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まっど②




 俺たちが呆然とした顔で見守る中、下手人のアルベリカさんはまるで一仕事終えたとでも言いそうな顔で満足げに頷くと、俺の首筋に刺していた針を引き抜いた。


「よし! では早速健康状態に異常がないか調査を」

「『よし!』じゃねぇーーー!!」


 え? 今こいつ俺に何した? 俺は何された?


「だだだ、大丈夫ですか朱羽さん!?」

「大丈夫じゃねえよ! なんか刺されたよ!」


 駆け寄ってくるエヴィに叫び返しつつ、首の辺りをさすって確認する。とりあえず気分悪くなったりしてないし、首も腫れたりしてないけど......いや、まじでいきなり何してくれてんだこの人。


「エヴィ、見てくれ。赤くなったりしてないか?」


 一応人に確認してもらおうと髪を押さえて丸くなった俺に対して、エヴィはいつにない真剣な顔で正面に回って。


「大丈夫です。頭は一つですし、口も鼻も一つ。目はちゃんと二つついてますよ。指は......5本ありますね。あ、失礼します。ちょっと靴脱がしますね」


 そんな見当違いなことを言うのだった。いや、なんの心配をしてるんだお前は。


「誰が脱がしてまで全身確認してくれなんて言ったんだよ。首だけでいいから」

「なんでそんなに呑気なんですか!?」

「うるさっ。耳元で大きな声出すなよ。お前ただでさえ声でかいんだからびっくりするだろーーって、おい! だから脱がそうとすんな! ちょっ、メイリンさん止めて!」


 靴はすでに両足とも脱がされてズボンを必死に抑える俺と、相変わらずの怪力で引っ張るエヴィ。こいつの行動にはなんでこう、ためらいがないんだ。こんな人前でズボン脱がされるとか冗談じゃないぞ。


「少し落ち着くネ、金髪」


 そうそう、言ってやってくださいメイリンさん。


「あのクスリ、打ったのまだ金髪だけ。少年にどんな効果あるかは未知数。危なくない可能性また大。いまから心配してたら身がもたないアルヨ」


 ーーは?


「え、なんですかそれ。まるで危ない可能性もあるみたいな言いかた」

「ない......アル............かも?」

「どっちだよ!」

「多分ない。少なくとも今はない。おそらく」

「いや不安しかないんですけど」


 冗談だよね? 流石に冗談だよね? この前エヴィと二人でツンデレになったメイリンさんごっこして遊んでたのを根に持ってるだけだよね? いくらなんでも指がなくなるとか、そんなことあるわけないよね?


「実験段階でアルベリカさんの髪色が変わっちゃって、私も一週間高熱でうなされて酷い目にあったんです。その後も全身の筋力が44.1倍に上がって物をたくさん壊してしまいましたし。男の朱羽さんは本当になにがあってもおかしくないんです」


 顔を俯かせながら呟くエヴィ。メイリンさんに引き剥がされた後も俺の腕を掴んで離さない態度が彼女の心配を表しているようで、俺もだんだん怖くなってきた。

 実際アルベリカさんの髪色は濃い緑色とでも形容するような染めてない限りありえないような髪色だし、エヴィの力はその細い見た目に反して凄まじい。ノースリーブになったら細マッチョということもなく、物理法則を無視した強さだ。今までそれは魔法の力だと思ってたけど、もしそれが薬の副作用だと言うのなら......いやでも流石にそんな危ない薬初対面の人には打たないだろ。


「たとえ朱羽さんが化け物になっても、私は朱羽さんの味方ですから!」

「おおー、感動的アルな」


 だめだ、こいつら初対面の俺誘拐したりボコボコにしたりする倫理ゼロ集団だった。


「神様、俺はなるべく天国に行きたいのでそこの所どうかよろしくお願いします。ナンマイダ」

「いや諦めないでくださいよ!」

「ていうかその手の動きは十字架アル」


 短い人生だったな、うん。


「君たち、いったん騒ぐのはやめにしてもらえないか?」

「いやお前のせいだろーが!」

「そうだそうだー! 見損ないましたよ、アルベリカさん!」

「私はもとから気に食わなかったアル。もう容赦はしないネ」


 俺たちからの集中砲火を浴びたアルベリカさん......いや、アルベリカは頭を押さえてため息をつくと、めんどくさそうに口を開いた。


「とりあえず、健康状態の調査をしたいから医務室に移動してもらおうか。説明もそこでするから」






「ああ、俺はもうダメだ。死ぬんだ」

「弱気になっちゃダメです! ほら、ね。手を握っててあげますから」

「大丈夫、少年の仇は必ず取るネ」

「なんだろう、すっごいやりにくいな」


 お通夜のような重たい雰囲気の中、場所は変わって医務室。一体この地下施設に芦屋さんはいくらかけたんだろうか。置いてある設備は、医療ドラマでしか見たことないような大袈裟な機械の数々。寝っ転がって通されるあの白いドーナツの長い版みたいなやつもある。あれなんて言うんだろうか。重傷者が入るやつじゃないか、あれって。


「最初に言っておくけど、君たちの考えははっきり言って誤解だ。あの薬は確かにエヴィエラ君に打ったマギ・ウイルス覚醒薬と同種の物だけど、改良版だ。朱羽君用に最適化してあるし、副反応が起こることはまずない」

「「嘘です(アル)!」」

「君たちもう帰ってくれないか?」


 声を揃えた二人に対し、アルベリカは困ったように頭を押さえた。事実を淡々と述べるような口調で、わかりやすく嘘をついている様子はない......のか? わからん。なにせこの人は目を包帯でぐるぐる巻にしているものだから、よくある目を見て判断するというのが不可能なのだ。

 そもそも、マギ・ウイルス覚醒薬ってなんだ?


「いや、説明もせずいきなり打ってしまった事は申し訳ないと思っているよ。でも、なんというか、君もわかるだろう? 僕は自分の発明品を一刻も早く試したかっただけなんだ。それに、無防備に首筋を見せてきた君も悪いとは思わないか?」

「わかりませんし思いません」


 無防備に首筋って......おどれは吸血鬼か。


「それより、さっさとその『マギ・ウイルス覚醒薬』とやらについて説明してくれませんか?」

「もちろんだとも。ただ、何から説明したものか......簡単に言うと、マギ・ウイルス覚醒薬とは魔法を使えるようにする薬なのだがーー」

「え?」


 ま、まじで?


「嬉しそうな顔をするな!」

「全く、これだから厨二病ハ......」

「いやするだろ! 魔法だぞ、魔法!」


 期待に思わず声が漏れてしまった俺とは違い、二人はあくまでも冷めた態度で。


「そんな力が代償もなく手に入ると思ってるんですか?」

「繰り返すが、副作用はない」

「金髪の時は酷い熱だった聞いてるヨ」

「エヴィエラ君に打った物はマギ・ウイルスを血液を介して注入し、体内で培養するという極めて原始的かつ直接的なものだったが、今回朱羽君に打ったものはその改良版で根本からの仕組みがそもそも異なるんだ」


 アルベリカは白衣のポケットから自慢げに青いリングを取り出した。


「マギ・ウイルスを血液を介して注入し、体内で培養した後、この特殊な金属を用いて作成した人工知能に出力する。単体ではマギ・ウイルスに適応せず、魔法を使えるようにもならない男の君だからこそ使える手段だ。僕の予想外のことが起きなければという注釈は付くが副作用なく魔法を発現できるし、失敗しても君の体内のマギ・ウイルスはいずれ死滅するから君の身体に影響はない。完璧だとは思わないか? 我ながら自分の才能が恐ろしいよ」


 ............なるほど。

 上機嫌にリングを見せびらかすアルベリカには背を向け、俺たちは三人で肩を寄せ合う。


「今の話わかりました?」

「獣心拳は獣の心を解し、獣の技を繰り出す武術。獣は頭悪い。故に弱点は頭脳戦」

「チンパンジーとか犬とかに謝ってください。エヴィは......まあ、聞くだけ無駄か」

「失礼な! 私にだって分かったことくらいありますよ!」

「そうか、なら説明してもらってもいいか?」

「私にはわからないことがわかりました」

「帰れ!」


 だめだ、こいつら頼りになんねえ。


「くっ、凡人にもわかるようこれ以上ないくらい簡潔に説明したのに......」

「お、なんだ? こいつ煽ってるアルな?」

「メイリンさん落ち着いて。チンピラみたいになってます」

「かくなる上は、仕方ない。あまり非論理的な手段を使いたくはなかったのだが.............」


 俯いた状態のアルベリカが、呟くようにそう言った。その少し異様な雰囲気に俺が思わず一歩引いたが、アルベリカは構わずに距離を詰めてくる。


「この私の......」


 顔をずいっと近づけられ、包帯に巻かれていてもわかるシャープな顔立ちが目前まで迫った。この組織の人たちにはパーソナルスペースの概念がないんだろうか。俺の方が身長が低いために向こうが軽く見下ろす姿勢なのもプライドを傷つけられて地味に気になる。結構高いほうだと思ってたんだけどな。

 俺がそんなことを考えている間まごついていたアルベリカは、やがて開き直ったかのように口を開いた。


「この私の目が嘘をついているように見えるかい?」

「よし、帰るか」

「ですね」

「帰るアル」


 舐めてんのか、こいつは。


「鏡って知ってますか? 便利だから使ってみるといいですよ。俺の目の前にいる髪ボサボサ包帯女のことが客観的に観察できると思います」

「え?............あ」


 やばい、言いすぎた。

 愕然とした顔のアルベリカを見て我に帰る。俺は何を言っているんだ。いきなり投げられて、理不尽な目に合わされて頭に血が上っていた。もしかしたら病気とかかもしれないのに、事情を聞きもせず人の身体的長を貶すなんてどうかしてる。早く謝らないと。


「あ、あー! 僕の方からは見えるからすっかり忘れていたよ! そういえばこんなのしてたな」


 見えてるんかい!


「え、それ見えてるんですか!?」


 まるで他人事のような呑気な声を上げながら包帯をいじっているアホ科学者を見て、驚いたように声を上げたのはエヴィだ。

 アルベリカという女性に憧れている的なことを前に言っていた覚えがあるから、色々と感じいるものがあったのだろう。


「盲目の強キャラみたいでちょっと格好いいなって憧れてましたのに!」


 予想以上にくだらない理由だった!


「なんかもう一気に疲れたわ。メイリンさん、今日ご飯食べに行きませんか?」

「それは口説いてるアルか?」

「メイリンさんのおごりで」

「オイ!」

「えーずるい。私も行きたいです!」

「メイリンさん、エヴィの分も頼んます」

「払わないヨ!」

「ちょっ、ちょっと待て。君たち、ご飯ならいくらでも奢ろう。だから話を聞いてくれ!」




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