29◇試験前日
数日後。
「最初にも言ったが、座学は今日で終わりだ」
ディルはふと壁の時計を確認する。
「……授業が終わるまでまだあるな。あーじゃあ、最後に、なるべく長生きするコツを教える。長く探索者を続けるってことは、長く稼げるってことだからな」
リギル・アドベンチャースクールでは、二つのコースを選ぶことが出来る。
三週間ほど、ほぼ毎日朝から夕方まで授業を受け、短期間での免許取得を目指すコース。
この場合、クラス単位で動くことになり、クラスを担当する教官がつく。
もう一つは、免許取得に必要な授業を自分のペースで受講していくもの。
アレテーたちは前者にあたる。
教官としても、しばらく面倒を見ていればある程度の愛着が湧いたりするものだ。
しかし、ディルの態度はいつもと変わらない。
「まず第一に、モンスターに真っ向勝負を挑むな。お前らは冒険譚の主人公じゃない。安全を第一に考えろ。少しでも危険を感じたら諦めろ。逃げるのも戦術だ」
真面目に聞いている者、聞き流している者、反発を覚えている者と生徒の反応は様々。
「次に、アイテムに固執するな。無理は禁物だ。それと、宝箱なんかもな、期待すんな。それ含めてトラップってパターン、苦労に見合わないガラクタってパターンもある」
ディルはただ、思ったことを伝えるだけ。
どう受け取るかは生徒次第。
「最後に、同業者含め、他人を簡単に信じるな。上手い話には裏があると思え。親切なやつは自分を騙そうとしてると思え。ダンジョン内で会ったら襲われると思え」
未来に希望を抱いている者に、ネガティブな言葉は響かない。
だが、暗い現実は厳として存在するのだ。
「そんなもんか。筆記と実技両方に受かれば、晴れて探索者だ。まぁそもそも受ける資格があるかどうかを、まだ考えてる最中なんだが」
生徒たちに緊張が走る。
同時、終業の鐘が鳴った。
「つーわけで、おつかれ」
そう言い残し、ディルは教室を去る。
◇
後日。
「納得いかないわ!」
猫耳の少女フィールが、受付で喚いていた。
その日の受付担当がオークの中年女性ならば無視しているところだったが――。
「あのぅ、すみません、そういったご要望には添えません……」
受付でびくびく震えているのは、羊の角を持つ亜人の少女だった。
――む。
ディルは紳士とは縁遠い人間だが、そんな彼でも最大限の敬意を持って接する人間が数人いた。
彼女は、その内の一人。
リギル・アドベンチャースクール最寄りの宿泊施設――『白羊亭』の看板娘、ムフだった。
『白羊亭』の亭主は、ディルとリギルが初めてこの街に来て右も左も分からなかった頃、世話してくれた恩人だった。
プルガトリウムに来てからだと、最も付き合いの長い人物なのである。
ムフ自身も幼い頃からよく知っている、もう一人の幼馴染も同じ。
「こら、元教習所の姫、うちのムフに怒鳴るんじゃない」
涙目で震えていたムフは、ディルを視界に捉えると安堵の表情を浮かべる。
「ディル兄さ……教官」
「よぅムフ。クレーマーの対応ご苦労さん。あとは俺に任せな」
彼女のもふもふな髪をぽんぽんと撫で、後ろに下がらせる。
「ディル教官! アンタでしょ、アタシのこと『試験への参加資格なし』って判断したの!」
「落ち着けよ」
「バッカじゃないの!? こっちは大金払ってんだけど! アンタの気分一つで試験も受けられないとか詐欺だから!」
「はぁ、面倒だが説明してやる。まず、うちのシステムについては事前に説明してある。承諾した上で受講を決めたんだから、免許がとれず金が無駄になっても詐欺じゃない」
「嫌がらせでしょ! アタシが気に食わないからって、最低!」
「まず、お前のことはどうでもいい。それでも生徒だ、探索者に向いてるかどうかは、真剣に判断しなくちゃならん」
「アタシのどこが向いてないのよ!」
フィールの能力は『圧縮された水の刃を生み出す』もの。
「能力は悪くないが、射程が短い。それを補う努力をしていない。遠距離タイプの戦い方をそのまま自分に適用しようとして、無理が出ている。正確性と冷静さがあればまだなんとかなったが、それもない。もちろん、それを改善しようともしていない」
「ぐっ……偉そうに! 近づいてきたモンスターをぶっ殺せればそれでいいじゃない!」
「……うちの授業では、常にモンスターと一対一だったろ。その時点で、お前は数発打ってようやく一発当たるって程度だった。実際の探索であんな派手に戦ってると、すぐに敵に囲まれるぞ。あの精度でどうやって突破するつもりだ」
「うっ……。そんなもの、免許とってから、比較的安全なエリアで鍛えればいいでしょ!」
「練習する時間は与えた筈だ」
教習所は探索才覚訓練のための授業も用意していた。
その時間を使って、能力の精度を高めることは出来たはずだ。
問題点は、教官陣が指摘してくれていたのだから。
「じゅ、充分じゃなかったのよ!」
「その時点で、うちが設けた基準に達してないってことだ。よそは知らんが、うちで免許をとるのは難しいって話、お前も聞いたことあるよな」
わざわざここを選ぶのは、最高の教育を求める者か、箔付けを狙う者。
「~~~~っ! 話にならないわ! 上司を出してよ!」
「おう、そうしよう。ムフちゃん、リギルのやつを――」
「リギル兄さ……所長は、探索です……」
「ちっ。そういうわけだ、帰れ」
「ふざけないで!」
キンキンと響くフィールの声に、ディルは頭痛を覚え始めていた。
そこに、モネが現れる。
「フィールさん、だったかしら。周囲の迷惑よ、お静かに願えるかしら」
「モネ教官! 聞いてくださいこの男が――」
「はぁ……。ディルセンパイが言わないのであたしが言うけれどね、センパイの一存であなたが試験を受けられなくなった、という事実はないわ」
「な――」
「最終的な判断は教官数名で行うことになっているのよ。ダンジョンでの授業の時、あたし含め何度か顔を合わせた教官たちがいたでしょう? みんなの意見を聞いて決めるの」
フィールの顔が、屈辱に赤く染まる。
「あなたの教官への態度は確かに最悪だったわね。けれど、それで当校が生徒を不当に扱うことは有り得ないわ。あなたは教官のアドバイスを無視したばかりか、自分の力で壁を乗り越える努力もしなかった」
「アタシは探索者になれる! モンスターを殺せるわ! それで充分でしょ!?」
「凶器を振るうことは、誰でも出来るわ。正しく扱おうと努力出来る者にしか、当校は免許を与えません。時間はあったのに、あなたはそれをものに出来なかった。認めなさい」
「ぐっ、あっ……。ふ、ふざけてる。こんなのってないわ」
「現実よ」
ぴしゃりと言い切るモネ。
フィールは唇を強く噛み、ディルをギロリと睨んだあと、教習所を去った。
「さすがは、高名な探索者様が言うと説得力が違うな」
「……それはいいんだけど」
モネがじろりとディルを睨めつける。
「なんだよ」
「それ、何してるのよ」
ディルは途中から手持ち無沙汰だったので、ムフの頭を撫でていたのだ。
ムフは困ったような顔をしているが、嫌そうではない。
「スキンシップだ」
「……ふ、ふぅん? へぇ? そうなんだ? あ、あたしはされたことないけど」
「ムフの髪の、モフモフ感がいいんだ」
「さ、サラサラの髪じゃダメってわけ!?」
「何を怒ってるんだお前は……。俺がお前の髪を撫でたらセクハラになるだろう」
「ムフさんはどうなのよ」
「ディル……教官は、兄のようなものなので……」
「くっ」
何故悔しそうな顔をするモネ。
――少しばかり、気がかりだな。
今回、試験を受ける以前の問題と判断とされたのは、七名。
フィールを筆頭とする三人組は全員そこに含まれる。
――バカなことを仕出かさないといいんだが……。




