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まっど③



 こんな夢を見た。


 リビングのソファに座っている。もう何年も住んでいる俺の家だ。家具の位置は全て記憶している通り。ただ、縮尺がおかしい。でかいのだ。不思議に思って立ち上がろうとすると、できない。足場がぐらぐらして安定せず、俺はたまらず床に腰をついた。何かがおかしい。せめて身体を支えようと腕をつくと。


 ぽちゃん


 という音がして腕が弾けた。


「なんじゃこりゃ」


 慌てて反対の腕を確認すれば、そちらも原型をとどめていない。水風船のように膨張していて、軽く目の前で振ってみれば軟体動物のようにぐねぐねと応えた。関節はなくなってしまったようだ。

 俺は怖くなって、せめて助けを求めようと机の上の携帯に異形の腕を伸ばした。


「............届かない」


 仕方がないのでつくばって進む。


 ぼちゃん


 左足の感覚がなくなった。


 ぼちゃん


 次は右足。


 ぼちゃん


 もはや頭だけではっているようだった。

 なんとか口で携帯を咥え、地面に下ろす。さて、誰にかけるか。舌でなんとか画面を押せないかと格闘していると、玄関の方からバタバタと何かがかけてくる音が近づいてきた。


「朱羽さーん、あなたの可愛い同僚がやってきましたよー! 今日も一日、頑張っていきましょー!」

「おおエヴィ、ちょうど良いところに。俺の代わりに電話かけてくれないか?」

「なんですか、急に。ていうか起きてたならピンポン鳴らした時に出てきてくださいよ......って、なんじゃこりゃあーーー!?」 


 大声をあげてのけぞるエヴィ。


「朱羽さんがスライムみたいになってるーーー!?」


 なんかリアルな反応だな。これは夢なのに。いや、いつも支離滅裂なエヴィが至極真っ当に驚いている時点でおかしいのか? まあどっちでも良いか。


「それにしても、明晰夢ってやつはすごいな。まるで現実だ。お前が動いた時の振動まで再現されてるぞ」

「え? これって夢なんですか?」


 ぽかんと口を開けたエヴィが自分のほっぺたをつまんで引き伸ばした。


「痛い!」


 はは、おもしれー女。


「全然夢じゃないじゃないですか!」

「お前にとってはそうなのかもな。でもそれは俺の夢に出てきているお前にとってはそうなのであってその夢を見ている俺自身にとっては「ふん!」痛い!」


 ば、馬鹿な......!? 痛みを感じる!?


「夢じゃないぞ、これ!」

「さっきからそう言ってるじゃないですか! なんでこんなことになってるか分かりませんが、取り敢えずアジトに運びますよ! ボブ!」

「Yes, master」


 エヴィとボブが半液体状、ゲルみたいになった俺の体を二人で持ち上げる。


「ちょ、もう少し丁寧に持ち上げろよ!」

「うるさいですね! なんかこう、ぐにゃぐにゃしてて持ちにくいんですよ! 朱羽さんこそもっとシャッキリしてくださいよ!」

「そんなこと言われてもしょうがないだろ! 首から下が感覚ないんだよ!」


 力の入っていないどころか関節すら無い状態の下半身をどうやって動かせばいいのか。っていうか、手とか足とか重力に従って逆関節に折り曲がっているから見ているだけで痛々しい。これ大丈夫なんか、俺。


「そうだ! いいこと思いつきました!」


 手をグーとパーにして叩いた直後、エヴィの足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。果たしてそこから出てきたのはーーゴミ箱だった。ちょうど人が一人入りそうな大きさである。

 俺はエヴィの「いいこと」が俺にとって全くいいことじゃないことを察した。


「これに朱羽さんを入れて運搬します!」


 ほらね。


「嫌だよ、ゴミ箱なんて。なんかもっと他にーー」

「やってください、ボブ」

「Yes, Maseter」

「聞けよ!」


 俺の叫びなんか聞こえていないかのように無反応なエヴィは「あ、入りませんね。じゃあ鯖折りで」とか言って俺をゴミ箱に詰め始める。


「ちょっ、俺マジでこの状態で運ばれんの!?」

「どなどなどーなー♪」

「不穏な曲を歌うな!」





 暗くて狭い空間に一筋の光が刺す。やがてそれは氾濫して、激しい光の奔流となって俺の視界を真っ白に染め上げた。


「やあ」


 少ししたら目が慣れてきて、ゴミ箱の蓋を手に持った長身の女性の輪郭が少しずつ認識できるようになってくる。まあ、見えなくても声でわかるんだが。


「アルベリカさん......」

「なかなか面白いことになっているじゃないか。もしかしなくても、僕の腕輪を使ったね?」


 腕輪というのは、昨日アルベリカさんにもらったこの青い腕輪のことだろう。マギ・ウイルスの男の体には適応できないという特徴を利用して、俺の体内のマギ・ウイルスの数をコントロールする役割を持った人工知能が入っている。これがあれば俺は理論上ノーリスクで魔法が使えるようになるという話だった。

 思いっきり体溶けてるけどな!


「これ直るんですよね?」

「もちろんだとも」


 俺のこの溶けた身体を見た上で、アルベリカさんは余裕の表情だった。いや、彼女は謎に目を包帯で隠しているから表情はわかりにくいんだけど、胸を張って俺を見下ろす態度からは少なくとも不安は感じられない。


「おそらく、君の体が思ったよりウイルスにとって住みやすい環境だったのだろう。増えすぎたマギ・ウイルスと、それによって抑えきれなくなった魔法の力が君の体を溶かしたんだ。今その腕輪についてる人工知能をアップデートしたから、そのうちウイルスの数は減って落ち着くはずだよ」

「本当ですよね? 嘘だったらこの体で一生まとわりついて離しませんから。ドロドロですよ。ドロドロ」

「いやまあ、それはそれでサンプルがいつでも手に入るから悪くないんだがーー」


 だめだこいつマッドだった。


「まあ、安心したまえ。僕は医学も得意なんだ。いざとなったらその程度手術でどうにかしてあげるよ」

「溶けてるのに?」

「溶けててもだ」


 そんなことよりーー。とアルベリカさんは続ける。


「今は君に聞きたいことがある。真剣な話だ。エヴィエラ君にも今は席を外してもらっている。君の本音を聞かせてほしい」

「......なんですか、急に」


 こうあらたまって言われると少し緊張するな。いったいなんの話だろう? ていうか真剣な話でどっかに追いやられるエヴィって......。


「君はどうしてその腕輪を使ったんだい? 昨日の時点では後ろ向きだったように思えたんだが」

「ああ、なるほど。その話ですか」


 確かに昨日はメイリンさんやエヴィに止められたこともあって、この腕輪、マギ・リングというらしいのだが、これを使うことには躊躇していた。

 そんな俺が腕輪を使って痛い目を見ているのには何か大きな理由がある......と、アルベリカさんは考えたのだろう。


「昨日の夜、友達とゲームしたんですよね」

「......それと何か関係が?」

「最近できた女子の友達なんですけど、向こうには俺以外友達がいないらしくて、結構絡んでくるんですよね。休日とか朝まで二人でオンラインゲームしたりするんですよ」

「なるほど! その女の子がマギ・ウイルスに感染して、君は彼女を救うためにーー」


 うんうん、と満足気に頷いているアルベリカさんだが、ハッキリ言って彼女の予想は見当違いである。


「いや、朝までゲームしてたら『俺、何やってんだろう。このままじゃだめだ』みたいな漠然とした不安に襲われて衝動的につけました」

「そんな転職に悩む中年男性みたいなノリで!?」


 うん。正気に戻った今は後悔しかない。徹夜明けのテンションって怖いな。


「......はぁ。なんでこう、この組織の人間はその場その場の感情で衝動的に動く人間ばかりなんだ」


 確かに短慮だったけど、初対面で注射針刺してくるあんたに言われたくないな。


「まあいいか。僕からしたら、使ってくれただけでも万々歳だ。さて、そろそろ身体が元に戻っているはずなんだけど」

「......えっ?...........本当だ! 動く! 動くぞ!」


 さっきまでの状態が嘘かのように、元通り身体を動かすことができる。触ってみても特に変な感触はないし、関節も問題なく動く。


「ありがとうございます、アルベリカさん!」

「礼には及ばないよ。これも僕の仕事だからね。それと、君の魔法についても数日以内に解析しておく」


 魔法か......正直、こんなことがあった後だと不安しかない。早く制御できるようにならないと。


「僕も協力する。この週末のうちに君の魔法をある程度制御できるまで訓練しよう」






 ーーそろそろ、僕たちの組織も本格的に活動を開始するからね。


次回は来週の日曜日です!!(決意)

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