プロローグ
玄関を開けたら、シスター服を着た金髪碧眼の美少女が立っていて、
「おめでとうございます。早坂朱羽さん、貴方は選ばれました」
なんて言葉を満面の笑みで告げて来る。
そこだけをピックアップして書けば、もしかしたら漫画みたいな非日常を連想させる素晴らしい展開に見えるのかもしれない。
「高収入、高待遇、あなたの経歴で今から始めることができて、可愛い女の子とも関われるお仕事に興味はありませんか?」
「あ、結構です」
ーーまあ、現実はこんなもんである。
都会ではよくある、怪しいバイトの勧誘だろう。いや、俺もここまであからさまなのは初めて見るけど。誰がこんなのに引っかかるんだよ。
「じゃあ、そういうことで」
可愛い子で釣って変な契約書にサインさせるんだろうな、きっと。こわいこわい。玄関まで入れなくて正解だった。
「ちょ、ちょーっと待ってください!」
ダン! という音を立てて閉まろうとしていた扉が止まる。
「待ってください! 話を聞いて!」
こ、こいつドアを掴んできた。
「お願いします! お話だけでもどうか! 私、絶対にあなたを連れて帰らないといけないんです!」
「ちょ、あんた......離せ!」
まさかここまで食い下がってくるとは......ていうか力強っ!? なにこれ、地味に引っ張られてるんだけど。ゴリラかよこいつ。
「お願いします! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいですから!」
美少女にあるまじきセリフを連呼しながら体を押し込んでくる女に、そこそこの握力を持つはずの俺が押し負けていく。このままでは本当にこの頭のおかしい女に押し入られてしまう。何とかしないと。いやでも、何とかっていってもどうすればいいんだ!?
あ、そうだ。
「うわ、なんだあれ」
言った瞬間に後悔する。この非常事態に何をバカなことをやってるんだ、俺は。まさかこんな古典的な手に引っかかる奴がいるわけーー。
「え、なんですか」
いたーーーーー!!
女が後ろを向いてるうちにドアを掴んでいる手を無理矢理引き剥がし、ドアを閉め、チェーンもかける。ここ数年で一番早く動いたんじゃないだろうか。
「え、え? どういうこと? あーーーーー! 騙しましたね、あなた! ひどい!」
ドアの向こうで女が何か言ってるようだが、知ったことじゃない。俺はゲームをするぞ。
『ピンポンピンポンピンポーン』
「この最低男! よくも乙女の純情を弄びましたね! 私は怒りました! もう許しません! ぜったい! ぜったい! ぜーったいです!」
チャイムを鬼連打しながらドアを借金取りのように叩きまくる女に、流石に俺もちょっと怖くなってきてドアから一歩引いた。
そして、その判断が俺の体を救うことになる。
「ボブ! やっちゃいなさい!」
「Yes, sir 」
頭がおかしい女の声の後に、もう一人、男の低い声が聞こえた。発音が良かったから、多分外国人だ。一体、何をーー?
次の瞬間、轟音を立ててドアが吹っ飛んだ。
真ん中から大きくひしゃげたドアが俺のすぐ横を通り抜け、部屋の内装を破壊しながら吹っ飛んでいく。テレビも、ソファも、何もかも。狭い七畳の部屋の全てを巻き込みながらドアは水平に飛び、最奥の窓を半分突き破ってようやく止まった。
「ご苦労、下がっていいですよ」
馬鹿みたいに口を開けて呆けているだろう俺の前で、一つ頭を下げた黒サングラスにハゲの某スパイコメディーにでも出てきそうな格好の外人がまるで魔法みたいに一瞬で消える。
「あなたには、ぜーったい、私達の仲間になってもらいますからね!」
ここに至って、俺はようやく理解した。
「私達の組織『世界征服推進連盟』に!」
漫画のような非日常の訪れを。
次の話は9月19日6時20分ごろに投稿します。