7◇熱いハーフエルフ
ディルがヘラヘラと自分を卑下すると、モネは不機嫌そうに綺麗な眉を歪めた。
「あのね、あたしはこのリギル・アドベンチャースクールに最高の教育を求めて来てるの。そして、大変不愉快なことだけれど、授業には何の不満もないわ」
「そりゃどうも」
「あなたはダメ人間だけど、ダメ教官じゃないわ。あたしの先生をバカにしないでちょうだい」
真剣な表情で、彼女はそんなことを言う。
モネはディルのことを高く評価しているようなのだった。
その評価に見合うよう、普段の生活も改善しろと求めてくるのが厄介なのだが……。
ディルは、わざと訝しむような顔をした。
「今、俺のことダメ人間ってバカにした?」
「おバカ。教官としては優秀って褒めたんでしょうが」
「お前も優秀な生徒だよ」
ディルが人を素直に褒めることは、めったにない。
モネもそれを分かっているので、不意打ちに驚くような顔のあと、照れるように頬を紅く染めた。
「な、なによ。ま、まぁ? 分かりきってることだけど? 一応、ありがとうと言っておくわ」
「じゃあ俺たちの間に問題はないよな? おつかれ」
ディルが彼女に背を向けて歩き出すと、すぐさま肩を掴まれた。
「待ちなさい」
「まだ何かあるのか?」
「あたしは諦めないわよ。あなたを真人間にしてあげるから」
「勘弁してくれよ。なんだってそんなにしつこいんだ」
「あなたは実際の能力に対して不当な評価をされているわ! あたしはそれが我慢ならないの」
「……俺は別に、不満とかないですけど」
ちゃんと評価されたい、という欲求を否定するつもりはない。
それを原動力に成長する者もいるだろう。
ただ、ディルは違う。
馬鹿にされようが見下されようが笑われようが、そんなことはどうでもよかった。
大事なことは一つ。ただ一つ。
そして、それはもう失われてしまった。
だから今のディルは無気力な教官に過ぎない。
無気力に、ただ生きるべく、仕事としてダンジョンに関わっている。
だがモネはそれが気に入らないようなのだ。
「背筋を伸ばしなさい! ちゃんとした服装を心がけなさい! ハキハキ喋りなさい! それだけでも印象は変わるわ!」
「分かるよ」
ディルは深く頷き、モネの美しい顔をしっかりと見つめた。
「でも、面倒くさいんだ」
「真剣な表情でおバカなことを言わないの」
「俺は変わらんぞ。どうしても嫌なら、教官を変えてもらえ」
モネは頬を膨らませる。
「嫌よ。あなたの授業、ためになるもの」
「ならそれだけで満足してくれ」
「嫌よ。あなた裏でなんて言われてるか知ってる? 『反面教師のディル』よ? ほんとむかつく! 誰かしらそんなあだ名付けたのは!」
モネは怒り狂っているが、ディルは少し吹き出した。
「ちょっと上手いな。確かに、俺は反面教師にすべきだ。あはは」
「笑わないの!」
ディルは、自身の経験からダンジョンについて教えている。
それを、どれだけ真剣に受け取るかは生徒次第。
モネは、ディルがもっと『まともな教官』っぽく振る舞えば、生徒たちの反応が良い方向に変わると思っているようだ。
「とにかく! 陰口を叩くような輩に付け入る隙を与えないようにするのよ!」
「あのなぁ、他人の悪口で盛り上がるようなやつらは、完璧なやつにだって文句をつけるもんなんだ。意識するだけ無駄だろ」
「言われっぱなしなんて悔しくないの?」
「別に」
「悔しがりなさい!」
「お前ほど熱くなれんよ……」
ディルがモネに付きまとわれていると、それを見た周囲の者たちが囁き出す。
「またやってる……」「なんだってあんな教官に構うのかしら」「モネさんにとっては仮にも恩師だからでしょ、彼女って面倒見いいので有名だし」「さすがは『聖女モネ』ね」「あの教官って謎に人望あるよな」「優秀な人に取り入るのは得意なんじゃない?」「あはは」
「そこ! 聞こえてるわよ! ディル教官への無礼な発言を取り消しなさい!」
蜘蛛の子を散らすように、生徒たちがその場を去っていく。
「あ、逃げても無駄よ! 顔覚えたからね!」
モネが騒いでいる間に、ディルは職員室へ駆け込む。
「ちょっとディル!?」
さすがのモネも、職員室にまで入って説教はしない。
それにこの後はダンジョン探索の予定だったはずだ。
ディルは次の担当授業まで一コマ空いていることを確認すると、自分の机に突っ伏して眠った。
アレテーという少女を教え子にせざるを得ない状況に追い込まれたのは、このあとのことだった。