レディ・セット___
「おー、すごい! すっかり元通りですね!」
「いや本当、アルベリカさんがいてくれて助かったよ。あと、お前もな」
「私のついで感! 言い直しを要求します!」
医務室から出た俺を出迎えたのは、ずっと外で待っていてくれたらしいエヴィエラだった。相変わらず図々しいやつだが、今回に関しては、こいつがいなかったら俺もどうなっていたかわからない。
「ありがとうな、エヴィ」
「じゃあ私ともゲームしてください」
「......私とも?」
「あ、間違えた。えっと、えっと......そういえば聞きましたか? そろそろ組織が本格的に活動を始めるそうですよ?」
「お前絶対さっきの話聞いてただろ」
「ギクッ!?」
いや、「ギクッ!?」て。声に出して言うやつ初めて見たぞ。隠す気ゼロか。
「まあ別にいいけどさ。それよりーー」
「全然良くないですよ!!」
特に聞かれて困る話でもなかったため、スルーしてさっさと魔法について教えてもらおうと思っていたが、ここで何故か俺が詰められる展開に。
「なんですか! 朝までオンラインゲームって! どうして私も誘ってくれなかったんですか!?」
「え、お前ゲームとかするんだ」
「しますよ! アホですか? 友達いない私が一人の時間をどうやって潰すと思ってるんですか? まさかボブと一生しりとりしてるとでも思いました?」
うん、ごめんな。なんかごめん。
「誘ってくれたら一緒にやるから。俺もはっきり言って友達少ないし、大体いつも暇だからさ」
「じゃあ早速今晩はアジトにお泊まりですね! 朱羽さん、今夜は寝かしませんよ!」
「いや、流石に今日明日は魔法の練習を......」
「え、嘘ですよね? この流れで拒否します? もしかして私のこと嫌いですか? なんで学校の友達は良くて私はダメなんですか? 私たち毎朝一緒にトレーニングしてますよね? ああ、でも所詮私たちはその程度のーー」
「わかった! わかったから!」
いつもの快活な様子とは打って変わり、目からハイライトを消して平坦な口調で淡々と言い募るエヴィ。普通に怖いし、ドン引きである。普段からジェットコースターのように喜怒哀楽がハッキリしていて、一緒にいるとなかなか退屈しないが、さすがにこれは急降下が過ぎて、俺の手に余る。
「泊まるよ。どうせ家帰っても一人だしな。それに、エヴィは大切な仲間で相棒だ。いつも世話になってるし、間違っても嫌ってなんかいないぞ」
ギギギ......なんて効果音がしそうな錆びついた動きで小首を傾げるエヴィと見つめ合う。
「ワタシ、アイボウ?」
なんでカタコトなんだよ。
「まあ、俺が勝手にそう思ってるってだけだけどな。でもほら、メイリンさん相手にチームで戦ってるし、これからも実働班でセットなわけだからさ」
「......ワタシノコト、スキ?」
なんかこの雰囲気でそういうこと聞かれると答えづらいな。茶化すわけにもいかないから、軽く頷いて首肯しておく。
「仲間として、な」
予防線は忘れない。
「........................あはっ」
落ち着かない沈黙の後、俯いたエヴィがいつもの馬鹿っぽい含み笑いをする音が聞こえて。
そこからの変化は劇的だった。
「約束ですからね!」
形容するなら、向日葵のような。メイリンさんやアルベリカさんといった顔面偏差値高い人達で慣れてなければ一発でノックアウトされただろう咲き誇る笑顔に対して、果たして俺は同じように笑えていただろうか。今度は俺の目からハイライトが消えていないだろうか。
これは浮き沈み激しすぎて流石についていけない......いやでも、おもちゃ壊しちゃった3歳児が晩御飯はハンバーグよって言われればこれくらいの哀→喜はあり得るか............?
「ソウダネー、ヤクソクダネー」
なんにせよ、こいつに友達がいない理由がなんとなくわかる気がするのだった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「では気を取り直して......魔法についてお教えしましょう」
「わー!」
ぱちぱちぱち。
「ではまずは私の魔法について解説します。なんてったって私たちは『相棒』ですからね」
先程の微妙な空気感を打ち消すため、過剰なまでに盛り上げる俺に気を良くしたのか、すっかり元の調子に戻ったエヴィが胸を張って話し始める。
「朱羽さんには私の魔法を知っておいて欲しいのです。『相棒』ですから!」
「アーウンソウダネソウダネ。アイボウ、イェーイ」
うぜえ。
「でも説明するのは難しいんですよね......まだ分かっていないことの方が多いですし............ボブ!」
「Yes, master」
お馴染みのグラサンにスキンヘッドの外国人が魔法陣からニュッと現れる。相変わらずシュールな光景だ。
「まずこのように、ボブを召喚できます。ボブは残機無限です。私の能力以上のボブは召喚できない制限がありますが、同時に何体でも召喚できます」
「何体でも!? 恐ろしいな......」
「ええ、最高で百体まで同時に召喚できることは確認したのですが、その時の絵面はすごく恐ろしかったです。まるでクローンの製造工場みたいで」
いや、そういうことじゃないんだけど......もう今日は疲れたからいいや。
「アルベリカさんの推測によると、ボブは四次元に生息している高次元生命体で、私の召喚のたびにこの世界に実体化している? そうです。残機無限なのは三次元的な大きさの概念を超越しているから? とか言ってたような言ってなかったような気がします」
「ひどく曖昧だな」
「いや、私もよく分からないんですけどね......」
そう前置きをした上でエヴィは右手の人差し指を立て、左手は親指と人差し指をつけて輪っかを作る。
「仮に私がボブ、この輪っかが魔法陣だとします」
なるほど?
「私が召喚した時、ボブはこの輪っかを通して自身を顕現させます。しかし、輪っかは小さいので体全部は入りきりません。あくまで実体化させるのはほんの一部です」
輪っかの中に人差し指を入れる......左の人差し指と親指で作った輪っかに、右の人差し指を。うん、ちょっと待とうか。
「おそらく、異世界にあるボブの本体は再生機能を有しています。残機無限と同時召喚無限のカラクリはおそらくこういうことだと......アルベリカさんが言ってました」
「うん。取り敢えず、その手の動きは今度からなるべくしないようにね」
「へ? なんでですか?」
人によっては卑猥な意味に捉えかねないからだよ。わざわざ教えるのは面倒くさいので、ここは話を逸らすけど。
「それで? 俺の魔法はどうなんだ?」
「あくまでも私の勘ですが......朱羽さんの魔法は、体を溶かすことができる魔法だと思います」
「それって、今朝俺の体が溶けてたからか?」
「はい。私の時も朝起きたら横にボブがいました」
「怖っ!」
朝起きたら知らん男と同じベッドに、しかもこんな厳ついグラサンスキンヘッドと......いや怖っ! よかった、俺はそんなことなくて............いや、体溶けてたから良くないか。
「しかも大量に」
よかったあ! 本当、よかったあ!
「なので、私と同じならやろうと思えばすぐにできると思いますよ。こう......でろー!ってかんじで」
「いや、そんな簡単にーー」
ぐにゅん。
「ーーできた」
できてしまった。
例えるなら、ボールペンをノックして芯を出すような、そんな単純な回路が自分の体の中にある感覚。朝のように暴走して全身が溶けるということもない。俺が意識した右腕だけ、ピンポイントで骨が抜けたようなダランとした状態になっている。
「おおー、さすがですね」
感心したような声をあげるエヴィに気を良くした俺は、右手を元に戻して左手を溶かしたり、全身を溶かして水溜りのような状態になってみたり、自分の中でこれは出来そうだと感じた変化を次々に披露していく。気分はター◯ネーター2の液体金属で構成された最新モデルだ。
「制御バングルがここまで効果を発揮するとは思っていませんでした。アインシュタイン博士も、天才を自称するだけはありますね」
ああ、うん。そっちね。
「あれ? もうやめちゃうんですか?」
「いや、だって、なんかダサくないか? この魔法」
「そんなことないですよ! 悪役っぽくてとってもいいです! 解釈一致ってやつですね。私もインスパイアが湧いてきます!」
「それをいうならインスピレーション......って、なんだそれ?」
エヴィがジャージのポケットから取り出したのは、表紙に赤文字で大きくマル秘と書かれた小さな手帳。お約束とはいえ、隠す気が全くない。
「これは『世界征服推進連盟(仮)』の設定ノートです。あった! このページの、ここに......よし、できました!」
ボールペンでサラサラと何事かを書き込み、こちらに見せてくる。えっと、なになに?
「『悪魔男爵。魔界の貴公子で連盟の四人の幹部のうちの一人。気位とプライドが高いナルシストで、決め台詞は【ショータイム!】密かにエラのことが気になっている』......なんじゃこれ」
中学生の黒歴史ノートかよ。てか気位が高いとプライドが高いで意味被ってるし。
「ほら、続きも読んでください」
おそらく今付け足したのであろう、インクの濃さが少し違う部分を読み進める。
「えーと、『能力は液体化。普段は体の一部を変化させつつ魔法少女たちと戦う。本気になったら体を完全に液体化する第二形態を解放』いや、マジでなんなんだよ、これ」
「もう、察しが悪いですね。これが朱羽さんに演じてもらうキャラクター、悪魔男爵のプロフィールです!」
「はあ!?」
「あ、ちなみにイメージイラストもありますよ」
エヴィがページをめくると、たしかに、ベネチアンマスクとマントで仮装した前時代的悪役なキャラクターのデフォルメイラストが描いてある。
「......なるほど?」
「いやー、ここまで考えるのは実に大変でした! 今度から私のことは天才脚本家のエヴィルバーグと呼んでください!」
「スピル何某は監督だが、それは置いといて、取り敢えずお前の設定も見せてみろ」
「どうぞどうぞ」
お前は俺をどんだけ傲慢なやつにしたいんだとか、決め台詞「ショータイム」は使い古されて手垢ベッタベタで正直ダサいとか漫画やアニメならともかく三次元でこんなキャラクターは正直イタイだけだとか色々言いたいことはあるが、取り敢えず他の設定にも目を通す。
「『シスター・エラ。連盟の四人の幹部の一人。シスター服を身にまとった超絶美少女。悪の組織の構成員としては異例な清い心の持ち主で、世界征服という組織の方針に反対して魔法少女陣営に移る。悪魔男爵の気持ちは嬉しく思っているが、彼のことは仲間以上に考えていない』......なるほど? このエラってのがお前のキャラなんだな?」
「ですです! どーですか? テンプレを抑えつつ悪の幹部の魔法少女化というオリジナリティも加えた素晴らしい設定だとは思いませんか?」
「しばくぞ、お前」
「あれえ?」
あれえ? じゃねえ!!
「なんでお前は最初から裏切る前提なんだよ!」
「それはオリジナリティを出そうと思って......」
「テンプレだよ! 敵の四天王あたりのポジションが途中から味方化するのベタベタのベタだよ! プ◯キュアにだって何人もいるよ!」
しかも最後の行でさりげなく悪魔男爵袖にされてるし。一番下の爵位のくせにナルシストで、能力スライムで思い人には裏切られるって、どんだけ可哀想な奴なんだよ男爵。絶対四天王最弱だろ。
設定段階で既にネタキャラじゃねえか!
「書き直せ!」
「えー。でも、芦屋さんから既にオッケーもらっちゃってますし」
「..................マジで?」
「マジで」




