34◇十三人の、黒い探索者
ディルが、伝説のパーティー所属でありながら金欠なのには当然、理由がある。
二つある内の一つは、以前サハギンの生徒が言っていたものが一部当たっている。
――『探索才覚がサポート特化だから、沢山の袋にダンジョン由来のアイテム入れて戦闘に使うって噂だね』。
パーティーでアイテムを山分けしたあと、ディルは探索に使えそうなものは売却せずに保管し、必要な加工を施した。
赤い液体は暴食領域に生息する樹木モンスターの樹液で、その匂いを嗅ぐと食欲が刺激される。
だから魔物の群れは左右に分かれた。
小さな球体に入っていたのは、怠惰領域に咲く花の花粉だ。
吸引すると凄まじい倦怠感を引き起こし、すぐに意識を失ってしまう。
ディルがぶら下げる袋の中には、そういったアイテムが無数に隠されていた。
そして、彼が身につける装備もまた、全てダンジョン由来の特殊アイテムである。
ディルはおそらく、全探索者の中で最も装備に金を掛けている人物だろう。
単に金を掛けているのではない。
全ては、自身の選択肢を増やすため。
能力の真価を発揮するため。
――探索才覚、発動。
――経路表示。
幻像が現れる。
最高の自分を、最善の選択を、最後まで維持できた場合のみ、目的の達成が叶う未確定の道筋。
――俺を案内しろ、勝利まで。
サイクロプスが狙っているのはディル。
だが戦闘に時間を掛ければ他のモンスターが集まってくる他、やつがアレテーへと狙いを移すかもしれない。
故に許されるのは、短期決戦のみ。
ディルは真横に飛んだ。
その瞬間、一瞬前までいた空間に棍棒が降ってくる。
めくれ上がった火成岩の欠片が周囲に飛び散るが、ディルには一つとして当たらない。かすりもしない。
ダンジョンアイテムであるディルの衣装、それに込められた常時発動型の能力は彼の動きを支える大事な要素。
動体視力、瞬発力、腕力脚力が強化されているが、ディルはそれを問題なく扱える。
更に、靴に搭載された任意発動型の能力を起動。
正確には、とある素材を加工して靴底に貼ったものだ。
それは『強欲の層』で手に入る素材を加工したもので、一時的に身体能力を強化することが可能だが、『未来の自分』に一時的な弱体化効果が現れるという副作用がある。
たとえば十秒間、自身の速度を二倍にしたとする。
その場合、未来のどこか、いつかは分からないが十秒間、自分の動きが二分の一まで遅くなってしまう。
私生活のどこかなら不便で済むが、反動が探索中に現れたら場合によってはそれだけで死にかねない。
反動がいつ来るかは分からないので、決まった日数探索を休んで済む問題でもない。
デメリットの大きさから、使用する探索者が少ないアイテムだった。
ディルがこれを使った直近の二回は、アレテーたちの探索才覚発覚の日と、つい先刻三人組を助けた際だ。
目にも留まらぬ動きが可能となるが当然、その速度で動く自分の体を完全に制御する技術が必要となる。
そして、これで三度目。
――設定、二秒・三倍速。
ディルはサイクロプスが今まさに振り下ろしたばかりの棍棒に飛び移り、一挙に駆け上がる。
棍棒、やつの腕、肩を通路とし、頭まで一秒で駆け抜けた。
既に右手で抜いていたショートソードの柄頭を、左手で回す。
すると、刀身が巨大化し、まるで巨人の剣のように変わる。
「案内終了だ」
剣が振るわれ、サイクロプスの首が宙を舞う。
憤怒領域で手に入る武器は、凄まじい威力を誇る反面、副作用も大きい。
使い手の正気を徐々に蝕むのだ。
自国の軍に憤怒領域の武具を配備した小国が、正気を失い怒りの感情に呑まれてしまった軍によって壊滅した、なんて話があるくらいだ。
ディルはその副作用を、靴の能力と合わせて使用時間をごく短時間に留めることで低減している。
メイン武器にするには恐ろしいが、数秒の使用で気が狂うことはない。
それでも使用後は気が高ぶり、精神を落ち着けるのに別のダンジョンアイテムを服用する必要があった。
剣のサイズを戻し、ディルは着地。
この層で獲得できる武具は、巨大な憤怒領域のモンスターに合わせたサイズをしているが、先程のように使用者の操作によって大きさを変えることが出来る。
――まるで、探索者に持ち帰らせたいみたいに。
「おい子うさぎ、平気か」
彼女の元に駆け寄ると、何やらぷるぷる震えている。
「なんだ? 漏れそうなのか?」
ディルのデリカシーのない発言にも、アレテーは顔を赤くしない。
「……ごいです」
「あ?」
「すごいです、先生っ!」
「…………あー」
アレテーの目がキラキラ輝いている。
どうやら、第四階層のモンスターと遭遇したことによる恐怖からは脱却したようだ。
だが安心だけでなく、感動を覚えたような顔になっている。
ディルは一気に面倒くさくなる。
「シュッって避けて、ビュッって気づいたら高くにいて、剣がぐわぁって大きくなったと思ったらスパッって、それにシュタって華麗に着地されていて、もうっ、もうっ……!」
「語彙力ゼロかお前」
言いながら、ディルは袋の一つから飴玉を取り出す。
怠惰領域由来の花の蜜から作った、鎮静効果のある飴玉だ。
「す、すみません」
「いいから狼出せ」
「はいっ、すぐにっ!」
「それと認識票返せ」
「ど、どうぞ……!」
「それと、お前もこれを舐めとけ。少しは落ち着くだろう」
ディルが飴玉をつまんで渡そうとすると、アレテーは「はいっ!」と口を開けた。
――入れろってのか、俺に。
不満を垂れている場合ではないので、餌を待つひな鳥のように小さな口を開けているアレテーに飴を食わせてやる。
「はむっ……甘いです!」
「そうかよ」
程なくして狼が生成される。
「できましたっ。こちら、すこるさんです」
ネーミングには触れないことにする。
「よし、行くぞ」
「はいっ」




