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まっど①



「朱羽さん、来ますっ!」

「おうっ!」


 耳栓をしたエヴィが俺を庇うように前に出て、その後ろで俺は耳を塞いで防御体制に。次の瞬間。


「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオォオォォオオオオオアアアアアァァァッッ!!」


 凄まじい咆哮が空気を震わせた。

 ソプラノ歌手が声でワイングラスを共振させて割っているのをテレビで見たことがあるけど、この人なら音圧だけで強化ガラスでも余裕で割れるんじゃないかと思う。それぐらいの衝撃が俺たちを襲った。


「反撃、ですっ!」


 手慣れたもので、耳栓を素早く外したエヴィが残心状態のメイリンさんに突撃する。


「とおーっ!」

「吹ッ」


 気の抜けるような声と鋭い呼気が激突し、部屋全体に鈍い音がこだました。そこから繰り広げられる高速の応酬。意外にも、押しているのはエヴィの方だ。一撃目で上手く隙をつき相手の体勢を崩せたのを有効活用し、メインウェポンのフライパンで打点を狙いながら相手の攻撃は体全体を使って上手く捌いている。


「よい、しょっ!」

「チッ......一旦下がるネ」


 大振りの攻撃を受けきれないと判断したのか、メイリンさんが後ろに引いた。不安定な姿勢から初速が最高速で移動できる彼女の歩法は相変わらず意味がわからないがーー着地に隙があることは知っている。


「あたれっ!」

「............!?」


 俺だってこの二週間遊んできたわけじゃない。毎朝エヴィとトレーニングしてから学校に行って、放課後は武器の扱いを学んだ。「君はうちの孫を切り刻むつもりかね?」って芦屋さんに怒られたから刀は使えなくなったけど、ステッキを使った棒術を自分なりに研究してそれなりの形にまで仕上げた......と思う。


「ふっ! ............はっ!」

「やる。少年。でも、まだまだネ」


 焦るな。耳を貸すな。客観的に戦況を判断しろ。

 両手から絶え間なく繰り出される攻撃を左手のステッキで受け止め、右手で受け流す。メイリンさんはエヴィと打ち合っていた時よりかなり余裕を持って俺の攻撃を捌いているが、ステッキの分間合いが長い俺に対して有効打を繰り出すには相手は間合いを詰める必要がある。このまま時間を稼いで、なんとか最高の形でエヴィにスイッチできれば、あるいは。


「迅脚」

「ぐっ......すまん、エヴィ」

「えー!? ちょっと、朱羽さーん!」


 うねるような足に吹き飛ばされ、宙を舞う。

 なんとか受け身を取ってダメージを抑えることはできたものの、二人とは距離が空いてしまった。これで俺がエヴィのカバーに入ることはできない。完全な一対一。しかも、メイリンさんが不意をついた有利な状況で。


「シャアァッ!」

「えっ、ちょっ! どうなってるんですかこれ!?」


 蛇のようにブレた右腕にエヴィのフライパンが吹き飛ばされーー。


「ほい」

「あぎゃっ」


 撃沈。

 鍋越しに叩かれて軽い脳震盪でも起こしたのか、目を回してうずくまってしまった。


「さて、あとは少年だけネ」


 こうなったらもう負けパターンである。


「こ、降参します」

「ダメネ」


 せめてなるべく痛い思いをしないよう、早めに気絶したいな。敗戦処理モードに移行しつつある内心は隠しながら、俺はステッキを構え直すのであった。






 ボコボコにされた。


「少年はまだ浅いネ。想定外の攻撃には全く対応ができてナイ。私がいつ手しか使わないいったアルか?」

「いや全く、おっしゃる通りです」


 こちらも二週間で上達した傷の手当をしながらの反省会。

 メイリンさんは目立つところに傷がつかないよう気をつけてくれてはいるんだけど、これだけ打ち合っているとどうしても引っ掻き傷や痣がちょっとした所に残ってしまう。そこは俺の「受け」の技術がまだまだ足りていないということなんだろうな。


「二人のコンビネーションに関しては悪くなかったヨ。この調子で精進するヨロシ」

「はーい!」

「うっす」


 まだまだ余裕そうだな、エヴィは。ほんと、この体力はどこから出てくるんだか。


「包帯やってあげますねー」


 返事も聞かないうちに俺の手から包帯を取り上げ、傷の上からぐるぐる巻き始めるエヴィ。鼻歌なんか歌いながらとても楽しそうだ。まあこいつは基本的にいつも楽しそうなんだけど。

 不器用なエヴィがやると汚くなるから本当は自分でやりたいんだけど......まあ、あとで巻き直せばいいか。最近は色々教えてもらってるし、訓練でも足引っ張っちゃってるしな。


「ダメじゃないか、エヴィエラ。手当てはきちんとしないと。傷口から雑菌が入ってしまうよ」


 いやせっかく俺が黙ってたのに。


「失礼な! ちゃんとやってますよ!」


 案の定噛み付いたエヴィの視線の先にいたのは......なんかすごい格好の科学者っぽい人だった。


「アルベリカさん!?」

「いやー、驚いたよ。まさか約一ヶ月でもうメイリンと打ち合えるようになっているとはね。替わるよ。よこしたまえ」

「あ!? ちょ、ちょっと!?」


 薬品のような薄緑色の髪をしたその人はエヴィの手からひょいと包帯を取り上げると、白衣の裾を後ろに避けながら俺のそばに膝をついた。


「失礼するよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 表面上は何事もないような顔で腕を出し巻き直してもらっている俺だが、内心は荒れ狂っていた。


 なんでこの人。なんでこの人ーー自分の目を包帯でぐるぐる巻きにしてるんだ?


「まあ筋は悪くないネ。要領はいいヨ」

「あーもう、なにも全部解かなくてもいいじゃないですか」


 そしてなぜお前らは突っ込まないんだ。この人はこれがスタンダードなのか?


「心配しなくていい。こういうのは得意なんだ」

「でしょうね」


 自分の目にも巻いてますもんね。

 包帯を巻いた状態でも見えているのか、はたまた見えてなくても出来るほど精通した動作なのか、エヴィに見習わせたいくらい綺麗な巻き方だった。


「これでよし、と」


 白衣の裾がふわりと広がり、ゆるい三つ編みを揺らしながら立ち上がる。その緩慢な動作につられてなんとなく俺も立ち上がった。視線は俺の方が低い。


「さて。挨拶が遅れてすまない。なかなか時間が取れなくてね。僕の名前はアルベリカ。アルベリカ=アインシュタイン。科学者だ。専攻は分子生物学だけど、専攻外もそこらの凡人よりは出来るつもりだ」

「分子生物学......?」

「あー。君の思いつくような質問で僕に答えられないことはまずないと思ってもらって構わない」


 こともなげにそんなことを言ってのけるアルベリカさんは、よほど自分の能力に自信があるのだろうか。流石は組織のメンバー。目に包帯といい変な髪色といいエヴィに負けず劣らず個性的な人だ。


「朱羽です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 握手。外見と一人称のせいで性別不詳気味なアルベリカさんだけど、手の骨格とかはしっかり女の人だ。不健康そうな外見通りの骨張った手だけど。

 そんな風にお互い観察していると、いきなり強く手を引かれた。


「えっ、ちょっーー」

「ふむ」


 つんのめって、お腹に突っ込むように倒れてしまった。


「す、すみません」


 消毒液の匂いがする。そんなことを考えた一瞬の間に、俺の天地が入れ替わった。


 投げられた。


 それがわかったのは、間違いなくメイリンさんとの日々の修行の成果だろう。だがしかし、気を抜いた状態の俺にそれがわかったところで、出来ることはなかった。


「あっ、ぐうっ!?」

「朱羽さん! 大丈夫ですか!?」

「はあ......情けないネ」


 受け身も取らずに地面に叩きつけられる。脊椎から感じる衝撃が腰や首に伝播してすごく痛い。


「なにするんですか......」

「いやごめんごめん。君が想定外の攻撃にどこまで対応できるのか、見ておきたくてね」

「そんないきなり」


 俺の怒りの視線を物ともせず、アルベリカさんはその包帯の巻かれた無機質な眼窟をこちらに向けてきた。一方的に観察されているようで少し気味が悪い。


「短い時間でメイリン相手にあそこまで戦えるようになったのは素直に尊敬する。でも、まだまだ素人に毛が生えた程度。戦闘員としては使えない」


 冷静に分析するようなその口調に腹が立つ。

 自分の力が足りていないことは自分が一番わかっている。二人に遠く及んでいないことも。


「だから、これから訓練してーー」

「でも............僕なら使えるようにできる」


 嫌な予感、とでもいうのだろうか。肌が粟立ち背筋が寒くなる感覚に俺が行動を起こそうとしたその時には、彼女はもう行動を終えた後だった。


「理外の力には理外の力を。朱羽君、僕が君を『特別』にしてあげるよ」


 気づいたら俺の首筋には注射器から伸びるぶっとい銀色の針が突き刺さっていて。

 座った姿勢から見上げる彼女の口元は、綺麗な三日月を描いていた。




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