悪役を演じる。国を、いや、世界を相手にマッチポンプを仕掛けにいく。


『私も最大限の努力を重ねるつもりではあるが、活動を続けていれば、いつかその正体がバレるかもしれない。魔法少女達の代わりに、君たちが日の光の元を歩けなくなる日が来るかもしれない。昨日も聞いたことだが、もう一度聞かせて欲しい............君たち、覚悟は出来ているかね?』


 真っ先に声をあげたのは、肩までの金髪を揺らして大きく手をあげる、俺を組織へと導いてくれた少女。エヴィだった。


「もちろんですよ! 正直魔法少女とかは割とどうでも良いんですけど、みなさんと一緒だと毎日が楽しいんです! 私は、この毎日を維持するために芦屋さんに協力してあげます!」


 こいつを一目見た時、なんて思ったんだっけ。

 綺麗だとか、清楚とか、まあそんな外見的な情報は何一つ当てにならなかったわけだけど、ただ一つ。物語のような、不思議なナニカが始まる......そんな予感だけは間違っていなかった。

 毎日が楽しいのは、俺だって一緒だ。


「僕は研究費を出してくれる限りはここに留まるつもりだよ」

「私、面白ければそれでいいネ」


 この人たちも......まあ、片方は出会った直後にいきなり注射してくるようなマッドで、片方は古代中国が生み出したびっくり人間だけど、それでも頼りになる大人で、先導者だ。こんな感じで口では捻くれたことを言いつつも、行動は......行動は............うん。まあ、最後の一戦は超えないであろう人たちだ。

 人格と能力はトレード・オフの関係なのかもしれない。


「俺も、まあ、ここで降りるつもりはありませんよ。流石に」


 もう全国放送されちゃったし。


「あはっ。もーう、朱羽さんってばー。素直に私と一緒にいたいと言ったらどうですか? こーの、ツ・ン・デ・レ・さ・んー♪」

「しばくぞ」


 こいつのこの根拠のない自信はどこから出てくるんだよ、本当に。


『............ありがとう。それを聞けて安心した。ならば私も、孫を取り戻すために全力を尽くそう』


 マギ・ウイルスに感染したと判断された魔法少女たちは政府の方針で東京の近海に作られた人工島に隔離されている。芦屋さんのお孫さんもその中の一人だ。

 芦屋さんはお孫さんさえ戻って来るなら最悪彼の息子に任せて自分は捕まっても構わないとは言っているが、俺たちもそんな悲しい再会は見たくない。組織のメンバーの正体がバレないよう、注意して立ち回るつもりだ。


『さて、諸君。我々が日本における絶対悪としての存在を確立するには、倒すべき障害がある』


 腕が震える。ようやく、あの理不尽な訓練の成果を発揮する機会がやってくる。そんな予感。


『この国における対テロの最終兵器。国防の要にして実践経験を持つ最強の部隊ーーSATだ』
















今回で「組織編」は終わりです。

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